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ハガネの女Ⅱ その5

このクールに於いて一番見応えのあるドラマだな。元気を貰えるし考えさせられる部分も多いし。

それにしても、しっかしまあ毎回取っ組み合いしてるクラスだよなあ。実際もこんなもんなんだろうか。自分の頃とは随分違うもんだな。

それにしても、良い塾じゃねえか。と思うのはおかしいんだろうか。礼儀を正しくし己を律し集団生活を体験させて配慮を覚えるというのは悪い事じゃなかろうて。

型にはめ(目的を設定し)て極めるのがいいのか視野を広げて可能性を見い出すのがいいのかという問答であったけど。不惑という迷わず道を究めるということなれば前者だよな。淘汰されるのは社会に出てからで十分というならばせめて子供の内くらいは好き放題させてやりたいというのなら後者だよな。エリートだって100人中一人出せるかどうかなら可能性を見い出したところでそれを活かせるところに就職できるのかといったらそんな甘くないし。どっちにも理も負もありそうだ。

高熱を試練と位置付けたという点で味噌つけて最後悪役っぽい感じになってしまったけど、あの塾の存在はあってもいいんじゃないと思うのは変なのかな。もちろん淘汰して質を維持するのではなく底上げを図って脱落者を出さないという配慮と一旦預かった以上なんとかするという責任と使命あってこその話しだけど。

でも寝食を共にしてればライバルとはいえ仲間意識が芽生えようものなのに、そういった同志感が生まれない単なる(自分の席順が上がる上に於いての)障害物という関係性に映ったけど実際こうなるものなのかなあ。つまりどこかしらなあなあになるというか。それを防ぐための体罰ということなのかな。

とにかくどっちが正しいというものではない気がするというかどっちも正しいのかもしれないと思える訳で、じゃあ折衷案で一学期は塾方式で二学期は学校方式でとかいった両方を体験させるというのは悪くない考えに思えるのはおかしいのか?おかしいんだろうな多分。なにせエリートといっても芸能・スポーツ・技術とかジャンルはいくらでもあるからな。

とにかく理想は可能性を早くに見つけてそれから極めることに集中するというのだろうな。ポイントは「早く」であり、そうなるとこれはもう卵(可能性)が先か鶏(専念する)が先かみたいな話しになってくるよな。

まあ少なくともクラス全員あの塾に入れば日常茶飯事の取っ組み合いは無くなることは確かだろうな。入れてくれればの話しだけど。喝を入れるということにはなろうて。

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