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*のぼせかある その2

長風呂しすぎてのぼせるとかいう使い方の「のぼせる」。

ネット辞書によると漢字で書くと「逆上せる」・「上気せる」と書くそうな。

意味を大雑把に挙げると、「のぼせる」は、頭に血がのぼるとか熱中・夢中になるとか思いあがる・うぬぼれる、などが辞書に記載されている。

遠州弁の場合「のぼせる」だと頭に血が上ってくらくらしてるという意味と入れ揚げているという意味両方使われるのだが傾向としてはくらくらするという場合が多く、熱中・夢中という我を忘れてといったような意味使いは「のぼせかある」という方を使う事が多い。つまり「のぼせる」と「のぼせかある」は度合い(程度)の違いとかではなくて使いどころ(意味使い)が異なって使われているということが言えるのではなかろうか。

「のぼせかある」は夢中・熱中の他にいい気になるとか思いあがるという意味でも遠州では使われている。というか「のぼせかえる」という言葉は共通語にはないらしい。先にも書いたが「のぼせかえる」は江戸の文献に出ていた言い回しなので古語の部類に入るものかもしれない。

それはともかく、共通語においては「逆上」・「上気」両方の意味使いを「のぼせる」で済ましているということなのだろうが、遠州弁では「上気」は「のぼせる」で「逆上」は「のぼせかある」をと使い分けているという事がいえるのかもしれない。

「かある」というのは「まくる」という言葉に置き換えてる事ができそうで「のぼせまくる」とかいった訳になりそうなものだが、しかし先にも述べたように「のぼせる」の程度が増したという使い方ではなく、使いどころが異なる場合が多いので「のぼせまくる」という共通語が「のぼせかある」の訳という風には単純には言えない。「むせる」と「むせかえる」との関係とは違うのである。

どちらかといえば「のぼせ上がる」=「のぼせかある」であろうか。「いい気になって」・「調子に乗って」というニュアンスで使われることもあるから。

普段の使い方だと「こないだたんまに上手く行ったと思ってはあのぼせかあってる」(この間はたまたま上手くいったのを実力と勘違いしていい気になってる)といったものでありそれを「こないだたまたま上手く行ったと思ってもうのぼせてる」とはあまり言わないものである。

「長風呂し過ぎてのぼせかあった」と言った場合そのニュアンスは思いあがって(調子に乗って・いい気になって)長風呂した・長風呂して失敗したというものであり、「のぼせかある」は「のぼせる」を強調したような言い方という訳では必ずしもないのかもしれない。つまり「かある」を付けるとのぼせてしまう事(その理由)がよからぬ(失敗した)事ということ。この場合だと長風呂なんかするもんでよくないんだ(なかったんだ)と暗に言っている。

単にとても頭に血が上ったといいたい場合には

「長風呂こいてがんこのぼせた」(ばかでもえらいでも可)

で、こちらなら反省の色とかはなしといった趣になる。

とにかく「のぼせかある」においていい事になる例(ためし)はない。自身の事を言えば反省、他人が言えば批難といったものである。

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