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刑事定年 その1

第一話観た限りにおいての感想としましては、タイトルが「定年刑事」ではないから定年後も頼られて事件を解決していくというバリバリとした刑事ものということではないみたいだけど。

情けは人の為ならずを地で行った恩情派の刑事さんが退職後も頼られて事件に関わっていくというお話しの要素と、定年後の旦那が仕事一筋だった家族(夫婦)の有り方を問うという家族ドラマというお話しが混在してる作りのようだ。

コメディタッチの要素もあり人情劇というくくりに入るのだろうかな。

テンポがゆったりしていてかつ情景が家の中だけで状況が変わっていた。なんとはなしに舞台を観てるような気分にすらなるセリフだけで物語りを進めてく感じも湧いてくる。不思議に思えるのはこの深夜の時間帯に放送されるという事。深夜族が愛でるテーマでも深夜族が共感を覚えるネタとも思えずターゲットであろう同年代の視聴者はご就寝してる時間だろうに。

このドラマはゆったり=まったりでもある。深夜はまったりした展開なものもよく見かけるけどそれは専門化してるからより微細にというもので、同じまったりでも深夜族が欲するまったりとは質も用途も違うようなまったりさに感じる。

それともあの姿を見て何か思うことは無いかという深夜族への問いかけなんでしょうかねえ。だとしたらもう少し奇抜さとかいった刺激がないとゆるいように思える。

それにしても家庭を顧みずにあくせく働いた結果が意思疎遠で居心地が悪い老後を迎えるというのはなんだかなあと思えてきますわなあ。

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別のとこでもブログ始めちゃいました

え~、今年になってどういう訳か別のとこでもブログを始めることになっちゃいまして。

かけもちする意味が自分でも分からないところですが。

とりあえず区別化しようということで、当初心具の方は遠州弁を含む言葉遊びネタ専門であちらをドラマや映画の感想用にと分割しようかと思ったのですが。それは止めました。

で、あちらのブログはドラマに限らないその日視たテレビ番組で視聴してた際に思った事を簡単に書く日記調ということにしました。でこちらのドラマの感想は今迄通りぐだぐだ余分な事を書くということにしました。

同じドラマの感想ということで重なる部分もあり、一部重複する箇所も存在するけど決して他の人のブログを引用もしくは盗用してる訳ではありません。と言い訳しときます。

はっきりいって読むとこないよなと自分でも思えるところですが

ま、実験的なものですので長く続かどうかは藪の中であるところ。

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LADY・最後の犯罪プロファイル その1

初回2時間とはえらく剛毅な始まりだこと。

プロファイリング。考え方というか頭の中はともかくとして、もし本当にあそこまで行動や状況が読みきれる(現場の状況を再現できる)のなら(もう済んだ過去の事だけど)私の交通事故の相手の言い分の嘘を看破して欲しいものだ。事故の直後は非を認めていたのに日が経つと誰かに入れ知恵されたのか態度や発言が翻ってあがき始めて随分と決着に時間がかかった。どちらも青になる信号なんて有り得ないっつうの。

とまあそんな皮肉が浮かぶほどにな感じで真に受けようがないほど細部に亘って事細かに分析されてましたなあ。ホントかいなというのが素直な印象。

ドラマならではでありましょうな。展開ということでは捜査の常識を覆す一種の手品を観てると思えばそのテクニックを楽しめるところか。実際そうだったらかえって空恐ろしい。

人間模様ということでは配役が豪華で見応えありましたなあ。豪華すぎて二話以降萎んで映らなければいいのだけど。それは関わる事件にも言える事だよな。ミスターブレインの時もそうだったからちょっと気になりますな。

それはともかく、ひらっちが出るということでとりあえず見たけれど思ってた以上に観れるドラマでありましょうか。観入れるかどうかは二話に掛かっていそうなド派手な初回で判断つきかねるところですが。

最初のレッドカーペットを視線を集めつつハイヒールでの音響かせながら闊歩して登場するシーン。カーペットの上なのにあんな心地よくヒールの音がするもんなのか?と。こりゃ相当気合入って作ってるのかなとつい勘繰ってしまいますな。ま、実際そうなんでしょうけど。

