4・死語の世界

テレビでやってた死語

フジテレビのめざにゅ~で死語を扱うコーナーがあった。2009年11月16日~20日まで5時20分辺りでやっていた。

「ニッポン人の忘れもの 忘れられた流行語」というタイトルが銘打っていた。死語を弄って遊んでる者としては反応しとくべきなんだろうなと思った次第。紹介されてたのは以下の通り。

*合点承知の助

 別記事で上げたのの元はこれ見てああそうだと思い出した次第。正直テレビの箱の中のコメディとかでの表現であって、これを普段の生活で使ってる人見たことない。

*おまっとさん

 これも愛川欽也さんの名セリフであって普段使いしてる人見たことない。

*~してみそ

 これは確かに使い手がいたなあ。でもこれ死語かという疑問が湧きあがるのは気のせいか地方のせいか。80年代の流行語と謳っていたけどもっと前からあった気がする。

*アベック

 これが死語かと驚愕。なんてな。

*めんごめんご

 使ってる人に出会ったことないので業界用語かなんかでしょう。意味は分かるけど素人には使いどころとかも含めてよく分かりませんでした。

*だいじょうブイ

 アリナミンAかなんかのCmでのセリフと謳っておられたけど私は何故か仮面の忍者赤影での青影を思い出すんですけど。まあ青影のセリフは「だいじょ~ぶ」で微妙に違いますからアリナミンが元祖で間違いではないんでしょうがね。90年代の言葉と紹介されていました。

*許してチョンマゲ

 これはガキの時分使ってたなあ確か。納得の死語ですな。

*困ったちゃん

 これも確かに言ってた奴いたなあガキの頃。70年代以降と紹介されていた。

*~ってか

 これが死語というのはきつい。しょっちゅう使う表現なので。ってゆうか方言として生き残ってるぞということにしておくんなまし。80年代と紹介されていたがもっと前からあった気がするのは気のせいか。

*お呼びでない

 植木等さんの名セリフを死語というのはなんだかなあでありますな。クレイジーキャッツは芸能史の遺産で他にも「あっと驚くタメゴロー」とか「なんであるアイである」とか「がちょ~ん」とか諸々殿堂入りすべきもので死語枠に入れるものじゃないだろうと思うのは気のせいか。

*うそピョ~ン

 80年代以降と紹介されてた。どうみても私より若い世代が使ってた言葉で使ったことないが確かによく耳にしたなあ。

*冗談はよしこちゃん

 これは納得。よしこちゃんといったら魔法使いサリーちゃんというイメージが強いなあ。おやつあげないわよってか。

*二度あることはサンダー杉山

 70年代に活躍されたプロレスラーさんのお名前らしいが、小さい頃からあまりプロレスに興味がないのでピンとこない。

*お口にチャック

 別に死語と思えないのは何故だろう。70年代以降と紹介されていた。

*よっこいしょういち

 これは納得。自分も死語として記事にした。でも最近なんかのドラマで誰かが連呼してたの観た記憶があるのは気のせいか。70年代と紹介されていた。

*私はコレで会社を辞めました

 80年代。納得です。でもこれCm史の残るべきでしょうね。

*当たり前田のクラッカー

 納得です。でもこれテレビバラエティ史に残るセリフでしょう。60年代かあ。

*ナウい・ヤング

 さすがに言うに気が引ける死語の代表みたいな言葉ですな。納得ですたい。70年代だそうな。団塊の世代の人達がそう呼ばれてたのかな。私はその時分ガキだったのでそう言われたことはついぞなかった。

*んちゃ

 漫画の世界ですからね。80年代。実際使ってる人子どもがアニメ声を真似してるとこしか見た事ないんですけど。

*げろげろ

 これはよく使ったし耳にしたなあ。90年代かあ。今でも使いそうで死語という気がしないんですけど。

*アイムソーリーひげソーリー

 ん~微妙。確かに耳にしたけど70年ごろに生まれたと紹介されていたが。誰かのギャグなんだろうか。

*テクシー

 確かに。これは得心はいく。60年代と紹介されてた。相当長く使われてたということになるか。いつのまにか使わなくなったまさしく王道の「死語」だなこれは。

*ばいなら

 これってテレビのバラエティで斉藤清六さんという方が発せられた言葉という記憶があるけど。

 と、まあ以上が紹介されていたけど、諸手を挙げてそうそうと納得できるものとジャンルが違うだろうと思えるのとがあってなんともいえない印象が湧きました。聞いた事もないという言葉がひとつもなかったというのはそういう歳になったのか。まあ昔の流行の言葉はそれなりに寿命が長かったから世代またぎでも通用したからなあ。

この企画面白かったのでまだ続けて欲しいなと想いました。

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合点承知之介

 名前をもじったシリーズ。そうそうこんなのもあったっけと思い出した次第。(実はテレビの死語シリーズで言ってた)

