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めざましテレビの変化

 メインが高島アナウンサーから生野アナウンサーへと変わられるそうな。

ここのところはずうっと高島・中野ラインで見ていてそれが恒常だったから中野アナウンサーが移動してから暫くは落ち着かなかったのに最近見慣れたかなと思ったら再びの変遷とな。まあ年月を聞くと「長きに亙って」という表現がぴたりとはまるところでまだまだ続けてくんなましとも軽率に言えないところで已む無しか。大役お疲れ様でありんした。

高島・中野コンビ=生野・○○コンビでアットホームな雰囲気を継承するとしたらこの○○には誰がはまるんだろうと勝手に想像してみる。

加藤案。一番思いつきそうな案だな。でも仲良さげに見えるかというと良くもなく悪くもなくな普通の距離感に映りそう。

大島案。同期という絆が強そうだし第一仲の良さがブログ読んで伝わってくるから良さげではなく良いが見えそうだ。ニュース読みにしてもキャラクターが異なるから聞き比べとかも出来そうだ。もちろん同じ原稿でも伝わるものが異なるとかいう意味じゃない。そういやあスポーツ担当の中村光宏も同期だったよな。同じ番組に集中するというのはアリかナシかは知らねども別にとんじゃかないだろうと思う次第。

皆藤案。アナウンサーさんじゃないか。でも和気藹々な雰囲気は実績として存在してるよな。

他に思いつくのは先輩ばかりだから相棒という訳にはいかないよな。

つまるところ○○に当てはまるのは大島アナウンサーがいいんじゃないかと。かくに至ったという一視聴者の勝手な願望的想像であります。

まあ大塚さんが元気な限りそんな大きく雰囲気が変わるというものでもないだろうのでチャンネルはそのままだよな今後もどうあれ。

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チャンス その1

 地上波では土曜の夜の放送みたいだけど、BSで金曜にやってたのでそれを録画したのを見てこれ書いてます。馬が好きなんでその事に惹かれて見ました。

金転がしのマネーゲームの中を棲家(生業)とする住人が、真逆のような馬産の世界に癒され立ち直るというお話しか。馬に生きがいを捧げる人生なのか馬に張り合いという恵みをもらう人生なのか。どっちなんでしょうね。ま、どっちでも幸せそうですけど。

「仕事」とは「ものつくり」というのが浜松的発想の原点でそういうところで生まれ育ってきただけに投資というか投機に対してはなんだそれという想いがある訳でありまして。そういう意識を持つだけに主人公に感情移入はしづらいところではありますな。

凡人がパチンコ・競艇とかで憂さ晴らす金の使い方とは明らかに違うけど「儲かる」という呪縛に釣られてる事には変わりはないだけにその光景はえぐいよな。金のなる木に群がる人種もえぐい限り。馬産の生き物故の臭いと共にというのと相まって汚れ仕事というのが目につく勢いです。別に正義はあるのかとかいうつもりはないですけど。

そういう意味じゃキレイキレイ(お遊び)じゃないからリアルではあるんでしょうかねえ。

馬はロマンだからどういう夢を託しても画になるような気がするけれど、不思議とドラマやら映画にすると現実の競馬場で起きてるような感動とは別世界に映ってしまうように思えてくる。もちろん馬主になれるようなご身分じゃあないからで関係者にとってはドラマや映画で描かれてる事はリアルを写し取っていると感じられるのかもしれませんが。馬券買ってギャロップ読んでるだけのような人間からしてみたら競馬を扱う映像においてはドキュメンタリーの方が数倍いいという思いがあります。何が違うって先に何が起こるのか分からない緊張感でしょうか。競馬に絶対(鉄板)はない。でも夢や期待は膨らむ一方。そういうドキドキ感とアンバランスさがドラマや映画では出しにくいからでしょうか。

