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*めえ

山羊が啼いている訳ではない。

「やあ買いめえやあ。」

  (おい買おうぜ、なあ。)

「まい」の強調形というかとにかく強い意志を訴えたい場合に使われる。強気であり粗野と思われる副作用がある。

「やあ買わまいやあ。」だと

  (おい買おうよ、ねえ。)

といった勢いの違いとなる。男言葉で女姓が使うことはまずない。「めえ」{助動詞}と辞書にもあるしおそらくは関東系の言い回しでありそれを遠州でも使ってるよということであろう。

「そうしめえ」・「そうに違いあるめえ」とかともなると多分に江戸っ子風味が増すところである。

例文

「わしこれ買わすでおめえそっち買うかあ。うんそれがいいそうしめえ。」

  (俺がこれを買うからお前それを買うってことにしよう。うん、そうしようぜ。)

「うんじゃねえよ。こっち1.000円もすんのにそっち200円じゃねえか。なにんいいだあ。」

  (うんそうしようじゃねえよ。こっちの1.000円もするのにそっちは200円じゃないか。どこがいいんだ?)

「いいじゃんそれでえ。金持ちと貧乏人の違いに合わせてるだもんで。貧富の差だでしゃああんめえ?」

  (いいじゃないかそれで。金持ちと貧乏人の違い合わせてるんだから。貧富の差なんだからしょうがないだろ?)

「ざけんじゃねえよ。貰ってる給料の額は一緒だにい。金んねえなあてめえの金使い荒いせいじゃんか。」

  (冗談じゃないよ。貰ってる給料の額は一緒だぞ。それでお金がないのは自分の金使いが荒いせいだろ。)

「んなことねえよ。わし貰うのはなんかしらんが最初っから足ん生えてるのだけどおんしゃんの貰うお金は根が生えてるもんだで金っつっても種類の違うもん貰ってるだあれ。」

「おめえ本気でゆってるならぶっさぐるぞ。」

話しは飛ぶが「~しようぜ」と言うのを遠州弁では「~しまいか」・「~しよまい」となるのであるが「しめえや」・「~しよめえ」という言い方があるのかは微妙なところではある。有るとしたら多分に関東っぽいイメージが湧くところで遠州弁からは離れる趣がある。

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SPEC・警視庁公安部公安第五課未詳事件特別対策係事件簿 その5

 先週楽しみにそそくさと帰ってみたら5夜連続のドラマに浸食され放送されておらず心底がっくりきたのであるが。

なんで連ドラが継続中の間に割って入って放映するという興醒めな事をするんだろう。その理由が理解できない。排球中継で時間延長しまくりで当方の録画スケジュールぶち壊しとかも含めてどうもこの放送局の番組は馴染みにはなりにくいとこがあるな。習慣性を打ち消してなんの得があるんだろう。

録画して見る輩は客じゃないってか。仕事してるんだからしょうがないだろう。そういうのを改めさせたい(ゴールデンタイム以降にはテレビの前に居させてリアルタイム視聴を増やしたい)のなら国全体で定時に終われる就業環境を構築する喚起とかのムーブメント起こすなりしてみいや。なんて言うてもせんない八つ当たり事が頭につい浮かんでしまいました。

で、一週待っての第五話。急にディープになってきたなあ。

スペック世界には癒す(いやす)者とおやす者がいるらしい。(おやすは遠州弁で体調を壊すという事。厳密にはおやさす者だけど)

それにしても対峙してる退治すべき相手はまるで怪物のようだ。その怪物が組織なのか当麻(戸田さん)が追っている一人の超能力?者なのかははっきりと提示されてはいないけど、未詳と対峙しているのは半端ない相手という事だけははっきりしたところ。得体もしれないし全貌が見えたらどんだけ壮大なものになるんだろ。

武闘派+知能という人並み外れた才は有しているとは申せ普通の人間集団。しかも三人きり。あげな怪物に普通がどう勝つというのだろうか。というのが味噌なのかなこのドラマ。

当麻は骨折りじゃなかったんですなあ。びつくりですわあ。それなのに平素あげな漂々としていれるという精神力は大したもんだと見直した回でもありましたな。ちゃんとくっついてるんでしょうか。それとも義手?

瀬文(加瀬さん)の骨折りはいやす者によってあっという間に治ったみたいに映ったんですが当麻にはいやす者は訪れないのかな?

とりあえず本格的に宣戦布告というか覚悟を新たにという始発の回であったのだろうな。

野々村係長(竜さん)やる時はやるというか決める時はびしっとでかっこよかったなあ。貴重(重要)な戦力なんだな。でも見せ方が乙だねえ。かっこよさげの後にどでんと落とすつなぎを見せられちゃうとホント大丈夫かこの人と思えてきちゃうものな。はい、そこ笑うとこと言われても微妙でもあるし。こんな事するの堤監督くらいなもんだろとは思ったらやっぱそうだった。マジな部分が多い回でおちゃらけ差し挟むとこはさすがになさそうに思えたけど餃子屋の不穏な感じとかちょこちょこ入ってましたなあ。ってことはあれか?店主しつこい勧誘に負けて保険に入ったってことか。

でもやはり瀬文の後姿が一番印象に残ったという瀬文の回であったよな。説得力ありましたです。

ところで津田(椎名さん)は何者ぞ?敵とか味方とかじゃなく三つ巴の一翼ということなのかな。

里中(大森さん)を撃ったのは誰なんだろ。

誰を捕まえれば終止符を打てたという事になるのだろ。

そういやあしぞーか県では来週の深夜に「ケイゾク」の再放送が始まる。スペックは別名ケイゾク2という事らしいのだが「ケイゾク」観てないから繋がりが分からないと以前書いたら観れるとな。なんか親切でありがたや。