それにしてもタイトルにある最後ってどういう意味を表わしてるんでしょうかねえ。

個人的な嗜好としては現場の刑事が行き詰るまでを丁寧に描いてそれを魔法のように(印籠出すみたいに)さっと一気に解決するイリュージョンチームに驚くという構図を観たいとこですかな。つまり謎を深めたうえでのご出馬というパターン。とはまあならないでしょうけど。

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*えらい その2

いきなり例文

「お帰り~。えらいやあっとかかったじゃん。しゃれんならんくらいえらくどんじかられただって?そんなどえらかっただけえ。」

「えらいえらい。下手すりゃ今日のうちになんか帰って来れんかとホントえらいとこ来ちゃったやあと思っただよ。ふんでもまあなんとかえらいなりに終われただよ。」

「そりゃえらいえらかったの。」

「なんしょはあ肩凝ってばかえらい。」

上記の例文における「えらい」。

意味は「随分」・「大変」・「相当」・「苦労した」・「しんどい」

例文を訳すと

「お帰り~。随分と手間取ったみたいじゃないか。洒落にならないくらいこっぴどく怒られたんだって?そんなに大変だったのかい。」

「そりゃ相当なもんだったさ。最悪の場合今日中には帰って来れないのかとやれやれひどいとこに来ちゃったもんだと思ったもの。それでもまあなんとか大変なりに終われたよ。」

「そりゃまた随分とご苦労様だったね。」

「そのせいでとにかく肩が凝ってしんどい限りだ。」

紛らわしいとお思いでありましょうが、どの意味においても「厭な事」ということでは同じなので実際使ってる身としてはそういった大雑把な解釈をしていて例文の訳みたいな細かい受け取り方はしていないであろう。したがってこの訳以外にも解釈は可能であり間違いでもない。

身も蓋もない訳ということであれば

「なんか嫌な事あったみたいだね。」

「おおなんとか終われたけど嫌な事だった。」

「そりゃ相当嫌だったねえ。」

「ホントだよ。ひどく嫌だったよ。」

とまあこういう感じである。

例文にはないが「えらい重たい」という言い方は訳せば「とても重たい」という事になるのであるが持つのが嫌なくらい重いという事である。他には「がんこ重たい」(持つのに骨が折れる重たさ)・「ばか重たい」(なんでこんな重いの俺が持たなきゃいけないんだと怒れてくる重さ)・「ど重たい」(自分の力量を越えた重さ)とかいうニュアンスであろう。

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*最近の「まい」と「まいか」の使い分け

意味的なものは別の記事ですでに説明したのでここでは使われ方の違いについて考えてみる。

あくまで実際に使っていて受ける印象なのでこう変化しつつあるとかいう事実ではない。

例としていわゆる遠州弁の代名詞とも言われるようになった「やらまいか」。

あまり普段耳にすることは無く普段遣いに於いては圧倒的に「やらまい」という事の方が多い。

これは「やらまいか」が最早古い言い回しになりつつあるという事ではなく使いどころが違うのであろうかと。

相手(声掛けの対象)がひとりか大人数かによって使い分けられているからであり、多人数の前でなんかするという事があまりなくなった事によるものであろうかと。

つまり相手がひとりなら「お~いやらまい」でありその範囲は二・三人程度まで広がっており

集団(大勢)に対しては「なあ皆の衆やらまいか」といったような使い分けが為されているという風に思える。

「やらまいや」となると人数に関わりあいなく使われていると思われる。「やらまいや」に「なあやらまいや頼むでえ」(なあ頼むからやろうよ)とかいった微量ながらも依頼というニュアンスが含まれる。

ちなみに「まい」も「まいか」も呼びかけであって掛け声ではない。掛け声だと「にい」(やるにい)または「でえ」などで「さあやるよ」・「やるぞ」というニュアンスである。それが最近は「やらまい」も時として掛け声(にいより和らげた表現のニュアンス)で使われるようにもなっていると思える。

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*こすかな

「お見舞いいってこすかな」(お見舞いに行って来ようかな・行こうかな)

つまり「こすかな」~してこようかな・~しようかなという意味合いの表現。

「よう」が「す」になるという言い方。

こういった表現は「来る」に限らず「「やろうかな」とかを「やらすかな」・「しようかな」を「せすかな」とかいった風にして使われる。そんな中で「来よう」を「こす」というのが一番方言チックかなと思い記載。遠州弁かどうかは定かではない。

