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*「いる」と「おる」

全くの感覚で物を言っていて根拠もなにもあったもんじゃないけれど

遠州弁の感覚での「いる」と「おる」について、例えば

「そこにいる」と「そこにおる」では微妙にニュアンスが違う。尚、「おる」が年寄り表現で「いる」が全年齢の表現というのは遠州弁には当てはまらないと思われる。

必ずこうなるというものではないけれど傾向としては

まず距離感、部屋の中に居るとかいうある程度の距離を感じているのなら「いる」で横に居るとかいった近い場合には「おる」を使う。

次に把握度合、何してるか分からんがとにかく視野の中に入っている状況なら「いる」で一緒になにかしてるといった何してるか分かってる状態には「おる」。親密度・協調度合いの違いという事もいえようか。

先の把握度合度とは相反するものであるが、ぼ~っとしてなんとなくそこに存在してる場合は「おる」、なにか用があってここに居る場合は「いる」を使う。

この相反する使い分けは自分がぼ~っとしてる立場なら後の形になり、自分が忙しくなにかしてるとかなら前の形での言い回しとなる。つまり自分と同じ境遇・状況であるなら「おる」、自分と違う事してるとかの場合であるならば「いる」になるといえる。

そして、丁寧な物言いということでは「いらっしゃる」と言うよりも「おられる」を発する。例えば「奥さんいますか?」という場合「奥さんいる?」というよりも「奥さんおる?」と声かけることが失礼がない。ちなみに「いらっしゃる」だと「お見えになる」と解釈する傾向にある。

他には、打消しの「いん」と「おらん」とした場合、「いんとかん」は「いなければいけない」、「おらんとかん」は「いないといけない」。蛇足だが名古屋的な「いんでかん」・「おらんでかん」という言い方は遠州弁はしない。「いんもんでかん」・「おらんもんでかん」・「いんくてかん」・「おらんくてかん」とかいう言い方をする。

これら使う状況によりこういったニュアンスの違いが加味されるということであるが全て条件を兼ね備えていなければならないということはもちろんない。例えば「おる」を使うには相手を把握しつつ近い状態にいてかつそれなりに丁寧に言いたいという条件が整った時にのみ使われるという事では無い。

遠くにいるけど見えていて何してるのか把握してるとかで「おる」を使ってもおかしくないし

すぐ横にいるけどなんでここにいるのか承知してない時に「いる」を使ってもおかしくない。

どれかひとつが条件にあえば別にかまわないのである。

といった風に「いる」と「おる」は使い分けがされることが遠州弁ではある。

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1-3・遠州弁的言い回し」カテゴリの記事

コメント

人によって違うのかくらいに思っていましたが、使い分けがされているとは!私のように4年ちょっと暮らしただけの人間には、ニュアンスの微妙な違いまではなかなか習得できません。奥深し!

投稿: にしをか? | 2011年4月11日 (月) 10時25分

にしをか?さん、ちょっとあれやこれやで忙しなく返答遅れてすいませんでした。

感覚的な使い分けで根拠があってのものではないので不確かかつ曖昧なんですがこういう傾向はあるんじゃないかと感じて記事にしました。

これもあくまで想像ですが、遠州は「おる」・「いる」どっちを主に使うか分かれる境界辺りに位置していて、混在をちゃっかり都合よく使い分けてるといえるのかもしれません。

投稿: 管理人 | 2011年4月13日 (水) 11時59分

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