はたしてそういう思いを払拭出来るや否や。全6話だそうだからすこすこ進むんだろうかな。無理してG1まで駆け上るような展開じゃなければ牧場では薄化粧、会社ではばっちりメイクというメリハリで気合(意気込み)を感じる藤原さんとその仲間を愛でれそうな気がしないでもない。堀部さんがいいなあ。

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続・わが家の地デジ奮闘記 のユイカ

 続じゃない方も見たからこれも見る。ユイカが出とらすでこれも見た。

お話しについては地デジへ引っ越す際に気を付ける事とかが述べられてた。戦意高揚と同じような移行高揚を歌い上げている訳ではなく移行しないとどうなるかという乗り遅れの悲哀(あたふた)を謳う物語りでありんした。締めは身内は助け合いが大切という有難いご指導もおまけとしてついてたかしらん。

見所はユイカのウェディングドレス姿かな。最近は相当に大人っぽくというか艶っぽく映ったりしてるけど親の反対押し切ってという設定なのだろうかえらくはにかんで膨らんだお腹さすりながらの表情は見所があったな。幼っぽくもあり。

男親に向かってなにか訴えかけるかのようなその眼差しを観ると父親目線になってしまって相手の男をはったおしたくなる衝動に駆られちゃいますな。

きついくらいの律したきちんとした女性を演じる事が多いだけにこういうなりゆきに身を任しちゃったみたいな人物像を演じるというのは貴重なのかもしれないかな。

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うぬぼれ刑事 その8

 ミステリーの作家さん相手なだけに、そのトリック暴きが味噌という珍しく?に映った回に思えました。動機はどもかく謎解き聞いた時なるほどと。本が惑わすアイテムだったというのは面白い発想だったな。

それに加えてお父さん(西田さん)が惚れたというパターンも珍しい展開だったし、ついに過去がばれてマー君(荒川さん)おかんむりというのもついにというべき新たな展開ということもあったせいか。

波風は立ち騒ぐらむ日々なれどそれなりにアホで平和なうぬぼれ5の発展性のない繰り返しの日常という趣がほぼ定着しつつあったけど、ここへ来て変化が訪れたということか。マー君とうぬぼれの関係はどうなっちゃうんでしょうね。酒が入ってたから覚えてないといういつものああびっくりしたという事ではないみたいだから。バツが悪いだろうなさぞかしお互い。

里恵(中島さん)との復縁がうぬぼれ(長瀬さん)にとってのハッピーエンドなのかしらん。でも読者としての立場だと彷徨い続けるからこそ本になって人を楽しませてくれる訳だから必ずしも立場によってはそれが最良の終わり方ではないことになる。

色んな仕舞い方が想像されるところだけど、まあ変化はありだけど別れは嫌だな。

でも一度全員参加で事件解決という様を観てみたいな。みんな職業が異なるその道ならではのテクニックを駆使してうぬぼれを救うみたいな。でもサダメ(生田さん)はまだその筋のプロに到達してないか。

それと犯人は必ず女性というお約束は最後まで貫くのかな。視聴者騙すつもりなら犯人はいつもの通り女性がだろうと思わせといて実はという展開にすればあっけなく騙されそうな気がする。

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*~だあ~だあ

共通語で「買うだの買わんだの」と言う「~だ~だ」とか「~とか~とか」・「~だの~だの」とかいうのを遠州では

「買うだあ買わんだあ」と言う風によくなるということ。別に方言でもなんでもないだろうが使用頻度が高いのが特徴かと思い記載。男女共用。

例文

「なによを。まだ出発しんだけえ?」

「それがさあ。○○が『行くだあ行かんだあ』ってうだうだこいてるだよ。」

「んなもん置いてきゃいいじゃん。早くしんとバス乗り遅れるにい。」

「だってさあ。置いてきゃ置いてったで誰もいんと思って何しでかすか分かったもんじゃないじゃんかあ。」

「ほんだったら首に縄つけて連れてきゃいいだらあ。」

「行ったら行ったで周りに迷惑掛けそうだしい。」

「そんじゃどうするよを。止めるだけ?」

続きを読む "*~だあ~だあ"