こないだ三代目明智小五郎も大分周回遅れとはいえ放送してくれたとこで、これが観てえと愚痴書けばやってくれるのかな?んなわきゃねえわなあいくらなんでも。

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*ゆっちゃかんでねえ

「言わないでよ」と言っている。

「口外するな」という意図なのであるが、半ば口封じは無理だと諦めてるが後で揉めた際に有利になるように一応こっちの意思は伝えとこうという勢いである。

絶対言うなといった場合には「ゆったらただじゃすまんでねえ」。それより緩やかなのは「ゆわんでよを」あたりであろうか。

「ゆっちゃかんにい」という言い方との比較は「ゆっちゃかんでねえ」はお願いの念を押す感じだが「ゆっちゃかんにい」だと依頼の域を超えて命令的な感じになる。

「ゆっちゃかんだでねえ」は「言ってはいけない事」つまり「禁句」という意味になる。

「ゆっちゃかんもんだでねえ」では「言ってはならないものだからね」で「禁句となってる」という意味になる。

例文

「あれえあんた今朝いんかったじゃん。いつのまに来たよを。」

  (おや?あんた今朝居なかったじゃない。いつの間に来たの?)

「しっ。今来たなんてゆっちゃかんでねえ。今んとこばれてんみたいだでえ。」

  (しっ。今来たなんて言っちゃ駄目だからね。今のところはばれてないみたいなんだから。)

「そりゃ無理だわ。」

「なんでよ、黙ってりゃ分かりもしんに。最悪先にお得意さんとこ回ってた事にしてしらきり通すつもりだで。ホントゆっっちゃかんでねえ。」

  (どうしてさ、黙ってさえいれば分からないでしょうに。最悪でもお得意さんのところに回ってた事にしてしらを切り通すつもりなんだから。頼むから内緒にしてよ。)

「だってあんた今日朝礼の当番だったしお得意さん今日休みじゃん。はあバレバレだにい。」

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医龍3 その5

 ぶっとびの回でありましたなあ。いやあ驚いた。

そりゃ伊集院(小池さん)でなくともぶっとびだわ。

屋上から飛んだのが人生を儚んだ少年じゃなく朝田(坂口さん)なんだから。

もうひとり野口(岸部さん)も彼方へとぶっ飛ばされるとな。

ほんにこの回は飛んで飛んでの回でありましたなあ。

あそこまで見せられちゃあ誰が見たって飛び降りたのは少年と思うでしょうに。巧い事たばかったものよのう。見せ方の勝利か。

観てる最中はいくらなんでも飛び降りる事はないだろう。もし飛び降りそうになっても姿を見かけた真柄(谷村さん)がいくらなんでも阻止するだろうと思って観ていたんですが。飛び降りを阻止した際のアクシデントでありましょうが、声を掛ければ躊躇したかもしれないのに発しなかったんでしょうね朝田先生は。こういう時寡黙というのも善し悪しだよなあと。まあ弁舌が立つ朝田というのもいやらしく感じるとこでありますが。

それでもまあいくらなんでも主人公なんだから命は無事であろうし医者生命がこれで断たれるなんて事にはならないでしょうが、それにしても空恐ろしい展開だよなあ。この先どうするんだろ。朝田がいないのを皆で協力し合って困難を乗り越えてチームワークがより強固になった後満を持しての朝田の復活で最後の難手術に挑むとかいう流れなんでしょうかねえ。

しっかし、伊集院を目覚めさせる要因という出来事だとしたら高くつきそうな感じがしますな。

本人凡人と自覚してるんなら伝説となりうる人物の傍に居られるだけでも凡人の誉れでありましょうに。たとえ仕える身であろうとも。だって後で自慢できるじゃないですか。

「オレあいつ知ってんだぜ。あいつもオレの事知ってるんだぜ。」とか自慢しまくれるでしょうに。凡人の夢はそれくらいで十分でしょ。まあ芸能人と知り合いだというのを自慢するのと同じレベルで計るんじゃねえといわれてしまえばそれまでですが。

欲がなければ医者にはなれないってか。向上欲ならいいんでしょうけど。名誉欲とか認められたい欲とかの他の欲だとえぐいわなあ。

でもなんざんしょ。黒木(遠憲さん)は伊集院に目をかけてるみたいでただのチーム崩壊の一手という感じはしませんでしたな。ホントのところはどうなんでしょうねえ。

で、野口の方はこの回もミッションを無事クリアしてこの世の春の到来を予感させる勢いだったのに彼の国へと果てしなく飛ばされる事とあいなりて歯ぎしりしてまして、これも驚きの展開でありましたなあ。最早下の回に響くは歓喜のスキップではなく憤怒の地団駄とはなあ。

なんかこの勢いだと鬼頭(夏木さん)に逆恨みしそうな予感すらしてきまして、朝田が回復したら次の驚愕は「鬼頭刺さる」だったりなんかして。・・・いやちょっとぶっとんだ発想してしまいました。反省。

