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熱海の捜査官 その7

 いきなし流れが急になったみたいです。でも動機がさっぱりなのでホントに星崎(オダギリさん)が目星をつけた平坂(萩原さん)が犯人なのか疑わしい限りですな。

実験成果のモルモット?を見守るもしくは補助する為に、何者かから保護する目的でバスを海に沈めて彼女らを地下のシェルターみたいなところで三人を匿っているとも考えられるし、相変わらずモルモット?もしくは研究対象として囲んでるとも考えられるし。

つまり捕獲したのか保護したのかというのがどちらも可能性あるよなと。

保護だとしたら一体誰から?という謎は残るけど。

謎といえばの謎を順不同で思いつく限り書き連ねとこう、最終回で全部明かされるのか、どれくらい放置プレーとなるのか。

*星崎の携帯がいつも繋がらないというのは何故?特に第一話での旅館のご主人(岩松さん)も納得したという話すと長くなるというその理由はどういうものだったのか。ってこれは放置プレーっぽいな多分。

*市長は何を目論んでいるのか。

*新聞記者(森下さん)を飛ばした力はどこから誰が?

あの社屋でさえ十分島流しのように映ったのだがあそこ以上の左遷場所って・・・凄くね?恐いもの見たさで気になるなあ。

*東雲(三吉さん)は何故当初包帯だらけでなければいけなかったのか。というか何故一人だけ生還したのか。

*そもそもこの失踪事件は何のために起こったものなのか。偶然なのか必然なのか。この面子が揃うまでずうっとチャンスを窺ってたって事なのか?

*「2」って何?

*敵に渡すな大事なリモコン。朝出かける時に持ち出してた筈なのになんで旅館の掃除中に誤って割る事が出来たんだろう。何個かあるということか?

*四十万君モデルでのヌード写生会は一体なんだったんだ?

*怪しげな老婆が舐めていたチュッパチャプスの種類が変わったけどその意味するところは?

*蛇川方庵(小野さん)は死んだことになってると確か言ってた筈だけど。&なんでこの事件に関わっていてその後攪乱しようと消失したり化け物を装ったりと奮闘したのか。

*カセットテープの使い道は分かったけどなんでバスの後部座席の下にあったんだ?それは何時?事件当日?もっと前?

ビデオテープ(8mmビデオ)の方は何故蛇川の家から発見されたのか。

*署長(松重さん)が陶芸クラブのママ(広田さん)と取引して得た椹木に関する重要な情報とはなんだったのか。

*神宮寺(山中さん)が組長から貰っていたお金は何に対する報酬?なのか。監視か?斡旋か?

*東雲の記憶はもう戻ることはないのか。

*レミー(二階堂さん)の映画デビューというのは実現するのか。

*寮長さん(宮田さん)は黒魔術かけてまでバスが見つかりませんようにと願っていたがそれは何故?

*首都で起きてる大きな事件って何だ?

*よくこぼす為に使われてるかのような果汁200%みたいなどすダイダイ色した飲み物はなんぞや。

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*「こやせん」と「きやせん」 その2

「こやせん」と「きやせん」どちらも「来ない」と言っているのだがその違いというか使い分けをその1とは別の点から考えてみる。あくまで考えであるのでこれが正しいのかは定かではない。

講釈的なものは省いて普段使っている感覚的に違いを述べると

「こ」は自分の視点で「(あいつは)来ない」と言っている。

「き」は相手目線で「(ここに)来ない」と言っている。

「あいつこやせん」だと「あいつがここへ来ない」。極端な事を言えば「自分が待たされてる事を問題にしてる」といえる。

「あいつきやせん」だと「あいつはここへ来ない」。こちらは「あいつが来ない事を問題にしてる」といえる。

来ない事に対して怒りを覚えるとしたら「こやせん」だと次に進めないからとかいうことで腹が立ってることになり「きやせん」だと相手そのものに対して腹が立ってるという勢いに取れる。

もちろん一例一案であってこれが正しいと言い切るつもりはない。

他には

「こん」という言い方は有るが「きん」は無い。

「あいつこんじゃんなにやってるだあ」(あいつ来ないじゃないかなにやってるんだまったく)

