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光化学スモッグ

 熱中症にご注意の報が触れ回る昨今。

そういやあ最近聞かなくなったなあというのが「光化学スモッグ」。

1970年頃ぐらいから80年頃ぐらいまでが盛んだったとネットで調べたら書かれてあったけど、よく注意報のサイレンが鳴ったり警報が発令されてたっけ。学校では運動場にいてはいけないと校舎とかに退避してたし、外回りの人には屋内に入るようにと注意を促したりと結構なひと騒動が真夏のくそあつい時期に繰り広げられてたっけ。

症状は目がしぱしぱするどころじゃなくてチカチカしてのどが痛くなったり息苦しくなるというのをテレビで盛んに言っていたなあ。幸い一度も遭遇しなかったので体験談を語れる事はないけど社会的には結構な狂騒だった体験は持っている。

とにかく無風に近いような状況になるとよく警報が発令されてたような気がする。

市役所とかから注意報発令の報を受けるとそういう職種(外回り・営業)を抱える企業は作業員に注意を伝えなければならなくて商売あがったりになりかねない訳だが、不満はあってもそのせいで会社潰れたとかいう話しを聞いたことがなかったので何とかみんなやりくりしてたんだろうな。ほとんどは発令されると1週間くらいは継続して出たりしてた記憶がある。あまりにも足繁く警報発令されるとオオカミと少年みたいな気持ちになって実害が身近に出ないと相当に気が緩んでたりしたよなあ。

大気汚染が原因であったと記憶してるけど、最近聞かなくなったって事は汚染の度合いが減ったってことなんだろうか。

もう死語なんかなと思ってネットで調べてみたらここ数年大都市を中心に再発がみられると書かれてあった。再発の原因はなんなんでしょうね。そこまでは書かれてなかった。私んとここは大都市じゃないから起こらないのかな。

しかしまあ、もし熱中症とダブルパンチにでもなったらこりゃ大変だよな。

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うぬぼれ刑事 その4

 このドラマって犯人役の方の空気感によって色合いが変わるような感じがするんですが気のせいでしょうか。うぬぼれ(長瀬さん)の行動は常に一点の曇り無く限りないワンパターンに満ち満ちてひたすら押せ押せであるのですがゲスト犯人さんに何故か合わせているかのような感じがしてきてしまいます。

あんだけ強引なのになんでそんな風に思えるんでしょうんかねえ。引き寄せるのではなく引き寄せられるという受け身故にどんな猪突猛進であろうともどこかしらの引け目というものがあるんでしょうか。

今回は死んだ筈だよおユリさんというちょっとしたミステリー調でありまして。前回は不仲と思われた夫婦愛の真実、その前は人は見かけによらないという鬼の目に笑顔いやさご用心、んでその前の前は忘れられない夢を追う夢追い人のいとあはれの始まり始まり。タッチそのものがぞれぞれ違うからということもあるんでしょうかねえ。

他人に成りすますなんてDNAとか鑑定してないんかいなどというツッコミは満載ですし相変わらずうぬぼれ5のお馬鹿加減に惑わされて真剣味が薄れてこれのどこがミステリーなんだと問われてしまえば反論出来ないんですがTPOに合わせた女性の変貌ぶりがやたらと「見捨てりい」でありまして「女はこえ~」というセリフがやけにリアルに感じましたです。

この回が一番それを如実に表現してたとも思え、戸田さんの変わり身具合が見所であったというこなんでしょうかねえ。ものすごくあっけらかんとしたところがはまるのでしょうか。怒ると恐そうだし。

まあとにかくゲストさんによって色味が大きく変わる印象が強いのでありまして、お決まりの事をこれでもかと仕掛けてくるレギュラー陣との対峙というのがこのドラマの見所のように思えてきました。

さりげなく毎回地味と派手を行き来してる里恵(中島さん)の存在も効いているのですが、とにかく100%野郎目線で物語が進んでいるところが存外共感してしまうところでもありますな。

