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*けっこ

「けっこい」(綺麗)「けっこいお人形さんだね」

「けっこく」(綺麗にと)「けっこくしとかんと駄目だにい」

「けっこく」(綺麗に)「けっこくしときなよ」

「けっこに」(綺麗に)「けっこにしてるじゃん」

「けっこか(ない)」(綺麗じゃ・では)「か」は「くは」の短縮形なのだろうか。

「けっこで」(綺麗で)「それでいいじゃん。けっこでいいじゃん」

「けっこ」とは結構の詰まった言い方という説があるらしいのだが本当に「結構」の変なのか?どうも胡散臭いな。

訳すと「綺麗」・「整ってる」とかいう事になる事がほとんどで「結構」と訳すとややこしくなる気がする。

辞書を引くと

「結構」{副詞}完全ではないが、一応満足出来る様子。「けっこう(=かなり)おいしい」。「けっこう(=なんとか)役に立つ」。とあるのが一番近いか。

そうれにあてはめると確かに人の容姿とかに対して「けっこい」を使うのはおかしいことであるという理屈とは折り合いがつくよな。一応満足できるということなんだから「そこそこ」というニュアンスで手放しの賛美ではないのだから。

「けっこ」=「結構」であるとすれば綺麗は美という意味ではないことだけは確かなようだ。従って「あの子けっこい」というのは賛辞ではなく誤った使い方ということになる。

「お客さん来るでけっこくしときなよ」という使い方は間違ってはいないということになる。

でも実際は「けっこいお人形さん」というように必ずしも「そこそこ美しい」という訳にならない使い方もされている訳で。

「けっこ」=「結構」は納得する部分もあれば?と感じる部分もありということで決め手に欠けるけど。どうなんでしょうね。

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SPEC・警視庁公安部公安第五課未詳事件特別対策係事件簿 その1

 って、なげえよタイトルが。異常に。って物語も異常だけど。名は体を表すってか。

ぶっとび連中の明るく楽しい謎解きショーなのかなと思ったけど、存外闇というか未知の世界が描かれていて。まるでサイボーグというかミュータント同士の丁々発止みたい。

最後の方なんか幾分脳の奥がイガイガするような感覚に陥るぞなもし。

「おつかれやま」とか「高島アナはフジテレビ」とか相棒募集してるらしき人がお茶飲んでたり時効警察が歓談してたり矢部警部補もおった。熱海の捜査官も早くもカヴァーしてたがね。

しょっぱなの撃ち合いシーンの埠頭ってジョーカーの最終回で見たっぽい。CBCを背景にめちゃんこ名古屋押し一辺倒のらうめん屋。店主おつりは100円サバ読むしホントせこくてまいってまうでかんわ。キッコーナンの箱に白板にUFOの矢追さん。Mrブレインやハンチョウに新参者の姿は確認できなかった。

ってな具合で前半相当ギャグてんこ盛りアワーだったのに

後半は常識の範囲を超えた世界であわわでしたな。

まあとにかく面白かった。さすが堤ワールドってか。

でもいつも最初の1・2話と最終回だけの演出で殆どの回の演出は他の方というパターンがお決まりな印象があるだけに今後も安定して面白いかというとその補償はないんだよなあ。このドラマはどうなんざんしょ。

でもキャラ設定とそれをきっちりこなしてる戸田さんと加瀬さん。それに竜さんを愛でるだけでも面白そうなので役を手中に収めていれば演出家さんが変わってもキャラの行動や表現が不変であればこれは当たりかも。そう思わせる観ていたいキャラ群だよな。

でもなんで心臓発作なのに首を掻きむしって悶え苦しんでたんだろ。

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*遠州では使われないことば くそ

先に「くそ」が付く言い方で「くそたあけ」とか「くそ生意気」とかいう場合での「非常に」という意味使いの「くそ」は遠州弁では皆無ではないがあまり使われない傾向にある。

では代わりに何が使われているのかというと「ばか」であろうか。

「ばかっつら」・「ばか生意気」といった具合に。こういった際「ど」や「がんこ」・「えらい」は使わず「ばか」が多く使われる傾向にある。さすがに「くそったれ」を「ばかったれ」という使い方をするかは微妙だが。

