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根性なしが何書いても説得力ないけど

たおやかに・しなやかに・飄々と。

いずれも武骨の逆を往くような様であるけれど。

どの言葉にもすべて根というか芯の部分に譲れないものの存在が感じられる。

かわし・さばくものであって

決して流されるものではない強さを有していてこそのしなやかであり武骨であろうと。

朝のトップニュースは久方振りに見たくもないものが繰り返し流れていた。

その様は飄々と書くより漂々。それとも恐々か。

今後は「粛々」という言葉の意味使いを変えるよう通達でも出されるのかな。

「粛々」(縮々とも書く)まあまあ・なあなあ・その場しのぎ・外圧の前に規範なし。みたいな?

ついでに

「毅然」蹂躙されても粛々と相手の威嚇に従う事。みたいな?

しなやかにとは似ても似つかぬ根こそぎ流されたみたいに映るけど

日本という国には譲れないものなんて無いのだろうか。

それを剛毅と呼ぶには無理があるよな。

圧に屈したのだとしたら単なる根無し草にしか過ぎず

所詮大輪を咲かせる花には成りえないんだろうな。

経済大国なんぞと自称してる国がかような体たらくな有り様してたら

同じように彼の国と領土問題で対峙してる国々に失望感を抱かせることになるんだろうな。

でもまあ日常茶飯事な店とクレーマーとの関係をバージョンアップしたお国版ととれば今度の対応はこの国らしくはあるか。

それと同じ感覚を感じるものな。言わなきゃ損な言ったもん勝ち圧力かけたもん勝ちということで。客はあの手この手があるけれど店としては手持ちのカードが銭しかないのかしらん。似てるよな。対抗するには「毅然」しかないようだけど。

ホント「毅然」ってなんなんでしょうね。もちろん国民の総意あってのものでしょうけど。

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ニフティの不通が晴れた

溜まるぅ溜まるよ未読が溜まる。

相も変わらずメールもマイニフティにも入れない。

重要なメールなんざない筈だからメールはいいとして問題はクリップしてるブログ記事だよな。あまりに溜まると嫌気がさすぞえ。

さすがにこりゃアクション起こさないと拙いよなと思っていたら。

夜になって復帰した。

19日から25日の今日までの不通が晴れた。

まずは素直に一安心。

さあ未読分今から読むぞ。って一日分しか設定してないや。一時的に直すのも面倒だなあ。まあやるっきゃないか。

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おすそわけ

漢字にすると「御裾分け」となる「おすそわけ」

辞書を繰っていたらネットの辞書に「お福分け」ともいうとあった。

「おすそわけ」は「お」がつく丁寧語であるが目上の人に使うには適当ではないのであるが、「おふくわけ」なら失礼に当たらないので万人に使えるのだそうな。

そういう事以前に「おふくわけ」の語感が心地よいな。

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*くっそお

意味に方言性は皆無だが

イントネーションが独特であるところに方言性があろうかと。

多少地域性を捻り出せるとしたら、共通語では「くそっ」というよりも「今畜生」的な無念さが増すものであるが遠州弁でこの表現の場合は「くそっ」というよりも弱まった勢いになりどちらかというと「あ~あ」という諦めてる要素が強くなるという点に地域性が無きにしも非ずか。

例文

「聞いた?大雨で交通機関止まっちゃったもんできんのうばか空(す)きだっただってイベント会場。」

「くっそお、おとつい行かんときんのう行きゃあよかった。」

「日頃の行い悪いもんでえ。それかおめえの怨念が雨降らいたか。」

「随分なことゆってくれるじゃん。だあだあに混んでただでそりゃ愚痴のひとつも出るらあ。だけん、そこまで呪っちゃいんにい。」

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チャンス その3(第5話)

 馬絡みなだけにウマ過ぎる話しってか。

「菊花賞」とはこれまた剛毅で大層な展開だこと。

次はあらま記念ってか。あらまホントに出来過ぎだよな。

でも、そういう競馬のトントン拍子から離れての人間模様については

「折れない心」

というフレーズとその真意はいい事言うなあと。

最近はほんの些細な事にでも神経が摩耗(知覚過敏)してる自分がいて、そのびびり魔な精神状態から脱却するにはどうしたらよかんべえと思っていて、んで、人間無神経かお馬鹿なくらいの方が障害におののかずに明日に絶望することなく前に進めていけて人として上質なんじゃないかと考え始めていたところでの

「折れない心」

「あ!なるほど」と。

失敗や横やりはどこにでもあるもので。そこで折れたらおしまいよというのは確かになあ。

でも湧いて出てくる不安や後悔をどう処理すればいいのかは示してないという結構ないけずだったなあ。

それとも窮地の時こそ攻めに転じよといった風の解釈がその提示だったのかなあ。確かに守勢にまわるから粗漏が気になる訳だけど攻めてる限りじゃ大抵の事は意識飛ぶくらいアドレナリン出まくりで細かい事気にしてないものな。