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熱海の捜査官 その5

 此の期(き)において唯一放送時間が待ち遠しく思うドラマ。何がいいんだろうね。どこがいいんだろうか。説明できないところであるがとにかく待ち遠しいし何度も見返してるけど飽きがこない。

脱力系と呼ばれるをかしさを探すという手もあるし

ミステリーを体感するという受け身の手もあるし

ミステリーを推理するという狩猟者的な手立てもあるし

単にドラマとして役者さんを愛でるもよし映像を愉しむもまたよし

色んな見方が勝手自由に愉しめるとこが飽きないの理由かしらん。これで商い(視聴率)もウハウハなら万々歳なんだろうけどなにせ深夜かつ各地方で放送時間バラバラみたいだから正確な数字は計れないだろうから計り知れないところであろうか。

 で、今回ついに死人が出た。本格的に事件に昇格したということか。3年前の失踪がたんなるなにかからの逃亡ということではなく大いなる意図のもとに起きたということが示されたということか。まあまだ事故・自殺という可能性もなきにしもあらずだけど。

前回の時の感想で結末が四十万(山崎さん)への恋のさや当てが過熱しての事象だったら興ざめだなと書いたんですが、四十万のレミー(二階堂さん)に対する腹打ちでそういう気配は消え失せ一気に立場が逆転してびっくりはしましたがつまんないお話しにはならないんだと安心もしました。

真相を知りたいがあまりレミーを操って護岸工事をさせたという事なんでせうかね。なよなよしたお兄ちゃんかと思っていたけど結構な狸のようでもありますな。

謎に満ちた東雲(三吉さん)の存在が映えてきたな。いまどき珍しい「清楚」という言葉が似合うお人でありんす。それに神秘性が加わって覆いに金棒状態か。突拍子もない人間ばかりだけどその中で印象深いというのは向いてる方向性が誰よりも一番極めてて突き抜けてるからということか。

それにしても「2」に辿り着いた際の今までの登場人物と場所とかをメモした紙の数。いくつあったのかと数える暇人ではさすがにないのですが確かに相当数謎のままの放置プレーが続いていますな。しかも増える一方だし。一度全部だだ~っと羅列提示して欲しいよな。自分の抱いてるものとどう違うのかつまり見落としてるものがないかどうかチェックしときたいすわ。

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*だでかんだら

「だから駄目なんだろ」と言っている。

分解すると「だもんで」+「いかん」+「だ」+「ら」であろうかと直感で思えるのであるが。

しかしながら「だもんで」は共通語にすれば「だもので」ということで「従って」という意味合いで「だから」と訳するのは屁理屈からすれば無理があるのかもしれないが実際はそういうニュアンスであり、もしかしたら「だで」=「だもんで」という理屈には無理がありもはや別物と考えた方がいいのかもしれない。

なので「だで」+「いかん」+「だ」+「ら」であろうかな。

使いどころとしては得々と説いた後の最後の一押しというだけでなく、そういった前振りもなく駄目だと思ったんだよなとなんか事が済んでからぼそっと言うみたいな後になってぶつぶつとかいう使い方もあり幅が広い。

理由を述べ(提示し)て「故に駄目だよ」と言いたい場合には「だでかんだに」(だから駄目なんだよ)。

理由は明確で言われる相手もそれを理解してる場合には「だでかんだあ」(だから駄目なんだ)。

これらより突き放した言い方としては「ほれみっせえ」とかがある。

例文

「調子よかないもんでなんかいぜくってたら訳分からん内に余計おかしくなっちゃったよを。」

「素人手えだすもんでじゃん。だでかんだらあ。」

「ほうかなあ。」

「そうだよを。やりなれん事するもんでえ。こうゆうのに手え出すなあちゃんといじれる人でないとかんだよ。」

  (こういうのに手を出していいのはちゃんと手入れ出来る技能のある人でないといけないんだよ。)