皆無ではないと書いたが、全てが「くそ」→「ばか」となる訳ではないという事と、その他にあまり貶めるような場合に使われないということでもあって

「くそ度胸」とか「くそ頭いい」・「くそ細かい」・「くそまじめ」

といった褒めてはいないが遺憾ながら認めざるを得ないという場合には使われるからである。この場合には「ばか」・「ど」・「えらい」・がんこ」に置き換えることはしている。

ちなみに「まじめ」を例にして比較すると遠州では

「がんこまじめ」は褒め言葉である。

「えらいまじめ」は融通の利かないとかの弊害はあるがそれでも一応認めているという褒め言葉である。

「どまじめ」・「ばかまじめ」は自分には真似できないという領域に達してるといった尊敬の念すら感じる賛美である。

「くそまじめ」は程度を越えてるということで辟易一歩手前で褒めてはいない言葉である。

後につく「くそ」の場合

「やけくそ」・「へたくそ」・「胸くそ」とかいう言い方は上記の限りではない。

「やけばか」とか「へたばか」・「むなばか」などとは言わない。「くそ」は「くそ」である。

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*わるいやあ

「申し訳ない」と言っている。共通語だと「お手数かけます」・「ご親切にどうも」とかになるであろうや。

遠州弁においての主な用途は謝意であるが感謝という意味合いで使う事もある。つまり「ありがとう」の代わりに使う事もあるという事。

遠慮するというような場合には「わるいらあ」・「わるいでえ」とかが使われる。あくまで遠慮であってお断りではない。

お断りの場合には「わるいで」・「わるいに」・「わるいって」などがあり。

拒否の場合は「いいって」・「いいに」・「いらん」など。

例文

「荷物一杯で大変だらあ。ちっと持ってやるでよこしゃあ。」

  (荷物一杯で大変だろう。少し持ってあげるからよこしなよ。)

「わるいやあ。頼めるかいねえ。」

「いいよをそれくらいぃ。大したこんじゃないだで。」

「いやあホントあんたありがとね。助かるやあ。」

「ありがとう」とは当然異なるのだが使いどころは同じであることが多い。

例えば物を落とす。拾うのを手伝ってくれた人に対して

「わるいやあ」というのと「ありがとね」というのとではそのニュアンスが異なる。

どちらが腰が低く受け取られるかというと「わるいやあ」の方であろう。

較べた場合「ありがとね」の方が腰が高く感じられる。

脱線するが、以前なんかで、コンビニの店員がお客に「ありがとう」と言われてキレたというのを読んだのであるが、その理由は腰高という印象を受けての「何様だ?」という感情が湧いたということなのであろうか。

「わるいね」とすれば「ありがとう」と同じように上から目線になりえるのでそういう感覚に陥りそうな相手に対しては注意が必要ではあろうか。

もっともコンビニのレジで「わるいやあ」なんて一万円出して恐縮する時以外に発することはないから「ありがとう」に置き換えて「わるいやあ」を使えば丸く収まる訳ではないが。そうなると返す言葉に適当なものが思い浮かばないな。「どうも」くらいか。無言が無難なのかな。

いずれにせよ、「謝意」と「感謝」の違いが「わるいやあ」と「ありがとう」の違いということであろうが今は「ありがとう」の分が悪い世の中のようだ。

なにかあると「土下座しろ」みたいな屈服に近い「謝意」を要求する社会において「感謝」では充足しない受け入れられない溜飲が下がらないというのはなんだかなあではある。

遠州弁では「ホントあんたありがとね」とかのように他の言葉をまぶしてそういった腰高感を和らげて使われている。共通語だと「ありがとうございます」とか言わなくちゃいけないのかな。不便だしそもそもなんでそんな丁寧にしなくちゃいけないんだという疑問が湧くわな。

まあそんな大それた事はこれくらいにして「わるいやあ」。基本若造世代は使わない社会人以上の部類の世代言葉に属する。

「わるいやあ」を連発すると「卑屈」とも受け取られかねないところで連呼は芳しくはないのだが「わるいのっ」とか「わるいね」だと本気で悪いと思ってないだろと思われたりもする儀礼的な印象を受ける場合もあり「わるいやあ」が使い勝手はいい。

