2・2007年のテレビドラマ

SP第8回

嵐の前の静けさというかこれから起こるであろう出来事の大きさを予感させる休題閑話的な回のような気がしました。

しかし画が青みがかっていて、とても醒めた印象を持ちます。机はいつも綺麗なままだし。命を賭した仕事仲間ならもっと距離が近くなるものかと想像するんですけど、なんか独立独歩でみな各自がそれぞれ全力を尽くすイメージが強めに感じられます。

そんな中で一人残っているのに電気を消される繰り返しギャグは仲間としての愛情表現の裏返ったものなんでしょうか。SPという職業のことは殆ど知識がないのですが普通というか凡人にはなれない特別な人達ばかりだと認識しているのですが、そういう世界でもいじられキャラってやっぱリアルに存在するんですかねえ。それともお話を面白くするために導入された現実のSPには存在しないキャラなんでしょうか。

どんな場所や立場においても人は均一にはならないということなんでしょうか。人が集団を形成すると必ず役割分担が生じると言うことなんでしょうね多分。同じ役が被らずにみな得意分野が異なるのが理想なチームでしょうけど、そうなるとばらばらなそれらを束ねるリーダー力というのが重要になっていくわけで。

上がアホだとやってられんってのはどこでも一緒なんでしょうねやっぱし。

醒めた青の世界見てたら自分まで醒めた目線で観てしまいました。アツい展開にクールな画は合うけど、穏やかな(?)展開にクールな画は冷えるかなと思う回でありました。

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医龍2の最終回を見ての妄想的感想

艱難辛苦を乗り越えて無事手術は成功の大円段で目出度し目出度しでした。

しかし対比するかのように野口の凋落振りは劇的過ぎてマンガみたいと思いました。マンガが原作だからいいのかこれで。って働きマンでも同じこと書いたなあと。

で、ふとマンガ繋がりでドラマも繋がると奇想で面白いんじゃないかと。つまりコラボと言う奴ですな。だって野口の凋落が週刊誌の記事報道を大写しにしたものじゃないですかあ。この記事書いたのが豪胆社の松方弘子と言う可能性あっても不思議じゃないでしょうに。

働きマンのほうで院長のタレこみから始まる取材や記事にするまでを描き、医龍のほうでパーティが終わった後記者が突撃取材を敢行するって図なら、両方で登場人物共用でドラマに使えるじゃないかって。

医龍のほうのお医者さん軍団は働きマンの方には出る理屈がない分役者さんの共用メリットは働きマンが損かもしれないけど、医療問題における汚点を暴くという一話分のお話としてのネタができるのと「お金は国から戴く」と言うセリフからして国と相対していくにはメディアを味方にする戦略もあるだろうから、共同で野口という悪と片岡(内田さん)と松方(菅野さん)がタッグを組んで闘うというのも話としてはあってもつまらなくはないだろうと。でそれは働きマンの方で描けばいいんじゃないのかなと。

などという妄想話が医龍観終わって浮かんでしまいました。テレビ局も違うし放送日も一緒でないと成立しない妄想でおますが独りでウケてしまいました。

真面目に感想を書くと、面白かったです。3を観たいッス。それにしても朝田は一難去って又一難じゃなくて一手術終えて又一手術。旅から旅の渡り鳥みたいな人だと。定住すればいいのに患者さんを求めずとも助けを求めて皆やってくるのにとついつい思ってしまいます。すいません変な感想で。

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働きマン最終話

痴漢の冤罪をとりあげるなんて、映画「それでも、ボクはやってない」を観た身としてはまた随分と勝負したなと思いました。

「ペンは強し」というかメディアの手にかかれば真実は白日の下にさらけ出せるということなんでしょうか。確かに絵に描いたように決着をみて観てるこちらとしては溜飲を下げたというか気分爽快なんですが。一歩間違えれば冤罪と認めず出版したかもしれないわけで、限りなく猛毒にもなれば特効薬にもなるものだとメディアの力をこれでもかと見せ付けられたような気になりました。

今のところお蔭様でメディアに眼をつけられずひっそりと生きることができている私ですが、加害者であれ被害者であれ自分がそういう俎上に載せられたらと想像すると背筋がゾクゾクっとしてきます。真実なんてものは人の数ほどあるもんだと思ってるので。目線の向きひとつで悪にもなり正義にもなるという。

