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「したづつみ」?「したつづみ」?

「舌鼓を打つ」とかいう「舌鼓」。

はてさて「したつづみ」か「したづつみ」かどっちだ。というお話し。

「鼓」だけなら「「つづみ」なのだからして「したつづみ」と発するのが正しいのは明白である。

が、じゃあ実際口に出す時ちゃんと正しく言ってるか?となればどうだろう。

結構多くの人は「したづつみ」と言ってしまっていないだろうか。

「包み」(つつみ)で「小包」だと「こづつみ」と言うのとごっちゃ混ぜになって「したづつみ」と言ってしまってはいないだろうか。

自分がそうだったのではたと気付いた次第。

ところでおいしいあまりに思わず舌を鳴らすから「舌鼓を打つ」というのであろうが、一歩間違えれば「舌打ち」となりかねないような気がする。そうではなくて鼓と書くくらいだからいい音なのかしらむ。

この音の違いというものはどういうものなのだろうか。食事中に舌を鳴らすという行為は褒められたものじゃないという意識があるだけに、実際具現化して提示してくれるお人がいないんだよな。「舌鼓」なんて綺麗に言っても結局はお行儀の悪いことなんだろうかな。

「膝を打つ」とかなら分かるしそう見苦しい行為でもないだろうけど「舌鼓を打つ」ってのはどうなんでしょね。なんかよからぬ感じに映るのだがじゃあなんで言葉として綺麗な表現としているのだろう。

いくらなんでもお褒めの言葉が飛ぶとかご機嫌になって饒舌になる様を指して「舌鼓」と呼称するという事ではないだろうから。

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バーテンダー その7

 最終回と勘違いして観てたので、おいおいこれでどうやって締めるんだよと思っていたけど。あらま次週最終回だったんですね。失礼しました。そういう事で雑念が混じって集中して観てなかったいつにもまして。

とりあえずはこの人のバーテンダーとして生きる理由はお客の幸せを後押しする事なんだろうなと思えたところでありますが、ドラマとしての締め方は?という方にほぼ気がいってしまっていて気もそぞろ視聴だったので、とりあえずいつも以上にきちんと見直ししてからちゃんと書くこととします。

で、翌日見直した上で改めて。

彼がずうっと抱えていたバーテンダーとはという疑問の答えは明快に答えが出た訳ではないが道筋は見えてきたといった趣か。一朝一夕には辿り着けないものであるということは明かされていた。要は一生修行でゴールなぞはなくひたすら己が身で成せる事に精進するということなのであろう。

この人の場合はお客が幸せになれるように後押しをするというもののように映る。

実際のバーテンダーという職業がどこまで立ち入るものなのか行ったことないので想像の域を出ないのだがここでは大分踏み込んでいるように見受けられる。なんかの読み物で読んだ限りではお客同士の会話に立ち入らない、その場に居ても空気としてで有り続けるといった不可侵を旨とするのがバーテンダーという印象を受けた。

特に正解というか正統派とかいうものは存在しないのであろうが、饒舌とまではいかずとも話術にも長けていないとバーテンダーさんはいけないのかしらむ。

話し変わってどうでもいい感想だけど、パーティにその道の連中が乱入してきてそれを追っ払うの過程。バ-テンダーの神髄を見せると共にカクテルの持つパワーというものを知らしめた次第だが、追っ払われたあの衆らは対面・面子というものを何より大事にする(なめられたら終わりと思ってる)種族であろうからあれしきで引きさがるとはちと思えなかったな。あそこはカクテルの力にびびりつつもまだうじうじしてその場にいて、そこにおじいちゃんが出張って追い返すという構図のほうがすっきりしたのではと。

ごろつきの退治は時代劇でよく視たシチュエーションで、気風のいい江戸っ子が啖呵かましてそれに野次馬町人が乗っかって多勢に無勢で「畜生覚えてろよ」で「おとといきやがれ」って寸法の図式と今回は似ている風に感じられたけど時代劇のパターンはよくぞ言っただがこのドラマは眼中にないというか柳に風って様に映ったのであれで退散というのは微妙だったな。ああいう類いの人達の信条は目的遂行の為に粘り強くしつこくとですからあっさり引きさがったなあとふと思ってしまいました。