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*「おとっさ」と「おっとさ」の違い

「おとっさ」と「おっとさ」。これに違いはあるのかという話し。実際のところその違いはほぼ存在しないと思われるのであるがとにかく捻り出してみる。あくまで遠州弁における普段使いの感覚からくる私見であるのでこの説明が正しいという根拠はない。

「おとっさなにやってるだあ」はニュアンスで訳すと「あのなあなにやってんだよ」といった同格に近いものを感じる。

「おっとさなにやってるだあ」だと「おいおい全くしょうがねえなあ」といったニュアンスで年長だけぞツッコむぞといった勢いを感じるところである。

つまりボケたか?という意味合いで使われるのが「おとっさ」で

しっかりしてくれよボケるにはまだ早いぞという意味合いで使われるのが「おっとさ」であろうかと。

いずれにせよ悪意のある言い回しでは無いことは共通しており、オヤジ」という表現よりも信愛の念を印象させるものである。

例文

「あれ?こんなとこに木なんか植わっとったっけ?」

  (おや?こんなところに木なんか植えてあったっけ?)

「こないだ浜北のおとっさ来て植えてった。」

  (この間浜北のオヤジが来て植えていった。)

「なんでえ、売れ残りの処分けえ。」

  (どうしたんだろ。売れ残りの処分とかなのか?)

「知らんよを。はあだいぶおっとさ化してるであの人のやるこたあよを分からん。」

  (知らないよ。もう大分おじいさ化してきてるからやる事が理解できない。)

「う~ひどうことゆうやあ。自分の兄弟だって遠慮無さすぎだらあ。」

「事実だでいいだよ。」

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世にも奇妙な物語20周年スペシャル・秋 人気作家共演編

 皆無とまでは言えないが、バラエティを見る風習のない自分としてはいつも季節の変わり目のテレビは見るものがなくて往生こきまくり。

近年特にバラエティの特番でお茶濁す傾向が顕著だよなあとぞおもひけりな。ある意味おちゃらけばかりで。これってそれだけ難しい事考えずに笑い飛ばして憂さ晴らしたいストレス人間が増殖してるからなのであろうか。

大枚はたいて大きな企画で勝負出来ないご時世なのかもしれないがこういう時こそ唸らせる渾身の一撃を観たいものだ。

そう鬱憤が溜まってるところでのこの番組。タイトルがやたらと長いのでいちいち書かないが

いやあ、とにかく佳かった満喫したあ。満足じゃ。

ひたすらに浪漫と諭しがあって見応えあったな。

「厭な扉」

 中途で種は予想できたけど、だからといってなあんだという余韻になる訳ではなく。むしろそうなるべきかもと思えてきて納得して結末?を確認出来てすっきりした後味だったなあ。言葉の綾なんだろうけど絶対的な幸福は存在しないが永遠の幸福は存在するという応え合わせはなるほどなだよなあ。もっとも幸福ってなにをもって幸福と為すかの応えにはなってはいないけど。他人から見れば成功者だけど当人にしてみればアホ臭い不毛の時間のループとも受け取れる。

この人は幸せか?と問うたらそうは思えないよなあと。まわり続ける様は地獄でもあるよな。大分余韻が深いな。羨望を受けるなんてのは所詮霞を喰う様な味気ないものなんだろうかな。

江口さんには重き荷を背負いてもなお歩まんとする様が抜群に画になるよなあホント。ループの表現の仕方は映像ならではで、あれを文字で表わすとしたら苦労するだろうなと思えた。映像でこそ映える物語とぞおもひけり。

「はじめの一歩」

 甘ちゃんの私としてはこれが一番お気に入りかも。神頼みしていたのは実はという意外なオチというのもきちんとあってしかも屁理屈抜きでこれほど完璧なハッピーエンドなのに嫌味がないとこが心地いいよなあ。

神様は人の運命の命令者というか決定者ではなく人の背中を押す存在であるというのも好感が持てる。いづれにせよああいう状況(神様現る)になってもその状況を受け入れられる日本人の精神が心地いい。

まあとにかく男はぐずぐず言わんと単純即応が一番ということだよな。

田中麗奈さんが珍しく可愛く且つ逞しく映った。神様二人も凄く好き。

「栞の恋」

 ドラマを観てるというよりもとてもファンタジーな短編小説を読んでる気分になった。ジュリ~ならぬサリーという中で岸部さんが時を遡って呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃ~んという辺りでは、これってコメディ?って一瞬思ってしまいました。