「つったって業者頼みゃがんこかかるじゃん。にしたって買ったばっかだんなあ。参っちゃうよ。」

  (そうはいっても業者に頼むと随分費用がかさんじゃうじゃないか。それにしても買ったばっかなんだけどなあ。嫌になっちゃうよ。)

「しょぼいもん買うもんで。せこいばっかじゃ逆に金かかるこんだってあるだにい。」

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GOLD その8

 悠里(天海さん)の方は崩落の一途を辿っていてどよよんとした展開を邁進してるのですが。

大いなる贔屓目を有してはいますがそれを間引いてもこの回の「長澤まさみ」はいい表情してたなあ。「反町隆史」もさりげない侠気を放っていてかっこよかったし。本筋は暗くなる一方なので愉しく観るにはこのお二人愛でるが得策かと思える回でありましたな。

身も蓋もない事言ってしまえばリカ(長澤さん)はふっくらして穏やかな顔に映ったと言えそうな丸みが感じられたな。実際ふっくらされたのかどうかは定かではありませんであくまでそう映って見えたという事で確証があっての感想ではございませんのであしからず。このお方はモデル体型である必要あるのかな、むしろむっちり手前の中肉体型がいいような気がしてまいりました。

で、丈治(反町さん)の方はもう直線的な決着のつけ方でかっこよかったな。早乙女の大番頭という立場じゃもったいない感じすらしました。

悠里をサポートするこの二人がまだ元気であることが唯一の救いみたいな印象を受けるところですが、だからといって一致協力して悠里を盛り立てようという感じではない繋がりのようにも感じられ共闘することは以降もないのでしょうか。

展開の流れとしては子供三人共脱落しそうな勢いが増してきまして、じゃあタイトルの「GOLD」ってどういう意味でついてるんだろうという疑問が湧いてきますな。金メダルよりも輝くものを最後見つける(得る)ということなのかな。だとしたらそれは何か。

家族の絆というのでは失ったものの方が多くて割に合わない気がするし。そろそろ光明がそこはかとなく見えてこないとセレブの転落記でしかなくなんじゃこれですものね。

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*しんじれんらあ

「信じられないでしょ」といっている。

遠州弁の特徴たる「ら」抜き+「ない」の撥音便化で「ん」。で、とどめの「らあ」でモロ遠州弁になるという次第。

強く同意を求めている。

これが「しんじれん」だと「ホントかよ」とかいう驚きを主とする意味合いで同意を求める訳ではないことになるのだが。

例文

「あんたなにあきれかあってるよを。」

「ちょっとほい聞いてやあ。」

「なにおを。」

「煙草がんこ上がるだって。しんじれんらあ。」

「みたいだね。」

「だもんで禁煙するしか貧乏人方法ないじゃん。どうしてくれるよを。」

「いい機会じゃん。」

「なにゆってるよを。禁煙でけんような根性無しだもんだで貧乏人やってるだにい。」

「自慢しんだっていいじゃん。」

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ホタルノヒカリ2 その8

 なかなか前に進んでいかない二人。その障害がライバルとかいう第三者の介入というのではなくそれぞれの心の葛藤というのに徹してるところが見応えあるのかな。

出てくるキーワードは「きっちり」。自分のためにする訳じゃないというのは非常に出来た話しで、昨今のド派手な結婚式とかは、自分が楽しむために開いてるんじゃないのかという気さえする風潮のなかでの「きっちり」はさりげなく正論だよなあ。

ま、そういう「きっちり」をことごとく棒に振りまくるホタル(綾瀬さん)の運命や如何にという展開でしたでしょうか。ぶちょう(藤木さん)にしてみれば「仕事」の頑張りだからと分かっちゃいるけどなんとやらでどうも得心がいかぬよう。で結果荷物まとめてどっか冷ましに出て行くこととする。その理由を理路整然と説明できないという。山へ修行の旅にでも出るんですかねえ。