で感想としては、正直なところ映画と比較しちゃったので今回は特にマンガみたいと感じたんですが、原作がマンガでしたね失礼しましたこれでいいんでしたっけ。

しかし、最近つとにマンガが原作のドラマが多い訳ですが、原作に忠実であらんと欲する作品(のだめとか)と原作は原案であってドラマはオリジナルなストーリーという作品と折衷案というか中間的なお話しの作品とかに分類されるんでしょうけど。「働きマン」はどれに当てはまるんでしょうか。読んでないんで分かりませんけどおそらくは折衷案なんでしょうね特に新二との関係については。私的には好みですけど。

んで、前回までの大雑把な感想といたしましては、私新二目線で見てたような気がします。なので社会人としては尊敬できても人生のパートナーとしての松方弘子にはある意味冷ややかな思いがありました。

でも冒頭でいきなり花嫁姿での始まりは、前回からのお話の繋がりからいって夢だろうなあと思ったんですがやっぱ夢でしたね。それでも見ていて心地よかったですわ夢であれ新二と共にありたいと願う想いというものが垣間見られて。

あんないい奴いないですよね新二みたいな理解力と辛抱強い人って。それほどの奴にさえついていけないと言わしめる松方弘子ではありますがやっぱり新二がいいんだと思うところは可愛いなあと素直にそう感じます。

仕事中は常に100%男モード女モードはプライベートのみってなら別にどうって思わないんですけど、新二と別れた後職場の男子を新しい恋の相手候補として見回すシーンが以前あった通り男女を使い分けている訳ですし、彼氏がエネルギーの基となっている訳でもあるのですからありあわせの恋には走って欲しくはなかったですよ。前にも書いたんですけど、あんだけ一所懸命に生きてるんですからね。そのご褒美として恋も仕事も上手く行って欲しいものだと。

そういう意味ではまあまあ納得のハッピーエンドなのかなと。でもよくよく考えてみれば第一話の頃となんにも変わってないじゃないか、仕事に対する熱意と新二との関係が。エンドレスというか振り出しに戻ったともいえるわけで、そんなこんなで歳を重ねていくわけですね。悪い気はしないですけど。今後もこの二人ちょくちょくこういうことが続いていくのかなと。ま、いつか振り返った時に二人が繋がっていたら悔いのない良い人生だったと胸晴れるんでしょうね。うらやましいです。

後ドラマとはなんの関係もない感想ですけど、菅野さんへのどアップ多かったような気がしました。背中で芝居する菅野さんってのも観てみたい強欲な私です。沢村さんの唄声もちょっとハスキーっぽくていい声だなと。松方と荒木の女友達のシーンでは竹内まりあさんの「FOREVER FRIENDS」という曲がいつも頭の中で浮かんできました。具象化するとこんな感じなのかなと。

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ガリレオ最終話

最終回の感想はやけに作り手の意図から外れた無茶ブリみたくなってしまいました。私の勝手な印象(妄想)なんですが、木島の行動はガリレオの推理(貴方は私に罪を被せようとしている逃げようとしている)とは違うという感覚になりました。木島はそう思っていたんじゃないだろうと。

木島(久米さん)自身も吹き飛ぶつもりだったと言う前提での話しなんですが、形は理想じゃなくとも一応の研究が完成をして目的を遂げるも、その完成のために生きがいまでをも犠牲にしてしまって、生きる目的を失くし世を儚んで東京の半分を巻き添えにして自殺を図るなんて。ホント迷惑なお話です。しかも自分じゃスイッチ押せなくて人にやらせて生きるか死ぬかの賭けに出るなんて。随分なやっちゃて感じですよ。

ま、ガリレオの推理どおりだったら生き残る半分のとこでシャンパン飲んでるってことになる訳ですけどね。そのほうがやっぱり正しいんでしょうね。生き残らなくちゃ悪党らしくありませんものね。でもなんであんなまわりくどい方法でガリレオに罪をなすりつけようとしたんでしょうか。(それをいっちゃあお終いか)

しかし忌まわしい過去において、正しい倫理を以って正義の元に告発したのがガリレオではなく助手だったそうでってもしかして栗林(渡辺さん)だったのでしょうか。勝手な想像ですけど助手歴長いっていってたからもしそうだったら見直しちゃいます。いい人だけじゃなかったんですね。

爆弾を解除する様は物理学者同志ならでは心理戦みたいで面白かったです。まず最初に珈琲飲むとこなんか冷静沈着の権化みたいでしたもんね。謎解きゲームにしか見えなくもないけれど、少なくともゲーマーのような快楽というか生きがいみたいな眼はしていませんでしたから真剣という表現で正しいんですよね。最後は非論理的な決断というのは理論万能への皮肉なんでしょうか。変に深いです。って深読みのしすぎか。

