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ひとりじゃない その4

 大分はしょられて一年後が主に描かれていた。仲間としての深まりとかがリハビリを通して一番練り込まれるであろう時期をはしょられたのでこの固い絆がお約束の様に感じられてもったいなかったかな。

固くなるまでの間での寝食を共にし同じ境遇の連中故のすりあわせ具合を観たかった。

でもまあとにかく一年後になっちゃったんだから致し方ない。

気になったのはお金。器具を揃え車を持ち部屋を借りる。就職はしてるし決して贅沢だと思っている訳ではないのだけれど、親の今後への苦悩が描かれていただけにちょっとバランスが釣り合わないかなと。まあ親の手を借りずに自力でかくなりということであればいいのだろうけど。逢ってないみたいな描き方だったから多分そうなのかな。

苦悩といえば、障害者側からのつぶやきと平均的健常者からのつぶやきが並列して発せられていて興味深かったな。あちら立てればこちら立たずとまではいかずとも共に繁栄する道筋はまだ遠いもんだよなあとぞ想ひけり。

それにしてもこいつモテるわ。元に戻ったら毒づくばかりの嫌な奴みたいなのに。なんてな。

役者「浅利陽介」の障害者の役作りが半端ないな。車いすの扱いや日常の光景がリアルだった。相当練習されたんだろうな。付け焼刃じゃないものを確かに感じる。

善い人ばかりに出遭っている風にも感じられるけど目に見える敵とは登場しないんだろうな。目に見えない社会という漠然とした敵は描かれてるみたいだけど。旦那は敵じゃないもんなどうみたって。

来週最終回かあ。もっとじわっと観たかったな。

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LADY・最後の犯罪プロファイル その4

 この回は突如面白くなった勢いを感じた。

強敵現るという対決構図の展開(今回は翻弄されっぱなしだったけど)と

いらぬ子扱い(邪見に)されていなかったという点が前回までとは違った点で

それが面白く感じた理由なのかなと。

上には上がいるというのはどの世界でも言えることで、このチームにもそういうものが存在しているというのはなんか親近感が湧くというかなんというか。

しかし彼らの上を行くのは最早狂気と凶器が入り混じったイレギュラーなモンスタというのはそういうレベルにこのチームは達しているということでもあるのか。

展開としては犯人とチームの対決を毎回描くというだけのものではなく、お父さんの事件の真相とモンスタの心を解き明かすということが大団円になるということになるのかな。

それにしても迫力出てたな柳樂さん。鏡越しに映ってた表情がとてもモンスターぽかった。それにとりつくしまがないというかホントいいように振り回してたな。おもちゃを見つけた人間の目みたいな喜々とした印象も受けたし。

にしたってなんでもお見通しのようにその場に居たかのように振る舞ってたなあ。なんでだろ。その情報源はどこから得ていたんだろね。

暫くこの対峙が続くと愉しみだなと思えたのに死刑執行のサインがなされたとか言ってたよなあ。これでおさらばじゃあ大分残念。まあ来週まだなんかありそうだけど。

事件そのものの解決は結局自分たちで解いたという体でモンスタの手を借りずとも済んだ訳で、惑わされて余分な周り道してたという対話の図だったけどとにかく異様で引き込まれたな。

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*がんこ その2

「や、がんこ人いるじゃん。」

  (うわあ凄く人が沢山居るじゃないか。)

「ほんとだ、がんこだやあ。」

  (本当だ凄いなあ。)

「がんこ」はおそらく「頑固」と書くのだろうな。

辞書にある頑固は

「がんこ」他人がどういう事を言おうと、自分が一度正しいと思ったことを変えない様子。とある。遠州弁で使われる「凄い」という意味は全くない。

ネットの辞書では上記の他に病気などがなかなか治らない事・様。とある。

共通語で「頑固な咳」と言うと「なかなか治らない咳」ということになるのであろうか。遠州弁的解釈だと「周りの人がこの人死んじゃうのじゃないかと心配に思っちゃう程の咳」ということになる。大層違うものだ。

「すごい」という意味使いでは他に「ばか」・「ど」・「えらい」が遠州弁ではよく使われるがそれぞれニュアンスが違うので置き換えると意図が誤って伝わることとなりやすい。

