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「ない」の使い方 その1

遠州弁的言い回し

例えば、声援を送るのに「がんばりないよ」というのは

他の地域の方言としてはいざしらず、遠州弁に於いては変である。

レベル 初歩

ガンバレと声援を送るのに

「がんばりないよ」及び「がんばんないよ」

と発するのは、他の地域の方言なら変ではないのかもしれないが遠州弁に於いてはおかしいと感じる。「がんばってね」と言いたいのだとしたらこれは間違いであろう。

屁理屈をこねると、「ない」で「なよ」(なさいよ)であり「ないよ」などとしたら「なよよ」と言ってる事になるのである。

「ない」を「なさい」として、それに「よ」を足して「なさいよ」という意図で「ないよ」としたのであろうと思われるが、例えば関西風味である「がんばりなや」に「よ」を足して「なやよ」と言ってるのと同じで屁理屈的に考えると「ないよ」という言い方は余分なものをくっつけたものといえそう。

視点を変えてじゃあ「ないよ」という方はまったく無いのかというと「寄っていきなよ」というのを「寄ってきないよ」という言い方は存在する訳でまったく無いというものではない。しかしてこの場合の「よ」は「なあいだろ?」という命令の意を強く確かめるものである。「ない」を強調した言い回しといえようか。これを「がんばいないよ」に当てはめるとその意は「頑張りなさい分かった?」という感じのものになり声援という域の言い回しではなく強要に近いものとなる。

だったら「よ」を取って「がんばんない」と言えばいいのかというと、屁理屈的におかしい部分を示すことは出来ないが実際使ってるニュアンスでいくと「まあ(せいぜい)がんばりなよ」みたいな上から目線であり、同列もしくは下の者が発したら大層ムッとされることとなる。

「がんばりない」・「がんばんないな」としてもほぼ同じ感じである。

つまりは励ますという場合に「ない」を使う事がおかしいというか相手に無礼。「がんばんなよ」とお仕着せというか頑張らなければ駄目だよと説教してるみたいな感じになる。共通語に於いても「がんばりな」といわれて励みになるかどうかというのと同じ感じだと思われる。

では実際に普通使われるのはと考えると、遠州でも「がんばって」であろう。

それでもどうしても方言っぽくしたいといのであれば

「がんばりなよ」だったら「がんばりい」あたりか。

「がんばらないと」だったら「がんばらんと」。

「がんばってね」・「がんばってねえ」だったら「がんばってや」・「がんばってやあ」。

「がんばれ」だったら変化なく「がんばれ」だよなあ。

「がんばろう」だと「がんばらまい」・「がんばりまい」。

「がんばろうよ」は「がんばらまいか」・「がんばりまいか」。

といったものであろうか。詰まる所あまり「がんばれ」については遠州弁独特という言い回しは無い気がする。

「がんばれ」の「れ」を命令・指示口調と捉えて、それじゃきついだろうということで「ない」を使ってその口調を和らげようという思惑はこの場合通らないものである。

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