画としては、もう会わないと宣言するときの、シルエットで会話が紡がれてその表情については観る側の想像の範疇で進行していくところが好きでした。どうともとれる曖昧さじゃなくて、お互いに想ってる事と言ってる事のギャップが顔に出てるんだろうなあ(無理してる・心に正直じゃない)と見て取れてそれなりに想像が膨らみました。

最初の頃の方で音楽の印象が薄いと書いたんですけど、今回は迫力というかインパクトがあるように感じました。1・2話見直してないんで変わってきたのか、観てる自分が馴れてというか世界観にはまってきたからかは分かりませんが、とにかく音と映像両方とも迫力を感じました。ゲーム音楽みたいに何度も繰り返し聞くことによって印象って変わるもんなんですかねえ。それともパワーアップされたんでしょうか。

次は映画でしたよね確か。でかい画面で観る研究室はどんなだろうとワクワクします。なんか最終回ってなってるけどこれで終わりって感じが全然してません。むしろプロローグが終わっただけって感じで。

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風林火山

*風林火山35話・2007/09/03

毎週見てるんですが、今週の「リツ」役の前田亜季さんにはびっくりしました。

「リンダリンダリンダ」のイメージを引きずってるとはいえ、時代劇だからこそのけれんとはいえ、声も顔立ちも「え?」ですよ「え?」。

なんか物凄く大人になったみたいで、1・2年でこうも変わるのかとホントびっくりです。マジで別人28号の同姓同名じゃないかと疑ってしまいました。1985年生まれの方だから22歳ですよねえ。

まあ、舞台も経験されてるから役者としての引き出しを沢山お持ちなんでしょうが、それにしても見た目だけでなく漂う雰囲気までもが以前持ってたイメージを覆すインパクトを感じて「役者やのー」と叫ばずにはおれません。前田さんのHPにお邪魔したら、最終話までお出になられるとか。

しほりんが早々に逝ってしまって個人的に注目の役者さんがおられないまま、それでもドラマ自体が面白いのでズルズルとひきずられて見てたんですが、ひとつ愉しみが増えそうです。

*風林火山36話・2007/09/09

35話から前田亜季さんの「リツ」が登場されての話。、後ろに流れる音楽からして明らかに特異なキャラクター設定で、笑いを取ろうと言う訳ではないのだろうけれども、「リツ」と接しての勘助のどういった面を引き出そうとしているんでしょうか。振り回されるという点では、しほりんの「ミツ」と一緒なんだろうけど、それだったらSGファンとしては「リツ」でしほりん復活!でも良かったじゃんと思わないでもないです。

とは言え、「リツ」のさばさばとあっけらかんとしたキャラクターは前田さんこそって感じもしないでもないし、贅沢に両方見てみたいってところでしょうか。「ミツ」には母性という慈愛を持った勘助に対する想いがひしひしと伝わってきて感動したけど、「リツ」はどういう想いを魅せてくれるのか興味津々です。

いずれにせよ、姫様の登場する回はいつも、つい息苦しくなるのでこういう元気な登場人物は大歓迎です。願わくばこういう考えを持つ人が少数派でないことを祈るばかりです。重厚こそが大河ドラマの醍醐味と考える人が大勢を占めるとなると、私は明らかに少数派ですけど、バランスさえよければ両方見れたほうがいいじゃんって感じです。

*風林火山37話・2007/09/16

よくよく考えてみれば日本で最後に残った現代劇の要素をとっぱらった純度100%の時代劇なんだ大河ドラマっていまさらながら気づきました。セリフの間・言い回し全てそうなんだ。生身のリアル感を求めるよりも形式・様式を美しくするための芝居として培われた時代劇という別世界を堪能すべき作品なのだと。セリフが大仰だとか溜めがけれんだという違和感もまたをかしとしなければいけないんだと。

当初甲府の最下層の人間の物語だったこともあって人間味というものに引っ張られていたから晴信がやけに浮いてるように感じてたけど、ここのところは逆に晴信がやけに人間っぽく見えてしまうほど勘助が武士という異空間の存在になっているように感じられます。影虎が出てきて益々その考えに確信を持つようになってきました。

今回は北条と長尾・上杉の両シーンが特に武士の美というものを描いていて様式美として決まっていたと感じられました。竜若丸の目が印象的でした。ただひとつ私の好みで無い点は妻鹿田が現代風のお芝居になってた風に見えてしまってそこだけ人間劇の持つ人間の感情が見えたようで、好みの問題ではあるけれども、武士は人間じゃないから面白いというところから外れてしまったように感じました。(じゃ、どうせいっちゅうんじゃといわれてもアイデアがある訳じゃあないですけど)