例文を置き換えてみる。

「ばか」の場合。

「や、ばか人いるじゃん。」

  (うわあ嫌になるほど人が居るなあ。)

「ほんとだ、ばかだやあ」という言い方は存在しない。こういう場合は「ほんとだ、ばかいるやあ。」とかになる。

「ど」の場合。

「や、ど人いるじゃん。」微妙である。こういう場合は「や、どがんこ人いるじゃん。」となるのが普通。「や、なんでえ人どいる」というのもありえる表現。

「ほんとだ。どだやあ。」これは完全に無い。「ホントだどがんこいるじゃん」と反復して返すのが普通であろう。

「えらい」の場合。

「や、えらい人いるじゃん。」

  (うわあ凄い数の人が居るじゃないか。)

「ほんとだ、えらいだやあ。」この言い方も存在しない。「ほんとだ、えらい人だやあ。」と普通はなる。

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外交官・黒田康作 その3

一体全体何がなにやら不可解な事ばかり。それがスリリング感を増してるのかな。次何が起こるんだろうという予想がつかないから。

公称ゾンビさん(香川さん)は娘に取りつこうとする虫退治の為に危険を冒してまで日本に舞い戻ったなんてこともなかろうて。一体その目的とはなんぞや。

黒田(織田さん)は何故執拗にゾンビさんを追うのか。過去の因縁によるものだけなのか。これから起こり得る事を予測して阻止せんとしているのか。心のどこかで霜村さんの汚名返上をとしているのか。まあ、さすがにここまで来ると無実の罪の汚名返上ということはないだろうな。でもありえはしないだろうけどこの状況から霜村は実は悪党じゃなかったなんて展開に持っていくとしたらこれは相当などんでん返しに思えるだろうな。

あの恐喝されてた高校生は一体何者でこれからなにをしようというのだろ。どうして霜村と繋がっているのだろ。

大使館はなんで霜村を匿っているんだろ。

この殺人事件発生にてコンビ活動相成らぬとの沙汰を受け、今後どうなるのか。いくらなんでも個別行動で事件を追うとも思えないのでなんらかの方法でコンビ復活となるのだろうな。その方法が思い浮かばないや。

展開はかくも複雑怪奇でありますが、面白いのはそれだけじゃないというところがこのドラマの味噌でもあるんだろうな。

それは黒田の謎だらけという人物像。言い訳もしなければ反論もしないし熱くもなりにくそう。醒めているのかといえば仕事は仕事でバリバリこなしたうえで他の時間を霜村捜索に費やしているという熱いおのこ。気になる人間だよな。

それと相棒の大垣(柴咲さん)のキャラ。とてもこげな大事に関われるようには思えない小市民体なのに追い手として深くかかわっているというアンバランスさが面白いんだよなあ。

大山鳴動して猫一匹なんてことにさえならなければこれはとにかくスケールの大きさが伝わってくる筋書きだよなあ。

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*ど その2

例えば「どストライク」・「ど真ん中」。

遠州弁的感覚で訳せば「もろ」。

「ど変態」・「ど馬鹿」

遠州弁的感覚で訳せば「凄い・大層・相当」などといった感じ。

「もろ変態」という訳でも違うということはないが遠州ではやはり「度を越えた変態」という意味で解釈されるところである。

おそらくは「もろ」という意味使いは共通語であり「凄い」系の意味使いが遠州弁なのであろう。

従って使いどころが微妙に異なり受け取り様が異なってくるのであろう。しかしながら遠州人はそのどちらも使っており時としてややこしいという事が起こる。

例えば「どすけべ」。

共通語的「もろ」と解釈した場合多少なりとも客観的判断という趣があるところだが

遠州弁的「相当」と解釈した場合は拒絶感が強い感情表現という趣になる。

「あいつどすけべだにい」の場合「もろ」と読めば「あいつはすけべだからなあ」という訳になるし「相当」と読めば「あいつになにかされた」という被害者は語るみたいな感じになる。同性同士の会話なら「もろ」であるが異性間の会話だとどちらとも取れて曖昧となる。

これを回避するためには「もろ」と言いたい場合には「馬鹿」・「がんこ」を使う事が多い。

では次に「ど根性」はどうか。

この表現は共通語であろう。遠州弁的解釈においても共通語と同じ凄い根性というニュアンスであろう。共通語においても「凄い」というニュアンスは存在するということであろうか。もっとも「もろ根性」というか「根性丸出し」と解釈すれば「凄い」でなくても説明はつくが。

