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*がっくし・がっくしこん

「がっくり」と言っている。とにかく気落ちした様を表現する言葉。やや男言葉寄りの男女共用。方言というより全国的に広まっている俗語なんだろうかな。遠州でも良く使われるだろうということで記載。

ニュアンスとしては「がっくし」は「がっかり」ほど陰鬱に落ち込んでいる訳ではない「ちょっとショック」みたいな軽い感じとして使われている。「がっくしこん」はそれに輪をかけて軽い感じになる。

「きっちり」を「きっちし」というのと同じ傾向で遠州弁的には性に合う言い回しなんだろうな。

例文

「はあがっくしこんやあ。」

  (う~ん残念だったよ。)

「負けたのっ。」

  (負けちゃったね。)

「決勝までいってくれりゃあたあ思ってただん。やっぱ世界は違うの。」

  (決勝まで進んでくれたらいいのにと応援してたけどやはり世界のレベルは違うね。)

「でもあれじゃん。日本じゃなくても面白いじゃん十分。」

  (でも日本戦じゃなくてもこの競技十分面白いじゃないか。)

「でも放送しんじゃん。」

  (でも放送しないじゃないか。)

「だで栄えんだらあ。」

  (だからこの競技が栄えないじゃないの?)

「四年に一度盛り上がりゃ御の字ってか。メディアが育てようっちゅう気ないじゃ強くなれん訳だの。」

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不毛地帯 その17

 壹岐(唐沢さん)に出遭う外国人はなんで一様に壹岐を信用するに値する人物と評価して協力するに至るのか。まあ鮫島(遠藤さん)にしても里井副社長(岸部さん)にしてもえらく壹岐のことが気になるということからすれば物は言い様で別な目線で見れば好かれてるとも言えなくもなし。

女性に好かれるばかりじゃないということかいな。

人の心を掴むのが上手いのか自分を売り込むのが上手いのかといったらどっちなんでしょうねえ。私心なしと映るのが誠実ということでもあるんでしょうか。

ところで里井副社長がいなくなって視界がオールクリアーかと思いきやここへきて大門社長(原田さん)が渋り始めてきたようで。満身創痍はあってもその逆は現実には存在しないということか。新たな障害がというのなら致し方なしでしょうけどこの間までよき理解者だった人がというのは露骨な裏切りとかではないだけにシビアでややこしい限りでありますなあ。なんかドラマじゃないみたいな展開ですな。もちろん人間模様とかは史実でもないだろうからやっぱこれは原作が凄いということか。

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*遠州では使われない言葉 「わや」

「わやくちゃ」とか「わや」。全く使わないと言い切ることは出来ないが遠州では普段の会話で耳にすることは滅多にない。

おそらくは関西方面の言葉なんだろうかな。と思っていたらそうでもないらしい。

辞書によれば、「わや」とは「めちゃめちゃ・乱雑」とあった。つまり共通語。

ネットの辞書では「わやく」の転じたもので「筋の通らない事・様」・「台無しになる事・様」などとあった。昭和と平成ではその意味合いに変化があるように感じられる。ちなみに辞書での「わやく」は「いたずら・乱暴」と記されてある。

方言ということにおいてもネットでは東北・中部・関西・山陽など広い地方の方言で紹介されていた。

辞書に記載されてる「わや」と各地方の方言の「わや」が全く同じ意味を為してるのかは詳しく調べていないので定かではないが大雑把にはほぼ同じ意味使いであるような気がする。

