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ひとりじゃない その5

 それぞれが過去を清算してさあやるぞという最終回に向けての前段だったのかな。

印象に残ったセリフは「知らない事は罪だ」。

ひねくれた考え方でいえば人を殺すことは悪い事だと誰もが知ってる事だろうに。だのに何故毎日ニュースで殺人があったことが告げられるのだろう。知っていたって罪を犯す奴は犯すんじゃないのかという考えだと知らない事は罪だというのは一概に言い切れないような気がしてくる。

まともに考えれば人が人を傷つけるという事には二通りのものがあってそれは先に述べた判った上での行いと気付いて居ぬ間の行い。その後者の傷つけ方は知れば防げるものだという事。

今の世の中はおれおれ詐欺やら全うな商売でもノルマ達成の為ならとかで罪であろうとなかろうと社会全体が「知った上での行い」が横行していると思え、出来れば現代に即した「知らない事は罪だ」の次のレベルの過ちの否定を示して欲しかったな。

ところでこの主人公の生活レベルというのは恵まれているのだろうか。それとも本人が努力(リハビリ等を含む)すればこうなれるといった普通のレベルなんだろうか。

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LADY・最後の犯罪プロファイル その5

 消化不良を感じた勢いだった哉。前回が俄然面白くなりかけていただけに肩すかしを食らったみたいな感じ。

相変わらずの粗相をチームのせいにするいらん子扱いが見づらいところでもあるし。チームそのものも勝手に動き回っててこれじゃあ組織に嫌われるわなという納得するところもあるし。

それよりも消化不良に感じた第一の理由は、モンスター本人は嗚呼勘違いのなんたるやというのは暴かれたけど、彼の持つ主人公に対する興味を示した理由とかそれに関係する知っている事の説明や提示がなされないまま刑が執行されたという展開が消化不良の原因か。

おそらくははったりという事であったということと想像されるけど、それにしてもあのチームの上を行ってるという存在感は展開的には惜しい人を失くしたものだと思えてくる。なにしろ彼らの上を行く存在というものが居ると居ないとじゃ目指す先が見えるか見えないかという違いになるような気がするので。

このチームは極上だけどまだ最高じゃないというのを提示しつつスキルアップしてく様が描かれた方が観易いのになと。

モンスターの方もひとりとかふたり相手になら高飛車不遜な態度なのに四人打ち揃っての相手となると何故か急に臆した風に映って案外胸板が薄かったな。

それとホントドラマとは関係ないどうでもいい感想ですが、画的に主人公の眉毛が気になるところです。映り方によっては眉毛無しに見えたりもする。馬良が如く白眉好しという事を表わしているのかもしれないが個人的には眉はしっかりあった方がいいな。

負の感想ばかり書いてる風で批判してると思われるかもですが、私は本当に詰まらないと思った場合には感想書かない主義でありまして。なにかしらが改善もしくはなにかが足されればこのドラマは面白くなるような気がするといった面白い要素を潜伏したままなのがもったいないなあと思って書いてる次第であるところです。

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リボルバーズ

 閉塞感に満ちた日常に過激なスパイスがぶち込まれたらという動因でしょうか。誰が捨てたとかそれを駆使した事で世間的にどうなったという事はどうでもよく内なる心からの噴射が為される事でどう本人に変化が起きるのだろうかという劇薬な処方箋という位置づけでいいのかな。

お守りと勘繰れなくもないし天より与えられし使命と思い込んだとも取れるし。まあお守りにしては肌身離さずだとハラハラドキドキでノーパンで外出歩くようなものでとてもじゃないけど落ち着きはしないだろうけど。

いづれにしても拾って持ち歩くこと自体常識を逸してるところだけれど、何故かその行動に違和感を感じなかった。日常の閉塞感がきちんと提示されていて行き詰まってる勢いが如実だったからであろうか。

銃に触れ眺め天に向かって仮想練習する姿はさながら日本刀に惹き込まれるが如き風情でありましたな。

その行動は衝動を抑えられなくてなのか何かを為さねばという使命感なのか。暴発(暴挙)はしていない風に映ったけれど徘徊中の赤信号無視して渡ったのかどうか気になったな。赤でもずんずん渡ったらプチ不良という心情になるのだろうけど提示されてなかったから暴挙してたのか求めていたのかの違いが分かんない。