「(指輪の)サイズは?」の問いに即座に「Mです」と答えるボケは相変わらず冴えてるよなあ。

47円女の金欠の理由の一端がお姉さんによって明かされたのですが、毎月いくら天引き貯金してたんでしょうね。

この回は仕事モードとぐうたらモードのメリハリが明確でしたねえ。以前は仕事の活力は干物生活にありというバランス感覚だったのですが今はそれに加えて「きっちり」もこなさなくてはならぬようになってきているけどバランス取れてるんでしょうかねえ。だから疲れ切って寝てしまったということなのかな。「無理してる」ということで。

ぶちょおが荷物まとめたことによって果たしてホタル自身また元(干物女)に戻るのかそうじゃないのか。それが来週で描かれるということなんでせうかね。いづれにしても仕事と割り切ればなんでも吹っ切れてやれるというのは羨ましい精神してますなあ。

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*遠州弁は古文っぽい その2

例えば

「ほんに この世は おそろしや」

という古文チックな文章。これを遠州弁に変換すると

「ホントこの世はおそろしいやあ」

となる。

つまり普段使わない「ほんに」を普段よく使う「ホント」に置き換えて、「おそろし」を今の「おそろしい」に「や」を長音化し、「おそろしい」と「やあ」とするとばっちり遠州弁になる。

微妙に変化しながらも古文テイストが生き延びてるのが遠州弁ではなかろうかというお話し。だからといって遠州人は古文がなんとなく読める事が出来るという訳でもない。

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ジョーカー 許されざる捜査官 その7

 物凄い期待持たせの処で次回に続くでありましたなあ。単純に模倣犯現る。んで、排除ということでちょんかと思って観てたんですが面白いように裏切られて決して安直で淡白な展開ではありませんでした。最後の血しぶきは誰のもの?

伊達(堺さん)からしてみれば鏡に映る自分を観てるかのような自問自答故の躊躇が招いた危機というものなのでしょうか。

白い猫でも黒い猫でもネズミを捕まえればそれがいい猫だみたいな喩えを聞いたことがあるけれど、死なせて花実は咲かさせなくは出来るけど溜飲までは下がらんだろうというあすか(杏さん)のセリフが全うでがんしょ。

模倣犯を更生させるのか説得虚しく処分せざるを得なくなるのか逆に伊達が葬られ次の週からは新たな主人公へと変わって許されざる捜査官のお仕事が続いていくのか。なんとか折衷案を見い出して仲間に引き入れていくのかそれとも伊達を救うためにマスターの上のえらいさんが姿を現して救出作業に勤しむの全容現るの図となるのか伊達自身で解決するのか。ま、色々可能性あるけどそんな勘繰りは次週観れば無用な話し。

有罪な筈なのに無罪放免という矛盾に罪をというのが伊達達だとしたら新興勢力は犯罪を犯した事に究極の罰をというコンセプト(復讐か排除か)の違いと受け取れなくもないところでありますが、今の法律じゃ罪は軽すぎるというセリフも出てましたなあ。前科ある人との付き合いしたことないんでよくは知りませんがそんな大手を振って社会に出られるもんなんですかねえ。それと更生する確立と再犯する確立はどれくらいなんでしょ。もし再犯の方が圧倒的に多いのならそれは考えものではありましょうな。

描き方としては目的は崇高なこと言ってるけれどやってる様は狂気というか愉快犯みたいに映されておりましたから最後はぎゃふんとなるのでしょうし、矛盾に対する清掃者というのなら毎回執行するたびに滅入る伊達の方が自覚してるとも思え。そういった意味で軍配は伊達側に上がるんでしょうけどどういう風に落とし前がつくんでしょうねえ。

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夏の恋は虹色に輝く その6

 温泉めぐりのロケでの大雅(松本さん)の余分な肩の力の入り具合とそれが解れた変化が分かり易かったな。最後のシーンはホント普段の大雅よりも一層普段ぽかった。一瞬カメラが回っていない状態で話しているのかと思ってしまいました。