つまりこれだけ広い地域で使われてる「わや」が遠州では殆ど使われないというのはどういうことなんだろう。代わりの表現があるからなんだろうなということか。

「めちゃめちゃ」だと「ぐじゃぐじゃ」・「くっちゃくちゃ」・「しっちゃかめっちゃか」

「乱雑」だと「くっちゃんくっちゃん」・「らんごかねえ」・「どぎたない」

「筋が通らない」だと「話し通りもしん」・「なんかおかしくね?」・「そりゃないらあ」・「変だらあ」

「台無し」だと「だめにして」・「意味ないじゃん」・「なんてことしてくれるよを」・「パーになる」

などと一応考えてみたけどどうもこれだというものが思いつかない。でも「わや」は普通使わない。

「わや」自体は使われてもおおよその意味は分かるので何?と聞き返すことはないが大抵は「嫌になっちゃう」か「水の泡」・「水泡に帰す」とかいう意味だと遠州では解釈されることが多いであろうか。なのでそう言う意味じゃないつもりで「わや」と発しても遠州人はそうとしか理解しない可能性が大なので遠州では大層なものではないにしても若干誤解が生じやすい表現かもしれない。

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曲げられない女 その7

 三人のやりとりが見応えあります。ホント上手い役者さんが演じられるとつい魅入ってしまいます。

もちろん話してる葛藤の中身も臭いものには蓋じゃないけど大人がそこまで突き詰めちゃいけないよみたいな深い内容でありまして。友達だから言い合えるということなんでしょうかね。でもホントそれを言っちゃあお終いよみたいな事のオンパレードでしたなあ。信頼と相手を思い遣る意図があるからこその言い合いなんできっかけさえあればまたちゃんと戻るんでしょうけどやっぱ友達って余計なお世話と迷惑かけてナンボなんだろうかな。そこまで到達しないと「友達」じゃないんだろうかな。話の中身も深いけどとってる行動も深かったのかしらむ。

でも三十代ってそんなに振り返る年齢でしたっけ?それなりに先は見えるようになってきてはいるけどそれでもまだなんか先を追う事に夢中になってる部分を併せ持って生きてるような気がしないでもないところでありますが。

そういう意味では璃子の言い分が一番現実に即したリアルな思考ではあるけれどちょっとおばさん臭く、藍田(谷原さん)の見つけさえすればそこからエンジンが掛かれるんだという霞の喰い具合と司法試験も出産も両方頑張るという早紀の結論の方のが三十代らしい気がして観てました。

 しかしまさか「妊娠」という事態が起こるとは青天の霹靂な展開でありました。しかもダブルで。永作さんはリアルなので映像上璃子を妊娠とすべき措置なのだろうと勘繰れられ納得な訳ですが早紀(菅野さん)はそんなことしてる暇すら惜しむ人だとすら思えていたので。まあ確かに妊娠する可能性はきちんと提示されていたので最初から決まっていた展開で璃子を妊婦せざるを得なくなった時についでにと新しいインスピレーションが湧いて急遽設定を変更したとかじゃないのでしょうけど。

まあとにかく早紀の食いしばり具合と踏ん張り具合と乗り込み具合が良かった回でありました。爆ぜる早紀と堪える早紀でいえば堪える早紀が映えてた印象でした。

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*遠州人はみゃーみゃー言わんでねえ

 なんか同じ静岡県の中でさえも(他の地域の方なんですが)遠州弁は名古屋に近いので「みゃーみゃー」多発地帯みたいだ旨が記載されているブログを拝見してそれは誤解だろうと思ったので。

遠州弁は「みゃー」は使わない方言であります。遠州弁で反論を言うならば

女性言葉なら「ほいあんたなにゆってるよを。そんな風になんかゆわんでねえ。失礼しちゃうやあ。」

男言葉なら「やあおんしゃあなにょう寝言こいてるだあ。そんなこんゆう訳ないじゃん。ひょんきんなことゆうじゃねえよ。」

といった感じでしょうか。別に名古屋言葉を卑下してるのではなく違いが判らない(一緒にされてる)という扱いに対しての失礼やひょんきんであるのでお間違いなく。

そもそもあんたあ本元の名古屋だって「おみゃーさん」・「どうみゃー」・「おそぎゃー」みたいなんかは確かに存在するだが、そんなねえ、むやみやたらになんでもかんでもに「みゃー」と言ってる訳じゃないだらあ。本物?の名古屋弁というのは京都の言葉並みに上品だでねえ。自慢にゃならんが遠州の雑たあ違うだよ。