いやまあとにかく想像もしてなかった展開でびっくりしましたなあ。先を読んでもまた覆されそうなので今後の展開を予想しながら観るのは止めにした方がよさそうだ。

このドラマって人を説得する物語りで、背中で語り行動で語り声で語るというひたすら語るドラマかなあと思っているのですが態度でも語るんですなあ。

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11/9のいいとも

 久しぶりに腹抱えて笑ったなあ。

加藤さんと軽部さん。それに加藤さんと皆藤さんのやりとりに。

中居さんのツッコミ具合がこれまた絶妙でホント面白かった。偶発的とも言える計算されてない愉快な話しに中居さんの手が加わってより盛り上がったという勢いで。

こういったものを見ると司会進行って凄い重要なポジションなんだなあと実感できる。

録画の設定の手違いで何故か録画されてたという偶然見た(見れた)のだけどすごい好い拾い物したみたいでその日一日明るく過ごせたといったも過言ではないくらい笑えたし繰り返し見てもまだ笑える。

11/10つまり放送の翌日のフジテレビアナウンサーさんのブログ二か所に「今、正に連絡先交換せり」という記事が載ってた。御当人方におかれましても相当インパクトや反響があったんだろうなと拝察いたす次第だが。

確かにあのいいともは受けた。ホント面白かった。

それにしても生野アナのブログの写真この記事に限ってやけにでっかいなあ。

追記

12日に生野さんのブログ見たら写真に変化があった。昨日は皆藤さんのドアップで加藤さん映っていなかったのでおそらくは訂正されたんだろうな。大分普通のサイズになっていた。

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黄金の豚 その4

 くどいくらい毎回書いてるけど、前半部分はホント面白いんだけど決めの辺りに失速感があるんだよなあ。

ましてや他のドラマと較べるというのは卑怯な所業だが同じクールでかち合ってるからということで書いちゃうけど、ナサケの女と較べるとどうにも官庁の権威というものがこちらは軽い。

アホな意見を述べるなら前半黄金豚で後半ナサケの合体ドラマであったならこりゃ凄いドラマに成り得る予感がしてくるところ。

役者さんもはねてるし盛り上げ方もコツを得ているしと面白い要素がたくさんあるのに観終わった余韻がね。ぶっ飛び過ぎが嘘っぽくて。ドラマそのものはつまらない訳では決してないけどどうにもオチについていけない自分がいる。

ところで、素性がバレたみたいだ。来週はどうなるんだろ。

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*「だで」と「だもんで」は別物か? その補

 「だで」と「だもんで」は別物か?の記事でコメントを戴きまして(ありがとうございます)

「だで」は結果に重点が置かれ「だもんで」は原因に重きがいっているという違いがある。というのはまさにその通りでありまして

「そんなんだでかんじゃん」

  (そんなだから駄目なんじゃない)

「そんなんだもんでかんじゃん」

  (そんな有り様だから駄目なんだろう)

という違いは明らかにありますな。ご提案感謝いたします。

他にこういう説明の方がいいのかなと気づいた事としては

「だで」は言い放ちの指摘できつく聞こえ「「だもんで」は~なんじゃないのか?という風な同意を求める和らげた言い方という違い。

「だでかんだら」(だから駄目なんだろ)

「だもんでかんだら」(だから駄目なんじゃないのか)

という違いを感じる点もあろうかな。

まあ、実際のところは違いを意識して使い分けてる事は少なくほぼその人の性格(言い切りたい人とぼやかしたい人)とかに沿ったどちらかの言い方を選択してるところであるように思えるところです。言い方によっても結構強弱はつけられますし。

それに「だでかんだら」という言い方をよくする使い手が普段通りに言い切るにはどうもというような際には「だでかんだら。そう思うよを」と付け加えるとかで対処するようなことをして強弱を調整している事も多いと思われるところです。

それと「かん」につきましてはちょっと地域特性を感じましたので、そのうちまた新たな記事として起こします。(興すと書くにはおこがましいので)

原住民でいる限り当たり前すぎて地域性に気づかない点もたくさんあります故、外にいるからこそ気づくみたいな点がございましたら今後もお教えくだされば幸いです。

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*もんで

「もので」。「ものであるから」の略した言い方であろうか。

語尾に付いてこれで発言お終いとなると「だからなんだよ結論は」とつい思ってしまうもったいぶったようななもやもやが残る言い回しであろう。

例えば「あっちゃん行くもんでえ。」といった風に。

これは「あっちゃん行くんだからあなたも行きなさいよ」・「~あなたはどうするの?」とかを略した言い回しなのであるが、そういうルールを知らない人にとっては確かにはっきりしない言い方ではあるな。

「あんたも行きないあっちゃんも行くもんで」

「あっちゃんも行くもんであんたも行きない」

といった順序入れ替えてるという場合もある。

しかし「もんで」の訳を「ものですから」とした場合

「あっちゃん行くのですから」

となると一応言い切っている風に聞こえる。

実際この使い方が多く言ってる側は略してるというよりも言いきっているという意識な事が殆どである。それが遠州弁の法則を知らない人には理解されないところではあるが。

「だもんで」だと「なんだから」・「であるからして」といった意味合いになり歯切れの悪さは解消されるところであるが幾分お仕着せな印象を与えるので相手の意思を尊重する場合には「もんで」を使う傾向にある。

なので相手に「どうする?」と判断を任せる(問う)場合には「もんで」を使い自分の意思(意見)を発する場合には「だもんで」を使うという棲み分けが存在しているということである。どちらも命令口調ではない。

例文

「どうするよをあんた。わし今から行くもんで。」

  (どうする?今から行くんだけど一緒に行くかい?)