でもなあ戦国武将じゃあるまいし。敗戦は即自害という世界では現代はなく苦悩は続くよどこまでもな訳だし、ちょっと昔のように駄目なら田舎帰って田んぼ耕すだがやみたいな逃げ場がある訳でもない。攻めてばかりなんてありえないよなあ。攻守の切り替えだって必要だよなあ。

士気高揚という事では見事なセカンドチャンスへの応援を示してるドラマだけど心の救済という事では主人公の精神力は特異であって凡人が立ち直れるための術(具体的な心の持ちよう)を示すドラマではなさそうだな。

全6話なんだから一点に絞らざるを得ないんだろうけど。そんなことまでドラマから教わろうとするなと言われてしまえばもちろんそれまでですけどね。でも、嫌な事を忘れさせてくれるものか勇気をくれるドラマが力のあるドラマであるとしたらそのどちらにもこのチャンスは当てはまらない気がしないでもない。

でもそういう要素が匂ってくるだけにもっとじっくり回を重ねて描けばそういった力が宿ったかもしれないなとふと思ったもので。

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とてもとても 2010・7~9月

 結構数は観てたな。見るものがないという空白の曜日は土曜日だけだったか。他はなにがしかで楽しんでた次第。されど愉しんだとなると数は少なくそこそこの期間という印象は拭えないところでした。そうなると見たら必ずなにかしら感想書くとなると不満な部分も感じてる訳で、だからといってぶ~垂れる内容じゃクレーマーと同じなので初心に戻って面白かった回だけ感想書くことに途中で変えてました。

*天使のわけまえ

観月さんと大滝さんを愛でるが悦のドラマだったな。筋道は最後尻すぼみな感じがして爽快な後味という感じではなかったけど、交通整理に勤しんでた辺りでの料理がうまそうな感じと不幸のずんどこなのに悲壮感が漂わない姿がよかったな。

後半はお洒落こいた料理群に進化したのか怠惰したのかは定かではあらねど左程うまそうな意識は湧いてこなかった。それはおいしそうに食べてるシーンがなかったからであってどかちんのお兄さん達がうまそうに食べてたからこそうまそうに映ったんだろうなとも思い直せる。

一番のヤマ場はおじいちゃんを囲んでの料理に手も付けず家族喧嘩してた辺りだろうかな。これぞ家族喧嘩の見本手本というべき勢いで心地よかったな。もっともドラマ本来のヤマ場では決してなかっただろうけど。

*崖っぷちのエリー

番組宣伝としてリアルな金持ちへのサクセスストーリーという事を謳ってたような気がするんですがそれよりも人情物というか出逢いのほっこりさをもっと強く謳えばよかったんじゃないのかと最終回近辺を観てるとそう思えてきました。人との出遭いが財産であり、あったかい人の温もりを愉しむドラマだったんじゃないのかと。

一度も感想記事書かなかったけれど一応チェックという事で見てました。最終回とその前の回は観たという文字を当てられるくらい終わり方は佳かったな。

実在の人物の物語りなんでいいも悪いも言うは不遜ですので控えるところですが。

感覚としては役者力を楽しむドラマとしてはキャストばっちしで見応えありましたが、終わってみたらいいドラマだったと思えるというのは損した部分が大きいなあと。

*逃亡弁護士

ジョーカーと合わせ技で「法」は万全じゃない事を謳っていたとも勘繰れる印象でした。片や施設監獄こなた事実を訪ねて3千里。

当初は逃げるというハンディを背負いつつ弱者を救済するというもので、同じ立場になってみなければ分からない弱者に出遭うということなのかなという部分が強く感じられたのですが、終わってみれば自力で無罪を勝ち取るというお話しでありました。

お終い(逮捕されてからの展開が)がサクサクだった事を思うともう少しはなから自分の無実の追求の手を早めておけばあそこまで駆け足にはならなかったんじゃないのかなとも思えるところでした。

*ホタルノヒカリ2

単純に次は3を観たいなと。どこかしら成長というか変化してく様が存在してるからどこぞのような印籠出してよしというワンパターンな繰り返しではないから3であってもマンネリにはならないだろうな。次は育児に奮闘する干物女の運命や如何にってか。自分の時間が一番とれない危機をどう潜り抜けるのか。

*GOLD

順風満帆なところよりスタートして上手の口から水が漏れ落ちついには朽ちんとせんが図を描きて粛々と転げ落ちてく様をば如何に愛でれといわんや。

ってな感じだったかな。(上手の手が正しいけれど悠里(天海さん)の場合はその論舌が爽やかだったので手より口の方がこの場合似合うかなと思ったので)

