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俗語と方言の境目

遠州弁関連

俗語と方言は紙一重

方言というのはある地域だけで使われる言い回しといったものであろうか。

俗語(俗表現)というのは辞書には載らない言葉という解釈も出来ようか。

辞書にはないということであれば方言も当然その部類に入るわけで

地元民でなければ(他所のひとにしてみれば)方言か俗語か区分する必要はないのかもしれない。

地元民であっても発してるそれが方言なのか俗語なのか分からないものもたくさんあろう。

そう思えるので、このブログでも俗語なのか方言なのかどっちなのか明確に区分しないで遠州(主に浜松)で日常発せられている表現を載せている。まあよく分からないのでという理由が大きいからでもあるが。

俗語は流行語程ではないにせよ一過性が強いもので暫くすれば誰も言わなくなるもので、方言はそれなりの年月の蓄積があるという違いがあるのかもしれないが。

実体験として明治・大正生まれの人は「づら・つら」の使い手で昭和以降は「じゃん・だら」の使い手が主流を占めるようになってるという変遷を体験してる身なので、方言と呼ばれていても案外一過性を感じたりもするところである。

それでも遠州弁の中には辞書には載ってないが古語辞典には載ってるような言い回しとかもけっこう普通に今してるというのがあるわけで、多少は古い言葉を長持ちさせてる方言と思えなくもない。

ということで新旧ごちゃまぜなところが遠州弁のいいとこであろうと納得するしかないのだが、私の遠州弁は昭和でほぼ止まっており決して最新のものではないという自覚があるくらい言葉は流れているのを実感するものである。

「めちゃ」も「めっさ」も私は使わない。「がんこ」か「えらい」で十分である。

最新を追ったら我を見失ってしまうだろうからクラシックと呼ばれようが自分の感じたままに遠州弁を探していってる次第。

で、タイトルのお題に戻るが、方言と俗語の境目なんて区別してないというかしようがない。というのが私の結論。

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