次に「どストライク」。

実は遠州人にはざらつきを感じざるを得ない表現である。「ど打てないストライク」とか「どぎりぎりのストライク」とかなら分かるが「どストライク」ではなにがどう凄いのか述べられていないから違和感を感じるのである。一歩ゆずって「もろストライク」だとすると「誰がどうみてもストライク」という解釈ととれるのであるが「どストライク」からそういう解釈をとるのは難しい。

こういったように「ど」の使い方は共通語と遠州弁では異なるものである。いっしょくたあにしてしまうと本来の意図が正確に伝わらない可能性があるところである。

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告発・国選弁護人 その3

 新たな弁護が始まった。今回は一話完結でこれはこれで面白いな。展開が転回してあらまの犯人にまで至るというのは。とにかく無罪を勝ち取るまでとかいものではなくて事件の全容をきっちり明らかにして終わらせるところが観ていてすっきりするところではある哉。

まさか真犯人があの人とはねえ。それをあの場で提示するというのは劇的だったなあ。検察と警察のメンツ丸潰れじゃないのかと余計なお世話な気分にもちょっとなりました。

それくらい鮮やかだったということですわいな。しかしながら前回までの因縁はもう描かれる事はないのかな。この回は繋がりは感じられなかった。

ところであまり多くを見ている訳ではないのだが、こういう弁護士さんのドラマってどれも一件集中というかそれのみに専念してる風に映って見える。色んな案件一辺に抱えたりとかはしないのかな実際は。

いくつかの事件を担当しながらそれぞれに於いて如何に処理していくのかとかいう様を見てみたい気もするな。仕事の大変さってそういう幾つも抱え込むところにもあるだろうから。

ひとつの事だけに集中できるって仕事は憧れだけど、なかなかそんな夢みたいな職業はないだろうから。弁護士さんもそうじゃないのかと思う訳ですよ。でもそういった中で最善を尽くす強さを見てみたいよなあと。

それにしても浮気した旦那が不倫相手の母親(要介護者)の様を目の当たりにしたら腰が引けたというのはなんかちょびっと共感してしまいました。こりゃ私も殺されても致し方ないタイプの人間なのかもと思うとぞくっとしますわなあ。

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たれよりも君を愛す(仮)

 テレビの情報誌にフジテレビ系で卯月にスペシャルドラマ「たれよりも君を愛す(仮)」が放送されるという紹介記事があった。

「たれ」は「誰」と言う意味と老舗の秘伝に「タレ」を掛けたものであろうか。うなぎ屋さんが舞台の家族のお話しというものらしい。

ところでドラマネタをなんで遠州地方ネタという事で記事とするのかというと背景設定が

浜松の老舗うなぎ屋の大将とその娘が主人公というお話しらしいからである。で、その娘役を「長澤まさみ」が演ずるということである。長澤さんといえば在所が磐田という遠州人である。

浜松もしくはうなぎ屋でなければならないから浜松としたのか遠州弁を駆使せんがために浜松としたのかでまあ食いつき具合は変わるけど

もし遠州弁を駆使せんがためという事であればこれは遠州弁をネタとするこのブログが食いつかんでどうするというところなのである。

以前別のドラマで長澤さん在所が浜松の美容院という設定の役柄がありその際は遠州弁のかけらもなくて残念だったけど、今回はどうなんだろ。あの時母一人子一人でお母さん役は「小泉今日子」だったっけ。小泉さんその後遠州弁を使った舞台にお出になられたとかを耳にしてそんなこんならあんとき(あのドラマの時)ネイティブの長澤さんとやりゃあよかったじゃんと思わんでもなかった。

今回はお父さんが高橋克実さんとな。おじいちゃんにあのお方が登場なされたらどこぞのCmでの家族そのまんまだいね。

まあそんなヲタはともかくだいぶ先の話ではあるけれど、期待してしまうな。どんな遠州弁を駆使するのだろう。全国放映ということでどこまで方言性をそぎ落とすのかに興味が湧く。