役者さん愛でる分には見応えあったけど、物語の方はとても久しぶりに「ブルジョア」という言葉が思い浮かんだ次第で。共鳴しづらい感が満載だったな。

*うぬぼれ刑事

肩ひじ張らず安心して観れる役者力が楽しいドラマだったな。どの役者さんがとは決めつけられないくらいそれぞれが輝いてた。いなくとも物語りは進むっていう賑やかしのお方もおらるるけれどいないと寂しいよなと確かに思える存在感が全員にあったな。つうかうぬぼれ一人で解決ってのばかりだったような。

けどそういう人たちがいてこそのうぬぼれだからというところがいいんだよなあ。

ゲストの役者さんの輝き方で面白度や色合いが違うという勢いがあったのも物珍しかったな。

ストーリー性とかいうよりも役者さんを愛でるドラマだったなあとぞおもひけり。

*熱海の捜査官

一番放送時間が待ち遠しかったドラマだったな。何度も見直したし。実際面白かった。

終わり方は当初から半分予想してたとはいえやっぱ放置プレーは趣味じゃないだけに曖昧模糊然としてたのは消化不良だったけど。というか放置プレーというよりもむしろ後(結末)はご自由にといったセルフサービスという方が適切か。Mではないしめんどくさがりな自分としてはどちらも面倒だな。

「亀速」のようなスパイは何処へという辺りならいいんだけど事件の核心が何処にという肝の部分を後はご随意にというのはちとな。

放置プレーの効能って子供が大人の世界を視てるような今は分からないけれどいつか自分も大人になれば分かるようになるんだろうなという未来を期待させる気分にさせるところだろうけど、このドラマの放置プレーは一生分からない気がする。

でも結末に至るまでのあやかしの世界にはわくわくしたなあ。(結末かどうかは怪しいけど)

意外と大きな事件でびつくりなおつくりでありんした。続編があるなら観たい。でも新しい別の事件をということで。

*GM 踊れドクター

職業が医者とかでなければもっと楽しく見れたのにという思いと、医者の推理(職務)に特化した方が見入れたのではという想いが湧くところ。

聖職と呼ばれる職種は真摯であって欲しいという古い考えが自分にはあるのでそれに引っ掛かってう~んまんだむ。

ドクター家の日本版という点で行けば余暇(生甲斐の履行と挫折からの復活)に勤しみ過ぎた感があるし。二兎を追うものは的な勢いを感じ入り候。どっちが余力かも曖昧ではあったな。

ダンスをドラマの中に如何に組み込むかという挑戦でもあっただろうけど、ミュージカル調でなくとも成立したという事では画期的だったのかな。医者が踊るという事で苦労の(無理した)後は窺え幾分不真面目なドクターと映ってしまう負の要素も感じられたけどこういう挑戦は嫌いじゃない。

役者さんは見てていやらしさは感じられなくて楽しかったな。それを観たいがゆえに毎週欠かさず見てたといっても過言ではなかろうて。東山さんにはこういうありえない人間でもいそうかもなという説得力が不思議とあったし、田部さんの愛嬌のある傍若無人振りが映えてたなあ。

つまり

医療物としては

限りなく微妙に近い医療ドラマ

ちょっと患者の命を預かるにしては軽薄に見えなくもなかったよな。

人物の快活を描いたのだとしたら

限りなく無謀に近いコメディドラマ

「夢を諦めない」ことの美学だとしてもええ歳こいてのアイドル目指すのは相手(ファン)があることですから無謀な設定だよなあ。踊りとドラマの融合としてミュージカルとかにしないで新たな手法の模索というのであればその挑戦精神は買うけれどいたいけな医者を巻き込むの図式はねえ。他の職種だったらそうは思わなかったかもしれないけど。

*ハンチョウ3

ユイカ目当てだったけど出たのは結局一話だけ回!

話しはどの回もよく出来てるとは思うけど定番は見ないのが天邪鬼の基本なので特に感想はなしということで。ってゆいか、ユイカが出てないかまず先に早送りでチェックして(なんだ今週も出ないじゃんとがっくしきて)からそれでももったいないので一応見たというようなもんなので見たうちに入らないというのが実のところ。

こういう定番を見てるとたとえつまんなくて不評であってもなにがしか模索しつつ新機軸を切り開こうと狙ってるドラマの方が性に合ってるなと実感できる。

*夏の恋は虹色に輝く

恋だの愛だのを愛でる嗜好はあまりないので肝心な部分には興味虚ろでありまして。どちらかといえばおまけというか彩(いろどり)の部分である売れない二世役者の成長記という部分に食いついたという勢いでこのドラマを観ていた次第。