「う~んまあ、わし遠慮しとくわ。」

「そうけえ。じゃいいだね?」

「う~んそうきっぱりゆわれるとなあ。」

「どっちよを。はっきりしてやあ。」

「どうしっかな。」

「はあいい。わし行くでねえ。」

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三代目明智小五郎 その8

 おお!中五郎が死ななんだ。お初だ。

それがなんだと問われても返す言葉は無いんですが。死なずに事件を解決したことが成長の証ということであろうか。ってほとんど20面相が答えたみたいなもんに映りましたが。

その20面相は「ともだち」なのか?幼友達であったことは確かだろうけど。最後人類滅亡に導くんでしょうかねえ。んなわきゃないか。

で、この回の味噌は温水さん哉。

なんでせうね温水さんが跳ねてもあまり嗤えないのは自分との相性の問題なんだろうか。なんか切実さが沁みてきて情に敏になっちゃって、上手いってのも存外考えものなのかしらむ。

どこか余裕かました上での現実離れ感がないととは思うけど、じゃあ私が好きな前回出演の森下さんは余裕ある雰囲気だったかというと森下さんも温水さんと同じ全力系に思え、理屈にならんな。

そうか現実離れ具合が温水さんはリアル系(実際こういう奴居そう)のぶっとびに思えるのに対し森下さんはこんなやつ居ねえよなと思えるぶっとびっていう存在感の違いかしらむ。どこか微妙にずらしてるんだろうなきっと。

で、話しを変えて20面相の予告状。結構何を盗むんだろうと思って見てて。で、見事盗んで天晴れなってか。

巧い事言うなあと思えるオチでありましたが、気になったのは棚に並べられていた本。あれって宮澤賢治全集ですよねえ確か。なんかとっても気になっちゃいました。

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ギルティ 悪魔と契約した女 その5

 バレた!芽衣子に刑事だってバレた。

初めて計画に綻びが出たって思わせといて実は予定通りという展開が見事だったけれど。「ネットに流すわよ」って脅しはパソコン最近覚え始めたにしてはすげえ通だよなあと思わないでもなかったけれど。

それよりバレたって事の方が衝撃度は高かったな。

これで二人の関係はどう変化していくんだろう。真島はバレたってことにいつ気づくんだろう。

これ以外に意外だったのは

やっぱよく社長になれたよなあとその器にどうみても意外。

一連の出来事に三輪(モロさん)が容疑者として浮かび上がっているという流れに意外。

まさか堂島(唐沢さん)までもがその説を追ってるとは思えないがそういう方向性で展開していくのかというのはやはり意外。

ところで話し戻るけど、人質もどきがかごから飛んで行ってしまったのは芽衣子(菅野さん)にとっては想定外だった風に映ったけれど、しかしてその後の展開は目論み通りに進んだかのようで。これは予想外の展開に対して臨機に変更したということなのかそれとも出ていくことは計算済みの既定路線だったのか。すべてごりっとまるっとお見通しじゃなかったとしたら一体当初はどういうスケジュールで人質もどきを使って追い詰めるつもりだったんでしょうかねえ。

それともどっちみちマスコミの前に出て社長の悪行をインタビューで言わせるつもりであったので時期が早まっただけのことなのか。

で、宇喜田(吉田さん)は一体善か悪か敵か味方かという点。これだけ胡散臭いとなんざんしょ。ひねくれものの視聴者としては失踪した三輪と結託して真実を炙り出そうとしているのではと勘繰りたくなる。

なにしろ警察内部にも病みというか闇が存在しているみたいな雰囲気だからそういう連中に察知されて真実が揉み潰されないように隠密行動をとる上で大石内蔵助もどきなあえて胡散臭そうにしてる芝居してるとも勘繰れなくもない。

でも真島(玉木さん)の部屋のがさ入れの乱雑さを考えると流石にこの予想はありえなさそうだな。

ところでまた話し飛ぶけど、あと何人追い込めば芽衣子の復讐はコンプリートとなるんだ?というかもう既に全貌を芽衣子は掴んでいるのかまだ探り探りなのか。

真島は芽衣子が犯人ということに感付いているんだろうな。堂島も気づいてそうだよな。でも世間?は三輪を疑ぐってるという展開で流れていくんだろうか。

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*「だで」と「だもんで」は別物か?

つらつら考えるに「だで」は「だもんで」の略形などではなく全く別の似た言葉なのではなかろうかと。

共通語に訳さば

「だで」は「だから」。「だもんで」は「なもので」。とするのが違和感がない。

しかしながら

「だからいけないんだろ」という言い方はあるが「なものでいけないんだろ」という言い方は不自然であるのだが

「だでかんだら」・「だもんでかんだら」共に遠州弁では違和感は感じないし意味的にも違いがある訳ではないという現実。

こうなると「だもんで」の訳が「なもので」では的を得ていないということになってしまう。

実際「だでかんだら」・「だもんでかんだら」どちらも「だから駄目なんだろ」という意味合いで遠州人は使っておりその違いはちゃんぽんであり曖昧である。

使いどころとしてどういう時に「だで」で「だもんで」と使い分けているのかと問われると

「だでだら」(だからだろ)と「だもんでだら」(だものだからだろ)どちらを使うかといったら「だもんでだら」でその訳は「だからだろ」という事になってる。かように一部使い分けは存在するが混在してる使い方の方が随分と多い。

つまり別物とする根拠が見つからない。となると別物という考えは愚案ということになるのだが、なんか違う気がするんだよなあ。

例文

「なあんか上手くいかんと思ったら部品一個はめ忘れてたやあ。」

「だでゆったじゃん。ちゃんと確認しときなって。」

「だもんでゆったじゃん。ちゃんと確認しときなって。」

感覚としての違いは後の祭りというか「だもんで」の方が随分前に言ったという印象が湧く。それに対して「だで」はさっき言ったみたいなホカホカな印象が湧くところである。別の違いを考えると