タイトルは「母の遺言」なので今回は大井夫人(風吹さん)が主役なのでしょう。もう上手過ぎて何も言えません。何か書くのは黒澤映画や小津映画に講釈たれるような不謹慎なことのようなものでしょう。もう堪能したのみであります。

あと凄く脱線するんですが、池脇千鶴さんが何故か今回は綺麗に見えました。(勿論いつもお美しいんですけど今回は特にということで。)

*風林火山39話・2007/10/03

私の上杉謙信のイメージは幼い頃に見た「天と地と」の石坂謙信でかたまっています。以後の様々な作品で謙信が登場したときには、謙信役でお出になられた役者さんには申し訳ないんですが勝手に石坂謙信に置き換えて物語を見てました。

なので今回もそのつもりでいたんですが、Gackt謙信も良いじゃないかと揺らいでおります。上杉謙信のストイックな部分というものがGackt謙信の方が石坂謙信よりも強く感じられるのです。Gacktさん御本人の活動は失礼ながらあまり良く知らないのでどういう点でストイックさをお見せになられているのかは分からないんですが、戦国乱世の世で私利私欲に走らないその為に女人を絶ち毘沙門天に誓う上杉謙信と、Gacktさんが漂わすストイックなオーラとが私には何故か重なって見えるときがあるのですわ。まあ多少装束が気にはなりますけどそれを吹っ飛ばすものを感じます。

今回はお芝居的にも市川晴信が諸角を許すシーンなどは正に歌舞いた芝居で、Gackt影虎がけれんなお芝居でそれを補佐する緒方宇佐美が歌舞きもけれんもしないそれでいて重厚なお芝居とあって、しかも今回は伝兵衛たちの軽いお芝居とかも混ざったりとホント色々な種類が見れて見ごたえがありました。

私の勝手な解釈で歌舞く芝居とけれんな芝居の違いっていうと、以前ウッチャンさんのコントで、何かの大御所が現代劇なのにひたすら歌舞きまくってそれが異常に浮きまくってる姿が笑えるという、(確かキャメラマンの木村大作さんがキャメラマンの役で出てられてた様な記憶が)コントがあった筈なんですが、歌舞くもけれんも仰々しくて多少嘘くさくて大袈裟でリアル感よりも説得力・存在感のインパクトを強調したお芝居で、そこのところは一緒なんですが、歌舞く芝居は現代劇にはそぐわなくて、けれんな芝居は現代劇から発生してるというのが違いだと思ってるんですよ。

そんな薄っぺらい違いじゃなく他にもある筈なんですけど、どう違うのかうまく表現できないんですけど、今回の影虎と晴信を見比べて確かに存在するというのが再認識できたような気がしました。あきらかに違うと。

なので皆さん中途半端に合わせる芝居じゃなくそれぞれ異なる表現手段をとられているような気がしてそしてそれが個性的でかといってバラバラに散漫的になっていないところが面白いというか凄いというか。

でも高橋馬場はなんか中途半端な気がしてます。高橋和也さんて現代劇だといい役者さんだなあというか、私の好きな作品に大抵出演されていてしかも印象に残るお芝居をされる方で好きな役者さんなんですが、今回に関してはなんか違和感を感じます。勿論あくまで私の感想なので評価判断している訳ではありません。素人がそんなことできる訳ないですから。

*風林火山40・2007/10/08全然ドラマの流れと関係ないんですが、福田麻由子さんがドガンコ可愛いんでホントびっくりしました。笑ったときのくしゃっとした笑顔と泣くお芝居の印象深さが特徴と言うか上手いというか。末恐ろしい才能を持った人だなあとは思ってたんですが、今日のお姫様役見て可愛いというか顔立ちの整った美しさをも兼ね備えてる人なんだと新しい発見した思いです。とはいっても年齢的にこれから青春ドラマにいざ出陣というお年頃。上手いからと言って実年齢無視した背伸びするような役とかに振り回されることなく、歳相応でいって欲しいですね。今回は歳相応な筈なのでいたいけなはかなさを感じれてとにかく印象に残りました。

