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*なにしい・なにせい

どちらも「なにしに」と言う意味。

「なにしに」の言い方には色んなバージョンがある。

なにせい・なにしい・なにせえ・なんせい・なんせえ・なんしい

「なにをしに」という言い方だと

なにょせい・なにょしい・なにょせえ・なにょをせい・なにょをしい・なにょをせえ

女性(男女共用)言葉だと「なにょ」ではなく「なにい」となる。

それぞれの違いはあるかというと、はっきりいって判らないが確かにニュアンスの違いは存在する。言えることは共通語に直すと「なにしに」・「なにをしに」となるということは確かであろう。そのうち検討してみるがまあ難しい。

例文

「ちょいあんたどこ行くよを。なにしい行くよ。」

  (ちょっとをどこに行くの?何しに行くの?)

「いいじゃん別にい。勝手だらあ。」

  (別にいいだろう俺の勝手だろ。)

「なにょをせえ行くよ。」

  (何をしに行くの?)

「だでいちいちゆう必要ありもしんに。」

  (もう。いちいち言う必要ないだろうに。)

「ほんじゃあんたここんなにせい来ただ。」

  (それじゃああんたここへ何しに来たんだよ。)

「なにせえって場所取りに来てるじゃん。」

  (なにしにって場所取りに来てるんじゃないか。)

「だったらいにゃかんじゃん。まさか人に押し付けて置いてく気じゃないらねえ。もしそうだったらただじゃおかんでねえ。」

  (だったら居なきゃ駄目でしょうに。あんたまさか人に押し付けといて自分は逃げる気じゃないだろうねえ。もしそうだったらただじゃおかないからねえ。)

「くそひり行くだよ。恥ずからしい事ゆわすじゃねえよ。」

  (便所に行ってくるんだよ。恥ずかしい事言わせるんじゃないよ。)

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*ちんじゅう

「縮れ毛」のこと。頭髪を指すのであれば今なら「天パー」と同義語になるのであろうか。

遠州独特という訳ではないらしい。でもなんだろう、頭髪として言われた方にしてみれば決して気持ちのいいものではないので喜ばしい言い回しではなくそういった配慮からすでに過去(死語)の表現ということで落ち着くのが無難ではあるまいか。私の周りでもこの言葉を発する使い手はいない。小さい頃に耳にして久しく今こう放たれても一瞬何?って思うかもしれない。

他の部分の毛を指すのには問題はないのだが今ではそういうのは「ごわごわな毛」とか素直に「縮れ毛」と言うのでどっちにしてももう使われていないと思われる。珍獣のちんじゅうとかみたいな動物の毛の質の表現としてならなんの差し障りもないんでしょうけど。

漢字でなんと書くのかは分かりません。

そんなこんなであまり深く掘り下げてもあれなのでこれくらいにしときます。

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不毛地帯 その15

 回を重ねる毎にどんどん次が気になる展開でありまして、これは見応えがありますな。

とりあえず煮え湯を飲まされた連中にはこんちくしょうと思わせて観ていて溜飲が下がり、社内の対立を平定して心構えを新たにしてといった具合で。いざ出陣って勢いで次が気になります。ある意味全何話というのが判らないからいつも以上に先の予測が出来ない分ハラハラ感が増しているのかもしれないところです。どこまで続くんだろうこの苦難の道はって感じで。自動車の時みたいな夢破れてという顛末にならないことを期待するばかりです。

 で、駄目なものは駄目なんですね一度深まった溝を修復するということは。どこかで社長の為に手を取り合ってというシーンがあるのかなと思って観ていたんですけど出向でこのままフェードアウトされてくんでしょうかねえ里井副社長(岸部さん)は。

 女にもてなきゃ大物になれん。よしんばもてずとも好かれる事。このドラマなんとなくそれを謳ってるような気がしないでもない。でもなんかぎくしゃくし始めてもいるようで。もてるという事とうまくあしらえるというのは別のもののようでありますか。まあ時代からして女性が外に出て働くということが珍しい時代でしょうから壹岐(唐沢さん)の「明日でもいいじゃないか」という発言は別に失言でもなんでもないような気がしますが。先駆者の女性と付き合うのには気を遣うこと尋常でないとということなんでしょうかねえ。なんかそう思うと再婚はないのかなと思えてきますです。