「あれほどゆっただにだでそうなるじゃん。」

  (あれほど言ったのにしないからそうなるんだよ。)

「あれほどゆっただにだもんでそうなるじゃん。」

  (あれほど言ったのにしないもんだからそうなっちゃうんだよ。)

訳は直訳ではなく大分飛躍したものであるが、「だで」を使うと明確に失敗な結果だと断じているような勢いになり「だもんで」を使うともっと結果を分析してるかのようなゆるやかなたしなめといった勢いになると感じられる。つまり強く言う場合は「だで」それより弱めに言う場合は「だもんで」という違いがあるように思える。くらいか。

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フリーター、家を買う。 その4

 借家かあ。家賃五万かあ。それを自慢したかああ。

じゃあ買うか引っ越すかしないとなという考えに至るのは至極妥当ではあるかな。

でもいじめを打倒しなきゃやられっ放しじゃんという溜飲は下がらんよなあ。

それにしても疲労度が蓄積していく様は説得力があったよなあ。隣のばば様に突っかからなくてよくぞ抑えたものよのうと感心するくらい落ちてたよなあ精神が。

だからこそだろうけど、涙ながらに「多分ホッとすると思う」というのが身につまされる程仕方ないよと声かけたくなる気分になった。

それでいてなんだろう視聴者としては逃げ出したくなるような陰鬱感が蔓延せずに次回も観てみたくなる気になるのは何故だろう。

おそらく家族の介護を体験した人共通の言ってはならない事だけれど心の中で思ってることを代弁してるから共感するというか自分が言えない事を言ってくれたとすっきりした気分になったりするからなんだろうか。

それとも絶望感の手前で踏みとどまっている風に映るからなのだろうか。

どこを切っても暗くなるお話しのオンパレードなのにねえ。

お姉ちゃん(井川さん)は確実にお母さん(浅野さん)の二の舞を踏まんかなみたいな世間付き合いの葛藤処理係に就かれて疲弊てるし、この回では描かれてなかったけどお父さん(竹中さん)は別の未来予想図を描いて家庭は顧みていないという自覚を持ちつつその非を息子(二宮さん)に突かれて反論できずに地団駄踏んでるし。

息子はやるべきことは掴んだけれど日常の生活に喘いで何をすべきか分かっていても朽ちてく方向を変えられないで疲れているし。お母さんは治るきっかけがつかめそうもなく病に憑かれているし。

とにかく一家全員なにかに「つかれて」いるよな。いつ暴発の火が点いてもおかしくはなさそうでおそぎゃ~でかんわ。

今が一番底の部分にいるというのなら後は上げ潮ばかりなりだけどまだ四話終わったばかりだものな。まだまだなにかありそうな感じがするところ。

唯一の救いは千葉(香理奈さん)の存在だろうな。最初どうしてあのポジションで女性なんだろうと思ったけど野郎の労わりじゃ癒しにならないものな。社長(大友さん)のオヤジさんという包容力もあって誠治が一番輝いてるのは現場だよなと思えるもの。あそこにいる限り誠治は普通の人間でいられる印象を受ける。

どういうエンディングを迎えるのか今から妄想するのは馬鹿げてるけれど大悦土木に就職しちゃうってのがハッピーエンドなんじゃないかと今の時点では思っちゃうよな。

とにかく引き込まれるドラマですわな。

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三代目明智小五郎 その7

 明智も20面相もその面妖は置いといて兎に角ハイカラな匂いがするところである。故にどちらかといえば都会を棲家とするイメージが湧くところである。

それが今回は山里の温泉場で騒動を起こすというのだからこういう因襲怨霊渦巻いてそうな場を主戦場とする金田一(きんだあ)の何代目かとの推理バトルでも繰り広げられるのかと思っていたけど、そうでもなかった。

怨霊やたたりの仕業と周囲に思い込ませ金田一(きんだあ)ですらたたりのせいとしか思えなかった迷宮入りの事件を幽霊になったからこそ真実に辿り着けた中五郎の図という展開を一瞬期待したんだけどなあ。

そんなこんなで主流の推理に関しては特に感想書くほどの印象が湧いてこないけれど支流事がなんか面白かった。

森下さんが出張るとやっぱコメディとして締まるなあ。もう「森下能幸」という存在そのもので十分足りるなんかしらん説得力。熱海の捜査官の時のようにどこかおどろおどろしてる空気を醸す時もあれば日常の世界でうだつの上がらない一般ピーポでも出世の目の無さそうなチンピラでも大抵ははまるという一芸必中ではない広さが魅力でもあるが。

見た目が全て同じなのにそれぞれの役にはまるというのは凄いことなんだろうな。女性だったら髪型替え化粧変えとあの手この手を駆使するところだろうけど一目瞭然だもんなあ「あ!森下さんだ」って。

でもなんだろ、やっぱコメディがいいなあ。真面目にやればやるほどなんか笑えてくるというのは芸なのか技なのか分からないけれど職人であろうことは素人の自分にも感じ取れるものである。

でもやっぱ景色は田舎がいいなあ。中五郎がいつも以上に浮いて見えるところがなんともはやで。

ところでなんでセミナーの講師(森下さん)は犯人と疑われなかったんだろう。旅館の雇われ人だからなのかな?それじゃあまるまるインチキじゃん。自己啓発セミナーにすらならないじゃん。ただの客寄せ口実じゃん。それに乗る奴は相当御目出度い限りじゃん。

まあとにかくまとめでいうと肝心の推理というか殺害時刻の偽装トリックが正直しょぼかっただけにこれに関して言えば面白くはなかった。でも余分?なとこが面白かったので相殺でまあまあという回な印象でげした。

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*「い」=「な」?