でも、思い込みの恋が宝石に化ける様は恋愛感情が幻滅で終わるのではなく尊敬へと昇華していって清々しかったな。

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*どくしょんばい

大層しょっぱいと言っているのであろう。ニュアンスとしては「どぎつくしょっぱい」の方が近いのかな。

最近発生した遠州弁なんだろうかな。自分は使ったことないのであくまでそう聞こえるということで。個人的には決して好きな言葉ではない。

おそらくは「とても」という意味合いの「ど」に「くそ」を足し増ししてしょっぱさをより強調した言い回しなんだろうな「どくしょんばい」というのは。これがそのまんまの「毒」であったら洒落にならないところである。他所の衆らにはそう聞こえるかもしれない言い回しであろうから使いどころには注意が必要だろうな。お店内で発したりなんかしたら営業妨害と訴えられかねんわな。

遠州弁ではこういう合わせ技は確かによく使われたりもする。普通は「ばか」・「ど」・「えらい」・「がんこ」の四種類の組み合わせであるのだが「どく」が「ど」+「くそ」であるとするならばこれは特異な組み合わせではある。

「ばかえらくしょんばい」・「がんこどしょんばい」・「ばかどしょんばい」といった具合に。基本遠州人は「くそ」は使わない種族だと思っていたから最近の若い衆はそういう垣根を取っ払ってきているのかもしれない。

別の考えで「どすごく」→「どっくう」→「どく」と変化してきたのやもという考え方もあるけれど、これとて結の「どく」=「毒」に聞こえそうであることには変わりなくぞんざいというよりも汚い感じを受ける。

例文については自分は使わないし第一悪意を感じさえする勢いであり好きくない表現なので略します。

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さくさく

辞書には「さくさく」(嘖嘖)口ぐちに言いはやす様子。「好評嘖嘖」。悪評嘖嘖は誤り。とある。

今使われてる「さくさく」はカタカナでの「サクサク」でその意味するところは障害もなく軽快に進行する様を指すみたいな感じであって「嘖々」とは全くの別物に感じられる。

ネットの辞書だと「嘖々」の他に「索索」・「さくさく」とかあったけどひらがなの「さくさく」がカタカナの「サクサク」に近いよな感じがする。

「さくさく」{副詞}①野菜を切る時などの軽い感じの音を表わす語。②雪や霜を踏んで歩く音を表わす語。③省略。④水を注ぎ入れる音を表わす語。⑤はっきりものを言う様。とある。

①の意味に「サクサク」が近いけど「うるさい上司がいないから仕事がサクサクはかどる」という使い方がはまるとは言い切れない。

ところで昭和の辞書には「嘖々」しか載っていなかったけれど今使われてる「サクサク」って新語ということなのだろうか。私昭和の生まれですけど小さい頃から「サクサク」使ってたような気がする。いくらなんでも方言ってことはないだろうな。

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*かつぶし

「鰹節」(かつおぶし)の事。

単純に「お」が抜けた言い回しであり、この言い方が遠州独特という訳でもなかろうがまあとにかく遠州でもそう言うよという事で記載。

他は特に説明する事もない。意味的に特別な地域性がある訳でもない。

焼津はかつぶしの生産地として全国的に有名であるがあそこはしぞおか(駿河)であって遠州ではないのでかつぶし本体の講釈とかも特にないというか知識がない。

余分な事としては、鰹節を削る道具を「かつぶし削り」と呼称してたが、かつぶしは「かく」ものであって「けずる」ものではなかった。この「かつぶしかく」という言い方は広範囲ではあるが全国的ではないらしい。この際の「かく」を漢字にするとどうなるか。「掻く」と書くのかは不明。

例文

「味どう?薄かったら醤油かなんかかけてやあ。」

  (味はどう?薄い様だったら醤油かなにかかけて頂戴。)

「かつぶしないけ?」

  (鰹節はないかな。)

「じゃ今ちゃっとかいてこすで待ってて。」

  (じゃあ今直ぐ削ってくるから待ってて。)

