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バーテンダー その7

 最終回と勘違いして観てたので、おいおいこれでどうやって締めるんだよと思っていたけど。あらま次週最終回だったんですね。失礼しました。そういう事で雑念が混じって集中して観てなかったいつにもまして。

とりあえずはこの人のバーテンダーとして生きる理由はお客の幸せを後押しする事なんだろうなと思えたところでありますが、ドラマとしての締め方は?という方にほぼ気がいってしまっていて気もそぞろ視聴だったので、とりあえずいつも以上にきちんと見直ししてからちゃんと書くこととします。

で、翌日見直した上で改めて。

彼がずうっと抱えていたバーテンダーとはという疑問の答えは明快に答えが出た訳ではないが道筋は見えてきたといった趣か。一朝一夕には辿り着けないものであるということは明かされていた。要は一生修行でゴールなぞはなくひたすら己が身で成せる事に精進するということなのであろう。

この人の場合はお客が幸せになれるように後押しをするというもののように映る。

実際のバーテンダーという職業がどこまで立ち入るものなのか行ったことないので想像の域を出ないのだがここでは大分踏み込んでいるように見受けられる。なんかの読み物で読んだ限りではお客同士の会話に立ち入らない、その場に居ても空気としてで有り続けるといった不可侵を旨とするのがバーテンダーという印象を受けた。

特に正解というか正統派とかいうものは存在しないのであろうが、饒舌とまではいかずとも話術にも長けていないとバーテンダーさんはいけないのかしらむ。

話し変わってどうでもいい感想だけど、パーティにその道の連中が乱入してきてそれを追っ払うの過程。バ-テンダーの神髄を見せると共にカクテルの持つパワーというものを知らしめた次第だが、追っ払われたあの衆らは対面・面子というものを何より大事にする(なめられたら終わりと思ってる)種族であろうからあれしきで引きさがるとはちと思えなかったな。あそこはカクテルの力にびびりつつもまだうじうじしてその場にいて、そこにおじいちゃんが出張って追い返すという構図のほうがすっきりしたのではと。

ごろつきの退治は時代劇でよく視たシチュエーションで、気風のいい江戸っ子が啖呵かましてそれに野次馬町人が乗っかって多勢に無勢で「畜生覚えてろよ」で「おとといきやがれ」って寸法の図式と今回は似ている風に感じられたけど時代劇のパターンはよくぞ言っただがこのドラマは眼中にないというか柳に風って様に映ったのであれで退散というのは微妙だったな。ああいう類いの人達の信条は目的遂行の為に粘り強くしつこくとですからあっさり引きさがったなあとふと思ってしまいました。

あの状況と決着を活かすのであれば政治家とかライバル企業の偉いさんとかにした方がすっきりするように思えました。

それとこの回で印象に残ったのはおじいちゃん(津川さん)が倒れてうちひがれるしほりんの佇まいだったかな。暗を含まない落ち込みがきちんと抽出されて出てたな。付き添い介護してるのだから暗くてはいけないものな。でも普段通りでは決してなかった。どこか遠くを見てる気配で。

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