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熱海の捜査官 その1

 タイトルからして想像できる通りな一話完結ということではないひとつ?の事件をじっくり描くという展開なんでしょうかね。慌ただしさが微塵もないゆっくりとした序章に映りました。

三木ワールドといえば脱力系と謳われる独特なまったり感が印象に深いんですが、それは経過の流れる様がということもそうなんですが大言壮語な結末とかとは無縁な小さな幸せかみしめるんにゃといった体で締められるのでありますが。このドラマはなんか珍しく大きな結末が待っているんでしょうか。なんかそんな悪寒が走る流れ方に思えました。

もっともまだ死人が出ていないから勘違いかもしれませんが。

なんでせうね、小ネタはちろちろ三木ワールドかまされてるんですけど、どんよりした空気感が支配されてる中でそれを笑っていいのか判断に迷うところでありますな。ボケといてツッコミはしないというのは好みとするところでありますがハードルが高めでちとなんで?というネタも少なからずありましたし。

でも私はついていきます。面白そうだから。

星崎(オダギリさん)達は消えた生徒を探しているのか事件の謎を解こうとしているのかどっちなんでしょうね。雰囲気的には捜索ではなく全容解明に勤しんでおられる風に映ったのですが。

どうでもいい感想なんですが、男の裸(ぼかしつきとアングルでごまかし)二連発でありましたが女性の裸は拝めるんでしょうかねえ。変なとこ期待してしまいます。

この回印象に残ったシーンは旅館でまったりしてるとこかな。あの鎧を脱いだ感はくつろいでるんだという憩いてるのがひしひしで、自分も泊まってみたい気にすらなりました。

あいかわらずだなと思ったのは音楽がはまってるなあと。特に最後のシーンは煽る煽る。思わずこれはミステリーなのかと勘違いしそうにすらなります。

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*うっちゃらかいとく

「放置しておく」と言っている。男女共用。

何もしないという意味合いで似たような表現としては

「ほっぽらかいとく」・「ほかいとく」・「うっちゃっとく」・「まんまにしとく」

等がある。(他にもあるがきりがない。)

「ほっぽる」と「ほかす」は言い手的には呆れてる調であり「うっちゃる」はむっとしてる調であり「まんま」には感情は含まれないといった勢いの違いがある。

したがって「うっちゃらかいとく」には「もうホントしょんない」とか「あんたどうするよを」とか「ちゃんとしんとかんじゃん」とかいった注意の言葉が続くことが多い。「うっちゃっとく」より「うっちゃらかいとく」の方が始末に負えないという勢いであろうか。

自分の行動を指すのは滅多になくそういう行動をしてる・しようとしてる人間に対してむっとした感情で放つ言葉である。まあむっとしたから自身がそういう行動をとるということで使う事もある訳だが。ごく稀に自虐的な言い回しとして自身の行動を指す場合もあるので決め付けは出来ないが。

例文

「やあ、なんだあこれえ。くっちゃんくっちゃんで馬鹿らんごかねえじゃんかあ。張本人はどこ行っただあ。」

  (うわあなんだよこれは。散らかってるなんてもんじゃないじゃないか。散らかした張本人はどこに行ったんだ?)

「ちゃんと片すっつっただんねえ。どっか行っちゃったよを。どうする?片すけえ。」

  (ちゃんと片付けるって言ってたのにねえ。どこかに行っちゃったみたい。どうしようこっちで片付けようか。)

「本人にやらしゃいいだあ。んなもん うっちゃらかいときゃいいだあ。」

  (本人にやらせればいいんだ。そんなものこっちがやる必要ないからほっとけ。)

「分からんにい。とんじゃかないかもしれんで、このまんまほっぽらかすかもしれんにい。」

  (それはどうかな。気にもしてないかもしれないからこのまま散らかしっぱなしかもしれないよ。)

「片すっつただらあ?なんしょ説経だあ。そんでもしんかったらぶっさぐる。」

  (片付けるって本人がそう言ったんだろ?それを守らないとは説経だ。それでもやらなかったらぶん殴る。)