「よし分かったまかしとけ」と言ってるのだがあまりの調子よさから逆に不安を感じさせる勢いと感じる。つまりおっちょこちょいをイメージさせる。

 余談だけど最近家庭用台所洗剤のCmで泡賀剥ヶ介(あわが はがすけ)というキャラが登場しているけれど、遠州弁的ヒアリングでいうとこれは「泡が剥がれねえよ」(あわんはがすけえ)と言う風に聞こえる。個人的には「あわが はがれのすけ」とした方がすっきりする。

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あたら若い身空で

惜しいことに若い身の上で

「あたら」と「身空」がもう死語なんだろうなと。オヤジ世代の自分でさえこのフレーズでしか使いようがイメージ出来ないのだから死語というより古語の部類か。

「あたら」にはもったいない・せっかくのというニュアンスが含まれているそうで

「あたら命を無駄にするな」(せっかくの命を無駄にするな)

とかいう使い方をするのであろうか。

「身空」は境遇という意味らしい。

じゃあ「あたら金持ちの身空で貧乏くさいことするな」とか言う使い方はあるのだろうか。なんか変。

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きとくな人

 最近は「危篤」な人かいつまで経っても無くならない天下りみたいな「既得」な人ばかりで「奇特」な人というのを見聞きすることがなくなったような気がする。

言葉が死語なんじゃなくてそういう人種が死滅したのかも。

因みに奇特の意味は、志が深く常人には行い難い事を進んでする様子とある。

殊勝も近い言葉だけどこちらは立派な処があり褒めるに値する様子ということで尊敬や敬意というニュアンスは奇特より薄く賞賛や感謝という度合いの方が強いイメージが湧く。

いずれにせよ今は俺は客だぞとおかしな既得ばかり口にする人か生活が危篤な人ばかりで奇特が当てはまる人は死滅しかかってるんだろうな。

殊勝な首相と奇特な首相。どっちに投票するかといったら奇特の方なんだろうけど短命で政治生命が危篤な首相か既得を守る首相しか最近見てないからもうどういう人が奇特なのか忘れちゃったなあ。

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知らずに使うと痛い目に遭う表現 ぽこぺん

 「ぽこぺん」。響きだけ聞くと受け狙いというか笑いの為の表現に聞こえるかもしれないが。

この言葉の意味は、「話しにならない・とても駄目」とかいう意味だそうな。元々は中国語らしい。

自虐的に使うのならセーフであろうが他人に向けて放てばこれはいい意味にならない。「100姓」と同じで使いどころによっては差別表現となりうる。戦中戦前の人達がよく使った言葉らしく戦争を知らない世代以降はほとんど未使用ではないかと思われる。

意味を知らずに使うと痛い目に遭いそうな言葉である。私は使わないので使いどころが分からないので例文は想像であるのであしからず。

「ひろぽん ぽこぺん。」・「(実際の国名) ぽこぺん」

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馬鹿の大足

 これだけだと「大男総身に知恵が廻り兼ね」みたいな大足の人を中傷しているだけになってしまうのだが。

私の知ってる限りでは

「馬鹿の大足間抜けの小足。丁度いいのはあんぽんたん」(地域によっては中途半端のろくでなし)

つまり「目こそ鼻くそを嗤う」ようなもので所詮皆完璧じゃないんだから人のことを悪くとか見下したりなんかしちゃ駄目だよという戒めの言葉と私は解釈している。

死語と言うより、こんな解釈してるのは私だけなんだろかと不安になったのでちょいと記載。

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末は博士か大臣か

「末は博士か大臣か」意味としてはいづれは博士か大臣にまで登りつめるやもしれぬ逸材かもと言う意味合い。

立身出世が美徳とされた頃の出来のいい子供に対しての期待を込めた誉れ言葉。本人が言うと野望となる。が、そんなこと思っていたとしても普通口に出すことはない。あくまで口に出して言うのは周りのおべんちゃらか親の過大な期待が籠もった贔屓目から。

話しは大分ずれますけど、塾や専門学校、果ては大学まで生徒募集のCmが打たれる今の時代。売りはどこそこの学校や資格取得率の合格率と云うものが多いような気がする。他にはキャンパスの環境設備とか。悪いわけじゃあないけれど幕末の松下村塾ほどのインパクト無し。塾はともかくとしても学び舎はどういういかなる人材を世に送り出したかが問われるべきで如何に善き師に巡り合えるかで人生大きく転ぶものであろうに。銘柄に希望が集中するのはブランド好きな国民性の賜物か。

数字に現われる説得力だけでなく、映画じゃないけど口コミというか多くの人の評価というものもインパクトがあるもののような気がいたします。近くの町医者においても近所の評判は馬鹿にならない。有名人を輩出したと言うだけで名が上がることが望ましいとは思わないし、出汁に使われる側も堪ったもんじゃないのは当然だとしても実績を強調するのに数字しか方法がないというのはちと寒い。

今何を基準にして選択をするのであろうか、入りにくさの狭き門ほど優遇されるのかしらむ。学校は入ってしまえばそこがゴールなのであろうか。目的を達成してしまった抜け殻では社会に出ることに夢はないのかもしれない。