母親役の池脇千鶴さんは対照的に実年齢考えると、化けるのがホント上手い役者さんだと感心しまくりですわいな。確かまだ20代で独身ですよねえ。「学校の怪談物の怪スペシャル」にも書きましたがアイドルみたいな可愛いだけ(御免なさい)の人かとそのとき思ったんですが、とんでもない思い違いで恥ずかしい限りであります。そういう意味では私の書くものに信憑性なぞないというのがバレバレなんですが、今回の子を想う母親の心というものに心が揺れました。一体幾つまで年齢さば読めるんでしょうか、流石に高校生はもう無理でしょうけど上なら100歳くらいまでいけるんでしょうかねえ。ビールのCMでははっちゃけておられるしさりげなく凄い役者さんだと改めて思いしらされました。

谷原章介さんは「出るトコ出ましょ!」を見た後なんで、正直イメージ引きずって笑っちゃわないかなと思ったんですが、きっちり今川義元として見れました。あまりにも強烈な役にはまっちゃうとそのイメージから抜け出せなくなるときもあるのだけれどもそんなことはなかったですね。よかったです。なので安心して「出るトコ出ましょ!」連ドラ化してください。見たいです。

それと平蔵とリツって今回どこに出てました?出演タイトルには名前が連なっていたけど出演のシーンがどこだか気づきませんでした。

AND ほんとどうでもいい話なんですけど、「織田信長に攻められ三河で戦のさなか」というセリフ。信長の父信秀が急死したのが1551年。三国同盟が1554年信長はこの時期はまだ尾張そのものを統一してないような気がするんですがその状態で今川に喧嘩売ったんですかネエ。なんかちょっと不思議ではあります。史実なんでしょうか。ほんとどうでもいい話ですいません。

*風林火山42話・2007/10/22

なんか久し振りに佐藤慶さんを拝見したような。若干声が変わられたような印象を受けたんですが、佐藤さんが画に入ると決して重苦しくない重厚感が増すので、これからもお元気で沢山の作品にてその存在感を観てみたいものです。

今回は「一方は己を高く一方は己を低く見過ぎておる。まるで天と地じゃ。」と言うセリフに何故か過剰に反応してしまいました。

前回で雪斎が後の家康に述べた信玄評に全く同意する謙信派の私としましては、「天と地と」という表現は謙信を表わす言葉と同義な重みのある言葉なのです。

「天と地と」とは、正しき道や心の持ちようを「天」戦国乱世の現実を行き抜くことを「地」その両面を「と」と言う文字でつなぎ自らを生きた上杉謙信を表現した言葉と私は理解してきました。それは小さい頃大河ドラマ「天と地と」を観て、それなりに大きくなってから海音寺潮五郎先生の本を拝読しての私なりに至った解釈です。

NHKには受信料払ってることだしお金払って観る映画やDVD並みにとツッコミ入れて品の悪い自分勝手ないいがかりをつける客と思われても仕方ないんですけど。上杉謙信の生き様を表わす言葉として刷り込まれている私としては、どうもなあと言う気がしてならないのです。

天の反対語が地というのは知っています。使い方が間違っていないのもわかります。でも思わず連想してしまうので影虎と勘助を比して述べる言葉にしては欲しくないというのが率直な気持ちです。他の番組ならともかく同じ大河なんですから。

以上いちゃもんチェックでした。多分誰も同調することはないでしょうけど。

*風林火山最終話・2007/12/17

受信料払ってるから民放ドラマと違って多少悪口とも取れるようなこと書いても罰が当たらないだろうと考える罰当たりな私です。役者さんに対して異議申し立てしてるわけでは毛頭ありません。お芝居に関しては素直に感動しました。

でもねと単純に違和感を憶えること。大仰な時代劇にして往々にありがちなこと。雑兵は一太刀で絶命するが偉い人ほどちっとやそっとの太刀数や矢数では死なない。まあ上にいる人ほど強い精神力があるからといわれればそうなのかもしれないですけれども、戦場でのリアルな臨場感を削ぐ結果になるので劇的ではあるけれど私の好みではないです。

勘助の遺体を重臣たちが囲んでそのあと勝ち鬨を上げるとき、そこにいるのは重臣と信玄のみで他は草生す屍のみという光景。一応戦場ですよ。忍者がとまではいかずとも命を狙われる危険はある訳だからあれだけの人数ってことはありえないでしょうに。勝ち鬨だって全軍でやるべきイベントであって勘助への野辺送りという筈もなく。

視聴率的にも悪くないドラマだった筈ですよね確か。それにしちゃあ合戦のシーン省エネというか人が少なかったなあと。こじんまりとした合戦みたいでした。歴史上において激闘が繰り広げられた川中島の決戦にしてはということです。