なのでとんとんという拍子木が聞こえてきそうだけどそうじゃなく一を観て十を想像せよという画づらなのかなあと。傍目から見ると苦悩は瞬間で一気に駆け上がり始めた風にも映らなくもなし。膨らませて観る癖のない(頭の硬直した)人間にはかく思えなくもなし。おやじにはちと厳しい若人(わこうど)向けに特化したドラマなんだろうかな。

でも最終回は爽快かつ健やかでよかったな。

*ジョーカー 許されざる捜査官

こんなこといいな できたらいいな ってか って以前にも書いたけど

これって社会版のど○えもんなのかしらん。裏金とはいえ税金から捻り出されて運営されてるという設定なんだから箸にも棒にもかからない輩の飯代を負担してる訳だから痛快ではないわな。まだましという事では変にリアリティはあるなあ。まあリアルであればマスコミが嗅ぎつけてご注進でちょんだろうから所詮夢物語だろうけど。

「これは復讐じゃない」。じゃあ「報復」かい。遺族や被害者の立場に立ってとなると必然的にそうなるのかな。秩序を守るという上から目線な点じゃない分やるせない人からしてみれば神隠しは溜飲が下がるのかというと闇に消えるだけで戦果を発表してないから遺族には伝わらないだろうに。

でも面白く観れたドラマでありました。

 他の見てはいたけどというドラマについてはまだ終わっていないからというのとほぼぼやきしか出ないのとのいづれかなので省略とします。

とにかく一番待ち遠しかったのは熱海の捜査官だったな。終わり方があれなので善き哉という締めは言えないけどその空気感は愉しかった。

原作ものが少なくオリジナルが多めということで、どれだけぶっとんだものが見れるんだろと思ったんだけれど、確かに設定は弁護士が逃げたり犯人に惚れる刑事であったり刑事が法律の外で裁いたり医者がアイドル目指したりとそれぞれ意気込みを感じたけれど、展開は存外オーソドックスでぶっ飛び感は薄味だったなあ。

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*あおたん

内出血して青あざになっている状態を指す。

花札からきた用語ではおそらくはないので「あかたん」というものは存在しない。出血とかして赤くなったあざを「あかたん」と言う事はないのである。「あおたん」のみが存在していて他の色の「たん」は存在していない。

「あおたん」の「あお」は「青」で間違いないであろう。見えたまんまだし。

「あおたん」の「たん」が問題というか何?というところが味噌であろうが

「たんこぶ」の「たん」と同じなのであろうか。しかしながら「たんこぶ」は「こぶ」の意の俗語的表現。と辞書にあるが「たん」は辞書に載っておらず「たん」って何?というのが分からないので同じかどうか判断できない。

「痣」(あざ・し)に「たん」という読みはないだろうし。

つまり分かっていないけど使ってるということであるので、どなたか「たん」を説明できる方がおられたらご教授願いたいものである。

例文

「さっきそこでおもいきっさひっころんでど痛てえやあ。」

「どれ、みしてみい。どこぶつけたでえ。」

「ここんさあだと思うだけえが。自分じゃめえん。」

「あれえホントだあおたんできてるじゃん。」

「ほんとにけえ。医者行った方がいいかねえ。」

「これっぱかつばつけときゃ治るらあ。」

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お客様は王様かよっ

降ったりやんだり落ち着きがなく外に出歩くには面倒でなにかとおっくうな上に全く以て観たい番組が皆無でしかも祝日。

寝休日も昼に満喫し過ぎて夜はもうホントに時間の潰し方に困る次第。インターネットはここんとこダイアルアップに毛が生えたみたいな速度でストレス溜まるだけだし。原因というか理由が分からんパッパラパー状態だし。

そんなこんなで、消極的理由でクレームを取り上げた番組をただ眺めている。

いくらオブラートに包んでバラエティ色にしても自身も窓口接客の経験をしたことがあるだけに、傍観者ではいられなくなってきて嗤えるものじゃあなかったなあ。

番組では若造の不遜というよりも分別のある年代の悪意を取り上げていたけど、自分の感覚としては若造のすぐキレる手合いの方が圧倒的に多い気がするんだけどそれは気のせいなのか。実際世間知らずの若造と一見分別ありそうな年代のアホとではどっちの割合の方が多いんだろう。

ところでこれ視てて思えるのは事例に呆れるばかりで、じゃあ実際従業員として遭遇したらどうすりゃいいんだ?とかいう手ほどきを示すものじゃあないよなあ。クレームつけられるような弱みはみせるな全力を尽くせということなのだろうけど。白黒写真がカラーにならないなんていうのはそういうレベルじゃないだろうに。(まあそれをどう収めるかが問題なんだろうけど)