履き物が何かを表わしていそうな作りに感じたけど、これも奇遇の縁(えにし)のひとつの道具だったのかな。

巡り巡ってという事が多く重なってたなあ。それが何を意味してたんだろ。タイトルからして「リボルバー」じゃなく「リボルバーズ」なんだから奇縁を描いているということなのかしらむ。持ちつ持たれつじゃない事だけは確かなようではあるが。

暴れて日常を打破して嗚呼スッキリの雨降って地固まるとかいう易いお話しではなさそうに感じられるけど見直してもよく掴めないドラマでありますなあ。情緒のお話しなんだから不安定か安定か以外に応えは無しということであれば探しても徒労だろうけど。つい探したくなるようなお作りでしたなあ。

ところで眞島さん出とらしたがね。つうか役者さん揃えてられましたなあ。お芝居的には見応えありましたわ。ただドラマとして面白いと表現するには微妙なところでありますなそそられはしたし見直ししても苦にならなかったけど。

なんで家を出ようとした時、揉み合ってでも奪い取らなかったんだろ旦那さんは。

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バーテンダー その1

 まずもってこれは面白い。これは愉しみだ。

バーテンダーとしての高みを求めていくというテーマと共に謎解き(如何に唸らせるか)という妙も存在してるな。

「きょ~も徹夜か。っはっ。」という言い方がご機嫌だな。こういう役のしほりんはやっぱいいわ。真面目とひょうきんの両立が違和感なくていいなあ。

主役さんには悪いけどこれはしほりんが一番映えてる・・・と思ったけど結局はおじいちゃん(津川さん)に持ってかれた感がする。やっぱ凄いわ。あの重厚感で「不味い」・「旨い」ときっぱり言われちゃあああそうなんだと素直に思えるもの。

酒の趣味はないので残念ながら飲んでみたいとは思わないけど作り上げられたカクテルにはワクワクしたな。

美和(しほりん)という存在は今後どういう役割を果たすのだろ。とりあえず眠れる獅子を叩き起こしたという発掘者だったけど。彼女という方向に向かうのかな。

佐々倉(相葉さん)は本物のバーテンダーを目指す求道者だけれどどうやって高みに上るのかが見所なんだろうかな。

「生き様」が関わっているみたいだけに違う空気で揉まれるとかいう要素があるのかなと思えたのでそう易々とバーテンダーには戻らないだろうと思ってたら最後にドアを叩いていたのであらまと意外でありんした。と、いうことはこれよりは実践で積み上げてくという事なんだろかな。

まあとにかく謎解きというかどういう術でお客を満足させるかという手法というものもドラマの味噌なんだろうな。今回はリサーチして「想い出」を隠し味にしたという事だったけど毎回同じ隠し味ということはあるまいて。次回はどういう隠し味なんだろね。

船上でビールケースに足伸ばして座ってる様はなんか「貫地谷しほり」らしい気がしたな。なんでかしらんけど。

メガネは今後するのかしないのか。かけないんだろうな恋する女としては。個人的には見たい気があるのだが。

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*「どさぶい」と「くっちゃぶい」

「どさぶい」と「くっちゃぶい」。はてさて遠州弁においてはどちらがより寒いと言っているであろう。あくまで考察でありこうであると断定したものではないのであしからず。

イメージとして「どさぶい」と発してる姿は「バカヤロー寒いぞっ」と何かに八つ当たりしてるような空元気を感じるところであり

「くっちゃぶい」だと背中が丸まってひたすら耐えてる姿が連想されるものである。

つまり「どさぶい」の方がまだ余裕があるといった感じにとれる。

ちなみにこれが「どさび」となると「くっちゃぶい」に近い感じに取れ元気が弱まった印象を受ける。

別の視点で考えてみると

あったかいとこから寒いところに出たような時に「どさぶい」。もしくは寒いとこから暖かいところに来て生き返って「外んどさぶいやあ」と発するというように変化が起きた際に発せられることがあるのが「どさぶい」。