役者力を愛でるドラマなんだからぐちぐちゆうなという反論はごもっともですが、大昔の事とは言え戦争という殺戮の場を描くわけですから、戦争は無情で悲惨なものであってしてはならないと言うメッセージとしての部分も描くべきなんじゃないでしょうか。侍の美学といった綺麗ごとだけで済ましては欲しくない想いがあります。

洋画とかでいろんな特殊効果を駆使してありえないことでもリアル感で魅せるこの時代にリアル感を無視した昔ながらの役者力だけに頼るというのはどうかと思います。時代劇はもう形式として完成しているのだから時代遅れでいいという論理なのでしょうか。

それにしても終わってみれば全部見た大河ドラマなんて何10年振りだろう。しほりん目当てで観てそのままずるずると引きずられて最後まで観てしまった。謙信ファンなので信玄は敵キャラなんですけどね。今年はちりとてちんと風林火山ずっと見てるからなんか久し振りに受信料払ってる元は取ったかなって気分です。

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ハタチの恋人漠然とした感想

まずは遠州弁で素直な感想。

はあ終わった話だで冗談で済むでいわしてもらうけどねー。

あのさ~、まあちゃさあ。あんたせっかくお在所遠州っつう設定だっただに、なんで遠州弁で芝居してくれんかったよお。遠州弁の使い手の役者さんっつったら数えるほどしかいもしんにぃ。ここで使わにゃはあ使うときないかもしれんじゃんか。

それに方言可愛いなんて映るの若いうちだけだにい。大人のおんなんなったら封印しんとかんくなるだで今やらんでいつやるよー。

と、ドラマのストーリーとはなんの関係もない感想が真っ先に浮かびました。最終回のシリアスな会話シーンが遠州弁じゃ様にならないので勿論冗談です。

全体的なお話の流れとしては初老にむかいつつある男にハタチの女性が恋愛感情を抱くという設定に大分時間を費やしたような感じがしました。そこに至るまでに嘘をついて繋ぎとめるという様が長く感じて正直しんどかったです。嘘がもっと早めにばれてその後の瓦解という方に焦点を当ててくれた方が観やすかった気がしてます。

父親を知らずに育ったとか、都会に一人で住んで温もりを求めていたとか相手は著名人などといった色々な設定をつけて異様な年の差カップルという現実性を模索されたんでしょうね。説得力を高めるための苦心で苦労されたんだろうなあと思います。男親への想い・娘ではないのかということにもう少し早めに心情の変化を切り替えた方が良かったんじゃないでしょうか。お母さんが登場してきてから急にドラマが締まった感がするので余計そう感じました。(まあ本音はもっと早くから小泉さん見たかった)

終わり方はそれなりに明るいエンディングだったのはとりあえずよかったねって感覚です。こういう決着なら第一話の冒頭でユリの結婚式シーンから始まってそういえば出会いはこういう始まりだったねというところから始まるってのもアリかなと考えたりしました。由紀夫ちゃんも圭祐も正装で(ついでに風太も)誰が婿殿か分からない状態で、そのあと過去に遡って物語が始まるって感じで。

私は「長澤まさみ」を応援すると勝手に名乗りを上げてる身ですので、いいことばかりヨイショするつもりはありません。応援するということは長く観続けるということですので、私的に物足りないと思ったところも素直に書くことにしてます。(なにしろ私にはなんの影響力も説得力もないので書いても問題ないんじゃないかと)具体的にじゃあこうしろああしろと注文をつけてるつもりは毛頭ありません。ただそう映って見えたということです。

役としての心情の変化の変節と言う点では、①有名人へのお近づきへの計算ずくの愛想・②暖かく優しい温もりに心が揺れ地位に対してでなく人として興味が湧く・③嘘だと分かり思惑がハズレ怒りのやり場を探しきれない・④もしかしたらこの共鳴する感情は父親だからではないのか。という流れを演じ分けなければならなかったのですが、②の部分が分かりづらかった感想を持ちます。③から④への変化が急激過ぎていまいちついてけませんでした。野郎の視聴者目線なので女性の方の視聴者目線だったらそうは見えないのかもしれませんが私にはそう感じました。

お在所(実家)でのお母さんとの会話シーンがよかったです。多少気の緩んだ家にいる安堵感が感じられて。それでいて話してる内容は凄く真面目な話をしてて、いい親子だなあと感じました。