ニュアンス的には「伺う」とかいったしゃちほこばったものはなく安易・気軽な感覚である。感覚的には二通り解釈できて、行かなくちゃといった義務的なものではなく行かなきゃ行かなくとも左程どうって事ないみたいなある程度気分的な印象を受ける。というものと、自発的にやるぞいう宣言みたいな印象を受ける場合の二通りがある。

こういった表現の否定形は「ある」だと「あらすかや」・「する」なら「せすかや」とかになる。

例文

「なんか味ん薄いなあ。塩入れてみすかな。」

  (なんか味が薄いなあ。塩を足してみようかな。)

「あれ、こんだからくなっちゃったよ。砂糖入れすかな。」

  (あれ?今度はしょっぱくなっちゃったよ。砂糖入れてみよう。)

「あんたねえちゃんと食べれるもん作ってくれるだらねえ。」

  (ねえ、ちゃんと食べられるもの作ってくれるんでしょうねえ。)

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ニュースウォッチ9の「上野樹里」インタビュー

ニュースウォッチ9で「上野樹里」のインタビューありとの報を聞き直ちに録画予約しこれを捕獲せんとす。ということで録画しました。普段絶対見ない番組なんですけど。

とりあえず驚いたのはその表情かな。えらく艶っぽくて。ひょっとしてのだめ以降幼児化しつつあるんじゃないかと思えていただけにどっきりするような大人びた表情でしたなあ。まあ語りはいつもの自然体でしたが。

インタビューの内容で気になったのは役作りにおけるところで、演ずる役の人物像を作りこむ際その人間の弱いところから役作りしてるんかなこのお人はとふと思えた点でありました。「トラウマ」・「弱み」という表現を使われてた。

いいとこというか魅力的な部分を見つけてくんじゃなく負の部分を受け入れてくというスタンスなんだろうかなと。まあ勝手な勘繰りですけどそう聞こえました。

まあとりあえず昨年のドラマ「素直になれなくて」を途中挫折したことによって

自分は樹里ちゃんが出るならなんでも好い作品と評価しえるというレベルのファンではないというのが確認できた訳でありまして

だからこそよい作品に声がかかり続ける役者さんであって欲しいよなと。尚且つ司会者さんが「上野樹里」を評してのたまわれた「旬の」というイメージを払拭して欲しいよな。

イメージといえば、街頭インタビューで「上野樹里」のイメージが「料理が下手そう」というのには嗤えたなあ。

イメージというのはつくづく一人歩きするものだという事を再確認した気分でありました。

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*つべこべの種類

「つべこべ」・「ごちゃごちゃ」など五月蠅いと感じてるぞいう言い回しは、遠州弁においては種類がある。他の地と較べて多いのか少ないのかは不明だがとにかく思いついたものを挙げ連ねてみる。あくまで一例でこれが全てはもちろんない。

遠州弁固有とかにこだわらず普段遣いのもの(挙げた言葉の次に言う・こいて・ほざいて等がつく表現)を度合いの緩い順で記すと

「うだうだ」 ほぼつぶやき状態で相手に対して直に言ってる勢いではない。

「うじうじ」 「うだうだ」とほぼ同じか。多少ねちっこさが増す感じにとれ優柔不断さが印象として映る。

「ぐちぐち」 愚痴×2ということで、つぶやきであるが相手に聞こえるように言ってる。

「ぐつぐつ」 愚痴の速射砲というか煮えたお鍋の中から湧いてくるあぶくのようなとめどなくあふれてくる愚痴といったものか。ただ相手に面と向かって物申してるというレベルではない。

「ぐずぐず」 「うじうじ」のバージョンアップ版といった感じか。

「もそもそ」 自信なさげに発言・反論してる勢い。相手としては聞こうという意識があるが分かりづらくてイライラしてる感がある。

「ぶうぶう」 不満たらたら。批判や否定ではないので嫌々ながらも従っている状態か。

「あじゃあじゃ」 反論しているのだが根拠が整然としておらず言われてる方にしてみれば応え様がないという勢い。言われる側が聞く耳をもってない場合にこう聞こえるという事もある。共通語でちかいのは「ごちゃごちゃ」であろうがこれとの違いは「ごちゃごちゃ」が枝葉の多い屁理屈っぽいものに対して「あじゃあじゃ」は多分に話しの筋が要は感情の方が先走りしている傾向にあるという違いであろうか。