あの状況と決着を活かすのであれば政治家とかライバル企業の偉いさんとかにした方がすっきりするように思えました。

それとこの回で印象に残ったのはおじいちゃん(津川さん)が倒れてうちひがれるしほりんの佇まいだったかな。暗を含まない落ち込みがきちんと抽出されて出てたな。付き添い介護してるのだから暗くてはいけないものな。でも普段通りでは決してなかった。どこか遠くを見てる気配で。

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*「やっちゃわままい」と「やっちゃわまい」の違い

「はやいとこやっちゃわままい」

「はやいとこやっちゃわまい」

大雑把に共通語に直すとどちらも「早いところやろう」と言ってるのであるが、この二つにはニュアンスの違いがある。

「やっちゃわままい」は「やってしまおう」・「始めちゃおう」といったニュアンスの表現。無断という程ではないが了承を得てないとか乗り気じゃないとか準備ができてないとかいう不承不承(やらない方向に傾いている)をひっくり返すような際とかに使われる。意見・要望といった趣も強い。

他には「やりきってしまおう」・「終わらせよう」などというニュアンスが含まれることもある。

時々あれ?「やっちゃわわまい」だったけ「わっちゃわままい」どっちだったっけ?と疑問に思う事もあるのだが、「乗っちゃわままい」としたら「わままい」があってるんだよなと思い直せる次第。

ところで一字増えるこの「ま」はなんぞやということを考えてみると、こうだと言い切れる根拠がないのであくまで勝手な想像に頼るしかないのであるが、「まう」か「まい」が思い浮かぶ。「わまうまい」・「わまいまい」。

「まい」の連発だと「ようよう」となり「しようよう」→「しまおうよう」と勘繰れる。こちらだと始めちゃおうという意が強くなる感じがする。

「まう」+「まい」ということであれば、「まう」が終止形だとしたら終わらせようという意が強くなる気がしてくる。

改めて申しておくが「ま」は「まい」か「まう」という事についてはあくまで想像の産物であって正しいのかと言われたら多分ヲタの部類に入る妄想であろうのでご注意を。

「やっちゃわまい」は「やっちゃおう」。無許可でも許可されててもどちらにおいてもやること自体に何の障害もないもしくはやらなきゃいけない事に対し気が引けるとか疲れたとか無理などいった理由で消極的な状態を振り払うような際とかに使われる。声掛け(号令)といった趣も感じられるところもある。

こちらは「とにかく始めよう」というニュアンスが強い。

どちらもイケイケ発言である。

実際口にすれば分かる通り「やっちゃわままい」は非常に言いにくい。

なので普段においては「やっちゃいまい」という事の方が多い。これ使う際の難点としてはこちらの方が言うに難さは生じないが「やっちゃわままい」と「やっちゃわまい」での使い方の違いというものがなく大雑把な言い回しになるところである。

例文1

「なんでえ、まだ手えつけちゃいんだ?」

  (なんだよまだ手を付けていないのかよ。)

「主任来てんでもんでやっていいだかどうだかわからんだよ。」

  (主任が来てないからやっていのかどうか分からなくてね。)

「そんなん待ってんでいいでやっちゃわままい。ちゃっちゃと終わらせて後楽しまい。」

  (そんなのは待っていなくてもいいからやってしまおうぜ。さっさと終わらせて後が楽になるようにしようぜ。)

例文2

「なにやあ、まあだ手えつけちゃいんだか。」

「どっから手えつけていいだか途方に暮れてるだよ。」

「そんなん考えててもしょんないでとにかくやっちゃわまい。考えるなあそれからでいいらあ。」

  (考えててもしょうがないだろう。とにかく始めようぜ。考えるのはそれからでいいだろう。)

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LADY・最後の犯罪プロファイル その10

 終わった。犯人さんについてはほぼ予想通りで意外性はなく、主に何ゆえにという動機が細かく描かれていた。対する片やは動悸激しく命の灯火を削ってまで犯人逮捕に決意を見せる結城チーフ(木村さん)。

