« 犬を飼うということ その1 | トップページ | JIN 仁Ⅱ その1 »

タレよりも君を愛す!

流石落語を礎としているだけに人情味が溢れていたな。

淀みなく全ての事が繋がっていて緩みない流れで非常に練れていた展開であった哉。

落語の話しを幾つも取り入れたかのようでありながらてんでばらばらにならないのは腕というものか。それにしても火まで出すとは、相当劇的な一日だよな。過激ほどじゃないけど火劇だよな。禍劇でも華劇でもむろん歌劇でもない事は確かだけど家劇であった事は間違いなかろうってか。些細な日常の中においての泣き笑いを予想してただけにこれほど派手とは驚いた。雨降って地固まるどころか火吹いて復興を期すという勢いだった。

テーマは兎にも角にも「仲直り」と読めた。長年の友・夫婦・親子。近しく似たもん同士なだけに起きてしまう衝突とその修復の機微がなるほどという勢いで描かれていた。

家族だなあと思えたのはその発想と反応の共通感。親子三代よく似たもんだ。

ミッキー・カーティスさんが落語の世界の具現者のようで秀逸だったなあ。えらい印象に強く残った。淡路恵子さんとの掛け合いも絶妙。

と、ここまでは素直な感想。

で、以下はヲタな感想の箇条書き。なので真に受けないでくだされや。

他の地域はどうなのか知らないけど静岡県ではドラマが始まる五分前に昇太師匠が落語との関連性を説明されててそれが大分落語素人の私には助けになった。なるほどと。

脚本家さんを愛でるという事重視であれば出来得ればキャストはお父ちゃん松重さん、お母ちゃん和久井さん、華子しほりん、落語家青木さんとかいうので観てみたかったな。そう「ちりとて」の再来とて。

長澤さんを愛でるという事重視であるならば叶得ればキャストはお父ちゃん筧さん、お母ちゃん砂羽さん、駆け落ちした旦那袴田さん、落語家鈴木卓爾さんとかいうオール遠州人キャストで観てみたかったな。そうすりゃあほっといても遠州弁だあだあだら。

やっぱ遠州弁皆無だった。台本手に入らば遠州弁に翻訳してみたいぞ。ホームページかなにかで公開してくれないかな。地域性を醸し出すんなら方言は必需だよな。ぎこちない(よそよそしい)会話は共通語でそれ以外は方言でという方がより関係性が計れていいのにな。

絶対浜松じゃないと分かるところ。欄干に街灯がついてる橋。そんなの浜松で見た事無い。単に気づいてないだけかもしれないが。まあとにかく浜松でロケ行われていた訳でないのは確かであるがそれが正解だろうな。なにしろ浜松じゃすわ有名人現るとかになると人(野次馬)だけはうじゃいじゃいるから話しにならないくらい蟻のようにたかってきて掃うのに手一杯で撮影どころじゃなくなるだろうからして。

キャラクターが遠州人らしいかどうかなんて分からなかった。みんなごく普通に浜松歩くってそうなキャラに思えた。地域性なんて地元民には分からんもんだろ。まあ強いて挙げればお父さんがじゃ俺が出てけばいいんだなという考えに至る所辺りかしらむ。まあその後の待ち時間については普通だったら橋の上でしょぼんとなんかしてなくてコンケルドにでも変身してパチンコ屋にすっ飛んでくのが筋ってなもんだだが。

Cm全部春華堂だった。全国ネットでもそうだったのかな。もしそうだとしたら春華堂さん気張ったもんだ。

しっかしホントよく出来てるよなあ。今見直ししながらこれ書いてるんだけど、普段見直ししてると自分だったらこういう筋書きにするのになあとか思い付いたりして観たりする事になるんだけどこのドラマ弄り様がない程に見事に全部が合わさっている。台詞もきちんと練られてるんだろうな。そんな中に於いても自由闊達と映るミッキー・カーティスさんは凄いや。

|
|

« 犬を飼うということ その1 | トップページ | JIN 仁Ⅱ その1 »

2・2011年のテレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/51418144

この記事へのトラックバック一覧です: タレよりも君を愛す!:

« 犬を飼うということ その1 | トップページ | JIN 仁Ⅱ その1 »