« *なんだ その2 | トップページ | *「ばかだやあ」と「ばかだにい」の違い »

*よう

遠州弁的言い回し

「いくらするよう」とかいう「よう」のニュアンス。

まず、辞書における「よう」は

{助動詞・特殊型}一①主体の意思を表す。「もう寝よう」②相手に対する勧誘を表わす。「さあ食べよう」。③えんきょくな命令や希望を表わす。「ここはひとつ言う通りにしてみようじゃないか」。二①客観的な事態についての推量・想像を表わす。{相手の心情・状況についてのそれをも含む}「容易に理解されよう」②えんきょくな断定を表わす。「このように言えようかと」③反対の意を表す。「こんな所に誰が来よう」三積極的な事態と消極的な事態とを対比させながら想定することを表わす。「食べようが食べまいが」。となっている。

では遠州弁ではどうなるかというと、辞書の意から大きく外れるものではないが微妙に異なると思えるところである。辞書での説明のどれに属するのかはよく掴めないので書けない。

*「いくらするよう」。

言い方にもよるが、一言言いたいとこを我慢してるみたいな猜疑心の混ざった言い方である。返答によってはひと悶着起こりそうな気配大である。訳すと「いくらするのさ」とかであろうか。

別のニュアンスもあるがそれは「どこ行くよう」で述べる。

*「あんたこれいくらしたと思ってるよう」。

ふざけんじゃないわよという憤慨が現われてる言い方である。返答を待つまでもなく既にひと悶着起こっていると思って間違いない。訳すと「思ってるんだよ」。

*「どこ行くよう」。

「いくらするよう」で説明したのと同じ使い方をすることもあるが、そうではない使い方もあるのでそちらの方を説明すると

本人は親愛をこめてる意思であるが、相手にとってはずけずけと踏み込んでくる勢いを感じたりすることも多々あり、虫の居所によっては余計なお世話と思われかねないところである。訳すと「行くんだい」。

*「こっちの方がいいよう」。

「私はこっちの方がいい」と訳せ自分の希望を述べているニュアンスである。当然だが「こっちの方がいいよ」だと勧めていることになり全くの別物となる。

*「いいよう」

もちろんというニュアンスが加わるものである。

「これ使っていいかねえ。」

「いいよう。」(この場合には厳密には「よ」を強く言う「いいよを」と発する)

といった使い方である。「いいよ。」だと承諾というニュアンスでしかない。「いいよう」を訳すと「(もちろん)いいさ。といった感じか。

このように単に「よ」と同じであり、ただ音を伸ばして親しみ感を増すものという事では無い。

「いくらするよ」だとそのニュアンスは「いくらするんだ?」といった軽い詰問調である。「よう」は自分の意思の含み具合を示す言い方であろうか。

|
|

« *なんだ その2 | トップページ | *「ばかだやあ」と「ばかだにい」の違い »

1-3・遠州弁的言い回し」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/51863233

この記事へのトラックバック一覧です: *よう:

« *なんだ その2 | トップページ | *「ばかだやあ」と「ばかだにい」の違い »