「ほどほどにしときなよを。でんと ちんぷりかあっちゃうにい。」

  (程ほどにしてね。でないとえらくすねちゃうから。)

「そんなのしらすかあ。ゆわにゃ気い済まん。」

  (そんなの知るか。言わなきゃ気が治まらん。)

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*どん

例を挙げると「どんまい」(とてもおいしい)・「どんもい」(とても重い)・「どんぎたない」(非常に汚い)。

つまり「とても」・「非常に」といった意味の「ど」が「どん」になっているという事。これが単に言い易さの追求によって「ん」が付加されたという事という訳でもなく「どうまい」・「どおもい」・「どぎたない」という言い方も存在しているのである。

じゃあ「どん」にするのは何故?という疑問が湧いてくるのだが。

「ど」の強調形ということか?そうなるとどの言葉にも「ど」と「どん」の両方の言い方が存在していないとおかしい訳だが、「非情に臭い」を「どくさい」というが「どんくさい」とすると「とろくさい」という意味になってしまう(まあ『どんぐさい』とする手立てがあるが)。「とてもひどい」を「どひどい」というが「どんひどい」とは言わない。

といった感じで「ど」の強調形が「どん」であるとは一概にいえない。

何に使って何に使われないのかという明確な基準があるのかというとなんともいえない。なにしろ一表にして分類したものを見たことがないから。

ということで付ける付かないの判断は経験によるものでしかなく、遠州弁をこれから覚えようという奇特な人がいたとしても理屈だって教えることは出来ない。

とりあえず思いついたものを列記してみる。「ど」が付く言葉で「どん」もつくかどうか。「転ぶ」のように「どころぶ」という時点で「ど」の付く言い方をしないものなどは省く。

「痛い」→「どんいたい」→×

「眠い」→「どんねむい」→○

「遅い」→「どんおそい・どんのそい」→×

「早い」→「どんはやい」→×・「どんばやい」→○

「熱い」→「どんあつい」→×

「冷たい」→「どんつめた」→×

「寒い」→「どんさむい・どんざむい」→×

「重い」→「どんおもい」→×・「どんもい」→○

「軽い」→「どんかるい」→×・「どんがるい」→微妙だが○

「遠い」→「どんとおい・どんどおい」→×

「近い」→「どんちかい」→×・「どんぢかい」→○

「汚い」→「どんきたない」→×・「どんぎたない」→○

「深い」→「どんふかい」→×・「どんぶかい」→○

「凄い」→「どんすごい・どんずごい」→×

「ずるい」→「どんずるい」→○

「へた」→「どんへた」→×・「どんべた」→○

「とろい」→「どんとろい」→×

「うまい」→「どんうまい」→×・「どんまい」→○

「まずい」→「どんまずい」→○

「きつい」→「どんきつい」→×・「どんぎつい」→○

「怖い」→「どんこわい・どんごわい」→×

きりがないのでこの辺で。とにかく決まり事がある感じはしないが「どん」を使う言葉と使わない言葉がある事だけは確かである。

ところで「どん」+「100姓」という「どん」とは同じものなのかという疑問。

ネットの辞書には、接頭語で「ど」を強めていう言葉。「どんじり」・「どんぞこ」。とある。

という事から考えると同じものなんだろうかな。でも「どじり」や「どぞこ」とかそんな言い方しないよなあ。つまり「ど」の強調っていうけど「どん」しか言わないじゃないかという気がしないでもない。

その点遠州弁の場合は「「ど」でも「どん」でも共に使われる言葉が多いというのが特徴ということで強調形という体を為しているということなのか。

でも上記に列記した通り使う使わないのばらつきがあり過ぎだよなあ。

結論は「分からない」であるが、「ど」の強調にしては使わない言葉も相当ある。言い易い語呂の良さによるものではにのかというのも捨てがたいところである。

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GOLD その4

 弁舌が立つというのはまさにこのことだよなと実感する勢いでありました。演説の様は見事圧巻。あれでなるほどと思わないとしたらどういう理屈でそう思わないのか知りたいくらいですな。なるほどと得心して観てました。