それにしても紅子(天海さん)畏るべし。前回兵頭(竹野内さん)が東奔西走しても逢う事叶わずの偉いお方を飄々と逢わせる離れ業。そして今回も壹岐にもそのお膳立て。いともたやすくと映るのは私心というか欲目がないからなのでしょうか。逢わせたんだから分け前頂戴みたいなものがなく単にそれによって織り成す世界を見て愉しむみたいな。壮大なレベルの野次馬というべきか。近所の奥さんみたいな井戸端会議でのネタにするとかいうこともしないんでしょうね多分。凄いお方でありんすなあ。

重役会議でのやりとりが見応えありました。壹岐の決意表明ともとれるあの不退転の意思表示は観ててぞくぞくっときました。真珠湾の失敗を再び会社でも犯そうとするのかという詰問にどう反論するんだろうと思ったらあの切り替えしでありまして。見事だったなあとぞ思ひけり。そして社長の声はまさに天の声。迫力ありました。

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福岡発ドラマスペシャル「母さんへ」

観れない。というか途切れる。

その理由を我が家のテレビがのたまうには

「気象条件などにより受信レベルが低下しています」

とのことで全くもって観賞のレベルではない。モザイク画像見るより酷いぞ。

ま、天候のせいじゃしょうがないとなと思ってもみたけれど、試しにチャンネル変えたら他の民放の番組はなんの異常も無く観れてる。教育も衛星も見れてる。総合だけが見れたもんじゃない。

なんじゃこりゃ。面白そうなドラマなのに。前田亜季さんが出とらすに。小澤征悦さんも出とらすに。西田尚美さんも出とらすに。

受信料という有料放送なのにこれはないだろうとつい言うてもせんない愚痴が出る。いくら荒れた天候だとはいえこんなんで災害時とかでもちゃんと情報が発信されるんだろうか。これって我が家だけに与えられた仕打ちなんだろうか。たまにしかNHK見ないからという。それとも福岡からはるばる電波飛ばしてるもんでこうなるだかいやあ。

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泣かないと決めた日 その3

 やれば出来る子なんですよね角田美樹(榮倉さん)というお人は。

虐める方としてはそうは思っていないから色々なアクションを起こすのでしょうけどごく稀になんでこいつを採用したんだと決定した人事の連中の節穴をつっこんだりもするという経験が私ごときでもありますし。

出来る部分を観れなくて虐げているのかホントに出来ないから邪険に扱ってるのかというのは微妙なものでありましょうや。

大昔のように縁故採用花盛りの時代であるならば、ホントなんでここにいるのかその能力に疑問を抱くことはむべなる所業にてござそうらへども。誰それという偉いさんの縁故だぞとかいうパワーバランスで思ってても言えない空間があり邪険や排除といった感情の抑制となってその分酒場で憂さ晴らし。

今はさすがにそういったものは陰に隠れて行われている訳ですが。このドラマの主人公はやれば出来る子のようなのでそういうのとは一線を画してるようです。でも「虐め」と「邪険」ってどう違うのかな。「攻撃」と「無視」という違いで排除が目的であることに違いはないか。

攻撃は瞬間的なもので無視は永続的なものだけど耐えれるとしたら無視のほうがまだましなんだろうか。人それぞれだろうけど。

そうやって考えていくとドラマほどではないにせよ学校に通ってた時分は攻撃されたし仕事始めてからは無視されてた時期あったなあ自分にも。でも学校じゃあみんな貧乏が当たり前の時代だったから金たかられるような事は無くて「お前むかつく」だけで済んだ分まだ昔の方がましだったのかもしれない。仕事してて無視されるのは理想を夢見ずこんなもんだと思えば結構馴れるもんだ。