ネットで「遠州弁」をキーワードで検索してたら以下の説明がなされているとこにヒットした。

「形容詞 形容動詞の形容詞化」一部の形容動詞の末尾に、形容詞を形成する接尾辞「い」を 付加することによって、形容詞化する用法がある。例:「横着い」(=「横着な」)、「 上手(じょうず)い」(=「上手な」)、「丈夫い」(=「丈夫な」)。

以上。確かにっと思う部分も有り、いやさ待ちやいという部分も是れ有り。

「横着い」は聞いたことも使ったこともないのでここではパスしていくつかの例文を訳してみると

「ほれみい丈夫い服だらあ」(ほらご覧なさい丈夫な服でしょう)

「あれあんた上手いじゃん」(おやあなたうまいじゃない)

「丈夫いで着てみない」(丈夫だから着てみなよ)

「あの人上手いでやってもらいない」(あの人上手だからやってもらいなよ)

と訳するのが違和感がないところである。

こういう風に並べていくと「い」=「な」と説明するのは「?」があるかや。

多分「デブい」とか「今い」・「ナウい」の遠州弁版ということを説明されてるんだろうけど実際の使い方に当てはめようとするとあまりの無法地帯であるがために無理がどうしても感じられるんだよな。

上記の例文は

「丈夫な服だらあ」

「上手な人じゃん」

「丈夫な服だで」

「上手な人だで」

といった風に実際に使ってる感覚的でいうと「上手な人」とか「丈夫な物」とかで「~なもの・ひと」と言うべきところを「い」を使った場合「人・物」は省略して言うことになるとかいう条件を付けておくなどでないと「い」=「な」を説明するには厳しいものがありそうだ。

でないと「丈夫いで着てみない」の訳は「丈夫なで着てみなよ」となって「?」ってことになりかねない。

もしくは「な」ではなく「なの」とすべきか。

追記

これはどこぞのホームページにあったけものだけどウィキペディアの遠州弁の項目の中に全く同じ文章があったのを後で知った。やっぱ転載は明記しとかないと自分(HPの管理人)が講釈垂れてるように思われかねないので出自は書かないといけないよな。

でもそうすっとあれか?この記事ってウィキに異論唱えてるって事になるのか?まあウィキは理屈で自分は現実というフィールドが違うということで決して楯突いてるつもりはござんせん。と言い訳こいとこ。

なんしょ現実はだあだあだもんでねえ。理屈で縛れんことあるだよを。

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流れ星 その4

 なんかどんどんせつなくなってきてますなあ。

謳い文句で「せつない大人のラブストーリー」とあるけど、ラブストーリーがせつないんじゃなくて生き様がせつないよなあ。

無駄にイケメンというフレーズも頷けるほどに恋なんぞに構ってられないほど追い込まれてる健吾(竹野内さん)の姿は前途多難な要素ばかりで当たるところも見受けられず穏やかでいられる事が不思議。自分なら既にくじけてるよなと思わずにはおれない。大事なドナーだからかそうじゃない感情によるものかは読めないけれども連れ去られた妻を取り戻しに向かう懸命さと宣言が荒々しかったけれどあれで少しは色んな鬱積したものが吐き出せたのであろうか。ある意味兄貴に八つ当たりとも思えるとこだけどあの兄貴になら撥が当たる事はないかもと思えるからまあいいかあ。

でもこれで完全にロックオンされた事は確かだろうな。梨沙は遮蔽(隠匿)する気でいたのに。吉と出るか凶と出るか。まあ凶だろうな。って考えるようじゃ苦難を乗り越えた愛なんて永遠に掴めないんだろうな。別にいいけど。

妹(北乃さん)がこれまたどんぴしゃの多感なお年頃で先が読めない思考回路っぽくて危うさが滲み出てるし。来週はその不安定さが暴発するのかな。もしそうなったら誰がその暴発を止めるんだろう。

この時点では腹をくくった梨沙(上戸さん)が一番安定してる風にすら映る。

兄貴(稲垣さん)のターゲットは妹ではなく健吾に向いた瞬間でもあるような図柄でおましたなあ。にしても随分といい(高そうな)車分不相応に乗りこなしておられましたなあ。どうやって攻めるおつもりなんでしょうか。

昨日の放送時間大幅繰り下げのおかげさまで徹夜に近く、今大分眠いのでいつも以上に浅い感想でありますが今宵はここまでに致しとうございます。

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勘弁してくれい

ロッテの歓喜は素直にいいもの見せて貰ったと感謝するところだけど

自分の頭の中の興味度としては

新聞の執念(特に興味ない)<情熱大陸(出来れば見たい)<ガムの歓喜(叶う事なら見たい)<F1(観たい)<ドラマ(欠かさず観たい)

という度合いなので23時台にドラマ4本と情熱大陸が一挙にどどんと同時放映された日にゃどうしてくれると愚痴のひとつも吐きたくなるわさ。いやさ、おかげで情熱大陸とBSでのドラマ泣く泣く諦めたんだからひとつじゃ済まんか。