「ひゃあひゃあ」 煽り立てているかのような言われてる側は大袈裟と思える反論・不同意の様。 

「きゃあきゃあ」 感情的な部分が強めの反論・不同意の様。

「ぎゃあぎゃあ」 ヒステリックな状態に近い反論・不同意の様。

「きゃんきゃん」 怒りの感情が多めのかなり強い反論・不同意の様。

「ぎゃんぎゃん」 威嚇感を含む怒りの感情が強く感じられる様。

「ぎゃあつく」 断固阻止で塗り固められた話し合いが不可能に近い不同意の様。

「ぶちぶち」・「ぶつぶつ」については事後の批判っぽい言い回しの部類に属すると思えたので省いた。

これだけ普段遣いにおいて種類が多いという事は遠州の特徴ということなんだろうか。

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赤い指 「新参者」加賀恭一郎再び

 いやあこれはすげえいいもんを観た。

犯人を追い込む追い込み漁の妙を愛でるということだけでなく、介護と家族という社会問題の問いかけという部分も有りつつ心の琴線に触れる折込みがまた見事で人情物としての部分もほだされまくりで。いやあこれはいいもん観た。

昨年の番宣で阿部さんがシリーズの中でこの物語が一番好きとのたまわれておられてたけど、どうせお約束の番宣特有のよいしょで眉唾もんだろうと踏んでたんですが。

いやいやあにはからんやで言葉通りの秀逸でありましたなあ。

追い込まれてく家族の葛藤の様がまあ見事。小憎らしい息子。視野の狭い母親。様々な板挟みに疲れ果てた旦那。苦しみを孤独に背負う祖母。最初のうちはなんだこいつらと思えて仕方なかったんですが終わりごろには明日は我が身かと思えるようになってきて、最後それぞれが切ない限りでありましたな。立場的には自分は旦那ということになるのですが自分にも逃げてる(目を逸らして生きてる)部分もあるかなとドキッとしたりもしてしまいました。

あんな愚息をなんとか守ろうという母親の気持ちは男には理解し難いですが結構真実なんでしょうねきっと。こんな子供に誰がした?という部分があえて語られてないところが最早特別な家族ということではなく説明もいらぬと言ってるようでおそがいのえ。

加賀親子の関係もこれまた妙。男同士の親子なんだからこういうのもありだよなあとぞ想いけり。

推理という意味でも祖母の顛末が読めなくて最後の逆転は予想外で面白かったです。それにしても加賀恭一郎は凄い刑事だな。家族がしら通せなくなるように目の付け所の鋭さで追い込んでいく様は迫力あったな。発する言葉も含蓄あったし。

そしてなによりただ捕まえればいいってもんじゃないというのが人情を生むんだろうかな。

二時間半あっという間だったな。また観たいな加賀恭一郎。

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*遠州弁というには微妙な言葉 「おれっち」

「うちっち」とか「おれっち」というのは遠州弁に含まれるのかと問われると微妙に思える。

自分が使わないというせいもあろうし自分の周りにも使い手がいないからというのもあろうが。そもそも

「おれっちはよを」というのを訳せといわれても?なのである。

「っち」ってなんぞやというのがよく分からない。聞いた限りでの勝手な解釈としては「おいらはなあ」と自分を卑下という事ではなく単にぞんざいに言ってるものだと解釈しているところである。

これが「うちんち」・「おれんち」ならば「ち」は「家」ということでよく使うところであるが。別物なんだろうなきっと。

ネットの辞書には「おれっち」(俺っち){俺達の転}一人称。①おれの複数形おれたち。②単数おれのくだけた言い方。とある。

①については遠州弁的理屈だと「おれらっち」でないと?であり、そういう意味でも遠州弁ではないような気がしてくる。遠州で「おれっち」と発したならほぼ②の意味と解釈されるであろう。それにそもそも遠州弁の基本一人称は男女共に「わし」であり「わし」+「っち」=「わしっち」なんてどうみてもざらつきを越えて気持ち悪さがある。

ネットで検索したら静岡弁というとこもあり関東方面でひろく使われてそうな勢いが窺えた。どうやら駿河では使われてるらしい。

いずれにしても遠州においてはそこいら辺から流入してきた言葉のような気がしてしょうがないところである。ただ間違いなく言えることはうちの集落でかく発したら「なめてんのかこのやろー」という事態になる事は間違いないところである。