そういうクレームを専門に相手してる人達の姿を追っていてそれはそれは尊敬に値するところであるけれども。頭が下がりますわ。

とりあえず客としての自分はと分析すると、もしなんか嫌な事があったらもうその店には行かないし仲間との無駄話しの中でその店に関する話題とかになったら「よかあない」旨の発言をして暗に評判落とすという始末に負えないタイプだろうな。同じ業種のお店が数ある中でそこを選んだ自分の選択眼に非があるという考えだから。

でも働く側からするとあれだけ改造並みにきつく教育されて監視カメラ等でがんじがらめにされてしかも事あると一喝とかされたりしてたら逆に自分が客になった時に呪縛から解放されてというか実情を知ってる分何を言っても許されるという気分になって今度は自分の番と思っても不思議じゃないよなあとも思えてくるな。

それがあらゆる職種で行われていて誰もが店側の基本的な対応というものを知っているから客であれば存分に言ってもいいんだという考えを生む循環の下地になってるような気がしないでもない。

客にしても従業員にしても感謝の気持ちが必需でそれが欠けているからこうなるんだろうけど、じゃあ一番大切な感謝の気持ちはどこからどうやって養われて継続できていくものなのかの判り易い提示があればよかったのにな。

どのみち自分らしくとか自分を活かすとかいう事を仕事に求めるなんて夢のまた夢ということだけは確かなようだ。客であればその夢が叶ってたりなんかして。ん~微妙だなあ。

とにかく頭を下げるのは感謝の気持ちからのものであって詫びるための手段ではない社会であって欲しいよな。

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十月はなに観よか

 とりあえず必ず観るぞよといふものを挙げるとかくなりしが、これらが期待外れだとショックはでかいぞえ。

*ギルティ 悪魔と契約した女

ミステリーサスペンスと謳われてるのと登場人物の設定が新鮮なので。謎っぽい部分がどれくらい占めるのかに興味が湧くところ。単純冥界な復讐劇と恋愛の流転という流れだと厳しいかな。

*相棒 season9

前シリーズのコンビ具合がツボだったんで。腹の探り合いが失せたこのシリーズではどういう関係性というか距離感になるのかが興味が湧くな。あまり近くてツーカーだと、ん~どうでしょ。

*黄金の豚

これは役者陣の陣容がそそるから。

*医龍 team medical doragon 3

今シリーズは機械化と人力の神業とのせめぎ合いというお話しらしい。他の業種だとなにごとも行き過ぎるのはよくないという風潮のように思えるけど医療はどうなんでしょうねえという投げ掛けを謳うのであろうか。でもまあ他の業種は効率化と人件費削減が主題だけど医療はそうじゃないから較べるというのは無意味か。

加藤ちゃん(稲森さん)が帰ってくるのが楽しみだ。妖怪野口(岸部さん)が前シリーズであれだけぎゃふんとなったのにその威衰えずというのだったらあら不思議なとこだけど新たな敵つくるのとどっちがいいのかが興味湧くなあ。あまり打ち続くと私怨に映りかねないところ。

唯一残念なのは里原の登場が無い事。水川さん大河じゃ掛け持ちは無理だものな。

*秘密

ユイカが出るということで。以上。

*霊能力者 小田霧響子の嘘

実は密かに一番期待してる。「パズル」的な「遊んでるのかお前ら」みたいな空気感だったら嬉しいな。あれと同等だったらはまるなあ自分。23時の放映ってことでこの時間ならではのお行儀の悪さとかが見れるのかしらん。あったらいいな。はしたないという意味じゃないですよ微妙だけど。

 で、次に一応チェックという勢いで観るぞというもの。挫折しない限りは全話見るけどぞと。(日本語変だな)

*フリーター、家を買う

タイトルからすると無茶な事するお話しなんだろうなと。無茶に無茶を重ねてくのかそれとも一番最初にドカンと一つの大きな無茶してそれの後始末に日々追われるお話しなのか。前者で気が付いたら家買ってたみたいな意気地の物語なら興味が湧くところで後者だと悲惨を愛でるパターンに陥りそうでなんか尻込みするけど。

はてさてどういう方向なんだろ。いずれにせよ元気をくれるかどうかでしょうな。まかり間違っても勇気という名を語った消費の勧誘だったらあらまですけど。

*SPEC 警視庁公安部公安第五課未詳事件特別対策係事件簿

なんて長いタイトルなんだ。これ書くというのは気が萎えるよなあ。ホント感想書くにこんな長いタイトルいちいち書くのは腰が引けるなあ。

*獣医ドリトル

ブラックジャックの獣医版ということか。対飼い主との丁々発止が軸になるのかしらん。動物を介して命の重みとか介護の想いの覚悟とかを謳うのかな。あまり重たいとしんどいけどどうなんでしょうね。ペット飼う際のノウハウとかの伝授とかには別に興味がないのでそういうハウツウもの的付加価値重視の方向だったらん~どうでしょう?