全体としては終り良ければ全て良しってことで。まあそんな感じです。美辞麗句で飾って推奨するほどの感激は・・・・だよねえ。

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医龍2の6

第10話。最終回への序章。さあ面子は揃った。あたあもう、迷うことなく全力で「時間がない」雄太の命を救え。という決意と決断の回ですな。

ここまできたら山越え谷越え乗り越えて、艱難辛苦乗り越えて各々方抜かるでないとばかりの吉良邸討ち入りぞってか。ここまできたら「救えなかった」なんてありえないわけで、これから起こる様々な試練にひたすら打ち勝つドラマの醍醐味を最終回で味わえるわけでいとをかし。

ハラハラドキドキの仕掛けとしては野口の妨害と運送中のトラブルを見せてくれたわけですけんど、それに加えて来週はどんな試練が追加されるんでしょうか。

終わりが確定してる(患者の命を救う)といっても過言ではない筈で、なのでそこに至る試練をいかにクリアしていくかが最大の見せ場でしょう来週は。先が読めないどんでん返しが最近多い中で、これだけ王道的なドラマは珍しくなってるような気がしないでもないんですが思い過ごしでしょうか。

終わりが読めないと試練を乗り越えるのかどうかさえもわからなくて辛いと感じてしまうんですけれど、最後こうなるってわかってるとMじゃないけどもっと試練をと思っちゃいますねえ。苦労した分報われる喜びが大きいってやつですか?

この日の為に頑張ってるという生きる張り合いみたいなものが観ている自分にも感じられる最終回になるといいなあと思っております。

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働きマン第10話

おっしゃー!ですわいな。6話で風邪こじらせてまでも働きマンに変身したのが自分や仕事のためではなく、新二のために。だからこそ可愛いなあと感じてたのに、別れちゃうなんて「嫁にしたくない女NO.1」てセリフなるほどなあと説得力を感じたんですが、最後のシーンと最終回の予告でもしかして?と期待をしてなんか来週が愉しみです

新二とより戻さなきゃ納豆喰うじゃないや納得できません。頑張ってる人にはきちんとしたご褒美が訪れなくてはならないのです。非現実的だとたとえ揶揄されたとしても、それが観る者に夢を与えてくれるのがドラマの醍醐味じゃないですかあ。恋も仕事も両手に花でウェディングじゃないやエンディングを迎えて欲しいところです。あくまで私の希望です。

ってなことを前回も書いたんですが、そうなってくれそうな最終回で期待増です。

10話でのお話しに戻りますが、今回は二点が主題だったと解釈してます。親の愛情と事故現場での傍観者の存在。

「子離れしてくれ~」というセリフは嫁にいかない限り無理でしょう。女親は結婚してから娘とは新たな関係性が生まれるものですが、男親は嫁にやってしまえば途切れてしまうもんでしょうに。娘の行く末が心配なんて反語のようなもんでむしろ逆の心境のような気がしました。面倒みれるのも今のうちだけという。娘にしてみれば男親の心理なんてわからないもんなんでしょうね。弘子は別れ際までにはしんみりとしてたけど、おそらくは親の心子知らずな気がします。もっとも逆に弘子が何にしんみりしてたのかはよく分かりませんでしたけど。

で、余分なことなんでしょうけど今回の松方弘子は娘というか子供としての可愛さに見えました。こういうとこまで作り込んでるとしたら菅野美穂という役者さんはバケモノみたく上手いってことになる訳で。まさかねとは思うんですがもしそうだったらすんげーっすマジで。

事故現場での弘子の視点というのは、同感というか確かにそう思いました。

人の生死に関わる事ばかりでなく、何か事あるごとに携帯構えている景色は私的には不気味でしかありません。目に焼き付けると言うか、自分の眼でモノを見ない・記憶に宿さずに、携帯と言う機械に頼る様は異様です。永遠とはどれくらいを指すのかという問いに、死ぬまでと答えることもひとつの正解だとすれば、機械は永遠ではない。だけど鮮烈な記憶はその人にとって永遠に残るものの筈でしょうに。だとすればまず記憶に留め様としないのはその人にとってたいしたことではないと言うこととも言える訳で。事故がたいしたことないなんてどうかしてるとしか思えません。携帯と言うフィルターなぞ通してモノを見るから現実が見えてこないとも言えそうです。

で、肝心の記事は「今の世の中何かが違う。その思いをストレートにぶつける・・」というくだりからだけではどういう内容というか切り口にしたのか私の頭では想像できませんでした。問題提起で終えたのか、かくあるべきとまとめたのか意見を述べたのか事実のみを第三者的に伝えたのか。リアルに疑問に思ってることなのでその記事読んでみたいです。