それに対してずうっと寒いところに居続けていての想いとして発するのが「くっちゃぶい」。

といった違いもあろう。

必ずしもこういった使い分けが明確になっている訳ではないのだがこういった傾向にあるであろう事からして

「くっちゃぶい」の方がより寒そうに感じられるところである。

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*浜松の特徴

ま、深い意図があってこの記事書いてる訳ではなくなんとはなしに思いついたので。

浜松といえば

うなぎパイ・うなぎ・楽器・ポンポン(バイク)・三ヶ日みかん・中田島砂丘

というフレーズが浮かぶところであろうが、この中で最早ちょっと古いかなと思えるものはうなぎとポンポンそれと砂丘だろうかな。

うなぎの養殖業者さんは減りつつあって今では県単位でいうと生産量は鹿児島・愛知・宮崎に次いでの4位がしぞ~か県ということだそうな。それにしぞ~か県では浜名湖だけで養殖してる訳ではないから浜松=うなぎという構図は薄れゆくのかも。ただブランドとしての確固たる地位を保持していけば看板に偽りなしということにはなろうが。むしろすっぽんやワニの養殖の方が有名になりつつあるかも。養殖ではないが「ふぐ」の収穫量も多いらしい。

次にはポンポン。ホンダ・ヤマハ・スズキとカワサキ以外のバイクメーカーがというイメージであるがヤマハは磐田でだしホンダは工場はあっても浜松ではもうポンポンは作っていない。

砂丘に関しては笑っちゃうほど縮んでる。気がするのではなく実際そうらしい。自慢するほどのものではなくなりつつある。

こうしたように誤解というほどじゃないけど浜松のイメージは中と外とでは違うものである。

じゃあ浜松人から見た浜松っていうと

*修学旅行先には絶対選ばれない都市。観るべきものなんかないものな。観光地でもないし。

でも市町村合併によって浜松は大抵のものはある市になった。砂丘は中田島砂丘、川は天竜川、湖は浜名湖とある事で日本一と言われる佐鳴湖、山は南アルプスの前衛。鍾乳洞だってあるし。温泉も掘ればどっかでてくるだろう。世界的な会社や工場だってヤマハやスズキがあるし飛行機見たけりゃ航空自衛隊がある。交通の便ということでは東名高速が走ってるし新幹線だって停まる。一応お城もあるが名所旧跡と呼べるとこは探せばあるだろうが人に勧めるとなると思い当たらない。

まだ拝めないものがあるとしたら、大きな港はないから大きなお船を眺めるとかは出来ない。地下鉄はない。ちんちん電車もない。(まあ真夏のくそ暑い時に電車を触ればちんちん電車にはなるが)。他には有名人芸能人と呼んでもいいけど。出身者ということではそれなりに活躍されてる方はおらっしゃるが浜松の地を拠点として全国へ発信するというお方もみえられなければ場所もない。つまるところの文化が無いという事。

つまり自然はあるが観光の地としては思っていない。人の手は文化の為ではなく物を作る為に使うものであるということ。

こんなだから修学旅行先に選ばれよう筈がない。

まあ何があっても自己責任という条件であれば、浜松には街の一等地に壮大な廃墟があるのだからそこでお化け屋敷するなり廃墟ツアー催すなり宝探しするなり鬼ごっこするなりして楽しめる場所はあるけどね。

*静岡県でひとくくりにするな。静岡(駿河)とは明らかに違う。言葉に関しては微々たる影響なのかもしれないが明治に徳川家が江戸から駿府に移ったということでそれに影響されて江戸風味になったんだろうかな。だから一時期方言の少ない県はどこ?とかいうので静岡県という印象が湧いたのだろうか。

その点浜松はそういう影響は全くなかったから遠州弁丸出しのまま今日に至ってるんだろうな。言葉だって近くて遠い。

*外国人が多い。よく働く人が多い。最近急成長の国から出稼ぎにくる種族を除いて。

彼らが将来それぞれの国に帰って培った遠州弁をそれぞれの地に広めたら世界的には日本語=遠州弁ということになるだろうな。

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外交官・黒田康作 その4

 霜村(香川さん)を探してくれと黒田(織田さん)に頼まれた時点で、もし大垣(柴咲さん)が上司に「ほうれんそう」してたらどうなってたのかな。もちろん展開の流れとしてはお話しにならないのでそんな事は有り得ない事だろうけど普通だったら組織の人間なら部外者の都合よりも上司に頼る方を優先するだろうにとつい思ってしまったので。