*パーフェクトリポート

報道局という自分とこの庭(ドラマ班からすれば隣の庭かもだけど)が舞台ということで、そこでどんだけはっちゃけたお話しを盛り込むのかで判断しよう。

言葉の綾でしょうけど「はっちゃけ」と「ぶっとび」は違いますからね。もちろん「奇想」や「壮大」とも。

つまり登場人物の覇気という点を観れればいいなということで。

 他は初回見て判断。

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*「もちいく」に「もちくる」

「もちいく」・「もちくる」

「持ち」を「取り」に変換して「に」を足せば共通語になる。

「取りに行く」・「取りに来る」

「に」をい音便化して「い」にして

「もちいいく」・「もちいくる」という言い方も存在する。

ではなぜ「取り」と言わず「持ち」を使うのか。使い分けをしているからである。

「取って来る」だと単純にそこに置いてあるものを取って来るという勢いであり

「持ってくる」にはひと声かけてとか了承を得て等の手間が含まれる感じである。

従って誇張的ではあるが、使い走りという意味合いではなく役割を担うという趣になるということになるであろうか。

それと「とり」だと「盗り」・「捕り」といった拝借風に聞こえなくもないのでそういうニュアンスを嫌うという部分もあろうかと想像される。

例文

「なによを。こんなとこに物置いてえ。邪魔でしょんない。」

「まあそをゆわすとを。はあじきん隣保の衆持ち来るだでうっちゃらんでよを。」

  (そんなこと言わないで。もうすぐ隣保の人が取りに来るんだからそこに置いといて。)

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せえせえする

「清々する」

共通語では「せいせいする」であるが遠州弁の発音では「せえせえする」となる。

辞書には「清々」さっぱりとして、気持ちのいい様子。とある

「(きっぱりと)さっぱりする」と言っている訳であるが

最近あまり聞かないかなあと。言葉自体が古くなったというより「清々する」事自体がなくなって来てるとも考えられなくもないな。

もちろん「居なくなってくれたほうが清々する」とかいう悪態的表現は十分現役だろうけど。

そもそもこの言葉っていい意味使いで使われるものなのかそれとも悪態的な意味合いで使われるものなのか。

ネットの辞書には「快い」(こころよい)が類語。とある。

蛇足だが「すがすがしい」は「清々しい」と書く。

「今日は朝から晴れててせいせいする。」

なんて発したら多分突っ込まれるような気がするところであるが、辞書的にはおかしくはないような気がする。

言葉そのものは生きてるけれど使い方が最早死語というか変化してるのかも。こういう傾向は全国的なものなのだろうか。

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ちょく

「直で行く」・「直に飲む」

共通語だと「直接行く」・「じかに飲む」ということになるのかな。

遠州弁ではそれを「ちょく」と言う。なんてな。「直帰」(ちょっき)という言葉もあるくらいだから遠州弁とはいえないだろうけど。

ホントこういう言い方が遠州弁だと言い切るのは無謀極まりないし皆が皆そういう訳でもないので決めつけに近いところであるが確かに「ちょく」を多用する使い手は遠州には存在している。

例文

「アイス一気にかっくらうと頭にちょくにくるなあキーンって。」

「慌てて食うもんでえ。」

「来る来るじゃなくていきなしだもんで効くだいね。」

「それ楽しんでるだ?」

「いや別にそおゆう訳でもないだけえが。」

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入れない(ログインできない)や

9月19日気が付いたらいつのまにか「マイニフティ」に入れなくなっちゃってる。そしてそれが今も続いている。

パスワードプリーズのログイン画面でユーザー名パスワード入力しても入れない。

著しく困る事はないけど不便だな。

と思ってたけど、あららメールも開けられないや。ニフティのトップページではようこそ○○さんで新着通知は表示されてるのにこれも同様にパスワードプリーズ画面の関所が越えられず開けられないぞよ。

こりゃ不便どころじゃないな著しく困るな。

何故かココログの管理画面にだけは入れるんでこの記事書けれてるけど。このまま入れない病が進行してくとココログにも入れなくなっちゃうのかも。

そんなこんなでメール出したのに返信(反応)がないぞという不義理が生じておりますが

そういうことなんで諸々勘弁しておくんなましな。

まあ普段から不義理ではあるしそうそう重要な内容のメールのやりとりなんか普段からしてないから切実って程ではないけど。

他の個人のサイトにも一か所(今のところ)アクセス出来なくなっちゃってるけど、これが同じ原因からだとしたらニフティの諸々変更中の一時的な障害とかじゃなくてこっち(当方)の問題なのかな?