ましてや遠州と尾張との間には三河があって直に影響されてるっつうこたあないし、よしんば影響を受けてはいても共通の単語とかな微々たるもんで耳で聞きゃあ分かるだんはっきりと違うだあれ。

 ところで本当のツボは「みゃあ」ではなく「ゃあ」であって、「どえりゃあ」とか「どうみゃあ」みたいな「ゃあ」という言い回し。そういう言い回しをする遠州弁ってあるのかなあとふと考えたんですが。これがまたなかなか浮かんでこない。

共通語の「行きゃあしない」とかを「いきゃあせん」なんぞというのはあるが方言ポイントは「しない」が「せん」になるということで話しが違う。

「おんしゃあ」は「お主は」・「お主が」とかの変形であるが。あくまで推測だけど「おみゃあ」が「御身は」(おみやあ)という変形であるなら変わり方は同じか。これくらいしか直ぐには思い浮かばない。

まあ知らない(聞きなれない)人からしてみれば「やあ」(やあおんしゃみたいな)を連発するので音だけ聞いてれば「ゃあ」と連発してる風に聞こえるのかもしれませんけど。「やあ」と「ゃあ」は違うものである。

で、名古屋の「ゃあ」言葉を遠州ではどう言っているかというと

「おみゃあさんよを」→「あんたねえ」・「おんしゃやあ」・「ほいちょっとあんた」

「おそぎゃあ」→恐ろしいと言う意味なら「どこわい」・「おっかない」とかで恐ろしくという意味なら「どがんこ」とか

「どえりゃあ」→「どがんこ」・「馬鹿がんこ」

「どうみゃあ」→「どんまい」・「馬鹿うまい」

「だゃあじにする」→「大事にする」(ただの共通語しか思いつかない)

てな感じで共通項はない。

そんなこんなで遠州弁は「ゃあ」という言い方はしないのでお間違いなく。

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相棒 シーズン8

 どの回がということではなく相棒シーズン8が面白い。だから毎週観てる。及川さんが相棒となってから行動力からではなく知恵を巡らせて展開されるようになったのが面白い理由なんだろうかしらむ。刑事モノは走ってナンボというお約束を打破してるようである意味痛快でもあるやも。

まあそんな屁理屈捻り出さなくても素直に観て愉しい。物語が意外な展開に繋がってく様が面白くて観た目が派手なものは特に必要なく事件のスケールの大小に関係なく愉しめるから久し振りに推理小説を読んでるかのような感覚で観れるのも嬉しいところです。脚本がホント秀逸なんだろうな。

最近すぐ邪険にされるようなシーンが少なくなっているところも観やすくなった理由かもしれないところです。

それにしても水谷さんの声はいいなあ。聞いてて惚れ惚れしちゃいます。

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泣かないと決めた日 その5

「壁に耳あり障子に目あり」・「お天道様が見ていなさる」・「天は自ら助くるものを助く」・「渡る世間に鬼はなし」

ドラマの内容にそぐわなかろうともとりあえず色々と必ず誰か何がしかが見ているということわざを思い浮べてみたけれど

むしろ「岡目八目」(部外者が見るとかえって事柄の善し悪しが判るもの)・「負うた子に教えられる」(ベテランが新人に我が身の境遇を教えられることもある)・「押しても駄目なら引いてみな」(謝ってばかりいないで意見を述べよ)という展開だったかなと。(ことわざの解釈はドラマの展開を述べたものでことわざの説明ではござんせんのであしからず)

突破口としては誰も見ていないようで誰かが必ず見ているものだというものでありまして。それでそういったことわざあったっけ?と思い浮べたんですけどことわざで誰かが見てるってのは悪さをするなという戒めというものしか思い浮かばなくて。ありそうなものだけど何故か思い出せないのが気がかり。

