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深夜食堂 その7

 サンドイッチより豚汁定食の方が美味そうなのにと思ったがそれじゃあ話しも進まなかろうてで忸怩たる思いで始まったが。

終わってみれば恋の未成就でこれも忸怩たる想いがやるせない。でも不快じゃないとこに昇華してるみたいで微かながらも爽やかな余韻だった哉。

大なり小なりこういう諦める気持ちは誰しもが味わったしょっぱさで共感する部分をきちんと表現してるからなんだろうかな。目線が酸いも甘いも噛みしめた大人からの慈愛というか昔を懐かしむような目線でふたりを追ったんじゃなくて横並びであるかのような当事者目線で見れたというとこもそういう感覚に至らしむる理由に輪を掛けているのやも。

監督さん誰だろうとスタッフロールに目を凝らしたら山下敦弘監督だった。だからかと納得。ホントにやるせないものを描かせたら天下一品だよな。普通こういう情景ってともすればもどかしさが濃い目になってしまうものだけど当人が思い至る結論「どうしようもないじゃないか」という説得力が上回っているから余計やるせなさが伝わるんだよな。

周りの冷静な目からの判断(助言)と当人の冷静ではいられない中での判断(決意)の相容れない事から生じてくる孤独感。徐々に孤高の淵に追いやられてく様は見てる方にも伝わってきてホント苦しい。

それでも助言を聞き入れなかったからといって見捨てることなく慰めてくれる周りの温もり。というか誰だってあの状況ならこうなるよという仲間意識。

あの涙はごった煮だったんだろうな。疲れたとか励ましや労わりへの感謝とか悔しいとか自分の至らなさとかこれが最善だったと無理に言い聞かせるとか諸々が入り混じったしょっぱさだったんだろうかな。

それにしてもさてもさてもでまた男の涙かよ。泣いて堪るかの世界のように寸止めでとどめて欲しい気もするな。

ところでこの恋は格差恋愛という図式。上が下を慕いつつという構図。逆の下が上へだったらどういうイメージだったかな。ただのストーカーというか過剰なファン扱いされそうで画にはなりにくいか。

もしくは男女が逆だったらどうだったんだろ。やっぱただのスキャンダルのひとつでちょんになりかねないか。

いずれにせよ芸能人と平民の恋というのがやはり一番そそる設定ではあったなやっぱ。

そんなヲタはともかく結婚に至った理由が「好き」より「自分らしく」を選んだということで、確かにそう言われちゃあぐうの音も出ないよなあ。

女性を宇宙人のように何考えてるのかわからない風に描いているのもなんかリアルだな(出来ればもっとミステリアスであって欲しかったけど)。まるまる苦学生目線一本で観れたことで30分という短い中でも奥行を感じられた。

男からの同志としての励まし方と女の側からの男に求めるものへの励まし方の違いといのも面白かったし確かにこういう傾向あるなと納得。

忘れるしかない。忘れる為には我を忘れて動き回って考える暇を作らない。そういう終わり方が未来を感じさせて感じのいい余韻となるのかな。なんでそう感じるのかという意味も分からぬとこながらも前向きな気分になれた。

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