さてもさても、最終回はどうなることやら。ホント愉しみですわいな。でも録画でしか観れないんだろうな多分。

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働きマン第9話

師走です。能天気マンの私ですらリアルタイムで番組観れなくなってます。

なんで休みの日にまとめてヨーイドンとマラソンの如く一気一気!という状態。

こういう時好みが自覚がなくても出るもんですなあ。観たいものから手が出る次第で。食べ物は好きなもの最後に食べる主義なんですけどドラマは何故か観たい順。

と言うことで働きマン後の方になりました。なんでかってえと、新二と別れたから。働きマン松方に正直感情移入出来ないんです私。むしろ新二の方を分かりたいって感じで。

風邪をこじらせても頑張る姿が可愛く見えたのは、新二とのために働きマンに変身したからであって、そういうところがいじらしいなあと思ったんですが。なんかきっぱりって感じで、そこんとこは人生が永遠に続く中のワンシーンとして現実的というかリアルだなあとは思うんですが、ドラマという区切りのある時間枠の中でしかもこれだけ新二といる空間を描いてきた以上、仕事も最愛の人も両方手に入れるというハッピーなエンディングを期待してしまうものです。

影響力というものがどれほどあるのか分かりませんが、何かを犠牲にしなければ何かを成せないというのは(現実だとは思いますが)このドラマを見て自分も頑張ろうとか勇気をもらったとかいう励ましや応援としてのメッセージが伝わらず、リアルな社会描写ドラマになってしまう気がしてきます。

私より上の世代だとモーレツ社員とか働き蜂だとか揶揄されても皆一心不乱に働いてた時代に、すちゃらか社員で「サラーリーマンは気楽な稼業と・・・・」という真逆の人間が特異の映えて目立った時代と違って今は人の数ほど道がある時代ですから働きマンが働く事の指針とは必ずしもなりえないのでしょうけれども、頑張った人にはご褒美があるという終わり方がいいなと。公私共にね。

ドラマの流れというか空気感は明るくコメディっぽく見える風に感じるのですから、この作品をみて元気をもらえるようになるためにも新二とよりを戻して欲しいなと密かに思ってるんですが、原作読んでないんですが聞いたところによるとそうはならないみたいで残念。

でも観ますよ最後まで。

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SP第6回

もう第6回。テンポというか本広調のペースにはまってるせいなのでしょうか。それとも単純に時間が短いからなのでしょうか。あっという間という感じです。

殺し屋の一の矢が折れた回でしたが、上手の手から水が漏れた犯人確保の理由がハイライトというのはびつくりでした。あまりにも意外だったんですけど、振り返ってみればしょっちゅう煙草のシーンを見せてくれてましたから不親切な意外性ではないのでやられたあという感じでした。ただシャワーシーンの想像はあまりにも描写が具体的過ぎていくら能力値が正常な人間よりも高いとは言え凡人の感覚からすると要点だけ想像するだろうに。あそこまでリアルなら犯行に及ぶ側のシュミレーションとして描いた絵というほうが説得力があったような気が若干しました。取らぬ狸の何とかと言う奴で。

しかしプロの殺し屋集団が、あまりにも普段は普通の人間として違和感なく一般ピーポの中に埋没して生活してるというのは怖い話しではあります。前回の軍人さんとは又違って殺人を生業にする人が殺人に対する意識が仕事と割り切っているところはホント怖いです。殺人に罪の意識がないというのはモラルがどうのこうのというレベルじゃあないですからね。

肉弾戦(格闘シーン)もいいんですけど双方の心理戦みたいな部分が面白くて話に引き込まれてしまいます。音楽も印象を煽るというか相乗効果があって緊迫感が増す感じですし。

実際の警察とドラマの警察を同一視してない上での話しですが、ただあまりにも政治的配慮というか、組織だから仕方のない部分は確かにあるんですが上層部の意見と言うものが強く影を落としている(足かせになっている)ように見えてきて、警察(ドラマ上の)に対する信頼を損ねてしまうような負のイメージがついてしまうのは、ドラマとして夢を売るというか観終わってスカッとするためにはもう少し甘めにして欲しいなと想いました。勿論井上と尾形の過去にまつわる関係でこういう敵にもなりうる設定であるのならば致し方の無い事ですけれど。最前線にいる人達のお話ですから、彼らが今日を如何に懸命に生きるかと言う様を愛でる作品なのでストーリーの今後なんて予想もなにもしてないんですけどね。

なのでそんな先よりか、二の矢がどうなるのかが気になります。

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