でも先週でしたっけ反撃開始と予告編で謳ってたのは。別に報復とかじゃなしの「正直は一生の宝」って勢いの宣言であって反撃という謳い文句とは異なる展開のように思えました。もちろん「これでいいのだ」でそうだよなと思いましたけど。実際はなかなか「言えたら苦労しないよ」かもでしょうね。

角田美樹(榮倉さん)はそれぞれの人間達の八つ当たり要員として配属されてきたようなもので何の恨みもござんせんが渡世の常でと虐めに遭っていたのだからそんな役回りは冗談じゃないと宣言したという事でありましょうや。個人的な怨み辛みからではなくそれぞれが抱えている鬱憤のはけぐちという事であるのなら案外脱出できるものかもしれないってことなんでしょうかね。

それをどこへ逸らすのかが重要になってくるということか。いくらなんでも美樹がそれぞれが抱えてるものを解放してくという救済者になることはないでしょうから。

こんな役回りは御免だとダムを作ってせき止めても鬱憤は溜まる一方でどこかに流れ出すんでしょうから最後の最後は次の新人が入ってきて美樹も虐めの側になるって展開かな。でもそういう展開は世にも奇妙な物語でやるべきか。もちろん冗談です。

このドラマでの虐めの逸話は実話を基にしてあるそうなだけにきちんとした改善手段を提案しなければ問題提起だけで終わってしまいますから、我が身と被るという気持ちで観ておられる人に心が晴れる具体策といったものが提示されていくんでしょうね。それがどういうものなのか来週以降気になるところであります。

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*みるい

私は使わないのでこれは駿河の言葉だろうと思っているのだが、それでも結構色んな遠州弁紹介サイトでは載っているので単に私が不勉強なだけで遠州弁なのかもしれない。

色々なサイトに行ってみると「みるい」という言葉には二通りの使い方があるようだ。

ひとつはやわらかいとかいう意味合い。

もうひとつは若い・未成熟とかいう意味合い。

駿河では「やわらかい」という意味合いで使われていて

遠州では「熟していない」という意味合いで使われているらしい。

どちらも共通していると思われるのは野菜類に対して使われる表現だということであろうか。なんでもかんでも柔らかい物を「みるい」という訳ではないらしい。

熟していないとまだ柔らかい状態という野菜なんてのがあるのかどうか知らないがそういうものがあれば駿河も遠州も元は同じ物を指す言葉だったと言えるのかもしれない。

知らないから平気で聞くけど

「半熟卵」を「みるい卵」と言うかどうか。

基本野菜類に対して使う言葉という縛りからすればこれは「無い」だろうけどどうなんでせうね。

勝手な想像だけどこの言葉って工場用語?の「ネジ山なめる」とかいうのとおんなじもので農業の専門用語(業界用語)なんじゃないのかとふと思えてくるんですけど。子供の頃のうちの近所には農家やってる人居なかったんでそれでというかだから私知らなかったのかなと。

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*やっきり

「やっきりこいちゃう」という記事を以前書いたが説明がぞんざいだと思ったので新たに書き直しすることとした。ただし完全な私見であることを始めに言い訳として述べときます。

「やっきり」

明確に共通語に直せる感じがしないのであるが、「悔しい」・「口惜しい」・「思い出してもムカムカ」・「地団駄」とかであろうか。

「やっきりこいた」で「悔しがった」・「口惜しく思った」・「思い出してもムカムカした」・「地団駄踏んだ」・「むかっ腹が立った」みたいな言葉になる。

色んなHPでの説明を見ると、立腹する・癪に障る・じれったい・悔しいとかと説明がなされているようだ。言っても仕方ない事だけれども腹に溜めるには収まりがつかないで態度や口に出るみたいな感じということであろう。

駿河とかでも「やっきり」は使うらしい。が、あちらは「やっきり」は「する」ものらしい。

しかし私らんとこは「やっきり」は「する」ものではなく「来た」ものでもなく「こく」ものである。これは遠州全般かというとそうでもなく限られた小数の使い方らしいので以下の「こく」の説明は飛ばしてもらって一向に構わないものである。