もう慣れっこになったグーグルの検索時の際の停止の頻繁度は下がったけれど相変わらず発生するし。

スピードだって買った当初はおお!早いなあと思ったけど今じゃ昔とどっこいどっこいだし。

なんか日に日にネット環境が悪化してる気がする。

一体全体どこ見れば(どれをチェックすれば)ええんじゃ?自分8月以降なんにも設定変えていないんだけどなあ。

とりあえず勝手な憶測の不安だけれどそのうちココログまで入れなくなるかもな勢いなのでもし音信不通になったという事に陥ったならばこういう事が起こっているからという言い訳をとりあえずこいときますんで何卒良しなに。

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*なるい その2

「ゆるい」とか「手応えが薄い」みたいな意味で使われている。

ところで「なるい」はいい意味で使われる言葉や否か。

「るい」という音から受ける印象でいくと「だるい」・「たるい」・「みるい」といった言い方と「なるい」とが同種だとするとあまりお褒めの言葉ではなさそうだ。

最近の言い回しであろう「きもるい」・「きしょい」とかにしてもう~んという印象を受ける。

共通語でいけば「ゆるい」・「軽い」等での「るい」は特にいいも悪いもないよな。

そもそもこの「なるい」ってなにかの短縮言葉なのかそれとも短縮ではないフルの言葉なのか。

ネットで調べると全国的に使われてる言い回しであるが地域によってその意味するところに違いがあるようだ。遠州においては意味的には「ゆるい」というもので緊張感が足りない・要らない状況を指す使い方が多く「たるい」に近いものである。余裕の塊で刺激が欲しいみたいなニュアンスも無きにしも非ずや。

そういう意味では「軟弱」の「軟」で「軟るい」とも勘繰れるところである。もちろん「気持ち悪い」を「きもるい」と短縮して言うと「肝るい」と聞こえるのでそう勘繰ってしまうのと同じようなものかもしれないので非常に胡散臭くはあるが。

古語辞典で探ると「馴れる」の古語で「馴る」(なる){自動詞}というものがあった。意味はなれる。たびたびのことでなんとも思わなくなる。習慣になる。とある。

分かりきっていて面白くないというニュアンスであるなら遠州で使われる「なるい」と共通点を見い出せるところである。

なおかつより妄想を働かせるなら「馴るし」の「し」が「い」音便化して「なるい」となったなんて奇天烈な勘繰りも湧くところである。

どのみち、明確なものがないのでこれが正しいという根拠を述べることはできなく想像で物言うしかないところである。

地域によってその意味するところが異なるので決めつけは出来ないが、遠州においての「なるい」は緊張感の抜けた弛緩というニュアンスを自己申告として使われる事が多く。役不足的な意味合いでありあまり歓迎すべきものではなさそうだ。

「ゆるいキャラ」を短縮して「ゆるキャラ」という表現が定着しているが「なるいキャラ」で「なるキャラ」となるとまったりというよりもふてくされた印象がして微妙ではあるし。

ちなみに「なるい」の反対語はいくつかあろうが「きつい」という場合がある。

例文

「煙草一本めぐんどくりょう。」

  (煙草を一本恵んでくれないかい。) 

「ええけど、わしんのライトだにい。」

「吸えりゃいいだ。」

「ほれ。」

「悪いのっ。」

・・・・・

「どうよ。いつもきついの吸ってるでこれじゃあなるいらあ。」

「さすがになるいなあ。」

「やっぱあ?」

注、全国的にこういうのか定かではないが、遠州では重い煙草だと「きつい」・軽い煙草だと「なるい」とその感じを表現する。こういう場合の「なるい」には物足りないとうニュアンスが含まれることになる。

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夏の恋は虹色に輝く 最終話

 最終の話というより彩衆の輪という勢いだったな。ゲストの役者さんの数&質が半端なくて凄いや。一流の演劇界たるはかくも華やかなりしやたる一片を具現化してたなあ。それまでのこじんまりの画が対比として功を奏しているんだろうかな。

これに大雅(松本さん)と詩織(竹内さん)との「和」が合わさって、わ・わ・わ~・わがみっつ~っ・三つわ~席巻てか。(古いな~)

娘もいるから三人の和ってのもあるなあ。わ・わ・わ・わ~か。クールファイブの歌が聞こえてきそうだな。曲はなんだろう彩回ブルースってか。(西海だろ)

とにかくエンディングは爽やかだったな。しこりなく。未来を予感させる勢いで。

こういう健やかな終わり方は好物でおます。

欲を言えばもう少し確実に足場を固めたポジションまでたどり着いてるところまで追って欲しかったけど。つまりもう一話あればね。描けたんじゃないのかと。そうすれば事務所繁栄の図まで観れたのかもというのがちと心残りなところでありしかな。晴れ姿の舞台のシーンをもっと長めにじっくり観たかったってのもあるし。