なんしょだあだあじゃあどんびかれるで相当いぜるだらなあ。まんまじゃかんだらなあ。どこまでがセーフだかを知るいい機会といえるわなあ。ホント出来りゃあ台本見さして欲しいくらいだわ。ほんでそれと実際の遠州弁とを較べてあじゃあじゃ書きゃあ記事のネタは相当事欠かんでねえ。放送終了後でいいだでくれんかねえとつい思っちゃうぐらいだよを、くれんだろうけど。

追記

ネットで調べたらテレビ静岡製作で「うなぎパイドラマスペシャル」とあった。

なるほどそれで舞台が浜松でうなぎが絡んでる必然性があるのか。それじゃああんまり遠州弁の方は期待できそうにもないかもな。よそいきで喋る事になりそうだな。でもまあ微かな望みを抱いて期待しよう。

つうかモロ遠州弁バージョンと共通語バージョンの二種類制作して県内だけはモロ遠州弁バージョン観れるとかにしてくれりゃあいいだけどやあ。無理な注文だらなあやっぱ。

それにしても脚本がちりとてを担当された藤本有紀さんとはこりゃまたえらく気張ったもんだテレビしぞ~かさんは。

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すっぱい

「酸っぱい」。

共通語であろうが、これは標準語なのだろうかという疑問。

というのも、以前何かの番組で若手アナウンサーさんが

「あっちこっち」と表現したのを

「あちらこちら」とすべきと注意喚起されたというのを視て

もし「あっちこっち」が矯正対象になるとしたらその理由は促音便だからで促音便は標準語ではないという理屈であるならば

「すっぱい」も同様ではないのかという疑問が湧いたところである。

じゃあなんと言うべきかという知恵は私には当然の如く存在しないのであるが、遠州弁においては

「すい」(酸い)

という表現が使われている。これが方言ではなくもし古い日本語というのであるならばこう言うのが相応しいということになるのかな。

「酸っぱい匂い」→「酸えた匂い」といったように。

もっとも標準語は促音便を全て認めないという筈もなかろうで、このツッコミはいいがかりなんだろうけど。その境界線というものが素人には分からないものでこういう疑問と言う名のいいがかりが思い付いてしまうんだろうな。

「やっぱり」を「やはり」にというのは分かるけど「買った」は「購入して・購買して」とかに直さないといけないのかな。「ずっと」だとどういうんだろ、想像もつかないからこれは標準語でいいということになるのかな。。

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*なんだっつうだやあ

「なんだっていうんだよ」と言っている。「なんだっちゅうだやあ」という言い方もあり意味的な違いはない。

「あ~?なにやあ。それんなんだっつうだやあ。」

ニュアンスとしては「だからそれがどうしたなんか文句あるのか?」といった勢い。

「え~?なんだっつうだやあ。」

この場合は「え~?一体なにがどうなってるんだ?」といった状況が把握できていないと言っている。

女性表現だと「なんだっつうよを」といった風に「だやあ」が「よを」になる事が多い。

「や」を抜いた言い方「だでなんだっつうだあ。」だと訳は

「だからなんだよ」といった開き直り調のきっぱり感がより増す勢いになる。女性表現だと「だあ」が「よ」となる傾向にあるか。

使いどころは売り言葉に買い言葉という状況での使用が多く感情の昂ぶりを表現してる。いきなりこう発すると突然怒り出してる、もしくは独り言を声を出してるみたいな印象を与えるのでちょっと危ない人と思われかねないところである。あくまで何かに対しての受けの表現でなければ不自然さを与えるものである。

遠州弁としてありそうで実際聞かないのが「なんだっつうだよを」。「なんだっつうよ」と「なんだっつうだよ」という「よ」・「だよ」はあるが「だよを」はない。よりややこしくすると共通語的「なんだっつうだよう」(なんだというのだ)は存在する。繰り返すが語尾が上がる「なんだっつうだよを」は聞かない。