それにしても、あ!霜村めっけ!という時の表情はさりげなく上手いよなあ。印象に残りました。

ま、そんなヲタはともかくこの回は、ローマの休日ならぬ東京の休日なのかと思いきやそんな悠長なお話しではありませんでしたな。王女の日本語は流暢だったけど。

どっちを応援してしていいのやら微妙ではありましたな。無事逃げおおせと思っていたかこんな後先考えない暴挙はなんともはやと思っていたかといえば捕まんなさんなと思って観たましたが。

で殺人事件の方はどうも別の人間の犯行らしいとな。

なんかこの流れでいくと霜村犯行説はどうも濡れ衣でなにかの悪事を阻止しようと暗躍してるんじゃないのかと思えてきました。まだおそらくは当分これでもかというくらい霜村悪党の裏付けがなされそうではありましょうが。黒田の上を行く謎の特命外交官かもしんないなと。悠木(荻原さん)と接触してたみたいだし・・・・。

まあいづれにしてもこの一件(逃亡劇)で黒田の立場は相当悪くなるでしょうからそれにどう対処していくのかというのが来週の見所のひとつになるのかな。いくらなんでもお咎めなしという訳にはいくまいて。この状態から逆に感謝されるとしたらそれを観てみたい気もするがいくらなんでもそれはないだろうな。

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告発・国選弁護人 その4

 率直な感想を述べればどアップの若村さんが綺麗に映ってたなあ。

で、気を落ち着けてお話しの感想。

この人が弁護を引き受ける動機を知りたいな。依頼があれば絶対断らないというのが信念なのか事実と違って罪に問われたと判断した時になのか。国選ということで採算度外視という姿勢は説明がなされているけどこれなら引き受けるという判断基準をもっと明確に知りたいな。断る事もあるのかなとふと思ったもので。

それにしてもこの状況(世間から見放され別の真犯人もいそうにない)からどう決着をつけるんだろ。物語は随分と過去をほじくり返しているみたいで裁判の対象となっている事象からは相当に離れているように思える。

これは不慮の事故なのか精神を病んだ末の事件なのかというどちらかを調べているのかしらむ。

とりあえず我が子の件は事故もしくは自殺を阻止できなかったでいじめっ子の件については別の犯人現るとかいうことが一番被告人には都合のいい話しに思えるけれどさすがにそうはならないだろうな。

なんとかして情状酌量の余地を広めに持っていこうということなのかなと想像してしまう。とにかくこのドラマは無実を必ず勝ち取るというものではなくあくまで真実を明らかにした上で罪を問うという姿勢だからどう転ぶか分からないところがあるんだよなあ。

ところでマスコミの暴力についてはどう取り扱うんでしょうね。それに踊らされて村八分にした世間は罪に問い様がないにしてもこの事件がもし報道と違う事実だったとしたらどう収束するんだろう。

まあとにかく面白い。重いけど重苦しくなく観れるのはなんででしょうね。

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*だ+α

だらだにだもんでといった遠州弁の特徴といわれるものにすべて付いている「だ」。一体どれくらいの種類があるのだろうか。とりあえず有る無しに関わらず羅列してみる。もちろん単なる言葉遊びで例えば「だら」という言葉がある訳ではなく「だ」+「ら」であるのであくまで遊びとしてのものである。

「だあ」有り。「そういうもんだあれ」(そういうもんさ)。

「だい」有り。「はあ寝るだい」(もう寝るんだよ)。

「だう」無い。

「だえ」微妙。「そういうもんだえ」(そういうものさ)女性表現か。でも遠州弁じゃないよな。

「だお」有り。「別に買わんでもいいだお」(別に買わなくてもいいんだぞ)。男言葉「お」=「ぞ」。

「だか」有り。「そういうもんだか」(そういうものなのか)。

「だき」無い。

「だく」無い。

「だけ」有り。「そういうもんだけ」(そういうもんなのかい)。

「だこ」無い。

「ださ」無い。「だわさ」ならあろうが。

「だし」有り。「そういうもんだし」(そういうもんだろうし)「だしい」という方がよく使われるか。歯切れが悪い印象を与える。

「だす」微妙。「そういうもんだす」(そういうものです)明らかに遠州弁じゃあないよな。何処の言葉なんだろ。漫画の世界だけなのかな。

「だせ」無い。「だぜ」ならあろうが。

「だそ」無い。「だぞ」ならあるな。

「だた」無い。「だだ」なら有る。「そういうもんだだ」(そういうもんなら)