「あいつきんじゃん云々」という言い方は無いのである。

例文

「あいつこやせんじゃん。困っちゃうやあ。」

  (あいつ来ないじゃないか。困るよなあ。)

「出たかないっつってたでこれやせんじゃなくてきやせんだらあ。」

  (出たくないって言ってたから遅れてるじゃなくて来る気がないんじゃないのか。)

「どっちみち来たら説教だ。」

  (どちらにせよ来たら説教だな。)

「だできやせんて。」

  (だから来ないって。)

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イケ麺新そば屋探偵~いいんだぜ~ その1

 関東では2009年の7月に放送されたものがしぞ~か県では2010年の9月に放送された。しかも2話連続放送。

もちろん観れないより遥かに有り難い限りで嬉しい限り。でも出来ればこの前のシリーズから余すことなく放映して欲しいよなとぞおもひけり。

で、鑑賞。どうすりゃこんなドラマの筋書きが考え付くんだろう。どこまでが台本の中のアドリブでどこまでが台本のないアドリブでどこまでが練りこんだものなのか即興的なものなのか皆目見当がつかない展開がこれまた悦だこと。

これ視たらコントというものとどう違うんだろうという疑問の解決に繋がるのかな。

少なくとも目が猟師っぽいというかなにかあれば即反応しようとアンテナを張ってる雰囲気が強いよな。とにかく動かなければ何も前に進まないという勢いは感じるな。

それは守備で捌きの妙をではなく攻撃性を愛でるということで、まったり性は微塵もないのかも。

あとは固いか柔軟性があるかの試金石という側面もあるのかな。しなやかさとかとは別物なんだろうけど。

まあとにもかくにも観れるのは嬉しい。

でもこのテイスト、どっかで味わった記憶があるなあ。なんだっけ?

おっ!てなもんやだ。そうだそうだ。

あれにもっと近づけるならもっと全部人力というか役者パワーとセットだけで表現しないとだしそういうのがもっと愉しいかも。

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*「ばか」の使いどころ

「とても愛しています」というフレーズ方言として我が遠州弁で申すなれば「馬鹿愛してる」とせん。

しぞおか県民代表?某国営放送の方言ネタのバラエティ番組でかく発表せられたり。

別に違っちゃいんとは思うが、「馬鹿」はどっちかっつったら「愛好」といった嗜好の度が過ぎたという意味での「好き」という勢いを感じるとこだもんで、愛情の表現っつうにはざらつきを感じるな。自分だったら「がんこ愛してる」・「ホント愛してる」という方を選択するかなあとなんか思っただあれ。「えらい愛してる」はちと「本気で愛してる」って訳になるで外れるもんな。

「ばか」と「がんこ」の違いってのはあると思う。

例えば「痛い」

「馬鹿痛い」だと大層もしくは大袈裟なといった誇張的印象を受け易く。

「がんこ痛い」の方が深刻度が深いマジもんな印象を受ける。

より切実に救いを求めているとしたら「がんこ痛い」の方であろう。

「ばか」がおちゃらけという表現(誇張気味表現)だというつもりはないが

「馬鹿痛いで救急車呼んで」と「がんこ痛いで救急車呼んで」とでは切実度が異なることは確かであろう。

別の視点で「ばか」の使うことのニュアンスを考えると「好き」をあてはめてみた場合

「ばかすき」は「はまってる」。

「ばかずき」ははまってるの上を行く「狂ってる」。

という風に「好き」の意味が「好意」ではなくなっている。

これから推察するに「愛してる」というにも「ばか」を付すと「愛情」という意味から外れていくような気がする。

結論を申さば、「ばか愛してる」という言い回しを否定するものではないのだが曲解される危険性が多く、本気で告白するのであれば他に言い様があるのではという事である。

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GOLD その10

 金を望むがあまり、一の矢が折れたとて選考会とやらに出るまでに才はなくともコツコツやって辿り着いた人間押しのけて実績の証明がないにも等しき二の矢が選考会に滑り込むが如き付け焼刃で馳せ参じるの図は傲慢だよなあ。

確かにオリンピックで金目指すような人間は「特別」だろうけど。

でも「金」は人それぞれでひとつしかないものじゃない。その人が目標を定め努力して最高峰に辿り着けばその人にとってそこで得るものが「金」であろうという想いが私にはあるので。