 「こく」とは言う・のたまうとかいうことで、それからすると口で発するものが「やっきり」ということになるのだが実際の使い方としては「はらわたが煮えくり返る」状態を表わしていて具体的な「発言」を指している訳ではない。

例えば一言も発せず近くのものを思いっきり蹴っ飛ばしたりしててもその様を「やっきりこいてる」と言い表しているのである。もちろん状態としては「あだけて」いるので「やっきりこいてあだけまくってる」と言うことになるが。

実際の使いどころで考えれば「こく」ではなく「する」・「してる」とかが相応しい筈なのだが実用は「こく」なのである。なんか知らんけど。そういう意味では「する」を使う地域のほうが正しい使い方をしているだろうなと思わないでもない。

で、話しを一般的な遠州弁ということに戻すけれど「やっきり」を分かりやすく訳すというのは難しい。地域によっての違いみたいなものもあろうが共通語の隙間を埋めるような表現というのが方言にはあって「やっきり」はそれに当てはまるような言葉なのかもしれない。もしくは色んな状況を総称してまとめた表現ということも考えられる。事例を幾つか挙げてみる。これらは「やっきり」かどうか。

1・ハンカチをきつく噛んでキー悔しいと憤慨してる

2・気に入らないことがあってちゃぶ台をひっくり返している

3・誰が見ても不公平な仕事を押し付けられて納得いかない

4・好きなものを最後に食べようとしてたのに横から持っていかれた

5・欲しかったのに売り切れてしまって手に入らなかった

6・勝てるかなと踏んだ試合だったがやったらけちょんけちょんに負けてしまった

7・歩いていたら鳥の糞が落ちて服についた

8・のろのろ運転の車が前を走っているが追い越しできずイライラしている

推測だが「やっきり」は一般的には自分の思い通りにならない時に発する苛立ちみたいなものとされているが、自分勝手と取られかねない事をあえてするというのも若干可笑しな話しではある。なのでどちらかといえば不条理に対する不快や憤りを表わす言葉なのではとも思える。もちろんその人の理屈によるもので世間一般の正論とは限らないのでその基準は非常に曖昧なのだがとりあえずは本人は不条理だと思っているということなのであろう。

なので「1」は理由が分からないので「やっきり」かどうか決め付けれない。まあイメージとしては自分の思い通りにいかない様に対して怒ってるようであるので「やっきり」を使えなくもないが。

「2」は不条理に対しての不条理返しみたいなものなので「やっきり」ではなく「頭来た」というべきか。八つ当たりとはいえ一応反撃してる訳で「やっきり」の後の行動だと思われる。もちろんこれで溜飲が下がった訳ではないとかだと本人は「やっきり」を使うかもしれないがこれも共感は得られにくい。

「3」と「4」・「7」は「やっきり」という状態であろう。

「5」は世界は自分を中心に回ってるという考えで買えないのは他人のせいという意識であれば本人は「やっきり」であろう。

「6」は明確な実力の差であり不条理の要素が無いので「やっきり」しようがない。何で自分に才能がないんだと嘆けば「やっきり」の要素はあるが。

「8」は「やっきり」であろうがこの場合の「やっきり」は「じれったい」と訳すのが妥当か。でも普段の車の流れを堰きとめている前を走る車にちゃんとしろよと思ってることには違いなくそんな車に遭遇した事に「ついてない」感を抱けば「やっきり」となるだろうか。

これらのことから考えると不条理を探し出して見つければ大抵のことに「やっきり」を使うことができる。他人からみれば自分勝手や理解不能とかであっても本人がそう思えば「やっきり」なんだと。