もう一方は幼き頃の同気がレディキラーだった事に愕然としつつもプロファイリングの道をこれにて極めんと葛藤する香月(北川さん)。

正に「どうき」だらけの中での懸命な相関図。さらに道義を外れるを許すまじと奮闘努力する警察官の図や憧れの爆弾魔に同義を求めた者まで合わせると・・・。

なんて語呂合わせはこれくらいにして、清算の回であった由。謎解きのあれまは感じられなかった。

そういう意味では淡々と進んだ印象が無きにしも非ずや。

強いて凄いなと思えた箇所を挙げるとすればたった一話で事件の全容を発掘してしまうってのはたまげたな。しかもほぼたった一人で。

ドラマ終わっての個人的な感想としては北川景子さんはお美しいお方だなとは思うけど、あの眉毛の茶眉化は陽の光にあたってた時とかは眉毛無しにすら映って見えたこともあった。それがちょっと残念でせっかくの美貌が勿体なかったなと。まあドラマとは何の関係もない感想ですけど。

でもひらっちがいい味出てたから楽しめたかな。

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*「行こうよ」の種類

「お腹が空いたのでなんか食べに行こうよ。」という文章を例として話しを進めるとして。

「行こう」と誘うにおいての強弱を遠州弁的につけるとどうなるか。以下が弱めから強めへの変化と思われる。

A「お腹空いたでなんか食べ行くけ?」

B「お腹空いたでなんか食べ行くう?」

C「お腹空いたでなんか食べ行かまい」

D「お腹空いたでなんか食べ行かざあ」

E「お腹空いたでなんか食べ行くかあ」

F「お腹空いたでなんか食べ行くか」または「行っか」

G「お腹空いたでなんか食べ行くにい」

H「お腹空いたでなんか食べ行くに」

J「お腹空いたでなんか食べ行くよを」

この他にも「行きまい」・「行かすか」・「行かんけ」とかがあるが近い表現が上記にあるので省いた。

「行くでえ」・「行くでねえ」・「行くわあ」については誘うというより宣言・報告に近くなるので除外した。

AとBは誘うというより伺い・提案に近い最弱の勧誘表現。C・D・E辺りは要請というか相手の同意を求めている。G・H・Jは命令・指示的要素が強くなる。FはC~E群とG~J群の中間的でどっちとも取れる。

各文章を共通語のニュアンスに訳せと言われても微妙すぎて違いを表現できない。習うより馴れろでしかないか。方言は共通語では表わせないところに味があるのであろう。と、いい訳しておく。

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*何度目かの「まい」と「まいか」について

「まい」と「まいか」を取り上げるのがこれで何度目かというのを数える気すら湧かないくらい記事にしているところだが、何故かまだ述べ足りないというか言い方を変えての説明をすることが出来る。それほど奥が深いというか一筋縄ではいかないというか。

「まい」を「いこう」。「まいか」を「いこうか」として訳す(置き換える)ことができる。

「濡れていこう」→「濡れてかまい」

「濡れていこうか」→「濡れてかまいか」

といった風に。さらに共通語の方を略して

「濡れてこう」・「濡れてこうか」としたほうがより「まい」と「まいか」の言い方に近くなる。

ただしこのように変換できるというのであって上の例文での共通語と遠州弁とのニュアンスが同じものかというとそうではないとこがややこしい話しではある。実際共通語でのニュアンスを遠州弁にすると

