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お代は見てのお帰り

カテゴリー 言葉の彩?綾?誤?

「お代は見てのお帰りに」

要は後払いという事であるが。

この道理なのかはあれであるが今思い付くのだと食事処なんかの多くは後払いだよな。でもこれって注文が追加になったりとかで喰い終わってからでないと確定しないってのが理由かもしれないところ。

始まりはなんだろう。ネットで調べて述べられていたものを考えるに

せこい興行(イベント)だったら客が金返せと暴れたりで大変だから不満足ならそのまま帰し満足したらばお足を頂戴とした方がお互い気持ち良いからというものなのだとか。いくらなんでも感激のバロメーターとしてお代の金額は客が決めるとかいう趣旨ではないだろうな。

もしくは、詐欺まがいで客集めといて客が文句言う段になる頃には興行側は金だけ持ってとんずらこくとかいう事をさせないためというものなのだとか。

どちらにしても客側にとってである風には取れるな。しかも良心あってのことであり無料(ただ)より高いものは無いという考えがあって初めて成り立つことのように思える。良心とかでなくとも後でぐちぐち云われちゃかなわんとかいう狭い社会だから二度と会う事はないということもなく何かと後があるのでということもあろうか。

他のとこでも説明されてたけれど、興行側としてのメリットは必ずや満足させますよという心意気を表わす宣伝文句となるとこだろうか。

以下は勝手に思った事。

今この理屈そのままでの手法で商売をやったら儲からないだろうな多分。払ってくださいよ、いや払う必要ないとかでひと悶着だらけになっちゃいそう。我が子の給食費とかすら払わない輩が居るくらいなんだから。安いもの勝ちだものな。そして一番安いのは無料(ただ)という感覚だものな。社会がだだっ広くなってもう会う事も無いんだからという逃げが効くし。

でもまあ最近は無料を謳っといて実は後々巧妙にお代を頂戴というのもあるよな。

無料と謳う廃品回収しかり、無料のゲームしかり

入りはよいよい仕舞いは恐い、なにせお代はしてのお帰りにという事であろうか。

随分始まりの意とは変化してきたように思えるな。でも意味は変われどまだ生きてる言葉ということであろうな「お代は(やって)みてのお帰りに」。

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