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コード・ブルーⅡ その7

 今回のお題は「結果」。「成果」とは限らないもの。

一所懸命やった末の結果が報われなかったり最悪を呼び寄せたりすることになったら一体全体どうすればいいんだという問いかけか。

正しいことであっても結果が悪ければ非難される。

まあ凄い高尚なお題であって答えの出せる人ならどの世界であろうともそれなりの地位に登りつめてる筈でしょうから間違いなくただの馬の骨たる自分がその答えを導き出せる筈も無く。答えが出ずとも因果を含んで日々を送れる程の忍耐力もないので、正直どういう答えをドラマの中で提示されてもピンとは多分こない私です。

まあ理想を押し付けても他人は評価してくれはしないというのは確かでしょうけど。結果がすべてとは切ない限りでありまして、それはあくまで対外的なもので経過を解かってくれる同僚や仲間がいてこそ「仕事」に立ち向かえるものとぞ思ひける。非難するのも人なら評価してくれるのも人であり、敵とか味方とかいう区別じゃなくて人と向かい合っていかなければならないしんどさが「結果」につながるんだろうかな。

でも明確な答えは提示していなかった風に思えたのですがどうだったんでせうか。エレベーター内で冴島(比嘉さん)相手にとみせかけてその実緋山(戸田さん)に対して何気に語っていた藍沢にしたって「筈だった」で締めてましたから。

いづれにせよ答えが出せたならそれは「達観」ということなのでしょう。そこまで到達せずとも乗り越える術を見せ付けてくれれば参考にさせていただきたいところであります。今の所よくは分からなかったけど己を高めるだけではなく「仲間」とか「信頼(預ける・任す)」とかなんでしょうかねえ。夢も希望もない話しなら経験値重ねて神経図太くなるとか無神経になるってこともひとつの手段ではありましょうが。

で、以下はどうでもいいような感想。

 白石(新垣さん)と藍沢(山下さん)の酔っ払う姿が特異でありまして。目が据わっていない分どこかしら可愛げのあるように映りました。場数を左程踏んでいる訳ではない私ですががそれなりに体験した限りではホントのからみ酒は眼がヤバイ。

 白石親子の電話で父上が白石に対して「若造」と言っておられましたが「小娘」の間違いじゃないのか?と、一瞬思ったのですけど。「小娘」って放送業界における禁止用語にでもなっているからなのかなと別の勘繰りが浮かんできました。どうなんでしょうねえ。性別問わずの当たり障りのないところでは「青二才」というのもあると思われるのですが何故「若造」を選択したのかちょっと気になりました。

 それにしても災害現場において処置をする際付き添いというか身内とかが「どうなってるんだ」・「なにやってるんだ」・「助けてくれよ」などと医者に詰め寄って治療の邪魔をしかねないという光景をこのドラマではよく見るのですけど実際にそういうものなのでしょうかねえ。変な話し「やってられねえ」とか「だったらあんたやりなよ」とか言われても出来る筈もなく医者に任すしか術がないでしょうになんで感情が先走って医者に食って掛かろうとしたりするのかちょっと理解に苦しむところではあります。気が動顚してると本当にああいう風になるんでしょうかねえ。

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カーリング対独戦

 カーリング。対露戦は0-6の時点で「駄目だこりゃ」と思ったけどそこから「なんともはや」な追いつきで最後うっちゃりにて勝利す。其の後の対独戦。惜敗たりや否かは素人ゆえ知る由も無き処なれどもこれ即ち残念とぞ映りけり。これにて準決勝に勝ち進まんが為の皮算用からしたればもはや不敗の決意にていざ予選を挑まんが如き勢いとならんかのようでありたるが。

にっぽんチャチャチャというよりも「ないすしょっと~」とか「おお~」とかいう実況アナウンサーさんと解説者さんの感嘆・歓喜の声を愉しみたいのでとにかくニッポンがんばれみたいなひたすらな喚起の声でやきもきするよりかある程度開き直って両方のチームのスーパーショットのオンパレードというものを見たいしそう解説とかでも盛り上げて欲しいところでありますな。