この人が「おのこ」だったらつい思ってしまいますな。この人とはもちろん役者「天海祐希」の事であって悠里のことではござんせん。「公」の状況できちんと見得を切れる役者さんて今いそうでそうはなかなかいないような気がするんで。こういう一同集めてという緊張し構えた相手に向かってというシチュエーションの中できちんと一席ぶって人を感動させるというのは感情に訴えるだけでなく理路整然と諭すだけでもないという絶妙な組み合わさった配合バランスの妙でしょうから。まあ見事でしたな。

で、ドラマの方に戻りますが、悠里(天海さん)というこういう何事にも万全なお方故に息抜きとしてリカちゃん人間を玩ぶ(もてあそぶ)というのは人間らしい部分が垣間見られてほっとする訳で、リカ(長澤さん)の存在がなかったらこれって結構シビアなドラマになっているんだろうなと思えてきます。弛緩とキリリのバランスが愉快であるかな。もっとも弄られっぱなしのリカ(長澤さん)は今の状況をどう思ってるのかは定かではありませんが。視聴者としては悪意のあるいじめとは映らないのでこのコンビのやりとりは面白い見所でありますな。

そういうリカがここ2話ほどナイスアシストで有能なエステシャンの首を切らせずに済ませたり若い男女の和解を促したりしてたんでこの回も相馬(賀来さん)に対して辞めずに済ませる妙案を投げかけるのかなと思って観てたんですがそれは今回なかったですね。

ところで4話にしてこの状況だと最後念願の金を見事にとかいうエンディングまではいかないような気がしてきました。早乙女一族の野望はどうなるというお話しのようで家庭内不和・ゴシップ等様々な障害をいかに回避していくかというサバイバル物語なのかもとさえ勘繰ってしまいます。

今後どうなるのかまだ4話終了ですから分かる筈もないのですがただ最大の難敵はマスコミという気がしてきました。なにしろ旦那と別居はしてるわ期待の星たる子供は脱落しつつあるわだし亡くなった兄は自殺だったというセンセーショナルな隠匿事項を抱えているみたいだし。対決する時が訪れるのかな。

雨降って地固まるとかのレベルじゃなくで台風通過後の快晴が観れるんでしょうかねえ。その試練に耐えれそうな不屈のキャラだけにそういう展開でも面白く観れそうですけど。いづれにしても単に悲願達成のための努力というお話しではなさそうですな。

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*なし その3

「なしにするかあ」だと「なかったことにしようよ」と言っている。

別に方言でもなんでもないところであろうが「なかったこと」・「止め」というよりも「なし」で済ます傾向が顕著なのに地域性があるかなと思って記載。男女共用。

「なし」という言い方には「ご破算」・「中止」・「うやむや」・「下りる」・「再検討」とかいう意味合いで使われる。よりきっぱり言いたい場合には「やんめ(やんぴ)にしまい」などがある。

「止め」というよりも弱い言い回しで相手にお伺いを立てている勢いになる。相手に反論されると参るなあといった弱気・下手(したて)なニュアンスを感じる。つまり頼み込むという勢いが強まる。「あれなしね」・「なしにするでねえ」とかいう言い方でもそういう勢いは少なからずある。つまり反論する余地を残しているという感じに聞こえる。