「濡れていこう」→「濡れてきまい」・「濡れていこうか」→「濡れてきまいや」・「まいね」・「濡れてくかあ」

「濡れてこう」→「濡れてっか」・「濡れてこうか」→「濡れてかっか」・「濡れてきまいに」

とする方が自然であり「まい」・「まいか」を使うと改まってなんだよという感じになる。つまり

「濡れてかまい」→「濡れていくことにしよう」

「濡れてかまいか」→「濡れていくことにしようじゃないか」

と訳すとしっくりくるのではなかろうか。よそよそしいとまではいかないが距離をおいた言い回しに聞こえるところである。

他の地域の人からみたら「まい」・「まいか」は変に馴れなれしく聴こえるものらしいが、どっこい当の本人達からしたらどちらかといったら改まった言い方と聴こえる。

それが「まい」と「まいか」である。という一面もあるのである。

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*遠州では使われない言葉 ちゃう

「違う」を「ちゃう」と言うのは遠州では使う人も稀にいるが遠州弁としては使われない言葉である。

「ちゃうがな」・「ちゃいまんねん」とくれば関西の言葉と判断してしまう。

「ちゃうわあ」となると東海辺りでも言いそうな気がしてくる。

「ちゃうにい」となるとどうだろう。「にい」は遠州弁っぽいのだが「ちゃう」は遠州では使わない筈なんだけど。ミックスという表現なんだろうかなと思える。

モロ遠州弁ではどういかというと「ちがうよを」(語尾が上がるよを)であろうか。

「ちゃう」にあまり違和感を感じなくなったのは関西漫才をテレビでよく視たというのとテレビかなにかで「チャウチャウ犬」と関西弁の「ちゃうちゃう」を掛けてなんかギャグにしてたのが遠州にも知れ渡り浸透したとも勘繰られるところである。

ちなみに遠州で「ほうでっか、ちゃいまっか、えろうすんません」とかな具合だと意味は理解できるが「そうですか、違いますか、大変失礼しました」というニュアンスではなく「ああそうですか、違うのですか、悪かったですねえ」といった勢いに聞こえ感覚の行き違いが生じる事が多々あろうかと。

このそう聞こえるのと同じニュアンスでの遠州弁だと「そうけえ、違うだけえ、悪かったやあ」といった感じであろうか。

「悪かったやあ」より謝ってる度合いが強いのは「ごめんね」・「ごめんな」であろうか。尚、「悪かったやあ」と「悪いやあ」ではニュアンスの違いがあるのだがそれはまた別の記事で。って「申し訳なかった」と「申し訳ない」という違いみたいなものだが。

共通語での謝るのニュアンスに近くするには「え~?ほんとにい、いやあほんとごめんね、申し訳なかったやあ」とかになろうか。ってこっちも大して頭下げてる感じには受け取られないだろうがとにかくこのように他の地域の人に誤解を与えやすいというのが方言なのであるから致し方ない。普段はこういう場合方言を排除した言い方にしているものである。遠州弁は謝るとかの言い方が存在しない不遜な方言なのではなく誤解を避ける為使わないということであろう。ただし使わなければ廃れていき受け継がれなくなって遠い将来遠州弁にきちんと謝る表現が存在しなくなるという可能性はあろう。というか既になくなってるのかも。

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CONTROL 犯罪心理捜査 その11

 誘拐事件は狂言誘拐でその歯車が狂ったという流れ、その綻びは大金にやはり目が眩んだのかと一瞬思わせといて実は乗っ取られていたという寸法。

前回観終えた時点でひょっとしたら室長(松下さん)の長年追っかけてる事件の犯人と同一人物の犯行なのかと思ってもみたけどそれはなかったな。

能天気な視聴者としてはその方が盛り上がるというかより爽快な気分になれるのにとちょっと残念。

前回の終わりに社長が小癪な顔してたんでひょっとしたら会社ぐるみの狂言なのかとも思ったんですがさすがにそれはなかったな。

で、最終回観終えての余韻としては、これはパートⅡありうるな。いやさあってもおかしくないな。なにしろ面白かったから。

どこがって、そりゃ登場人物のキャラがでしょう。

観終わって暗い気分にならないもの。それなりに元気をもらえるし。

私げげげは視てないのであれですが2009年のドラマ「本日も晴れ、異常なし」を観た印象と較べてこのドラマでの「松下奈緒」は格段に表情の変化や表現力に力の抜け加減が増したと感じ入りましてでございます。こげなスパンと飛躍された役者さんそうそう最近見た事ないな。余程げげげと鍛えられたんでしょうかねえ。

ただ刑事役なされるんでしたらもう少し走り方に軽やかさを求めたいところではありますが。

まあとにかく松下さんと藤木さんのコンビは面白かったな。それがこのドラマが面白かった一番の要因なのかな。勝村さんと泉谷さんももちろん味沁みててよかったですけど。

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屋上のあるアパート

たんぽぽ社長(吉田さん)が最後に放った「負けた」って台詞、なんに負けたんだ?