ない理由を考えると、「だよを」を使った場合の訳は「なんだってんだのさ」といったものになる不自然さがあるからであろうか。

「なんだっつうよを」とか「なんだっちゅうよを」とかはあるが「なんだっつうだよを」・「なんだっちゅうだよを」という言い方はしない。「なんだってんだよを」ならある。

例文

「なによを。このくそ忙しいだに早引けするだか?」

「用事あるだもんでしょんないじゃん。」

「明日じゃ駄目けえ。今日終わらせんと後の部署困るじゃん。」

「それんなんだっつうだやあ。元が発注ぎりぎりでゆってくる方悪いだよ。」

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シュミテクト

歯磨き粉である。

最近これに変えてみた。

真冬でもないのに朝口をゆすぐ際大層歯が凍みて仕方がなかったのでこれに変えてみた。

値段が以前使っていたものよりもお高くて躊躇したが背に腹は代えられぬじゃないけど凍みに歯は耐えられぬということで清水の舞台から飛び降りた。

で、まだ一本使い切っていないにわかユーザーではあるがその使ってみた感想は。

歯の凍みが緩和された。これは看板に偽りなしだなと。

今真冬だが口をゆすいでも凍みた感がかなり減じている。

個人差はあろうが即効性があるのだろうか。

されど消費者の欲は果てしないのでこれで満足とすることなく要望を述べるとするならば

いくつか種類がある中でホワイトニングという類を買ったのだがその謳いが

「やさしくホワイトニング」

確かになんとなく自然な白という感じになるのだが

どうせなら珈琲とニコチンのヤニに対抗するべく

「はげしくホワイトニング」

という類を出して欲しいものである。

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*あんた その2

「するってえとなにかえおまえさん」江戸っ子の言い様であろうか。これを遠州弁にすると

「じゃなによをあんた」といった風になる。

遠州弁において「あんた」は使用頻度が特に高い。傾向としては年長の女性の方が使う傾向が強い。

「あなた」(貴方)という意味使いはもちろん、意味を特に持たない語調を整える用途の際にも使われる。もちろん枕詞とかみたいな深い意味があるものではなくほぼ無意味なものであり「う~ん」・「そのう」・「あのさあ」・「ちょっと」みたいなものである。語調を強める弱めるとかいう効能はほとんどない。

「そりゃあんたあれだにい行った方がいいにいあんた。」とかいうのがこれにあたる。訳さば「そりゃ行った方がいいと思うよ」。

イントネーションを変えれば「おいおい」とかいう意味使いにもなる。「あんたそりゃあれだにい。あんた行かんとかんだらあ。」訳さば「それは行かないと駄目だろう」。

遠州弁を聞きなれない人にとっては連呼されると耳障りと感じる事もあろうが深い意味はないので聞き流す事が寛容かと。

同じような他の人を指す表現「おんし」・「あいつ」とかはこういう使い方はしない。「あんた」だけである。同じようなものを探すと「ほれ」とか「あれだにい」があろうか。

「あんた あんたんとこの旦那さん。ほれあんたあれだにい。こないだ平日の昼間。なんか変なとこで見たやあ。ホントなにしてただいねえ。」

勢い余って言葉が思いつかない感情先走りの際と言いにくい事を言う前の助走という際とかに「あんた」表現が多くなるのもこれまたよくある傾向。これらの場合肝心なとこではすらすらと立て板に水状態になって「あんた」は発しないものである。

そういうことからいえば始めっから最後まで「あんた」ばかり発しているとしたらそれは他愛のないどうでもいい話しということになる。

ちなみに感情先走りの感情は、動顛・至急・怒り・混乱・好奇等色々であるのでどういう精神状態なのかは推し量りにくい。

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CONTROL 犯罪心理捜査 その3

 前回の感想で犯人ありきでそれを如何に追い込んでいくのかという追い込み漁を愛でるドラマなのかなという事を書いたんですが。

今回はそれを見事に裏切られての最後まで二転三転で動顛の勢いでありました。こういうパターンもアリなんか。だとしたら相当幅の広い捜査手法を楽しめるということになるな。「うざい」と「理屈屋」のコンビはなんでもござれってか。今回は「うざい」瀬川(松下さん)がお手柄という図式でありました。「理屈屋」南雲(藤木さん)が何故子供達だけの心理を読んで先生の表情を読み取れなかった(もしくは読み取らなかった)のかは不思議ではありましたが。

それにしても皆打ち揃って後ろめたいことを抱えている連中だこと。ストーカーの男にしたって疑われてもしょうがない遍歴を有し、警備員さんは我が身保身の為に最善を尽くした結果墓穴を掘った。三人娘は感情の発露の余りに成した事の重大さに後の祭りで先生はなんたる誤解にあるや。