こういう私みたいな素人でも違いが判るメリハリのつけ方が分かり易くていいな。対比という意味でも真知子さん(松坂さん)のより自然体に見せる様も見事だったな。大雅が硬過ぎて撮り直しのテイクを重ねていっても何度でも演じられそうだよなあといった風(プロの凄さ)にさえ映りました。

キャラクターとして楠大雅は愛すべきキャラとして確立してきているだけに恋の成就の方はともかく役者としては成功の階段を上がって行く様というのをきっちりと提示して欲しいよなと思えてきます。

それにしても桜(桐谷さん)は不思議ちゃんともいえる存在で、なんでこの事務所に入ったのか、なんでぶちぶちブ~垂れてる割にはきっちり仕事をこなしていくのか。それとなんで大雅を好きになって尚且つ詩織(竹内さん)に向かって好きだからとライバル宣言をしたのか。

伊良部(永山さん)の大雅に対する想いとそこから発生するちょっかいの数々の理由というのは今回明かされていましたけど。

親友の慶太(笠原さん)はこのままずっと絶対裏切らないし裏の面を持たない大雅の理解者でいるのかな。まあ裏切られたらドラマの質(明るく爽やかな色調)が変わってしまいかねないのでおそらくはないでしょうけど。

ここへ来て新しいキャラが登場して参りましたなあ。亡くなった旦那の弟(塚本さん)が。ふたりの紆余曲折は人が障害物となっているようです。

お互いの一の矢であろう大貴(沢村さん)と海ちゃん(小林さん)はかわしたみたいですが二の矢は春樹と桜という事なんでしょうか。それとも大貴のリベンジが行われるのか。

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*こづむ

これは競馬用語であって方言とかではないだろうと思っていたが。

よくよく考えてみれば競馬では「こずみが出る」とかであって「こづむ」とは言ってないのではないか(専門家ではないので詳しくは知らないのだが)というのと、遠州弁で「肩がこづむ」(肩が凝る)とかいう言い方を確かするよなあという気がしてきたので記載することとした。ただし、普段使いで「こづむ」は今はもう殆どしていないという過去の言い回しであろうが。

古語辞典には「こづむ」自動詞で①かいこづむ。②(肩などが)こる。とある。

「かいこづむ」は{かいは接頭語}躓いてうずくまる。傾く。=こづむ。とあった。

競馬用語を調べてみると「こずみ」で、筋肉疲労によりうっ血や歩行状態が悪くなること。みたいなことが書かれてあった。

つまりあくまで勝手な想像だが「かいこづむ」=「こづむ」の①の方は競馬用語として残っていて、②の方の「こづむ」は共通語としては死語となっているが遠州ではまだ使われているという風にも勘繰ることができる。若干「こずみ」と「こづむ」が同じであるという根拠は薄いのが説得力ないとこだけど。

ネットの辞書にある意味には遠州弁で使われてる意味合いと一致する説明はなかった。

遠州弁においてはどちらかと「こどむ」みたいな感じに近くて、血の流れが悪いとかで調子が悪くなってるような血なりリンパなりの循環が悪い印象を「こづむ」からは受ける。

もしかしたらであるが「こどむ」と「こづむ」は非常に近いのでひょっとしたら元は同じ言葉であったのかもしれないという気になってきた。

例文

「どうも最近血いこどんでるだか知らんが肩んなんかやたらくしゃこづむだよ。気のせいかなあ。それとも働き過ぎってか?」

  (どうにも最近血の流れが悪いのか肩がやたらと凝ったみたいになるんだ。これって気のせいかなあ。それとも働き過ぎっていうサインか?)