自立は勝利なのか?縁の清算は必然なのか?(男と女の関係はそんなもんか)

何から何まで女性目線のようで色々と野郎には理解できない事多かりしドラマだったけど楽しく観れたな。

独白のナレーションが絶妙だった。贅沢言えば表情と本心が必ずしも一致しない事がより顕著な方がなお好みなんだけど。

それと幼き頃よりの友情というのが観ていて安らいだな。それにしても男同士だったらあんな堪忍袋の緒が切れたような喧嘩もんかな状況になったら絶対ああいった関係性は続かず暫くは絶交だよなあ。ひびは入らないだろうけど修復に時間がかかるよなあ。

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*「だけん」と「だけが」

 正直言って「だけん」も「だけが」も本場は掛川辺りであろう。

よって聞いた(聞き取った)限りではという事を前もって断って置きます。

で、本題の「だけん」と「だけが」。

意味としては、「だけど」・「だけれど」・「なのだが」などといった意味合いであろう。

使い方としては

「そうゆうもんだけん」(そういうものだけど)

「そうゆうもんだけが」(そういうものだが)

「そうゆうだけえが」(そういうもんなんだが)

といったものであろう。意味的に対して違いが感じられないところであるが

使いどころとしては

「ゆっちゃかんっつわれただけん、ゆわずにゃおれんもんでゆっただけえが」(言うなと言われたけど言わずにはいられないから言ったんだが)といった風に一つの文章での場合同じ言葉で連呼調にはさせないという法則があるようだ。確かに

「ゆっちゃかんっつわれただけえが、ゆわずにゃおれんもんでゆっただけえが」だとだらだら感が出て締まりがない風に感じられる。

「だ」を「じゃ」に換えると他地方の「じゃけん」・「じゃけえ」みたいになるが、他地方のは断定という印象を受けるものであり「だけん」・「だけが」は断定というよりも曖昧(はっきりしない)な印象が強いだけに別種であろうなと推測される。

ところで掛川が本場と述べたが、じゃあ浜松ではどう言っていたのかというと、「だん」か普通に「だけど」・「だが」であろうな。

「ゆっちゃかんにいっつわれただん、ゆわずにゃおれんくてゆっただけどぉ」

とかになるかな。なんて書いたが実際は

「ゆっちゃかんにいっつわれてただもんでゆわんようにしてただあ、ゆわずにゃあおれんもんでゆっただもんでねえ」

といった「だもんで」連発である。西に行けば行くほどこの傾向が強いので三河弁の影響の強弱によるものなのだろうな。その中間という浜松としてなら

「ゆっちゃかんにいっつわれただでゆわんどいただあ、なんしょゆわずにゃあおれんもんでゆっただでねえ(やあ)」

とかにしとこうか。

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三国志 第11話

 劉備の言葉は全て道徳の教科書に載せてもいいんじゃないかと思える程に清廉潔白だな。人徳、粗野な言い方をすれば人たらしの面目ここにありという勢いだったな。あれに異を唱えられる論法があるんだろうかしらむ。居るか一人超現実的な張飛が。関羽は思っていても言えないものな。

言葉といえば荀彧と曹操の会話で「破竹の勢い」という表現があったけど、あれって確か呉が滅びる際に杜預なる人が発した言葉が語源になってる筈で、時代が少しずれてないかい?とぞおもひけり。

劉備VS曹操のいくさのシーンは迫力あったな。凄いアクロバティックにも映るけど一人の豪傑の存在は勝敗の行方を左右する時代であったからにはあれくらいでなけりゃ収まりはつかないな。

それに近接戦の際の武器(得物)そのものが打撃系で斬撃系じゃないから多少相手の攻撃が当たっても問題ないのだからこそ一対百というような構図でもありうるんだろうかな。

それにひきかえ投石器や矢の威力・規模は凄まじいな。日本ではなんでああいうものが城攻めの際に使われるようなことがなかったんだろう。狭いから大型な武器は移動も稼働も困難だったという地の利がないことによるものなのかな。