まあそんな我が身を振り返ったところでもう忘れてしまったような事思い出しても何の得にもならないのでドラマをどう楽しむべきなのかに頭を向けるよう努力しよう。

色んなドラマで描かれるこういう虐めに走るパターンを幾つか考えてみると

*氏素性が低い

 エリート・プライド意識との闘いという感じでしょうか。

*能力を妬まれる

 嫉妬心との闘いという奴でしょうか。一番生産性が無くドロドロしてそう。

*障害(ライバル)と見なされる

 こいつがいると自分が目的を達せられ無くなるという危機感。フェアプレーが望まれますなこういうのは。

*特別扱い

 えこひいきという奴ですな。実績や能力には関係なしに階段昇ってくという嗚呼無情な世界でこういうのだと多少邪険にしても撥は当たらないのかもなんて思ってしまいます。

*見放される

 思いっきり足とか引っ張られてのトラウマからくるものでしょうか。いいとこ見せるくらいしか挽回の策が浮かびませんな。

*いけにえ(はけ口)にされる

 本人に非なぞはなくそういうポジションの巡り合わせに収まってしまったという超理不尽。最近はこういうのが主流だったような。

*昔の報い

 昔逆の立場だった者同士が歳月を経て再び出会い怨み晴らさでここぞとばかり。小さい頃のいじめっ子が今度はいじめられる側になるとかみたいな。

*徹底的に利用し尽くされる

 究極のとんびにあぶらげ状態か。努力がなにも報われないなんと無情。でもこういうのの突破口って見てる人は必ずいるってのがセオリーだよな。

*馬が合わない

 これだけはどうしようもないところでしょうか。決着としては大人の対応という衣を着せるくらいしか思いつきませんな。

他にも色々あるでしょうけど流石に主人公が能無しという設定は見た記憶がないのでこれはないとして。なんかこのドラマ特別扱い・昔の報い以外はこういった要素が全て一人の人間に覆い被さっているように映りますなあ。山中鹿之助でも逃げ出しちゃうんじゃないのかと思えるような「七難八苦」な「四面楚歌」と思えます。でもまあ方向性としてはひとりを除いて各人が持つ鬱積した感情の「はけぐち」にされてる勢いが強まってきたようでありますな。

要はどこで落ち着く先を見つけるかということで、低い位置で自分の居場所を見つけてうだつの上がらない仕事人でも満足となるのかずうっと落ち着くことなく苦労を背負いて高みに昇ろうとし続けるのか。どのみち仕事が大きくなればなるほど障害はより膨らんでついて回るものですし、排除しようとするのが同僚か競合者かお客かの違いというもので無くなることはないでしょうから。そうなるといじめも困難も苦しむという境地においては左程違いがない訳で。

私はお気楽主義な甘ちゃんなので先に結末見せておいてくれてからここまでに色々あったみたいな方が観やすいんですけど。そうはさせじなんでしょうねきっと。なので多分番組終了してから一気に見直ししたほうが愉しめるのかもしれません私には。いくらなんでもこういう理由で死を選びましたなんていう問題提起で終わるという散々な結末ではないでしょうから。

それにしても藤田千秋(片瀬さん)の後をちょろちょろついてく姿は可愛かったけど、いい根性してますなあ。

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*めんめえ

「ミミズ」の事を指す言葉と、「目」を指す言葉とふたつある。同じ言葉に二通りの意味があるのではなく全く異なる言葉でたまたま同じ読みのが二つあるということである。イントネーションは同じなのでどちらを指してるのかは話しの内容から判断するしかない。

「めんめえで何釣るだかしらんが海釣りだでゴカイが普通だらあ」

  (ミミズで何を釣るのか知らないけれど海釣りなんだからゴカイを使うのが普通だろう。)

「やあ、めんめえにごみ入ってどいてえやあ」

  (うわあ、目にゴミが入って凄く痛い。)

とかいう風に使う。訳すとしたら「目ん玉」という感じか。非常に少数派で「めんめえ」の使い手は滅多にいない。もしかしたら遠州弁に属さない言葉かもしれないが一応記載。ほぼ男言葉。

共通語だと「めんめ」・「おめんめ」とかいう言い方があるであろう。「めんめえ」はそれの変形ということだと思われる。もちろん粗野な言い方なので「おめんめえ」という言い方は無い。

「目」ということでは他には幼児言葉で「めーめ」という言い方とかありきたりであるが「めんくりだま」・「めんたま」とかがよく使われる。

「みみず」の方については他には「めめず」という使い手もいて結構数は多い。「みんみい」というのも聞いたことがあるが意味が通じず往生こいた記憶がありこちらはドマイナーであろうか。

例文

「やあ、めんめえにゴミん入ったでちょっと水で洗ってくるわあ。」

「めんめえって土の中にいる奴だらあ。そんなの洗ってなにするよを。喰うだけ?」

「ばかっつう。めんくりだまのこんだあ。」

「ああほうけえ。」

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曲げられない女 その5

 友達誕生の目出度い日が描かれた回。にしてはなんかとても波風立ち騒ぐ乱。でもシャッターを開けた後いつもの落ち込む様子が今回はなかったってのは暴発ということではなく本心が素直に出たといったいつもとは違う感情の発露だったんでしょうか。

