1-2・遠州弁か行

「かがぬける」を考える

遠州弁か行

「かがぬける」と何故言うのか。

ただの妄想意見です。

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かじくる

遠州弁か行

「かじくる」

遠州固有というものではなくネットで調べると甲州でも使われているらし。

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かがぬける その2

遠州弁か行

「かがぬける」

そういえばと思えたことを追加。これもあくまで勘繰り・邪推であるので合ってるかどうかの域には達していないが。

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かい その3

遠州弁か行

「かい」

遠州独特かは不明だが少なくとも共通語ではなさそうだから。

・・・と思ったのだが、でもそうでもなさそうだった。

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がつら その2くらい

遠州弁か行

「がつら」

遠州弁独特ということでもなかろうが

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かい・かいい その2

遠州弁か行

「かい」・「かいい」

まあ遠州弁というほどのものではなかろうが遠州でも使うよということで。

レベル 普通レベル

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*かっか

訳すと「いこうか」。「閣下」とかではない。広い地域で使われる表現で遠州弁というものではなかろうが遠州でも使うよという事で記載。

旧仮名遣いでの「行かふか」の「かふか」が「かっか」に変化したと考えるとなんとはなしに流れが出来るがこれは妄想の範囲なんだろうな。

「持ってかっか」だと「持っていこうか」・「見てかっか」なら「見ていこうか」。

「っか」ということであれば「~しようか」といった意味合いであろうか。

「買ってっか」は「買っていこうか」。「買ってかっか」も「買っていこうか」と訳すことになるが「っか」の「いこう」は意思があるという意味で「かっか」の「いこう」はこの場合「行こう」という行動を指すものである。

「貰おうか」だと「貰わっか」となり「貰わかっか」という言い方は存在しない。「かっか」を使うとなれば「貰っていかっか」となる。

「っけ」は「っか」の変形という考え方も出来そうだ。ただし伺いの度合いは「っけ」の方が増すので「買ってっけ」を訳すと「買ってくかい?」という感じになる。

「行こう」を例にすると「行こう」+「か」=「行かう」+「か」。で、「かう」が「かっ」に変化して「かっ」+「か」で「かっか」になるという算段が考え付くところである。

したがって「する」であれば「しよう」+「か」が変化して「しっか」となる。「する」+「か」で「すっか」というのも当然ある。

例文

「あれ、みてみい車田んぼの側溝にはまってるやあ。ふたりばかで持ち上げようとしてるみたいだにい。無理っぽいだに頑張るなやあ。」

  (おや、あそこで車が田んぼの側溝にはまってるよ。たった二人で持ち上げようとしてるみたいだけど無理そうなのに頑張るなあ。)

「あれやホントだ。急いでるわけでもないしかあいそうだでちっと手伝ってかっか。」

  (あ、本当だ。急いでる訳でもないし可哀相だから微力だろうけど手伝っていこうか。)

「でもここで善意みせてもおんしゃの日頃の悪行は消えんにい。」

「ばかっつう、そっくりそのまま返すわ。」

「そりゃいいとして、なんしょやらんよりかはましななあ確かだで。行かまい。」

「確かに。」

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*がんこ その2

「や、がんこ人いるじゃん。」

  (うわあ凄く人が沢山居るじゃないか。)

「ほんとだ、がんこだやあ。」

  (本当だ凄いなあ。)

「がんこ」はおそらく「頑固」と書くのだろうな。

辞書にある頑固は

「がんこ」他人がどういう事を言おうと、自分が一度正しいと思ったことを変えない様子。とある。遠州弁で使われる「凄い」という意味は全くない。

ネットの辞書では上記の他に病気などがなかなか治らない事・様。とある。

共通語で「頑固な咳」と言うと「なかなか治らない咳」ということになるのであろうか。遠州弁的解釈だと「周りの人がこの人死んじゃうのじゃないかと心配に思っちゃう程の咳」ということになる。大層違うものだ。

「すごい」という意味使いでは他に「ばか」・「ど」・「えらい」が遠州弁ではよく使われるがそれぞれニュアンスが違うので置き換えると意図が誤って伝わることとなりやすい。

例文を置き換えてみる。

「ばか」の場合。

「や、ばか人いるじゃん。」

  (うわあ嫌になるほど人が居るなあ。)

「ほんとだ、ばかだやあ」という言い方は存在しない。こういう場合は「ほんとだ、ばかいるやあ。」とかになる。

「ど」の場合。

「や、ど人いるじゃん。」微妙である。こういう場合は「や、どがんこ人いるじゃん。」となるのが普通。「や、なんでえ人どいる」というのもありえる表現。

「ほんとだ。どだやあ。」これは完全に無い。「ホントだどがんこいるじゃん」と反復して返すのが普通であろう。

「えらい」の場合。

「や、えらい人いるじゃん。」

  (うわあ凄い数の人が居るじゃないか。)

「ほんとだ、えらいだやあ。」この言い方も存在しない。「ほんとだ、えらい人だやあ。」と普通はなる。

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*かや

「そうだかや」(そういうもんなのか)

「ちったあ残ってるだかや」(少しは残ってるんかい)

「だか」+「や」なのか「だ」+「かや」というものなのかよくは分からないところであるがおそらくは「そうだかや」は「だか」+「や」で「残ってるだかや」は「だ」+「かや」のような気がするので両方存在するような気がするところである。