結果的には追っ払った次第。呂布が曹操の居ぬ間に曹操の領地を盗りに来たのでやむなく曹操は引き返したんだと記憶してたけどこのドラマでは劉備が追っ払ったという勢いの方が強く映ったな。

まあそうでなきゃ陶謙が国を譲るとまで言わしめるほどに国の英雄としての活躍とはならないものな。単に城攻めに対して攪乱(遅延)作戦をして時間を浪費させたというのでは。

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Dr. 伊良部一郎 第7話

 今回もお見事な手際の良さという印象でしたな。

始まった当初はとてもこないな人には診てもらいたくないというイメージから疑いの目で観てたけど何話か観てきて慣れてきたら全部の行動が治療に関わるものだろうという目線に変わった。

それは決していいことではなくどちらかというと疑いの目があったればこその実はというオチにあああの行動はそうだったのかという謎解き明かされてるようで愉快であったけど、目線が変わってからはこれはどういう理由なんだろうと邪推して観てしまって意外性を感じなくなりつつある。

無駄のないところが名医の証なんだろうけど多少の迷走もあった方が観てる側としては攪乱されて面白いんだけどな。つまり三つくらい試してどれがひとつが当たりの治療法だったとかいう。

いずれにせよ、自分以外はみんな馬鹿と思えた事ないんで(つまり他力本願なんで)今回の患者さんの意識というのは(平常に於いても病気になった心理状態に於いても)共感しようがありませんでした。頭のいいというか賢い人にのみ陥りやすい病なんでしょうね今回のは。私には縁のない病でした。

どちらかといえばみんなからお荷物(邪魔)と陰で言われる人間とかが陥る病の治療という方が身につまされて参考になるんですがね。それじゃあ華がないか。

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*遠州弁に変換 比較

「すごく綺麗だよ」という共通語を

遠州弁にすると「ばか綺麗だに」となる。

旧遠州弁なら「がんこ綺麗づらよ」とかかな。

勝手な想像だが(間違ってたらごめんなんしょ)

関西弁では「めっちゃ綺麗やで」とかになるのかな。

名古屋弁だと「おそぎゃあ綺麗で参ってまうに」あたりでいいのか?

京都弁とかだと「えろう綺麗おすえ」とかなんだろうか。

他の地域ではなんと言うのだろ。ポイントは「すごく」と「だよ」の言い方の地域性。

土佐弁だと「だよ」は「ぜよ」だろうなと想像されるけど「すごく」をこの場合なんと言うのか分からない。

どこのか知らぬが「まんずはあ綺麗だっぺよ」とかいうのが思い浮かぶなあ。関東かな?

共通語の「そんな事はしなくてもよい」

遠州弁だと「そんなあやらんくていいだあ」

関西風味だと「そんなんせんでええて」

名古屋風味であるならば「そんなことやらんでええがあ」

「そげんこつやらんでよか」。九州っぽい。語尾に「とね」とか「ばい」とかつけると福岡っぽくなるけど「そげんこつ」というのかどうか。誤ったちゃんぽん語なんだろうかな。

共通語の「疲労困憊した」

遠州弁だと色々言い方はあるけど「どがんこしんどい」辺りかな。「ばかしんどい」・「がんこえらい」とかだと体調不良と受け取られかねない。

他の地域はどういうのかな?

例文(お題)を挙げればうちらんとこはこう言うよとかコメントくれるのかな。

出来れば全国の方言を網羅してどう違うのか共通項はあるのかとかを探ってみたいものだが如何せん知恵がないし知識もない。同じ文章をそれぞれの方言でいうとどうなるという一覧みたいなのがないのかな。

それにしても浮かんでくるのは西日本の言葉ばっかだなあ。自分の固有な癖なのか遠州弁がそういう分類に属するからなのかは定かではないが、西日本の方が理解し易くて東日本は単語とか文法とかが分からない傾向にある。あまり東日本の言葉が浮かんでこない。

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スクール!! その9

 二話一気にというものだったけど急ごしらえとか単なる連続というものではなかったな。澱みないひとつの話として成立してた。

しかしまあ最後の最後まで言葉に重み(含蓄)のある道筋に思えたな。展開というか物語りは校長は動いてこそという機関車だったし廃校の危機を救ったのはみんなの熱い心というもので行動こそが窮地を救っているのだけれど。