「だち」無い。

「だつ」無い。「だづ」なら東北系にありそう。

「だて」有り。「そういうもんだて」(そういうものだよ)諭す勢いが強い。「だで」も有り。「そういうもんだで」(そういうもんだから)

「だと」有り。というか共通語だよな。

「だな」有り。山下画伯の口癖として有名で遠州弁とかじゃないんだな。

「だに」有り。「そういうもんだに」(そういうもんだよ)

「だぬ」無い。

「だね」有り。共通語。

「だの」有り。「そういうもんだの」(そういうもんだね)言い切り度が強い。

「だは」無い。「だば」だと東北系の表現としてあろうが。

「だひ」無い。

「だふ」無い。

「だへ」無い。「だべ」なら関東系であろうか。

「だほ」無い。

「だま」無い。

「だみ」無い。

「だむ」無い。

「だめ」無い。

「だも」無い。「だなも」だと名古屋方面っぽい。

「だや」有り。「そういうもんだや」(そういうもんだな)

「だゐ」無い。というか不明。

「だゆ」無い。

「だゑ」有り。「そういうもんだゑ」(そういうもんなんだよ)

「だよ」有り。「ちゃんとみてただよ」(しっかり見ていたんだよ)

「だら」有り。「ちゃんとみてただら」(おそらくちゃんと見ていただろ)

「だり」無い。

「だる」無い。

「だれ」微妙。「あれそうゆうもんだれ」(おや、そういうもんなんだよ))。「だあれ」が正しいのかもしれないとこが微妙な点。

「だろ」有り。

「だわ」有り。共通語の女性表現の「だわ」とは別物で男女共用で「おんしゃゆったとおりだわ」(あんたの言った通りだよ)とかいう言い方である。

「だん」有り。「そういうもんだん」(そういうものだけれど)

「ま」行はとにかく無い。長い記事の割にはなにも収穫がなかったな。

話しを逸らせて「だ」。遠州弁は「なもので」を「だもんで」・「なので」を「だで」・「なのに」を「だのに」(これは人それぞれだが)といった風に「な」よりも「だ」を駆使する傾向にあろうかと。それ故に濁音がやたらと多くて嫌だという他所の地域の人が思ったりする要因のひとつにもなっているのであろうか。

「なに?」を「なん?」とか言わないし、「なのに」を「だのに」と言ったりもする。

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*憎らしいの種類

「憎らしい」・「憎たらしい」

これに「こ」を付けると「こ憎らしい」・「「こ憎たらしい」となるのであるが

実際のところ遠州弁においては「こにくたらしい」という言い方は聞かない。共通語でもないのかな。

しないついでにいえば「ど」はどちらにも付かない。若干「憎たらしい」に付ける人もいそうだが多少のざらつきを覚えるところである。もし付けたとしたら聞こえてくる印象は(洒落にならない)相当な憎しみと受けとれる。

これが「ばか」だとどちらにも付く。これはおそらく「ど」には深刻さが「ばか」には軽妙さといった含有量の違いによるものであろうか。つまり「ばか」なら洒落になるが「ど」だとマジっぽくなるからであろうと推測される。

「えらい」・「がんこ」の場合は「えらい」はほとんど使わないが皆無ではなく、どちらも「憎たらしい」には付くが「憎らしい」には普段使いにおいては付かない。もし付くと壮絶な怨念という趣となりかねない。

基本「こ」を付すと「プチ」というか憎悪感を和らげた印象を与えるところであり、「小粋」とか「小奇麗」とかと同じような効能があるのであろうか。

平常<小憎らしい<憎らしい<憎い、みたいな。

で、「たらしい」。普通は「厭味ったらしい」とかの「~っぽい」というニュアンスで使われるのであるが「憎たらしい」の場合「~っぽい」という感じではなくむしろ憎さ増量という勢いを感じる。つまり「憎々しい」といった勢いであろうか。

ただ怨念じみた陰惨な憎さというのではなく内に籠もらない快活な感情という勢いに感じられるところで「憎らしい」には憎悪が含まれる陰湿さを感じるところであるからしてよくよく考えると「憎たらしい」よりも「憎らしい」の方が始末に負えないものなのかもしれない。