願書申し込みに間に合うのかその方がなんか気がかりで璃子(永作さん)の騒動がお邪魔虫(障害)にさえ映りました。そんなとても大事な用件を忘れるほど友達に真摯に向き合ったという友情の大切さを謳っておられたのでありますが、これが理由で10年目になぞ突入したら洒落にならんだろうなというおいおい大丈夫かよという思いが強かったです。

なにしろ勝手に連れ出して連れ出した子供達は全く本意ではない所に監禁されたようなもんで、「友達」というキーワードが存在してなかったらあの早紀(菅野さん)の事だから淡々と璃子を解説説得しただろうなという感じの形勢一分の利もあらずやという状況のように見えていたんで。

でもあだける先は旦那と祖母に向けるものだと想像していたんですが璃子に向けたというのは意外でありました。ぐずる子供に人の道を説くのかなという思いもあったんですけどどっちみち外れてまして、まあ意外というほか無し。でもこれで前に踏み出す勇気を生み出したのですからもっともな展開でありました。

この後は離婚問題で奮闘してくんでしょうかね璃子は。暫く居候とかするんでしょうかねえ。

この回の最後で早紀は胸を押さえてもんどり打って倒れていましたけどどうなっちゃうんでしょう。お母さんと同じということなのかしらむ。はたまたここんとこの騒動による心労か。それまで勉強したとしか日記に書くことが無いような日々でしたでしょうから。振り返ってみれば恋人には振られ職を失い母親を亡くしときて今回の立て籠もり騒動ですから無理もないなと。

「おばさん」と呼ばれてピクピク来てた早紀の表情が面白かったです。

悲しい時に悲しい顔したくないという璃子の天邪鬼も好きだなあ。

早紀と光輝(谷原さん)というより光輝と璃子との方が相性良さそうに感じるのは気のせいでしょうか。

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*つったってんで

「つっ立ってないで」と言っている。「言ったっていうので」又は「と言ったというから」とかいうのも有るがそれはまた別の話しで今回は「つっ立ってる」という方でのお話し。といってもただの言葉遊びだけど。

「つったってる」は共通語なので方言ではないだろうが。「つったつ」という使い方は遠州ではまずもって聞かない。殆どは「つったって」である。

辞書による「つったつ」は、勢いよく立つ・まっすぐ立つ・何もせず立ったままでいるという三つの意味が書かれてあるが遠州では何もせず立ったままでいるという意味だけが「つったって」という言い方で使われている。

「つったってる」使いどころは別世界に行っちゃってるようなぼ~っととかよそ見してるとかに限らず、何か言いたそうにしてるとか縄跳びの縄の中に入れなくてうろうろしてるとかのようなタイミングやチャンスをはかれなくて固まってるようなもじもじしてる場合にも「つったってる」という言い方をする。

こういう言い方で他に近いのは遠州ではあまり聞かないが「ぼったつ」という言い方があるそうな。「ぼ~と立ってる」つまり「ぼさっとしてる」という意味であるが。おそらく駿河方面の言い回しなんだろうかな。でもホントたまあに聞いたりもするので遠州にも使い手は存在するのであろう。でもあくまでも個人の印象だが「ぼっ」という言い方は「勃」をイメージするのでむしろ元気よくという印象を受けることの方が多いのではないかとも思えてくる。

遠州ではどちらかというと「つったってる」という言い方の方が主流な勢いを感じる。

言葉遊びとしては

「あいつぅ足つったつってつったってけつかるつってるけどそうゆうおめえもやあ自分手え止めてつったってるだけだではしはしいごけやあ」

  (あいつ足がつったとか言ってぼさっとしてやがるとか文句言ってるけどそういうおまえもなあ自分の手が止まってつったてるじゃないかはきはき動けよ)

例文

「やあこんのくっそ忙しい時につったってんじゃねえよ。」

  (おいこの忙しいときにぼ~としてるんじゃないよ。)

「だってなにやっていいだか分からんだもん。」

  (だって何していいのか分からないんだもの。)

「こうゆうときゃあなあ。○○みたくうろちょろしてりゃ多少は許せるだあ。」

  (こういう時はさあ○○みたいに忙しそうな振りしてれば多少はムッとせずに済むもんだ。)

「おせえてくれりゃあなんかやらすだけえが。」

  (教えてくれればなんかやるんだけど。)

「おせえてる暇んないしミスこかれても敵わんで今日はきぜわしそうにしてろやあ。ええで。」

  (教えてる暇がないしミスされても敵わないんで今日は忙しそうにしててくれ。それでいいから。)

「ほんじゃ○○さん見習やあええだ?」

  (それじゃあ○○さんを見習えばいいの?)