同じファンタジー(絵空事)の世界なら他人がなんの評価をしなくとも自分なりの金を得るというテーマの方がいいな。そういうのって語り尽くされて最早陳腐なのかもしれないがそれでもやっぱそっちの方がいいな。

こつこつ度ゼロに近い選ばれし勇者が世間のルール押しのけて頂上に駆け上がる展開は確かに斬新だけど残念でもありますな凡人からしたら。確実に一人選考会から弾き出されたんでしょうから。

はしょるにしてももう少し選考会に出る為に得心のいく展開(例えば予選会を何試合かこなす)とかは提示してくれればこういう想いは浮かばなかったんですけど。

勝者の論理としては正論なのかもだろうけど、凡庸の倫理としては割り込みは禁止だぞ、ルールは守れよとつい懐疑的になってしまいますな。

とまあ愚痴に近い感想を抱きつつ観ておりました。来週が最終回ということで今の状態からどう快晴に導くのかお手並み拝見という感じです。

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*日い暮れるに早くなった

共通語だと「日が暮れるのが早くなった」。

「に」=「のが」である。と。単純に言い切れる筈はなく

「持ってくに楽だら」(持っていくのに楽だろ)という場合には

「に」=「のに」という風にもなる。

このように「に」はいくつかを兼用してる訳であるが

「行くにえらい」といった場合「行くのがしんどい」と「行くのにしんどい」といった風にどっちとも取れる場合があってややこしい限りではある。

例文

「今から行くじゃ行って帰ってくるにえらいら。」

  (今から行くんじゃ往復が大変だろ。)

「なんで?こないだおんなしようなこんやってたじゃん。」

  (どうして?この間同じような事してたじゃないの。)

「こないだと違ってはあ大分日い暮れるに早くなっただもんで同じじゃねえだよ。」

  (この間とは違ってもうだいぶ日の暮れるのが早くなったものだから同じというわけにはいかないんだよ。)

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ホタルノヒカリ2 その10

 想い遣ってる空間は居心地の良い場所だ。なるほど。

でもその想い遣ってる処へと押しかけた人間がそのおこぼれを頂戴できるのかと考えるとなるほどとは言い切れないよなあ。もしも私なんかがお宅にお邪魔なんかしたらホタルにほうきを逆さにして迎えられそう。なんちゃって。そんな閉鎖的でもないか。

でもとにかく親子(家族)だからそれが伝わったんだろうかな。

それにしてもホタル(綾瀬さん)と父・盆太郎(石坂さん)はキャラがモロに被ってるよな。それ故にぶちょお(藤木さん)とホタルの組み合わせが突拍子もない訳ではないという説得力が増すところだけど。

着実にぶちょおの方が染まりつつあるな。ホタルがなにか変ったとこあるのかな。仕事より大事なものがあることを知ったというのが大きな変化か。

それに追い打ちをかけるように究極の選択を迫られる事に相成る次第。仕事よりも看病を選んだことが伏線であるならば当然結論は決まってるだろうけど。

なんとなくホタルらしいのではと思えるのはぶちょおの帰りを待ちつつ仕事して山田姉さん(板谷さん)を補助する道ではないかなと。まあ勝手な憶測ですが。

これ以外にも選択肢はあるのかな。もしもあったらそれは予想外の展開で愉快ではあるかな。

それにしてもここまでくると和馬(向井さん)の今後が気になるところではありますな。

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*こてこて

「こてこて」って関西弁用の表現だと思えるのは気のせいだろうか。

「こてこての遠州弁」というフレーズをどこぞで見聞きしてえらい違和感を覚えた。

もちろんネット辞書などを見ると例文として「整髪料をこてこてに塗る」みたいな使い方で記されてあって決して「こてこて」が関西の言葉などとは記されていない共通語であるのだが。

方言を指す場合「こてこて」は関西弁専用の言い方のような気がする。

それは「ちゃきちゃきの江戸っ子」と同じような感覚である。じゃあ遠州弁ではなんといえばいいのだろうかとなると。

「だあだあの遠州弁」

でいいんじゃないのかなと。もしくは「遠州弁まるだし」か。

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ジョーカー 許されざる捜査官 その9

 これって二択か?

