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衆と衆ら その3

遠州弁し行

「衆」に「衆ら」

共通語の使い方とは異なる点を補足追加。

共通語における「衆」は辞書を引くと

①多くの人。②人数の多い事。とある。

従って共通語の場合、衆が使われれば人数は複数でなければおかしいということになる。

しかして遠州弁の「衆」は複数とは限らない。

「あの人見ん衆だもんで。」

と言う言い方をする。これを分かり易く訳せば「あの人は見た事が無い人だから。」といったものになる。

この場合の「衆」は「~に属する人」・「~の部類の人」とかいう意味で、直訳すれば「あの人見ないに分類される人だから。」ということになろうか。

「衆ら」で複数となる。訳す際には「人達」ということになる。共通語の「衆」=遠州弁の「衆ら」ということになろうか。

こういう「衆」の使い方は共通語とは違うから独特に(方言として)変化したものなのかというとそうでもないらしく、ネット辞書には

接尾語で、人を表わす名詞に付いて、複数の人を敬意または親愛の意を添えて言い表す。古くは単数の人にも用いた。例「旦那衆」・「見物人衆」。とあって昔の日本語といえるのかもしれない。

「見ん衆」とか「やらん衆」とかのように遠州弁では必ず人を表わす名詞に付くとは限らないという点は異なるが、単数にも用いるという点では古い日本語が遠州ではまだ残っていまだに使われているものと言えそうである。

それと、確かに「見ん人」というよりも「見ん衆」と言う方が親愛程ではないにせよ温かみのある言葉として聞こえるものである。敬意についてはほとんど無いだろうけど。

古い日本語の生き残りということであるならば、遠州に限ったことではなく広い地域でまだ残っているであろうから、「衆」は遠州弁というものではなく遠州でも残ってるよというものと思われる。

なお、「犬派・猫派」というのを「犬の衆・猫の衆」(厳密には「犬が好きな衆・猫が好きな衆」の略形)とかいう使い方もするので「衆」は必ずしも単数専用というものではない。

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