ネットの辞書には

「にくたらしい」いかにも憎らしい

「にくらしい」癪に障る。いやな感じだ。腹が立つ。

「こにくらしい」生意気で憎らしい。憎らしくて癪に障る。

「にくにくしい」非常に憎らしい。ひどく癪に障る様子だ。

とある。若干自分の持つ感覚とは異なる。

まとめとして遠州弁で使われる表現は

「こ憎らしい」・「ばか憎らしい」・「ばか憎たらしい」といった「こ」・ばか」・「がんこ」を付した言い回し。

使うか使わないか微妙な表現は

「えらい」が付く言い回し。

逆に使わない表現は

「こ憎たらしい」・「ど憎らしい」・「ど憎たらしい」

不明なのは最近の言い回しの「めちゃ・めっさ」。自分は使わないしそういう世代とも交わっていないからよく知らない。

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CONTROL 犯罪心理捜査 その4

 初めての次週に続くとて、事件についての感想を述べるには分からない事のみぞ多かりきで下手な勘繰り語るに落ちるであろうからそれは来週にという事にしておいて。

少なくとも死亡推定時間のトリックという事ではなさそうだ。100%の動機を持つ者は何者かにいい様に手の中で転がされているようだ。

知的ゲームの様相で推理ゲームとしては面白いよなあ。南雲(藤木さん)に挑戦者現るみたいな。

生兵法は(下手な心理学は)大ぽかのもとってな具合で嗤えるくらいたぶらかされてた課長(勝村さん)ににやけてしまいました。それをあっさり打ち消した南雲の理屈づけとの対比がより効果的であったかな。やっぱ桃栗三年柿八年並みに経験を重ねないとであろうとて便利だからといって滅多やたらと飛びつくのはどうかという教えとも取れる哉。

それにしても状況が予想を超えて進行してく様は面白いな。

それと何気ない会話のシーンとかでの遊び心も多くて朗らかに観れるというのも観易くていいな。

松下さんの「寺西、も~言うなって言ったのに。」というセリフが印象が強かったです。こんなお芝居上手いお方だったかなあと思えた素直(自然)な感情のリアクションだったなあ。人の話しを聞く(反応する)お芝居も表情豊かでちゃんと聞いてる風に映るし。

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三国志 第4話

 生首が。って流石に人形の首だろうけど、それにしてもいくさのシーンは生々しい。だからこそ時代らしさを感じる訳で、日本のドラマはそういう野蛮性が排除されていてどうも骨抜きになってるようにも感じられるものだとこのドラマ観てると思えてくる。

理不尽な処刑とか露骨な背信行為とかの描き方にしても現代風な着色を極力抑えているのかそういう事を気にしないお国柄なのかは定かに非ずであるが、まあなにしろ生臭くてつくづく今は平和で有り難いと反面教師の如く思えてくるしあんなことがまかり通るならそりゃ確かに野望を抱かなきゃ虐げられたままで損だという気分にはなってくるよな。ホントよわっちい自分はこの時代に生まれてなくてよかった。

青龍偃月刀に布がまかれていなかったな。あれって見た目の為じゃなく刀の血が柄の方に垂れてこないようにするための工夫だとなんかで読んだ事があるけど。一騎打ちだからしなかったのかしらむ。

画が全体に青っぽい灰色で独特だよな。カラーだけど水墨画の世界のようにも思えてくる。

それにしても孫策けっこういい若者の歳に映ったな。あの歳なら孫堅討たれた後すぐ跡次いでお家を盛り立ててももよさそうに思える。なんで一時没落したんだろと日本のお家的考えだとそういう疑問が湧いてくる。

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*「い」=「え」

「そうしない」だと「そうしなよ」と訳す。助言というより軽度の指示・命令口調であるので「そうしたまえ」とも訳せる。

もしかしたら「そうしなえ」・「そうしたまい」ともなるのかもしれない。(実際こんな使い方聞いた事ないけど)。んで、仮名遣いをいじくれば「「さふしなへ」・「さふしたまひ」とかにも逝っちゃいそうだ。さらに「し」を「せ」に変えるとこれはもう何を言ってるかすら分からくなる程に古文もどきになっちゃいそうだ。

つまりこんな妄想が働くほど元の言葉を探すとなると古語に近づいていける気がするのが遠州弁である。

単純に「い」=「よ」と訳すよりも「え」・「へ」とした方がニュアンスが近い事も多々ある。古い言葉回しがじくじくと変遷していって今に至るのが遠州弁なのかなとふと思う時がある。

かといって遠州人は古文が読めるかというと決してそんなことはないからあくまでも妄想であるが。

例文

「せっかく来ただでなんか買ってきなえ。」

  (せっかくお越しになられたのですからなにか買っていかれては?)