ところで個人的嗜好で期待してた独逸語。スキップのお方以外の声が聞こえてこなくて全然かしましくなくてちょっと残念。たった四人でそのお国柄を判断するのは暴挙にほかならないものでありましょうが独逸の女性はおしとやかということなんでせうか。メンバー間の年齢の開きというのもあったようですが。

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*ふんで

「それで」と訳せばいいのか。男女共用の表現。以前の記事の補足みたなものであるがちょっと別角度で。

話しの途中に入れば話しの流れが変わる勢いになり、話しを聞いている人が発すれば要は何?と問うている勢いになることが多い。

変化の形としては「ふんでね」であれば「それでね」、「ふんだってね」なら「そうはいってもね」ということになる。

用途は若干異なるが「ほんで」が訛ったと想像される。「ほれで」というのも耳にするが「ふれで」となることは決してない。

共通語の相槌の「へ~・そう・それで?・だから?」という流れを遠州弁にすると強引ではあるが

「ほを・ふ~ん・ふんで?・なによを」。

似たような言い方では「そんで」・「ほんで」・「ほれで」とかがある。「そんで」・「ほれで」は「それから」という場合でも使われる起承転結でいったら承あたりでの使われ方もある。「ほんで」は「ふんで」と同じように起承転結でいったら転で使われることが多いか。「ふんで」との違いは「ほんで」だと「だから?」というニュアンスが強くなる辺りか。

例文

「ちょっと聞いてやあ。随分だにい。」

「ほを。なにあったよを。」

「あんねえ、あんねえがね随分なことゆうだよ。」

  (あのね、姉貴がね随分な事言うんだあ。)

「ふ~ん。」

「ちゃんと聞いてる?結構マジなんだからさあ。」

「聞いてるよ。ふんで?」

「あんた暇だらって勝手に決め付けてあれやれこれやれって用事押し付けてくるだにい。」

「それんなによを。」

「随分だと思わん?」

「さあ~家のこんだで他人じゃ分からん。」

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特上カバチ!! その6

 今回は落としどころが見事で、しかも今までの回の中で一番観ててどうなっちゃうんだろうという意識で観れてその展開が面白かったです。

がんこなクレーマーかと思いきや500万の言い分に反論出来ない。さりとて両方の顔を立てれなくてさあどうするという葛藤の迫力がありました。田村(櫻井さん)の逃げ出したくなる気持ちがようけ伝わってというか自分だったらやりきれんよなあと感情移入してしまい観ててしんどい部分すら感じました。職種を問わずこういうことって確かにあるよなあと。どうすりゃいいんだよ俺はって感じになる瞬間ってのがあるあるって勢いでありまして。このドラマのように見守ってくれる人がいるからこそ逃げ出さずに済むんでしょうね。孤独じゃ逃げるしかないですから。

 奥さん連中に5万円が相場という前フリをしておいての500万だったので、その無茶をどう封じ込めるのかという展開かなと思っていたら富田(大地さん)の実情を知る度にそりゃ500万払うべきだよなあと思えてきて。

片や相手は田村が大事にしてるお店であって取るには勇気を超えた非情が要求されるという嗚呼無情。

どう落とし前つけるんだろうと思ったら目が据わって冷徹に行動しようとする。そこで目を覚ましなさいと忠告する住吉先生(堀北さん)。はっと目覚めて八九三と変わらない非道な取立て屋になるところが見事防げた訳でありまして。目が覚めた所でじゃあどうするんだろうと思ったらそれでも予定通り母親の所に向かう。

その根拠は仕事に向き合う懸命さの違い。つまり突破口は仕事に対する甘ちゃんな心持ち。どちらが仕事に対して真剣に懸命に向き合っているかを天秤に載せた結果なんでしょうかね。道楽とまではいかずとも夢の延長で仕事に望む姿と地べたを這いずり回ってでも頑張ろうとする姿が全ての違いなんでしょうね。