「大学は出たけれど」という古~いフレーズがあるけれど、そういう意味では今だって違う意味で十分通用するのかもしれない言葉である。就職に於いて、そもそも学校を選択する時点で多くの流れはなにをしたいがためにそこに進学したのかというような明確な意思が昔ほどある訳じゃない。だから社会人として採用するほうもされるほうもどこの出身かなんて(医療や技術とかの専門職は別として)肩書きとして以外には重要じゃないのかもしれない。会社も本人の希望とする部署に必ず入れる訳でもなし、当の本人だって目的がないから条件がいいからとりあえず入ってやってみて、自分に合うか合わないかで仕事の良し悪しを判断する両者の化かしあい。自分の道を早く決めた者勝ちということに案外気づかない人が多いのだろうか。

小学生に将来の夢を書かせたところでその通りになることが殆どない現実。昔は意思に関わらず親の跡を継ぐ制約で、今は理想だらけすぎて具体的な努力の矛先がみつからない。夢も希望もあったもんじゃないのは昔も今も同じと言うことか。

「末は博士か大臣か」これにしたところで今憧れの職業というわけでもなさそうだし。今なら本人的には「末はアーティストか一生自宅待機か」で、親御さん的だと「末は同居で面倒見」が憧れか。

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あさあせ

「お気をつけあさあせ。」おそらく「あそばせ」を早口で言うとこうなったんだろなと想像される表現。お上品な山の手言葉を庶民が茶化した言い方とも想像される。

今はお上品なんてこと自体殆どテレビですらも聞こえてこないので冷やかしにもなんない。だからもう死語なんだろうな。

他の使い方だと

「ごめんあさあせ。」

くらいしか思いつかない。案外使い道が限られてる言葉でありんした。

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アジる

 「アジる」俗語で「アジテーション」(煽動・運動・議論とかいう意味)を略語としたものに「る」をつけた表現。

意味としては煽動するとかいう意味。労働組合活動や学生運動華やかなりし頃には盛んに使われていた表現。「アジった」となれば「煽動した」とかいう意味に普通は解釈される。

それがこの間何気に色んなブログにお邪魔させていただいてた中で

「いやあ。アジってしまいましたあ。」

とか書かれていたところがありました。お~今時珍しいと思ったんですが「あせってしまった・慌ててしまった」を茶化した表現でした。汗かいて「あぢい」(暑い)と「あせった」とを掛け合わせた表現みたいです。

そうか、もうアジる光景なんか見かけないからこういう表現しても誤解を招くことすらないのかあと。誤解の無いように書いときますけど別に批判しているわけではありません。言葉は時代と共に動くもの。ましてや元は俗語ですから。面白味が滲めばそれが勝ちですから。

同じ状況で使われてた「シュプレヒコール」とかも死語化してるんだろうか。

一応パソコンの辞書(俗語辞書)とかでは死語とかにはなっていないようだけどはたしてどの世代まで理解出来る言葉なんだろか。いまなら「がなる」とか「煽る」とか「演説ぶつ」とかになるのかな。

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無知文盲

物を知らないし字も読めんということで要はこけにする表現であろう。ものを知らないのにも程があるという呆れた様を評する言葉という感じがするので、自分を卑下する表現で使われてたかというとそういう使い方は記憶にない。

馬鹿にするとかいうレベルには思えないので全否定に近い執拗さを感じる。

どういう使い方をしても侮辱的になるので今の空気読みショーを美徳とするか一切関わらないという極端な二者択一な世界では使い道がないのだろうけど、私が小さい頃はそれなりに頻繁に日常会話の中で使われてたような記憶がある。

我が国は義務教育が徹底しているのだから文字通りに字が読めないとかいう人はおらず「白髪三千丈」並みの誇張表現ということで使ってた筈。なんか少し頭働かせれば分かるだろうにみたいなホントしょーもないことをしでかした奴を指して言う表現といった使い方だったか?ある意味聞く耳を待たない的なニュアンスとしても使われてたような。

決して「無知文盲」だからあいつは出来ないとかいうとかいう使い方はしていなかったような。予測ではなく起きた結果の理由というか原因というか。まあ卑下する表現であることに相違ないので言われた方がもしそう言われた事に気づいたらいたく傷つくので所詮陰口でしか使われないだろうけど。いい意味での使い方なんてあるんだろうか。

「何であんなことあいつしたんだ?」

「しょうがねえよあいつ無知文盲だもん。悪いことだと知らずにやったんじゃないの?」

みたいな使い方であろうか。もうこういう使い方はしてないな。人のことを言えた義理じゃないのにね。

どちらかと言えば今は

「無恥聞妄」恥を知らず妄想に聞き耳をたてるみたいな。なんて当て字の誤った表現の方がアリっぽい。

それとも「無恥悶々」か?欲望のままに社会性を無視して生きている輩とか。

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