なによりF1のずれ込む時間半端ない。モロ徹夜じゃねえか。終わったらいきなりめざましテレビが始まりそうだ。

もしアンケートでスポーツ中継の時間延長は是か非かというのが今あったら間違いなく「NO」という方に○をくれるだろな。BSとの協調ってのは出来ないんだろうか。

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霊能力者 小田霧響子の嘘 その5

 メラーンの謎が分からなくて面白かったな。見事にたぶらかされたという勢いでおました。オダキョー(石原さん)が謎解きの説法始めてようやっとなるほどと。

最初の奇跡は絶対共犯の上での狂言だろうと思えて。それが結構後まで引き摺ったという迷路への誘導がうまかったんだろうかな。聞き込みが悉く成果なしという珍しい展開であったことも新鮮だったのかも。

その分あれだけのヒントで正解に辿り着くのはちと強引のようにも全て種明かしされた後余韻として残るところだけれども結末知らずに観てる限りでは謎が謎のままで面白かったな。

子供の為と言ってたけど、なんでメラーンを編み出したのかの動機及びあのひったくり相手に素直(普通)に取り押さえずにメラーンをかましたのかという理由がよわっちい気がしないでもないけれど、非の打ちどころのない善人をいたぶってもせんない事でこの締め方は正しい気がするところでありました。

後、このドラマには不必要と思えるくらい見事な谷口(谷原さん)のアクロバティックな動きがとても印象的だよなあ。あのスタントマンさんって何気に凄い気がする。

ところでいつになったら警察に協力して神隠しと対峙するんだろう。一話であっさり退治となるのかな。

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*「ぢゃあ」と「じゃあ」の存在

普通は「じゃあ」の表記で一本化されてるところであろうが

「ぢゃあ」と「じゃあ」は存在していてそれぞれ使い分けがなされているのではないかとふと思ったので記載。これが遠州弁独特なものなのかは定かにあらず。つうか共通語だろうかなやっぱ。でもせっかく書いたので記載。

「ぢゃ」と発音するには口を広げなければならず表情としては笑顔で口角が上がるのに近いものになる。

そういう事に因果関係があるのかは定かではないが

「ぢゃあさあこうしまい」だと「それならこうしようよ」と新規の提案という勢いと感じられたりする。

「じゃあさあこうしまい」でも「それならこうしようよ」と訳は同じであるが折衷案というか妥協案というか落としどころを考えてのという勢いに感じられる。

他には「ぢゃあね」。別れの際の言葉であるが「じゃあね」よりもこちらの方が合ってるような気がしないでもない。

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あ~あ また延長だよ

 いや~参った。22時にパーフェクト・リポート放映してくれないと録画能はずなんだよな。

面白いドラマなのに。しのぎを削るべくドリトルと被らない今日は新規の視聴者獲得の機会でもあっただろうに。自分としても一話でも見逃すと嫌気がさすタイプであり幾度か観直さないと感想書けないずぶいタイプなだけに録画出来ないというのは無念以外の何物でもない。しょうがない。諦めて来週からドリトル一本に絞るか。

別の意味でハラハラして固唾を飲んで見てたら9回にドラマだもんなあ。

醍醐味があってそれはそれはで楽しいんですけどね。でもなあ。

それにしてもF1見るのがしんどくなるのかと思うとげっそりしてくるな。下手すりゃ夜が白けるぞこりゃ。って今から白けてどうすんじゃい。

ホント野球ファンの人には申し訳ないけども最近野球観戦の習慣性のなくなった自分にとっては襲来以外の何物でもないんでスケジュールがだだ乱れでつらいですわあ。

昔は放送時間厳守で放送終わったらラジオに移動でかぶりつきだったのになあ。番組表が絶対でないのは録画族にはキビシ~。それか延長するのなら後の番組放送日を差し替えるとかして欲しいとも思えるかな。まあ無理なんだろうけど。

それにしても延長入ってからコマーシャル流れないなあ。商売になってるんだろうか。

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今年は行かなかったけど はままつ映画祭

 今年は今日(11/7)で締めのはままつ映画祭。最近熱中症一歩手前の夏の日々を過ごした影響かどうにも精力が萎えて三年寝太郎生活が板についてしまい。映画鑑賞に勤しもうと街に出んとする気力が湧かないので傍観者でしかないのであるが。

佐津川愛美さんがゲストとして来浜されたそうな。去年も確かこられてたよな。行ってないけど。

しぞ~か(駿河)のご出身で遠州のお方ではないのだけれど静岡県という括りで「地元」と称してくれるのは有り難い限りである。

去年は確か映画館じゃないところでの上映とかで不備があったみたいな事が漏れ伝わったけどそれでも今年も来浜してくれるというのは、いい人だあというのと本当に映画という文化に真摯なお人なのかなという想いが湧くところ。

「天まであがれ」の初日に舞台挨拶に来られてもいたみたいだし。行ってないけど。

今年は結構にゲストの方も多数で監督さんが多いというのが印象か。行ってないけど。

「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」は観に行きたいな。へ~監督さん浜松出身なんだあ。ってそれで作品の印象(親しみ度)が変わる(増す)事はないけど。

ところで砂羽さん来たのかな?

追記

どうも来られたみたいだ。

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お願いだから

今宵願いたるは、出来ればガムがいいけれど今日は新聞でもガムでももうどっちでもいいから速やかなる決着を望む。でないと録画の予定がぱっぱらぱあ。しかもF1が控えし今深夜。

頼む!