嵐のようにやってきて嵐のように去っていく。月光○面か成瀬校長(江口さん)はと思えなくもないが、あれだけ仲間想いというのを見せつけられるとワ○ピースの○フィのようでもあるかな。ル○ィを具現化して大人に、尚且つごりごりの日本人にするとこうなるのかな。

ま、そんなヲタはともかくこのドラマは実に含蓄のある言葉の数々に溢れたドラマだったな。大半はみきちゃん(岸部さん)曰くであり天国に召されてしまったのでもうその要素は失われてしまったのではありますが。

で、気になった(印象に残った)ところをば。

「学校とは帰る場所也」。「戻れる場所」の間違いじゃないのかと。なにせ卒業式喰らったらもう迎え入れてはくれないもの。でも、そこ(学校)に行けばその時の自分が蘇ってくるもので自分を見失ったりした時なんかに行けば自分に戻れることは有り得るものだと。まあ大人になってから想う事であって当事者の思う事ではないですけどね「戻る場所」というのは。

無視>嫌い>好き。辛い順番というか嫌いは好きの始まりとも申しまして縁は奇なりでという風に思っているのですが。それはあくまで一対一の話しであって、今回のように一対集団の場合には嫌い>無視>好きという順番はなるほどなと納得しました。

終わりとしてはなんだろ、再びトンネル屋に戻って仲間が再集結してという画柄を観たかったな。

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しょんないTV 第6回

世界のアオシマに潜入。

ばか貴重な資料室。確かにあの原画はどがんこ貴重だと思う。にしちゃあぞんざいに保管されてる風に思えるのは気のせいか。気のせいなんだろうな。

それにしてもなんでも欲しい~というお方だこと広瀬アナは。数撃ちゃ当たるで当たれば「言ってみるもんですねえ」というのは「へ~」という感想表現と同じで野生児っぽい。本心は定かではあらねど決して社交辞令で欲しい~とかおねだりしてる風には映らないとこは才だよな。ただ心の底からという印象はあまり湧かないけど。

個人的にプラモデルということでこんなの欲しいなと思うのは、石垣。お城のプラモデルの石垣って一体成型のものばかりでそこがちんけっぽい印象をどうしても与えてしまうわけで。

パズルのピースばりにいっこっつ石を積み上げてく石垣ので重厚感のあるお城を作ってみたいなあ。あくまでランダムに積むんじゃなく決められたとこに置いてくパズルのピースみたいな感じで。

それと、最近お城の紹介番組ばかり観てて、それでお城の美しさは石垣と櫓群にありという気がしてきていて。天守ばかりが城じゃないぞと。全体を再現するのが欲しいというのと、勝手に縄張りして自分だけの城をつくれるキットとかあったらいいのになあと。