「それはそれで参るなあ。ああゆうのはふたりもいらんだ。あんなの二人もいたら余計怒れてくる。」

  (それはそれでなんか厭だなあ。ああいうのは二人もいらないよ。あんなのが二人もいると余計に怒れてきちゃう。)

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*遠州では使われない言葉 「たあけ」

「たわけ」と「たあけ」が別物であるとしたらば「たあけ」はまずもって使わない言葉。以前にも何度か書いたが名古屋の言葉であろうか。遠州人には意図が伝わらず曲解されやすい言葉なので遠州では使わないほうが無難な言葉である。

経験上では共通語にすると「おい」・「ちょっと待て」とかいうツッコミや制止といった意味合いで使ってる口癖のようであるが、遠州人からしてみれば「馬鹿野郎」・「間抜け」という風に聞こえるので印象としては何様だお前ってな感じでホントよかあないだよね。

「あほ」については関西の方言がテレビでこらしょと聞こえてくるのでそういった抵抗感は昔と較べれば薄くなっている。したがって「たあけ」もテレビでさんざっぱら使われるようになれば遠州でもその抵抗感は薄れるであろうが。でもテレビの影響という事であれば今のところ時代劇の「この戯け者めが」というフレーズが色濃く印象としてあるのかもしれない。

実際において「おい」とか「ちょっと待て」という意味での口癖は遠州では「ばかっつら」・「やあ」・「ほい」とかを使うので馴染まないところである。

「たわけ」と「たあけ」が同一なものなのかは定かではないが「たわけ」を漢字で書くと「白痴」か「戯け」と書くそうな。

「たあけ」はそういう意味での使い方をしないのであろうから別物なんだろうなと思うのだけれども何度も言うようだがやはり使われたほうにしてみれば遠州では「白痴」か「戯け」と言われてる風にしか聞こえない。つまり遠州人には遠州弁でいうと「とろくさい」・「馬鹿かお前は」などと言われてるように聞こえる。

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コード・ブルーⅡ その5

 こういう流れのお話しはとにもかくにも観るというほか無いのでいつものああたらこうたらな感想はありませんで非常にシンプルな感想でありますがじわっとくるものがありました。

「死」が「別れ」と同じ言葉だからこそしんどい限りでありますが、その「別れ」を如何に受け入れ明日に繋げる(立ち直る)べきかいうものは永遠の課題なんでしょうねきっと。避け得られざるものだけど正解というものが無い。旅立つ方にも送る方にも「始まり」にはならないことだけは確かそうですけど。

「近くにいること」・「傍にいること」がこの回のサブテーマであったのでありましょうか。それとも「必要とされること」だったのかな。悟史(平山さん)とご両親の態度の方に目線がいってしまってちょっと見過ごしてしまいました。さりながら繰り返し何度も観るには忍びなき故かくも浅はかなりし程度で今宵はこれまでに致ししとう存じます。

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*やぶくる

「破く」という意味だがニュアンスとして「破く」よりも意図的なものを感じる言い回しであろうか。男女共用の言葉。

「こねる」を「こねくる」・「ひねる」を「ひねくる」というのと一緒の言い回しである。あまり方言だという印象は持っていないのだが「やぶくる」だけは辞書に載ってなかったのでもしかしたら遠州弁かと思い記載。

「破く」には他に「やんぶく」という言い方もするが「やんぶくる」という言い方は存在しない。

「やんぶく」だと破る行為が目的という感じな勢いであるが「やぶくる」には目的の為に破るみたいな勢いを感じる。

障子を「やんぶく」であれば悪さした感じになるが「やぶくる」なら張り替えとかする感じみたいな違いであろうか。

例文

「よっぽど見られたくない事書いてあっただか知らんがここんさあんとこだけやぶくってあるにい。」

  (余程見られたくない事が書いてあったのかここのところだけ破いてあるよ。)

「どっちゃみっちゃこぎたない字で読めやへんだもんで別にやぶかんでもよかっただになあ。」

  (どのみち汚い字で読めないんだから特に破かなくても良かったのにね。)

「確かに。」

  (そうだね。)