そんなだけに警備員さん以外は犯人であってもおかしくなかったから観てる方としてはああこいつが犯人なんだと納得できてしまって見事に騙された訳で。この勢いでもうひとりというか後ひとり(先生の次に)本当に最後息の根を止めた輩が存在してたら名作と称された展開かもしれないよな。

個人的には殺人ではなかったのだから、連行される時に三人娘の親の仰天する様を見たかったな。とんでもないことをしでかしたというのを強調する意味で。その効能はこういうことしちゃダメだよ散々な目に遭うよとこれ観てる子供たちに知らしめる教訓といった意味があろうかと。ホントに殺してたら悲惨このうえないけどいじめで済んだから言える話しですけどね。

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*そこんさあ

「そこのところ」と言っている。

「ここのところ」であれば「ここんさあ」となり

「あそこのところ」ということであれば「あそこんさあ」となる。

ただし「ここのところいい天気だよね」を「ここんさあいい天気だやあ」とは言わない。(その理屈は以下に示す)

「そこ」と訳しても問題ないのであるが「そこ」(そこ)+「ん」(の)+「さあ」(とこ)と理解した方がより詳しいということになろう。

「そこんとこ」という言い方もするところであるが、この使い分けとしては

「さあ」は「箇所」といった具体的な部分・所を指すものであり(ただし具体的かどうかは相手に伝わっていなければ曖昧となるところであるが)。

「とこ」は抽象的・曖昧なものに対しても使われるところであろうか。つまりなんにでも使える表現ということか。

「そこんとこよろしく」とは言うが「そこんさあよろしく」とは言わない。

紛らわしいのは「山ちゃんさあんとこの」という言い方。「さあ」=「とこ」ということであれば「山ちゃんとこのとこ」となるじゃないかとツッコミが出るところであるが。

この場合の「さあ」は「さあ」=「さん」で「山ちゃんさんのとこ」と解釈するのが正しいところ。

例文

「頼まれもん持ってきただけど。」

「ごめん。今手え離せんでとりあえずそこんさあ置いといて。」

「そこんさあってどこよ。」

「それん置けれるようなとこだあれ。」

「ど散らかっててどこも置けれるとこない風に見えるだけど。」

「心眼でもの見んもんで見えんだよ。」

「それよか日頃からきれいにしてんもんでかんだっつうのがなぜ見えん。」

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三国志 第3話

 凄いとこで終わるよなあ。華雄がぶった切ったと共にこの回終わりだなんて。

もしかしてこのドラマって1時間用に作られたものではないのかな。

それともお国柄の違いということなのか。

お話しの流れも自分の知ってるものと違ってきている。あまり固定化されたイメージとの突合せに固執すると楽しめないかもしれないな。

いずれにしてもこうなれば来週は関羽の見せどころであろうからして

いやさ愉しみだわい。

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*「で」=「ので」・「から」

「持ち行くでええよ」(取りに行くからいいよ)

「先行くで後よろしくねえ」(先に行くので後はよろしく頼む)

「の」抜きの記事でも述べたが遠州弁特有ということはないであろうがこういった傾向が遠州弁は顕著であろう。

基本一音で済ませたいという事であろうか。その割には「なんしょかんしょ」や「あんた」とか「おい」とか「ほい」とか「あれでえ」とか「そうするとさいにゃ」とかのつなぎの言葉が豊富というのは矛盾してるよな。

別の考えとしては「先行く」(先に行く)+「でえ」(なので)と切って言ってるのかもということ。

他には「だで」としてもおかしくない事があるのが不思議だという点。

「持ち行くだでええよ」

「先行くだで後よろしくねえ」

共通語に訳すとさいにゃこれが「で」のと同じという事になる。まあ強引な理屈でほんとは「取りに行くのだからいいよ」であり「先に行くのだから後はよろしくね」なんだけど。でも説明が細かくなっただけでニュアンスはほぼ同じというのは不思議といえば不思議。