今までの経緯の独白をまっとうに信じるならば辻褄が合うのは課長(鹿賀さん)の方だけど証拠品の所有者知ってそうなの課長だよな。

マスター(大杉さん)の方は不殺ということで今まで裁いてきた悪党に飯食わせる養育費とか掛かりそうだから背後に組織があるっていう方が自然だよな。その隠匿性を維持するために邪魔するものを排除するというのは最もではあるけど。でも殺さんでも監獄?に閉じ込めちゃえば済むことだろうて。

刺された久遠(錦戸さん)の口ぶりからして顔見知りだろうとて、これ以外だとしたら来栖(平山さん)他の刑事連中くらいしか思い浮かばない。伊達(堺さん)という手もあるにはあるかもだけど。

上記のいづれかが犯人であっても陰鬱な余韻にしかならないところではあるかな。

まあ来週お手並み拝見的視点で観るを愉しみとするかあ。

それにしても組織のその字もなくこれだけ個々に動く刑事ものというのも珍しいよな。

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夏の恋は虹色に輝く その8

 その7(第7話)は恋のお話しに終始していたので特に書く事も無かったので欠番としてその8。

結果でしかいい役者さんか否かを判断するど素人としましてはこういうお芝居の練習風景を垣間見るのは白鳥の足掻きの必死さをのぞき見るような好奇心が湧くところですが。

それにしても体言を会得するために、言われたお題に反応してポージングしたりする訓練はどれくらい重要なんでしょうかねえ。意識(思い浮かんだイメージ)をどう体で表現できるかということなんでしょうけど。別に懐疑的とかいうど素人の領域を逸脱するような偉そうな疑問を抱いている訳ではないのですが。

とにかく不自然で、あれがどう自然な演技へとつながるんだろうと。以前取り組んでいた滑舌の重要性は理解できるところですが「略奪愛」等あがいな抽象的なお題をポージングで表現するとか意味あるんかいと。

純度の高い情報を如何に魅入る形に昇華して伝えるかという修行なんでしょうかね。ま、素人には計りかねる様相でありんした。

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*なにがだ

「何がだよ」と訳すのが近いのではあるが、これだとニュアンスが伝わらないところではある。

むしろ「何がじゃ」という方が近いのか。ああそうか「どこがだよ」でいいのか。

女性言葉なら「なにがよ」。

「どうして」を「なんで」という言い回しにする方が自然な遠州人なだから、それと同じで「どこが」よりも「なにが」という方が言い易いんだろうかな。

例文

「ええなあ。ど羨ましいやあ。」

「なにがだ。朝から晩までくそ忙しいだけでいいことなんにもねえだぞ。」

「無職の身としちゃあ羨ましい限りだにい。」

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*なにい

「なんだよ」と言っている。男女共用。

ふてくされた・カチンときたみたいなニュアンスが籠もる。イントネーションが微妙に難しい。共通語では「ハア~ッ?」が近いニュアンスか。

国語的な分解ではなく発音するうえで分解すると「なに」+「い」ではなく「な」+「にい」で「な」を弱く「に」を強く言う。とにかくうざったく嫌そうに言うのがポイント。

えせ遠州弁だと「なんだにい」とかになるのかな全く通じないけど。

実際の遠州弁は「な」で「なんだ」を表わし「にい」は「よ」を表わして「なにい」=「なんだよ」となると解釈した方がすっきりする。

男言葉だと「なんだあ」・「なにや」

女性言葉だと「なによ」辺りであろうか。

例文

「おいなんだよそんなのやれって聞いてないぞ。」

「なにい こっちだって聞いちゃいんにい。」

  (なんだよ。こっちだって聞いてないよ。)

「じゃなんで聞いてんでやってるだあ。」

  (なら、どうして聞いてもいないのにやってるんだよ。)

「知らすけえ。わし来た時はあ前の衆やってただもんで。」

  (知らないよ。おれが来たらもう前任者がやってたんだから。)