「別に欲しいもんないもんで、いいわ遠慮する。」

「そんじゃあんたこの店になにせえきただよ。」

「知らんだあ。連れにゆって。」

  (知らないよ付き添いなんだから。)

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*あんたら

「あなたたち」と言っているのであるが

「あんたらねえ」と言った時と「あんたらさあ」と言った時などニュアンスによってイントネーションが違うという特異性を持つ不思議な言い回し。もっと細かい事言えば

「あんたらねえ」という場合

「あのなあ・あのねえ」という呆れた際の「あんたらねえ」と

「あなたたちは・あなたたちに」などという頼む・指示するような際の「あんたらねえ」というのは異なるところである。

「あんたらねえ、いい加減にしんとぶっさぐるにい」となれば前者で「た」を強めに言う。

「あんたらねえ、もこう行って道具借りて来て」となれば後者で「あ」が強めになる。

もちろん必ずしもこうなるという法則があるわけではないのではあるが大抵はこうなる。

他にも

「あんたらいいわなあ、恵まれてるだで」と「あんたらいいよ、そりゃ恵まれてるだで」との違い。前者は羨ましいという多少皮肉っぽいニュアンスが主で「あ」を強く言い、後者はひがみっぽいニュアンスが濃い目に加味され「た」を強く言う。

「あんたらさあ」という場合

まあ「あんたらねえ」とそれほど大きな違いがあるわけではないのだが

「あんたらさあ、はあいいでもこう行ってな」といった呆れたうえでの発した場合でも(言い方にもよるが)丁寧にお引き取り願うみたいな勢いで「あんたらねえ」ほど露骨に「使えねえ・邪魔だ」とかいうニュアンスは薄い。

「あんたらさあ、あれ持ってきて」とか頼む言い方の場合「あんたらねえ」より命令調に聞こえるところである。しかもあまり期待してない軽薄さが籠もる。

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スクール!! その3

 説得力あるよなあと感じるし何気に感動したりなんかして。熱いドラマで冬には丁度いいお鍋感覚みたいなほっこり感がありますなあ。温まる。

予告とかで給食費払わぬ保護者とのいざかいかと観る前は気が重かったけど、いざ観始めれば引き込まれる。校長のキャラの凄さによるものなんだろうかな。

給食費払えない児童に給食をという試みに奔走するの図。

戦後間もない頃食糧難で昼休み周りがおいしそうに頬張る中で空腹に必死に耐えて本を読んでいる児童の写真というのをなんかで見た記憶がある。そう云う事に比べればまだこれは悲惨な部類には入らないようにも思え家庭の事情は現実に存在するというか世の中は不平等に出来ているものだという教えレベルのような気がしないでもない。もちろん昔と今を較べることはナンセンスだというご意見はごもっともなヲタな感想ではあります。

しかしながら「嘘の希望よりも厳しい現実」というのに共感してしまいました。

それよりも「友達は金で買えるものなのか?」という問いかけの方が重要なテーマだったのかなと思えた。そう思えたけど描かれ方は結構あっさり目であってちょっと拍子抜けした気分これあり。

でもまあこの難題をふたついっぺんに片づけてましたなあ校長先生橋の上で見事に。

「苦労は金じゃ買えない」。苦労を憐憫(不幸)や悲観と思わないむしろ糧だという姿勢は確かに大事だと思う。

「めんどくさい事は大人に任せて」。これが一番効いたな。今の子供は「尊重」という名の大人並みの責任をたくさん背負わされていて子供の世界を構築出来ていないんだろうな。無邪気になんかなってられないんだろうな。お金で友達買おうとした放置プレーのひとりっこなんかその典型なんだろうな。親のすべきことを放置した挙句の結果がああなんだろうかな。

で、「友達もお金じゃ買えない」。まあ当然ではあるわな。世間がみんな貧乏だった時分に育った自分はそんな金で解決できる奴なんか全然いなかったからこんな邪な考え思いついた事なかっただけに興味が湧いたところでもあるし。それに飛躍しすぎですけど大人の世界で言葉巧みに金に群がってくる連中の避け方の勉強とかにつなげるのかなと一瞬思ったのですがそういうことも無かったですな。