ほぼというのは「だで」を使うと少し怒ってる風に聞こえる点が違うからである。もっとも「だので」・「だから」=「だで」と考えれば不思議ではなくなるが。

ところでなんでもかんでも「ので」・「から」が「で」に変わるのかというとそういう事でもない。

特に「から」。

「言ってる先から」を「ゆってる先で」とは言わない。「人から人へと」を「人で人へと」とも当然言わない。辞書にある意味と例文で言うものと言わないものを挙げてみると

格助詞①動作・作用の起点・出発点や、それがもたらされるそもそもの原点を表わす。「学校からまだ帰らない」→これは「で」にならない。

②物事の順序・範囲を示す場合の始まりを表わす。「あなたからどうぞ」→これも「で」にはならない。

③経由点を表わす。「玄関からお入りください」→これも「で」にはならない。

④原因・理由・根拠を表わす。「風邪から肺炎を引き起こした」→これは「で」になる。

⑤材料・構成要素を表わす。「酒は米から作る」→これは「で」にはならない。

⑥ある数量より以上の意を表す。「百人からの人が集まった」→これも「で」にはならない。

接続助詞①前件の事柄が後件の事柄の原因・理由となることを表わす。「寒いから窓を閉めてくれ」→これは「で」になる。

②{終助詞的に}相手に向かって強い決意を表わす。「絶対許さないから」→これは「で」になる。

ということで格助詞の④と接続助詞の①と②の「から」が「で」に変わる場合があるという事である。

「ので」についてはおおよそ「で」に変わると考えてもいいのかもしれない。

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スクール!! その2

 上手くいかない事とシチューとピラフは関係ないよね。うん、確かに。

だったら子供の世界と大人の都合だって関係ないよね。

自分の夢(妄想)だけ語る保護者の偏見に対して「撤回しろよ」はすっきりして気持ちいい。よくぞゆうたと気分爽快。

それにしてもどいつもこいつも親の因果で子が惑う。子供に罪はないってか。だとしたら学校側(教師や校長)では正しい方向に導くなんてことは無理だという事ではとついぞ思へたり。なにせ親を教育する権限はないでしょうから職権外なところに負の巣窟があるってことでしょうから。

なにかあれば訴訟に持ち込みそうだという連中ならあんな事(子供の自供)で折れるとは思えず、あれで矛先を収めたということならちょっと出来過ぎかなと思えなくもない。なにせしれっと偏見の塊で物を言う業突くなんだからむしろ子供を洗脳して自分たちに都合のいい方向にねじこんで咆哮し続けかねないし、泥沼化上等という信念でねちねちやっても不思議じゃない感じだったものな最初は。

ああいう竹を割った性格の人が長期の泥沼戦をどう闘うのかというのもみて観たいよな。なんか短期決戦を得意としていて消耗戦は苦手そうだから。

とにかく面白いや。見始めるとあっという間に過ぎるよな時間が。

ちなみに自分があの男の子だったら淡く悔しい初恋として封印して本心でぶつかるなんてしないだろうな。面子というか恥ずかしいもの。そういう意味ではあいつすげえ勇気ある奴だったな。

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*「しつよう」と「ひつよう」に迫る

まずもって以下の話しは勝手に作った造語の話しだと思ってくだされや。

漢字で書くと「執拗に迫る」・「逼拗に迫る」の「しつよう」と「ひつよう」。

「執拗」は辞書にあるからまごう事なき存在する共通語。

「逼拗」は辞書にはないから造語の類いになるのであろうか。でも日常でこの言い方「ひつよう」を聞く事があるので想像上の言葉ではない。

屁理屈をこねてみると

「必要に迫られて」と勘違いしての混同からきた言い回しではないのかというのも一理ありそう。

もうひとつは「し」が言いにくいので「ひ」となったのではないかという訛り説。

そういったまともな面からの解釈のアプローチはともかくとして実際耳にした際の受け取り方としては

「執拗に迫られる」だと「しつこく迫られる」という勢いで

「逼拗に迫られる」だと「もう後がないみたいに迫られる」という勢いに感じ取れる。だから「ひつ」に「逼」という字をはめたのは「逼迫」(ひっぱく)の「逼」が合いそうに感じられたからである。

だから「しつこい」だとねちねちした印象を抱き「ひつこい」だと押しが強いという印象を受ける。

もちろん感覚でものを言ってるので正しいわけではない。全国的なものではなかろうが遠州弁かというとそれも非常に微妙。もしかしたらうちらんとこの集落辺りだけの言い回しかもしれない。

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