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外科医 須磨久善

事実は小説より偉なりってか。

それか事実は小説より医成りの方か。

いやいや医は小説より事実なりの方か。

まあとにかく説得力がありましたなあ。凄いお方が世の中にはいるものよとぞおもひけりな。ある意味世界は広いもんやしい。こういう人が一杯いたら世の中捨てたもんじゃないよなあ。

もっとも最大の要因は「水谷豊」すげえという事の上に成り立ってるものでしょうけど。なにせセリフの要らない役者さんですから奥行きを愛でれたというか。

ドラマなんだから分かり易くと誇張的なイベントで盛り上げたり長々と苦悩葛藤を説明表示せずともその姿を映すだけで山あり谷ありを提示できるということで本編に集中した流れで通せられるからとにかく中身が濃く感じられましたなあ。

薬師丸さんもよかったな。「癒し」を具現化するはかくなりやという勢いで。

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もやしもん その3

 普段穏やかな人がすわ怒るとなると加減を作らずかつ何ら迷いもなしに喜々として暴発する様が嗤えたなあ。怒りというより用意周到にキレるというか。

もちろん平常心<怒り<キレるという構図が存在してるのかは疑問ではありますがとにかく段階を飛び越えていると映ったことは確かでした。そして適切とは思えないのですが「キレる」という表現以外に思い浮かばなかったのでこう書きました。

なにしろ「キレる」ってのはよからぬ行動の言い回しと定着しており、この回の教授(黒沢さん)の行動は自分的には他人への迷惑顧みない浮かれポンチへの制裁として溜飲が下がったと映っただけに「キレる」はふさわしくないよなあ。「復讐」じゃ重過ぎるし。言葉足らずを嘆くばかりであります。

でも其れとは別に、怒りの対象であるUFO研の存在。ああいう存在が生息できてるってのが大学という環境の度量の大きさというか懐が深いというか。とにもかくにも市場原理とかの金金金で全てが回っている世間ではよきにつけ悪しきにつけ純粋というものの存在や居場所は確保されませんから。そういう人種が闊歩できるのはキャンパスならではであってどっぷり世間に漬かってる身としては羨ましい部分も少しですがありますな。

無駄かどうかはやってみなけりゃ分からないしやるからにはとことんという理屈は社会じゃあ理想論に限りなく近いものですから。

まあいずれにしてもすっきりしたエンディングで面白かったというのが素直な感想です。

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どしどし

昭和の辞書で「どしどし」の説明は

{副詞}①休まずに続けて行われる様子。②(よけいな事を考えずに)思った通りに事を行う様子。とある。

いまの「どしどし」って感覚的には「どしどしご応募ください」みたいな「どんどん」と同じ化してきてる気がする。

ネットの辞書での「どしどし」の説明は

{副詞}①物事が次から次へと続くさま。②遠慮のないさま。③足音高く歩くさま。とある。

「どんどん」との同化という気は迷いではないように思える。

例えば「仕事がどしどしはかどる」という表現は

昭和では違和感なかったけれど今こう言うと違和感を感じられるということになるのか。

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*ばか(ばかり)

例えば「一時間ばか歩いて」だとその訳は「一時間ほど歩いて」となる。

つまり「馬鹿」ではなく「ばかり」の略されたものであろうということ。

もっとも「ばかり」と「ほど」の共通語的違いが「ばか」にはないので「ばかり」の略形であると言い切れるものではない。「くらい」という訳でも可である事がある。

「ばかり」(計り){副助詞}数量・分量が大体その程度であることを表わす。

「ほど」(程)どれだけあるか(どちらかであるか)についての大体の見当。副助詞的に範囲・限度・基準についてのおよその見当を表わす。(抜粋)

「くらい」(位)副助詞的に数量を表わす語や基準を示す語に付いて大体の見当を表わす。(抜粋)

と辞書にはある。

これらの共通点を探すととにかく「大体」。

「ばか」=「大体」ということなんだろうかな。従ってくそまじめに訳すと

「一時間ばか歩いて」は「大体一時間歩いて」ということになろうか。

例文

「えらい眠かったもんで一時間ばか仮眠するつもりで横んなったら、気が付いたら外真っ暗んなってた。」

「それが来んかった理由か?」

「んん。」

  (うん。)

「んじゃねえよ。」

  (うんじゃないよ。)

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