いづれにしても学校内での反対勢力との確執とかが存在していなくて、あくまでよくしたいけど方法や発想が異なる事の対立という図式が観易くもあるな。

観る前はよっこらしょと気合を乗せないとだけど観始めてさえしまえば愉しいドラマだ。

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*かっか

訳すと「いこうか」。「閣下」とかではない。広い地域で使われる表現で遠州弁というものではなかろうが遠州でも使うよという事で記載。

旧仮名遣いでの「行かふか」の「かふか」が「かっか」に変化したと考えるとなんとはなしに流れが出来るがこれは妄想の範囲なんだろうな。

「持ってかっか」だと「持っていこうか」・「見てかっか」なら「見ていこうか」。

「っか」ということであれば「~しようか」といった意味合いであろうか。

「買ってっか」は「買っていこうか」。「買ってかっか」も「買っていこうか」と訳すことになるが「っか」の「いこう」は意思があるという意味で「かっか」の「いこう」はこの場合「行こう」という行動を指すものである。

「貰おうか」だと「貰わっか」となり「貰わかっか」という言い方は存在しない。「かっか」を使うとなれば「貰っていかっか」となる。

「っけ」は「っか」の変形という考え方も出来そうだ。ただし伺いの度合いは「っけ」の方が増すので「買ってっけ」を訳すと「買ってくかい?」という感じになる。

「行こう」を例にすると「行こう」+「か」=「行かう」+「か」。で、「かう」が「かっ」に変化して「かっ」+「か」で「かっか」になるという算段が考え付くところである。

したがって「する」であれば「しよう」+「か」が変化して「しっか」となる。「する」+「か」で「すっか」というのも当然ある。

例文

「あれ、みてみい車田んぼの側溝にはまってるやあ。ふたりばかで持ち上げようとしてるみたいだにい。無理っぽいだに頑張るなやあ。」

  (おや、あそこで車が田んぼの側溝にはまってるよ。たった二人で持ち上げようとしてるみたいだけど無理そうなのに頑張るなあ。)

「あれやホントだ。急いでるわけでもないしかあいそうだでちっと手伝ってかっか。」

  (あ、本当だ。急いでる訳でもないし可哀相だから微力だろうけど手伝っていこうか。)

「でもここで善意みせてもおんしゃの日頃の悪行は消えんにい。」

「ばかっつう、そっくりそのまま返すわ。」

「そりゃいいとして、なんしょやらんよりかはましななあ確かだで。行かまい。」

「確かに。」

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殺人予告

 土曜ワイド劇場なるはまずもって我が視聴対象に非ざるジャンルなれど「眞島秀和」出演とてこれは見ずばなるまいと視聴いたし候。

普段観ざる故確かにとは申し難きが恒のお約束が如き役者陣に非ずしてその印象連ドラたるが如し。

椎名さんでしょ松重さんでしょってあげつらったらキリがないくらい。一言で言えば豪華。伊武さんが渋かったなあ。あまりにも渋かったので最初この人が黒幕なのかと思っちゃうくらいでした。この人がそうだったら嫌だなあと思って観てましたんでそうじゃなくてほっこりした余韻も湧きました。

とにかく面白かった。警察の人間が犯人というのは私は推理物の掟破りとして嫌悪感を抱く性質なのであるがこのドラマではあまり苦にはならなかった。

最後の「決め」は岩田(椎名さん)の記事。如何なるものを書くのだろうと引き付けられた。浪漫調でありんしたなあ明日を意識した。

印象に残ったのは「心に届く記事が特ダネ」。良い事言うなあと。

特ダネ奪取に命を懸けて夜討ち朝駆け騙し討ち上等の仁義なき奮闘といういくさ場の中で「特ダネ」とはなんぞやという禅問答のひとつの答えを聴いたようで至極成る程と得心いたしました。

この地下に籠もったスタッフは愉しいぞ観ていて。連ドラとまでは言わないけれど続編作れそうだからパートⅡを観たいな。

個人的にはかっちん(眞島さん)の名前の由来の切れ具合がちょっと大人しめに映ったんでもうちっと一番(印象的に映える)にこだわって欲しい気分だな。一番高く買うからこそで二番じゃ駄目なんですから。ねえ。

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