そういう意味ではこの500万が勉強代として支払われたという雰囲気に治まって、取った取られたとかいう怨念が渦巻くことなく収束して後味すっきりな展開でありました。キッチン・ミヤシタに仕事に対してこうであれという願いをこめたように感じられて。

もちろんあれだけ不入りだったお店がこの一件で一皮剥けてその後繁盛してるという図は出来過ぎで、そのせいであまりにも教訓めいた絵に描いたようなお話しになってしまっていましたが、超リアルに描いて結局潰れたら洒落(ドラマ)にはならないでしょうから致し方なしか。

でもまあ素直に一生懸命生き様の全てを賭けて働く人の味方としての面目躍如という全体の空気感が味わえて観てて気持ちよかったです。

大地康雄さんのその迫力が凄く効いていましたです。弱気の虫を打ち砕いて懸命になんとかしようとする迫力があったからこそ無茶な言い分であっても正当性を強く感じましたし、田村の目が覚めた(成長した)起爆剤になった説得力も十分でした。そういう意味では対比的な善い人であっても甘ちゃんなイメージを振り撒いてくれた石原さんの存在感も説得力ありましたです。

ところでこれが両方とも零細興業みたいな状況だったら田村はどうするんですかねえ。両方ともキッチン・ミヤシタみたいな感じだったら問題ないでしょうけど。

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*べり

「ビリ」のこと。なんでこう訛るのか不思議ではあるがそう言う使い手は確かに存在する。全国的な言い回しなんだろうけど遠州でも使うよという事で記載。

私は使い手ではないのでどちらかというとおちゃらけというか照れ隠し的目的で使うものなのかという感じがしている。使い手当人はマジなのかどうかは定かではない。なにしろその真意を聞いたことがないので。

「どべ」とどう違うのかもよく分からないが大した違いはないのであろうか。多少「どべ」の方が自虐的な部分とどんくさい奴というニュアンスが強くなる勢いはあるが。「べり」の強調形であろう「どべり」が略されて「どべ」となったとも勘繰られなくもないところである。

ちなみに「びり」の言い方は思いつく限りでは、どんけつ・どべ・べり・最後・しまい・けつ・びりっけつ・どんじりとかが使われる。

例文

「やあまたべりやあ。参るやあ。」

  (あ~あまた最下位だよ。滅入るなあ。)

「なにがあ。」

  (どうしたの。)

「営業成績グラフ。」

「暇してる訳じゃないだら?いちんち中走し繰り周ってのこんならいつか芽え出るって。」

  (サボってた訳じゃないんだろ?一日中奔りまわっての事ならいつか芽が出るって。)

「っつったって課長の説経がなあ。」

  (とはいえ課長の説経がなあ。)

「席で言われる分にゃまだいいって。呑み連れてかれてぎゃあつくゆわれちゃいんだで。呼ばれてみいにホントありゃきついにい。」

  (課長席で言われる分まだましだって。呑みに連れ出されてこっぴどく言われていないんだから。呼ばれてみなよあれはきついから。)

「らしいなあやあ。学校ん時みたくな体育館の裏に呼び出し喰らうのと一緒みたいなもんらしいじゃん。」

  (そうらしいねえ。学生の頃の体育館の裏に呼び出されるみたいなのと同じ感じらしいじゃない。)

「確かに。似たようなもんだらなあ。っつうかねちねち度はそれ以上だら。」

  (そうだよなあ。似たようなものだろうなあ。というかねちねち度はそれ以上だろう。)

「なんであんな追い詰めることするだかいねえ。仕事は楽しくしちゃいかんだかいやあ。」

  (どうして人を追い詰める事をするんだろう。仕事は楽しくやろうというのを否定するのかなあ。)

「成果と結果を履き違えてるだかもしれんねえ。」

「不安からならまだいいけど脅迫観念で仕事するなあ嫌だなあ。」

「どこも一緒だら。そういう仕組みで世の中いごいてるだで。」

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