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特上カバチ!! その4

 しょっぱなの豆知識。「出来る・出来ない」の問題じゃなくて「する・しない」という問題のような。謝礼を請求するというのもせちがらい話しで、自分の生活が切羽詰ってるとかなら話しは別ですが普通であるのなら拾い物から一攫千金みたいな欲をかくのはせちがらい。ま、要は「誠意」ということに行き着くんでしょうけど、善意に報酬を求めるのはなんかせちがらい。相手に感謝されただけでは善意の報いにならないとこいうことなんでしょうか。相変わらず考えさせられるミニ講座でありました。

法律は正しい人の味方ではなく行使する者の武器に相違ない。とぞ思ひけり。

商売や仕事上とかはともかくとして昔は庶民なら親密な近所付き合いという相互援護(監視)が行き届いているからパトカーや救急車が来たり裁判沙汰なんてことになれば注視の槍玉に挙げられ近所の噂話しの俎上にのるとかになって。それが厭で極力避けていた風習があったけど。今はもう避けるべく理由が希薄になっているから下々の人々まで使わなきゃ損だという意識に傾いているんでしょうかね。

とかいう愚にもつかない感想はともかく、バラエティドラマとして楽しく観れるドラマです。テンポがはきはきしてて見易いです。追い詰め方が行政書士といよりも探偵っぽくてそういうシチュエーションの方が見慣れてるというところもあったんでしょうけど今回は特に見易かったです。今回はホステスの衣装に身を包んでおられましたが堀北さんの色んな衣装姿が見れるとかいうのもドラマの売りなんでしょうか。

ところで筆跡鑑定人の元堀(酒井さん)というお方の発してた言葉。「だがに・だがね」を連発されてたので名古屋の言葉なのかな。「だにい」も随分耳に残ったけれど名古屋でも「だにい」使うのかな。少なくとも遠州弁には聞こえなかったな。三河と名古屋のミックス方言ってとこなのかなよく判んないけど。頭高型アクセントに気を使われてたけど遠州弁のイントネーションとは異なっていたんで三河と名古屋のミックスなんだろうかなやっぱ。遠州弁ならちょっかい挿みたいとこだけど多分違うからしません。

今回はとにかく一方的に叩きのめすに値する相手に映っていただけに観ていて爽快感がありました。意外だったのは柴田(高橋さん)版男はつらいよの顛末がストーカーみたいな店長(正名さん)によって為された事でありましょうか。あの店長の印象が「誠実」と見えるか住吉(堀北さん)が言ってたように男を見る目がないと見るか。穿った目線でいけば一度大いなる失敗してる訳ですから微妙な未来を想像してしまいますな。まあそんなことはないでしょうけど。

なお、ややこしいので番組の回と合わせる為その3は欠番としました。

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*どぶしょい

以前書いた「ぶしょい」の補足みたいなもん。

「どぶしょい」・「ばかぶしょい」は「ぶしょい」(格好悪いとか言う意味)の強調した言い方である。その中間的な「こぶしょい」という言い方があるかというとそれはないかも。こういう場合は「こぶしょったい」という言い方を私はするのだが。なお、「ぶしょい」と「ぶしょったい」とでは「けむい」(煙い)と「けむったい」と同じような違いがある。

「ぶしょい」はどういう場合に使われるかというと、「不精」が訛ったものだとして、なおかつ「不精な佇まい」みたいな意味が短縮されたものという事で考えれば場に相応しいものではないとかいう場合に使われるのではないか。冠婚葬祭に普段着で行くとかみたいな。

もちろんセンスがないとかいう見た目そのものが見苦しい場合にも使われる。

どちらにしても「恥ずかしい」・「恥じ」というニュアンスが籠められていることは共通している。

「ど」や「ばか」といった強調形にするのはより強く制止させたい意思を表わすためであろう。「ぶしょい」だと考え直しなよ程度だが「どぶしょい」だと止めなと制止してる感じになる。普通は「どぶしょいでやめな」というのであるがこれより強く制止する感じだと「どぶしょい」・「ばかぶしょい」とだけ言い放つ。

例文

「あんたあによをそれ着てくう。どぶしょいだで止めない。」

「どこがよを。別におかしくありもしんに。」

「そりゃ破けてるとかじゃないけどやっぱ変だって。」

「失礼しちゃうやあ。どこが変っつうよを。」

「あのさあ。その格好で寝てるだでそれパジャマみたいなもんじゃん。パジャマで外出るのはやっぱおかしいらあ。」

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