ただこれが仲の良い(うら若き)女性同士が呼び合う愛称という使われ方であるのならありうるのかなと思えなくもない。名前に「っち」を付けるというもの。男なら「さあ」辺りであろうか。それと使用年齢が限られてるような気もする。

ということで、一人称としては使われないが愛称としては使われるという事のようである。男よりも女性が使う頻度の高いものであろうとも思われる。

枠に入れるとしたら最近の遠州弁という範疇に入るのであろうかな。

こういう使い手が近くにはいないので男女共用なのかとかいうのも分からないし日常としての具体的な例文も作れないのであしからず。

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*意外の程度の使い分け

「なによをその恰好様んなってるじゃん。いつもやってるだけえ。」

  (へ~その恰好様になってるじゃないの。いつもやってるの?)

「なによを」。あらま意外というニュアンスが強い。

これが超意外という驚きもどきだと「あれえ」がよく使われる。

「あれえその恰好様んなってるじゃん。なによをいつもやってるだけえ」となる。

この上の驚愕というレベルだと

「いやあなにっ?恰好様んなってるじゃん。いっつもやってるう。」もしくは「いつもやってるのけ」

これが「ふ~んいつもやってるんだあ」という感心してる言い方だと

「なにいその恰好様んなってるじゃん。いつもやってるだあ」・「いつもやってるだか」

ほかにも「うっそお」・「うそだあ」もよく使われるが「あれえ」と「いやあなにっ!」の中間辺りのニュアンスか。イントネーションは「そ」と「だ」を強く言う。

上記は基本女性の言い回し。男表現だと

「なにしたでえ」・「どうしただあ」

「ほんとにけえ」・「ホントかえ」

「やあなんでえ」・「やあなんだやあ」

「なにや」・「やあばかっつら」(厳密には予想外であって意外ではないが

「ふ~ん」は「ほ~」・「へ~」辺りであろうか。

とかいう言葉に置き換える事となる。尚、あくまで一例であり他にも言い回しは存在する。

意外ということは思ってもみなかったということであり、それはいい方も悪い方も在る訳であるがここに挙げたものはほとんどが両方に使われるものであるが、強いていえば悪い方専用に近いとなると「いやあなにっ!」・「やあばかっつら」がそっち寄りであろうか。

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*そうだよを

遠州弁でのニュアンスとしては「決まってるじゃないの」とかいう勢い。というか「そうだよを決まってるじゃん」(当たり前じゃないの、なにを今更)でひとつの言葉と化しているといっても過言ではない。「よを」を強く言うのが特徴。

共通語だと「そうだよう」で「~だそうだよ」みたいな聞いた話ではといったものであろうが、使いどころもイントネーションも異なるし意味使いも異なるのでこれは些細ながらも遠州弁だろうなという事で記載。

使いどころとしては大抵発言の頭に来るものである。

「そうだよをなにとぼけたことゆってるよあんたあ」(当たり前じゃないの何頓珍漢な事言ってるの)

もちろん「そんなもんかなあって、そうだよを決まってるじゃんあんた」とかいう使い方とかもあるので必ずというわけではないが。

場合によっては多少人を小馬鹿にしたような印象を与える事もあるので使い方には注意が必要であろう。逆にえらく弱気になってたりしてる時にこう言われると自信が復活する活力になったりもする効能がある。

例文

「あんたこれ、○○さん京都行ったおみやげ。」

「へ~○○さん京都行ったあ。いいなあ、あんたも行っただ?」

「行けれんよを。仕事休めんもん。」

「○○さんよく休めたねえ。」

「出張でだって。でもそれってどっちかっつやあおみやげっつうより頼まれもんみたいだねえ。」

「うん。あっち行く用あったら誰か買ってきてやあって言いまわってた奴。覚えててくれただ。」

「ほんじゃちゃんと感謝しんとかんじゃん。」

「やっぱなんかお返ししんとかんだかいねえ。」

「そうだよをあんた当たり前じゃない。」

「なにで返しゃいいだいやあ。」

「聞くのもいやらしいしねえ。」

注、「覚えててくれただ」の訳は「覚えていてくれたんだ」となる。

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