それと高慢・底打ち・上昇の描き方のバランスが均等じゃなかったような。だから底打ちから上昇へのステップが急激(演出家さんのえこひいきだけ)に思えたけどそこんとこをじっくり納得いく形で提示して欲しかったな。それとそこの上向き加減のメリハリがもう少し明白に思えたらもっと頑張れという気で観れたのになあと不遜にも思えた次第。いやさド素人の癖して誠に以てご無礼な感想こきました。勘弁しておくんない。

とにかく面白かったです。

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*でほ

「法螺」。

「嘘」とは異なるニュアンスである。「冗談」とも違うのであろうか。

自分も含めて周りの衆は使わない言葉なので正しい意味は定かではないが、言われた際におそらくそういう意味だろうと解釈した。

どこの言葉なのか定かではないがネットで調べても出てこないので遠州の固有種なのだろうか。・・・まさかね。

ちなみにうちらは「をた」・「ふかし」とかを使う。

例文(多分こういう使い方であろう)

「どうだったよを。」

  (どうだった?)

「おお、がんこ人いたにい。入りおせんで入れろ入れんでひゃあひゃあやってた。」

  (うん凄い人だかりだったよ。入りきれないものだから入れろ入れられないで揉み合ってた。)

「そんながんこに人おったあ。」

  (そんな大層に人が集まったのか。)

「がんこだよを。車道まで人ん溢れて警察まで来てたもん。」

  (凄かったよ。車道にまで人が溢れてしまって警察が来てたくらいだもの)

「まあたそんなでほこいてえ。」

  (おいおいそんな話し膨らませてえ。)

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GM 踊れドクター その10

 なんであんなに客が入るんだ?なんかそれに尽きるなあ。

最後皆善い人で終わるとこなんざ好みのエンディングなんだけど微妙な余韻が残るのは何故?

あのキャラは東山さんしか出せないものだろうし、はっちゃきな田部さんあってというのもこの回倒れてしおらしくなって改めて気づいたところでもあるし。

誰だか分からなかったくらいに見事に化けてた吉沢さんを含め役者力を愛でるには事欠かない勢いだったけど。

面白いのかそうでもないのか嗤い飛ばすには不謹慎だし真に以て不可思議なドラマでありました。詰まらなくはなかったよな。笑えはしなかったから楽しくはなかった。それでも毎週欠けることなく診ていた自分の鑑賞ポイントはなんなんでしょ。自分のツボたる「愉しい」とはなんなのかを改めて考えさせられるドラマでありましたな。

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*おらす

「居る」の丁寧な言葉。

こうだと決め付けは出来ないが、「ら」抜き言葉が基本の遠州弁において「ら」をつけると丁寧な言葉になるという傾向がある。遠州弁というよりも名古屋の言葉という趣が強いところであるが遠州でも使ってるということで。

多くは「らす」という言い方になる事が多いのであるが、「らす」ということに限定すると名古屋方面の「なにゆうとらす」のような使い方と同様かと思われがちになる言葉になるのであるが、必ずしも「らす」になる訳ではないのと「らす」という言い方と「ら」の使い方が同じものかどうかはなんともいえないところである。

「奥さん居る?」というのを「奥さんおらす?」とすれば「奥さん居なさる?」という感じになる。「奥さんおいでる?」とかいう言い方もあるしもっとくそ丁寧に言う人は「奥さんおいでられる?」・「奥さんおらるる?」とか言ったりもする。

「上司が同席すれば少しは相手の態度も違うだろう。」という文を

「偉いさんおらしゃあちったあ相手もエラそうなこたあゆわんらあ。」とすれば上司に一応敬意を抱いている感じになる。

「偉いさんおりゃあちった相手もエラそうなこたゆわんらあ。」だと上司をうまく利用しようという感じとなる。

「居る」以外での「ら」の使い方例を挙げれば

「お客さん帰らすだら」となれば共通語だと「お客さんを帰らせるのだろ」みたいなニュアンスであろうが遠州弁では「お客さんお帰りなさるんだろ?」となる。

「見られるだ?」共通語では「見ることが可能なのか」みたいな感じであろうが遠州弁では「拝見なさるのか?」というニュアンスという使い方もする。ただし「見られる」も「帰らす」も場合によっては共通語的ニュアンスと間違われやすい事は確かなので使い勝手はよくはない。

例文

「今日奥さんおらす?」

  (今日は奥さん居るの?)

「居るよ。なんで?」

  (居るけどどうかした?)

「こないだ頼まれたもん持ってかす気でいただん、めっかったらやばいよな。」

  (この間頼まれたもの持っていこうかと思ってたんだけど見つかったらまずいよね。)

「おお。日い替えてやあ。」

  (うん。日を改めてくれないか。)

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