「だ」+「かや」だと「かや」は呼びかけで「なのか」もしくは「のかな」とするのが違和感が少ない。

古語辞典における「かや」の説明では、疑問の終助詞「か」に詠嘆の終助詞「や」のついたもの。疑問の意味を表わす。反問の意味を表わす。とある。

「だか」+「や」だと「だか」(だろうか)と「や」(な)としとけば破綻が少ないか。

「や」は詠嘆の終助詞なんだろうかな。

この二つの違いは例えば「あるだかや」という場合

「ある」+「だ」+「かや」の場合はほぼ無いと思ってる度合いが強くというものと意に反してあるという使い方がある。「あるかな(ないだろな)」と「(なんだよまだ)あるのかい」。

「ある」+「だか」+「や」の場合はあると期待してる度合いが強い。「あるのかな」。紛らわしいので普通は「あるだかいや」という言い方をすることが多いのではあるが存在はしている。

ちなみに期待度が強い場合には「あるだらな」という言い方になる。より強いと「あるらなあ」。これらを発してもし期待に反してなかったりするとあだけるかちんぷりかあることになる。

「かや」で期待に反した場合は残念とか落胆ということになる事が多い。

例文

「おおさっぶい。」

「お疲れ。随分遅かったじゃんか。」

「おおそこで呼び止められちゃってさあ。ところで弁当。わしの分まだ残ってるだかや。」

「和食の方はあるけど洋食の方ははあないにい。」

「やあ随分だなあ。肉食いたかったなあやあ。」

  (ん~残念。肉食べたかったなあ。)

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*かん 

例えば「そうしんとかん」は(そうしないと駄目)と

大抵「かん」を「駄目」と私は訳しているが

説明する上に於いては「いけない」→「いかん」→「かん」といった

「いかん」(いけない)の「い」抜きが「かん」であるとするのが一般的には分かりがいいのは確かであろうしこれでいいのであろう。

しかしながら遠州弁において「いかん」のニュアンスは「かん」とはどうも異なる気がして「かん」は「いかん」の略形と表記するのに躊躇してしまう。考えがまとまらずうまく表現できないがなんか違うような気がしてくるのである。

以下は裏付けの一切ない私見でありますが。

その理由を考えるに遠州弁には「いけない」という意味では「いかん」と「いけん」があって「かん」は「いけん」の方に属する言葉に思えるからである。「いけん」自体は殆ど遠州では廃れて「かん」が取って代わっているとも考えられる。

「にっちもさっちもいかん」を「にっちもさっちもいけん」とは言わない。「いけず」を「いかず」とも言わない。

そういう違いが「いかん」と「かん」にも有るように思える。つまり意味はほぼ変わらない筈なのに共に入れ替え置き換えをするとざらつきを感じる関係の言葉だという事。

辞書には

「いかん」 「いけない」のぞんざいな言い方。よくない。だめだ。とある。

辞書にある「いかん」が遠州弁で使われている「いかん」と同じものであるとしたら、「いかん」に「駄目だ」という意味があるのだから「かん」=「駄目」でも「かん」=「いかん」でも同じではないかというのを打ち消すべき根拠はないのだが。

しかしながら遠州弁的な(個人的判断なものですが)言葉の印象としては「いかん」は辞書の意とは使い方が幾分異なる気がする。

「いかん」はするな・認めないといった「制約」というものであるものと「はあいかん」(もういけない)というような万策尽きた・万事休すみたいな勢いを有しているものとがある。

「かん」だと失敗・うまくいかないといったという「駄目」もしくは「制止(忠告)」というものと「はあかん」(もうダメ)といった耐えられない・我慢の限界みたいな勢いを有するものに聞こえるものとがある。よくは知らないが関西方面の「いかん」と「あかん」の違いみたいなものであろうか。

「そんなんだでいかんだ」(そんなだからいけないんだ)

「そんなんだでかんだ」(そんなだから駄目なんだ)

「いかん」を使うと否定が第一に聞こえ「かん」を使うと手段の変更を促してるように聞こえる。例えば将棋を指していて

「その手はいかんだにい」(その手は禁じ手だから駄目だよ)

「その手はかんだにい」(その手は拙いだろうから駄目だよ)

「いかんだ」を使うとやる行為そのものを制止する勢いであり「かんだ」を使うとやる事自体は可だがやり方が変だもしくはそれだとやった結果がよろしくないよという勢いに感じるところである。なので(あくまで傾向であるが)

「やっちゃいかんだにい」と言われて不服だと「誰んゆったよをそんな事」(誰がそんな事決めたんだ?)と反論する形になり

「やっちゃかんだにい」だと「構わすけえとんじゃかねえわ」(どう言われようが気にしない)と無視するとかいう流れになる事が多い。

この場合「いかん」は決まり事であり「かん」は発言者の判断意見という違うが感じられるところである。

ということで「いかん」と「かん」がイコールにならない風に感じられるのである。そして「いけん」なら「かん」に置き換えても違和感がない。

流れでいうと

共通語的には「いかん」→「いかない」→「いけない」であろうが

遠州弁的には「かん」→「いけん」→「いけない」もしくは「かん」→「あかん」→「いかん」かと(まああくまで個人的な勝手な想像ですけど)。同じ「いけない」でもニュアンスが違うということでもあろうか。

とにかく、こうした感覚から使い分けがあって「いけん」=「かん」の方が無理がないように思え「いかん」=「かん」という考えに至らないところ。

いつにもまして非常にまとまりのない散漫な文章ではあるが以上の理由から遠州弁のルールとして「いかん」と「かん」は異なるニュアンスの言葉となってるような気がしてくるのである。

もちろん遠州人であろうとも共通語使ってるという意識であればこの限りではないというのがややこしくしてるのであるが。

蛇足だが、ちなみに「かん」ではなく「かんだ」で駄目だ・駄目なのだというニュアンスになるものであり、断定の度合いでいくと「かん」の方が「かんだ」より強くなる勢いが湧く。

「その手はかんにい」(その手は拙いから駄目だよ)

みたいな。

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