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Q10 その3(4話まで)

 悩むのが商売の世代のお話しだし感覚(年齢)的に見づらいとこは早送りで見てしまったりしているので、そういう中途半端な視聴者でありええ歳こいたおっさんがああだこうだ述べるのは痛い事だとドラマの感想書くのは控えようと思っていたけれど。

存外取り様によっては思慮深いお話しではあるかな。高校辺りは入試を経てのふるいがかけられた似たり寄ったりの連中が集う場所ではあるが、それでもそれぞれ分岐点が異なる訳で。

そういうとこが描かれているのだろうけれど、必ずしも周りの環境やらなんやらで自分の思い通りにいっていない悶々とした部分が影として覆いかぶさってるとこがマジっぽく映る。そういった中に別個の生命体?が紛れ込むことによって別な視点が見えてくるという描き方はパターンとしては熱血教師現るというのを多く観たけれどロボット?というのは目新しくもあるかな。

解決するのではなく目が覚めるというか気づくというか。

まあ社会に出ればロボットでなく人間として登録されてはいるけれども別個の生命体としか思えない人にはいくらでも遭遇するところではあるけれど。

社会に出る前にそういう異物と接する機会が与えられたとも読めるのであるがそれはいいことなのかどうなのかというのもテーマのひとつになっているのかな。

それにしても前回の「お金を捨ててください」というフレーズにしても今回の涙を止める手段にしても結構深く刺してるよなあ。真理と呼ぶにはいかないのだろうけどそういうやあそうだよなと思えてしまう。道理を思い起こさせるというかなんというか。そういう嗤われかねないことを平然とできるのは最早ロボットだけという警告でもあるのかしらむ。

それぞれの登場人物の背景も描かれていて幅の広い感じがしてくる。当事者達の世界だけじゃなくそれをとりまく大人をもということで。存外スケールがでかいよな。

で、展開としてはこのQ10の製作者って月子(福田さん)じゃないのかと何の根拠もない世迷言がふと湧いてしまいました。ま多分そんなことは無いだろうけど。何者で何する人ぞなんでしょうね月子は。

明らかに人間ではなかろうと思われる異物を同級生として受け入れる素直さにざらつきを感じるところであるがそれを飲み込みさえすれば真摯な作りのドラマなのかと映らなくもないところである。もっと真面目に観た方がよさそうだけどそのためにはロボットの存在(話し方とか)に馴れないとだけど、ちと自分にはきついな。

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もやしもん その10

 ミス農大のイベント。副賞というかご褒美が意気だなあ。無粋だろうけど意気を感じてなんかいいよなあ。

「優勝者の望みを学生達が全力で叶える」というフレーズがかなり若者らしくていいなあ。(究極の王様ゲームという比喩はいただけないとこだけど)

優勝者に選ばれるまでの道のりはお馬鹿の限りで一体何を見てる(審査してる)んだろと思えるけれどなにはともあれ面白かった。

で、勝者のその望みは長谷川先輩を連れ戻したいというもの。それを会場で伝え満場の拍手を勝ち得るの図。

まさか学生総がかりで奪取しにいく壮大な展開になるんじゃないだろうな。てっきりゼミの連中の旅行費をカンパするくらいだろうと思っていたのにあの拍手の勢いはそんなもんじゃない雰囲気だったぞよ。

どうやって連れ戻してくるんだろ。次回が愉しみだな。

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長い延長だったなあ

接戦というより拙戦哉。

犠打が悉く無打になりたる様にかく映りたり。それでも何某かを見つけてきて褒めそやす解説陣の思考回路はこれがスポーツマン的切り替えの早さかと感心しきり。ぐちぐちと失敗を引きずらないんだろうかな。アナウンサーさんが盛り上げんと奮闘するのは責務でもあろうからあれだろうけど。

にしたって随分時間がずれ込みたるものよな。後の番組のいづれか放送取りやめになるのかなと思ったら全部放送するらしい。それはそれで凄い。

後の番組がどのくらいずれるのか気になっていつ終わるのかと見て(待って)いたのだけれど、さすがにいくらお目当てであっても3時頃じゃ降参ですのでご無礼してもう寝ます。

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*「どへた」と「どべた」の違い

「どへた」・「どへたくそ」・「どっへえ」・「どへ」

「どべた」・「どべたくそ」・「どんべた」・「どんべえ」

どれも遠州弁において「凄く下手」と言っているのであるが、それぞれニュアンスは異なるものである。

ここではとりあえず「どへた」と「どべた」の違いを考えてみる。

とりあえずはイントネーションが異なる。

「どへた」は最後の「た」を、「どべた」は最初の「ど」を強く言う。

したがって「どべた」には「とても・大層」という事に重きがいってる風に聞こえる。

次に「あいつどへただにい」と「あいつどべただにい」という文章だと

「あいつどへただにい」(あいつはホントへたくそなんだよ)

え~知らないの?という情報提供っぽいニュアンスになる。

「あいつどべただにい」(あいつ本当にへたくそなんだぞ)

悪いこと言わないからやめときなといった忠告という趣で使われる事が多い。

まあ相当誇張した訳ではあるがニュアンス的にはこういう違いがあろうかと。

したがって

「え~あいつどへただらあ。いいだけ?任いてえ。」

  (え~あいつ凄いへたくそだろう。いいのかい?任してなんか。)

「え~あいつどべただらあ。いいだけ?任いてえ。」

  (え~あいつのへたくそは相当だぞ。任したらどうなるか分からんぞ。)

このように「どへた」だと任すのに賛成できかねるという勢いになり「どべた」だと結果が散々になるよといった勢いの違いが生じてくる。

まあ個人的な感覚だろうと言われても弾き返せる根拠はないのであるがこういう勢いの違いはなにがしかあろうて。でないと「へ」と「べ」が共に存在している筈は無く全く同じ意味合いであるのならどっちかに統一されてしかるべきであろうから。

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