そういう意味じゃ視点代えて夢のマイホームを模型にしておくってのもアリかな。もしくはこういう家をという希望(理想)を色んなパーツを選んで唯一無二のものを作るとか。

産業廃棄物で作る楽器

いい音してたな。癒し系の音なんだろうな。瀧さんミュージシャンの感覚であったな。広瀬アナは音楽にも疎そうだったな。

それにしても食べたたこやきが口から飛んだくらいでNGマークで隠すというのはサーロインステーキと同じくらいな余計(些細)なとこに気を遣うものだ。

で、重大発表とな。

隔週にでもなるのかなと思った(期待した)のに曜日変更なんだって。火曜日にお引越しなんだって。

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*けっこう

「結構」と書く。

どうも共通語と遠州弁とではそのニュアンスが微妙に異なるようなので記載。

例えば「けっこう重いよ」と発した時その重さの程度の受け取り方が異なる場合がある。「十分重いよ」なのか「意外と重いよ」なのかのように。

まずは共通語における意味。昭和の辞書の説明は非常に分かりづらいので、ネット辞書の方での説明を見ると

名詞

①組み立て・構え・構成。「文章の結構を考える」。

②特に善美を尽くして物を作る事。または作られた物。「結構を尽くした邸宅」。

③計画・企て・目論み。

④準備・用意・支度

形容動詞

①素晴らしくて難点がない様。「結構な出来栄え」。

②満足できる状態である様。その状態で十分な様。「お元気そうで結構ですね」。

③それ以上を必要としない様。十分。「もう結構です」。

④気立ての良い様。お人好し。

副詞

十分とは言えないが、ある程度要求に応えている様。「結構おいしい」。

とある。

名詞の「結構」に関しては日常使う事はまずない。従って形容動詞か副詞での使い方に絞って話しを進めることとする。

遠州人としては形容動詞の④及び②の使い方は日常に於いてまずもってしないと思われる。

「思ってた以上に」とか「意外と」という使い方は辞書にはないが遠州ではこういう意味でも使われている。まあこういう意味使いの「けっこう」は遠州に限ったことではなかろうが。

それ以外は使っていてかつそう大きく逸脱した意味使い方をしている訳ではないのだが、ただ使いどころが共通語とはどうも違うらしい。それは特に副詞としての使いどころというものであろうか。形容動詞での褒めた言い回しよりも副詞のまあまあとして使われる事の方が圧倒的に多い傾向にあるということである。

「けっこう頑張ったじゃん」と言った場合。

「結構頑張ったじゃないの」と共通語に訳すのは間違いではない。しかしそのニュアンスが共通語では基準値・予想値を上回ったといった頑張った具合を指す「結構」であろうが

遠州弁では「それなりに頑張ったじゃないの」というニュアンスで「けっこう」が使われるのである。

共通語では形容動詞の②の使い方でお褒めの部類に入る表現であろうが遠州弁においては副詞の使い方であり決して褒めてるという勢いは薄い。

同じように「自分結構頑張ったんだけどなあ」の場合においても。

共通語では最善を尽くしたもしくは力以上のものを発揮したというニュアンスであろうが、遠州弁ではそれなりにもしくは必要以上にというニュアンスと受け取られる。

「けっこういける口なんだろ?」という場合は共通語に於いても「それなりに」という意味使いであろうから独特な意味使いではなかろうが使いどころが共通語と違っているのかもしれない。

遠州人にとっては形容動詞としての「結構」はよそよそしい表現と感じる傾向がある。

それと遠州弁の「けっこう」の使い方としてぼかすというか曖昧に表現したいような場合に使われる事も多い。形容動詞の「結構」ははっきりしたものであるが副詞の「結構」はある程度という曖昧さがあるところを利用しているのであろう。

つまり遠州弁の「けっこう」は「まあまあ」・「それなりに」という意味使いで使われる事が多いということである。特別な意味使いをしている訳ではないのだがどうもニュアンスの取られ方がこちらの意図するものと異なる可能性が高いようだ。

例文

「あとどんくらいで着くよう。」

  (後どれくらいで着くんだよ。)

「けっこう歩いたで はあ じきん着くじゃないのけ?」

  (大分歩いたからもうじき着くんじゃないのかな。)

「さっきいもそんなことゆってんかった?」

  (さっきもそんな事言ってなかったっけ。)

「気のせいだら。」

  (気のせいだろ。)

「けっこういい加減だなあやあ。」

  (なんか思ってたよりいい加減だなあ。)

「水飲むけえ。」

  (水飲むかい。)

「いらんわあ。おめえの口つけたのなんか。」

  (結構。君の飲みかけなんざ。)

この例文のように「けっこう歩いた」は遠州弁では「それなりに歩いてきたからそろそろいいんじゃない?」というものである。共通語では「十分歩いてきたから着くだろう」というニュアンスになるのだろうか。

「いらんわあ」これを「結構」と訳したように十分とか必要としないと言いたい場合には「けっこう」は使わない傾向にある。「結構」を使っても話しは通じるところであるが「お高くとまって」みたいなえらそうにという意識に陥ることがしばしばある。変と思われるであろうが「結構」というよりも「いらんわあ」という方が角が立たないのである。まあ「いいです」・「いいよ」とかいうのが一番無難なんだろうけど「いらん」・「ことわる」という方が多いのは確かであろう。(正し知り合い同士の場合に限る)

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