「そんなおやす程がんこに仕事してもせんに。こづむだったら軽い四十肩だらあ。歳のせいだよきっと。」

  (そんな悪くなるほど仕事に精出してないだろ。凝ったみたいに感じるんならそりゃ軽い四十肩だろう。歳のせいだよきっと。)

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*し

「やばし」(やばい)・「いたし」(痛い)・「かゆし」(痒い)とかいう「し」。

別に遠州弁とかではない古い言い回しであろうが若い衆のおちゃらけ言葉と化して結構生き残っている。まあ「やばい」は俗語の範疇で古くはないが。

古文チックにするなら

「いとかなし」・「あれやばし」・「うらかゆし」

古語辞典で調べてみると

「し」{間投助詞}語調を整え、強意を表す。

とあるのが一番近い気がする。

辞書だと

「し」{副助詞・雅語}何かがどうである。何かをどうするという叙述を強めることを表す。とある。

古語でも共通語においてもその用途は強調するということであろうから別の言い回しでである「馬鹿やばい」・「どやばい」と同じという事であろうか。

ただ、合体して「馬鹿やばし」・「どやばし」と言うかといったら屁理屈上じゃあありうるけど普段はしないところである。何故なら「やばし」とか言うこと自体が余裕ある証し(それほど深刻な状況じゃない)なのであるからそういう状況においてあえて強調の度合いを増す事は大袈裟過ぎて逆に引かれるおそれが出てくるからであろう。

「やばし」に関しては最近の「やばい」(これは心が動いた)に対しては使わず、よい状況ではないという意味合いの「やばい」に対してのみ使われているものである。

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GM 踊れドクター その6

 なんざんしょ、こういうのを観たいとかこういうのは観たくないとかいう感想は湧くところですがそれだと単なる批判で言葉を変えればいちゃもんに過ぎず、応援するという意図から相当に離れてしまうのでありまして。

とりあえず今回は真摯でない医者は浮かばない。つまり忙しさの中に埋没していく負の循環に陥るものだと。それを悔い改める一同というお話しと解釈したところであります。物は言い様とも受け取れなくもないところですが。お医者さんの診立てというのは診る側にとって最新のみならずでもしやもしやの心配性という細心と砕身の注意が必要なんでしょうね。

それにしても張り合いがなくては確かに毎日が面白くないものですが仕事が手につかないとこまでやる気スイッチのオンオフが激しいのは真摯とは真逆な奇行の部類でしょうな。

二足のわらじをはく名医というのであればその両立の様の見事さを観たいものです。成功かどうかはともかく真摯な努力というものを。

ちなみに真摯とは辞書を引くと

他を顧みず、一生懸命やる様子。まじめ。

とある。ちょっとずれてはいるけど、他(周り)を顧みないとこと一直線に突き進む様子は真摯足りうるけど「まじめ」というワードが欠けてるかなと。結果だけ見るとまじめな結果だけどその道中がね。

っていつのまにかいちゃもんになってるってか。ごめんなんしょ。なにかが変わればこのドラマ面白くなるだろうなと思えるんでつい愚痴ってしまいました。

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N響アワー ほっとコンサート

 ガールズの魂百までも。

ユイカがトロンボーン担いでN響の中に混ざって吹いていた。司会もしていて一言もSGの事は口に出さなかったけどトロンボーンを選んだという事がひたすらに楽器に対する想いはそういう事なんだろうと勝手に解釈させて貰った。

これが昔取った杵柄では寂し過ぎるものな。ユイカはいい人だ。そういう風に夢見ておこう。

それにしてもアンコールの仮面舞踏会には心が揺れたなあ。とにもかくにもその理由はこの曲を聴くとオリンピックをテレビ桟敷で観てて伝わってきたあの緊迫した金箔への挑戦が脳裏に再現されるからであって、つくづく音楽というものは背景が加わると化けるものだよなあ。

そういう想いが湧いたので、ファースト&ラストコンサートを収録したSWING GILS LIVE!!のCD久方振りに聞き直したけど、その背景はまだ色あせておらずシング・シング・シングはやっぱいまもって心が揺さぶられる。でもこれにはユイカ出てないんだよな。言うてもせんなきことなれどちと口惜しや。