「今からかくならいいや。食い終わっちゃうで。」

  (今から削り始めるんなら食べ終わっちゃうからいいや。)

「きぜわしない食い方するもんでじゃん。ゆっくり味わいない。そうすりゃ間に合うにい。」

  (慌てるような食べ方するからでしょ。ゆっくり味わって食べなさいよ。そうすれば間に合うんだから。)

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とある

「とある東北から 書いてます」ってフレーズなんか変だぞ。でもなんか味わい深いぞ。

なんでだろ。それは「東北」って処は一個しかないからだろうか。とあるもなにも「東北」ってあそこしかないだろ。他にあるのか?と。

「東北のとある処から 書いてます」だろうな違和感ないのは。それとも「とある東北の地から 書いてます」か。

でもあれだよな「詩的」と読めばなんか味わいがないこともないよな。訳せとか他の言葉に置き換えろと言われるとはたと困るけど。

イメージとしては旅の途中というよりも根無し草が今東北にいるみたいな。でもこことて安住の地ではないみたいな空気が異質な(馴染まない)という感じが湧いてくるな。

辞書引くと

「とある」(連体詞){ちょうど差しかかった}ある。「とある店に・とある街角」。と、ある。

やっぱいくつかある中でのひとつということなんだろうな。でも目的にむかう途中って感じで一過性を強く感じたりもするな。

だから「とある東北」ってフレーズに旅情を感じるのかしらむ。考え過ぎか。でもこれが「とある沖縄」だったら旅情はあまり感じないからあら不思議。東北を故郷としない日本人にとって「とある」と「東北」って共にどことなく「旅愁」を感じて相性いいのかな。

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もやしもん その5(第5・6話)

 お題が発酵ものなだけに頭の中まで発酵してる連中のようだどいつもこいつも。つうか膿んでる気味だぞ。

でもそれがなんか馴れると微妙な快感になるから不思議だよな。お初で見るとなんだこれ?って必ず思えてくるんだけど何故か見直したくなって再度観るとこれがなんかはまる勢いになるんだよなあ。

今回のテーマの惚れ薬による騒動は特にきもい展開で、効果抜群でレズあり~のSMあり~のおかまあり~ので正に掟もへったくれもない無差別な惚れ具合で支離滅裂。一部薬とは関係のないものもあったけどとにかくアブノーマルのオンパレードでこいつら絶対脳みそ発酵してるぞと。一体全体何の菌に醸されてんだろう。

それでも確かに膿んではいるけど倦んでいる訳じゃないから活力を感じるのかな。若気の至りならぬ馬鹿気の至れり尽くせりの様もその源はありあまるパワーからの脱線という勢いに映る。これは自分にはもう失せたパワーだから羨ましいのかしらむ。それか惚れるのではなく自己解放の様という勢いが束縛だらけなだけに羨ましかったのか。

前のUFOもどきと同じで惚れ薬も存在するのみで一体どういうからくりなのかといった種明かしをされない放置プレーに多分なるんだろうけどどれも教授(黒沢さん)の所有物という事を考えると空恐ろしい人だよな。この人だったら世界征服も夢じゃないのかもと思えてきてならない。悪の道に走らなくてなによりなもんだ。

それにしても性転換?する前と後のギャップが凄いなあ。メルヘンを通り越して怪談のレベルだよな。思わず失神してしまう直保(中村さん)の気持ちが痛いほど分かった。

一体この面子で最後何を為すというのだろう。

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*遠州では使われない言葉 せや・ほや・そうや・~や

名古屋や岐阜ではごくごく普通かつ頻繁に文章の頭(「や」は語尾に)付く「せや・ほや・そうや・~や」。

遠州では付かない。

「せや。ほうなってまうでかんだわ。」

  (そうだよ。そうなってしまうから駄目なんですわ。)

とでも訳せばいいのだろうか。遠州弁だと

「だよを。だもんでかんだあ。」

とかになろうか。

単純に使わないということもあるが、傾向として「う音便」を多用してる東海に対して遠州弁は「う音便」を多用しないという違いがあり、「う音便」と「や」の組み合わせは相性がいいが「長音化」を多用する遠州弁では「やあ」との相性の方が合うところであり「や」との相性はあまりよくないという部分もあろうかと。

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