やっぱ音楽は想い出とリンクしてこそより感動するもんだよな。

9月に入ったらBSでもっと長めに放送するとかでそん時改めてまた観よう。

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もやしもん その2

 早かったなあ。あっという間の30分だった。直保(中村さん)もぼやいてたくらい怒涛の一日の様相だったな。あれ?これで終わり?って感じで物足りなさを感じるくらいでありました。とにかくテンポがよくてこのサクサク感が快感ですわ。

あれこれで終わり?って思った理由は、菌たちと遊んだ結果が観れなかったのと及川(はねゆりさん)の真意が不明なままいつのまにかいなくなってしまって、ファンタジーの世界で終わってしまったって感じ。でもそれなりにあの光景は華やかな舞踏会って感じがしてこれもアリでよかったです。

それにしてもその能力に纏わりつくのは菌ではなく人間というのはなんと申しましょうか色々な意味で下心満載の連中に囲まれてはたして直保は心穏やかに学園生活を満喫できるんでしょうか。まあ若いからそれくらいの刺激があった方がいいのか。

とにかく愉しいや。

「醸すぞ~」がちょっと口癖になりそうで怖い。

ベスパらしい音が心地よかったな。

それにしてもあの腐臭の地獄絵図。どちらの食材もお目にかかったことはないけれど如何に凄いかが如実に伝わってきて凄まじかったな。吐き気に転化しなかったところは唯一の美徳というべきか。でもとにかくそういった配慮が行き届いていてグロさがなくてひたすらに笑えて観れてよかったです。

もちろん食べたいなんて気はこれっぽっちも起こりませんが。

話し飛びますがこの「もやしもん」フジテレビのHPでは「ドラマ」ではなく「アニメ・キッズ」の中に分類されてます。アニメはともかくキッズはないだろうと思わないでもないところで。

遥(加藤さん)のボンデージファッションも愉しみのひとつに違いなく、そりゃどうみてもよい子のお楽しみじゃないだろうと。

まあとにかくそんなこんなで色々と見所が豊富でこれは面白い。

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*ててて

色々意味合いが変化するので説明するのが難しい表現である。もちろん同じ言葉で意味が臨機応変に変化するということではなく、違う言葉でたまたま同じに見えてるという事がありうるところでもある。

例えば

「ほいちょっとこれ持っててて。放しちゃかんにい」(ねえこれちょっと持っていて頂戴。放さないでよ。)

「ちゃんと見てててってゆっただになんで見てんよを」(しっかり見ててねって言ったのにどうして見てないのよ)

この「ててて」だけを正しく訳せと言われてもはたと困るのではあるが

この例の場合にはニュアンス的には「~していて」+「頂戴」(くれないか)という事になるところであろうか。理屈でいけば「~してて」+「いて」ということだろうけど。

共通語であれば「ててね」とか「ててよ」とかになるところが「ててて」と三連発になる訳で、これが遠州独特なのかどうかは疑わしくはあるが共通語ではないだろうということで記載。

でもまあ「ててって」だと

「持っててって言ったのになんで放すんだよ」

となってこれだと共通語たりえそうなので、方言というには微妙ではあるかな。

次に例を変えて

「あんだけ一所懸命やっててて結果それかい」(あれだけ一所懸命やっていても結果はそれかよ)

というニュアンスの訳が無難であろう。

この場合は「~していて」+「いても」もしくは「~していながらも」という事になるところであろうか。

共通語だったら「てても」という事になるのであろう。

例文

「あ、忘れもんしたで、ちゃっと持ち戻るであんた悪いけど先行っててて。」

  (あ!忘れ物したから直ぐ取りに行ってくるから、あんた申し訳ないけど先に行ってて頂戴。)

「きんのうからあんだけ準備しててて何やってるよを。」

  (昨日からあれだけ準備してても結果それかい。)

「しょんないじゃん忘れたもんわあ。」

  (仕方ないだろ忘れちゃったんだから。)

「先行ったじゃ用為さんだで待ってるでちゃっと行ってきな。」

  (先に一人で行っても意味ないんだからここで待ってるから直ぐ行ってきなよ。)

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