例文

「こないだゆった話しさあ。あれなしにするかあ。」

「なんでえ、どうかしただけえ。」

「それがさあ。幹事として言わしてもらうと目的地あそこにすると予算が足らんだよ計算するとを。」

「なによをそれ、こないだ積み立てたので十分だっつってたじゃん。なんでよを。」

「しょうがないだよを。先週余分な出費しちゃっただもんでえ。」

「なによを余分な出費って。」

「旅行用のカバンでかわいいのめっけたもんでつい買っちゃっただよ。」

「なによをそれって横領じゃん。」

「ふんなこたあないよを。自分の積み立てた分使っただもんでえ。横領じゃないでねえ。」

「なら、自分行けんだけだもんで他の衆行けるならあんたなしで話し進めてくれりゃいい話しじゃん。」

「だってえせっかく旅行カバン買っただもんで使いたいじゃん。わしも行けるとこにしてやあ。」

「知らんよをそんなの。知らん知らん。」

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ホタルノヒカリ2 その4

ここまでくると雨宮蛍(綾瀬さん)って宇宙人じゃないかと思えてくる。人種が違うとかいうレベルじゃないような気が。

それを好きになるもの好きなんて現れるのかと思ったらぶちょお(藤木さん)という奇特な人が現われたというのがパート1。このパート2になったらなんともうひとり現われた。

なんでそんな急にもてるようになったんだこの干物女は。今までさんざっぱら奥手でなにもしてこなかったしチャンスも来なかった筈なのに。その理由を考えてみる。どういう男がホタルのようなタイプを好きになるのかというのは置いといてなんでホタルがという理由をば。

一途であること、嘘をつかないというところは誠実につながる要因であるが、しかしながら何故かアホ宮に「誠実」という言葉が当てはまる気がしてこない。なにしろ言行不一致だから。書にしたためた誓いの文言がそれを如実に語っている。でもそれはぐうたらのせいによるものであって、ぐうたらでも誠実になりうるのかというテーマなのかしらん。誠実だったらそりゃあ確かにモテらあね。でもいまのところぶちょおの期待に対してその努力の様を褒めてはくれてるが応えられていない訳でこれが理由とは考えづらい。

隠し事をしないというところは自分に矜持を開いてくれてるんだと錯覚してしまうのかな。

もちろん恋する女は綺麗さというフレーズの通りで今春が来て綺麗になったという事は観ていて理解はできるけど。まあこの点については「綾瀬はるか」という役者さんがそもそもお綺麗なんだからいくら無気力な服装に身を包んでも変貌ぶりの説得力としてはいまいち薄いけど。

つまるところ面白い女だからということくらいしか思いつかないのですがそんな理由じゃない筈で。それを知ることが今後の展開の妙なのかな?

ホタルが近づくというよりもぶちょおが合わせるという構図になってきつつあるようだけど。どうなんでしょうね。個人的には歩み寄るぶちょおをというよりもぶちょおという気高い山を山田姉さん(板谷さん)とかの助力を受けつつも自力で登頂するアホ宮の努力という様を面白おかしく愛でたいとこなんですけどね。

とは申せこの回の最大の見所は山田姉さんの逆プロポーズでありましたな。あないなこと言われたらそりゃOKしますわなあ誰だって。押しかけ女房みたいなえぐさが皆無で相当ほのぼのきてしまいました。仕事も出来て、酸いも甘いも噛み分けた老練な恋のプロフェッサーのたどり着く先がダサい金ないの二ツ木(安田さん)のもとというのは含蓄がありますなあ。ホタルに教えているふりをして着実に自分の幸せに向かって進んでいく要領のよさを感じなくもないですがまあ口実というかきっかけであって本心なんでしょうね。まあとにかくよかったよかったなにはともあれ。

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天使のわけまえ その4

 「仕事をなめてる奴が一番むかつくんだよ。」と吠える人種はどの職場にも必ず一人くらいはいるもんでして。

そういう人って基本仕事が出来る人か正論吐く人かどっちかなもんで反論できないけれど、とにかく吠えられると忸怩たる気分になって仕事って楽しくするのが一番大切なんじゃないのかと大抵は思えてくる。正直うっとおしくもあるのだがこういう人がいないと傷をなめ合う仲良しグループに陥ってしまって仕事としては成果が上がりにくいのもまた事実。なかなかに組織として人と付き合うというのは難しいもんですわ。

というのを具現化してた落合(佐藤さん)でありました。なんか説得力あったなあの存在感と憤り具合は。

あそこでさくら(ともさかさん)ならプッツンキレるのかと思ったけどそうでもなかった。もっともあそこでキレてたらドラマとして話しが進まないだろうけど。でもあの不遜なキャラの面影がみられなかったのは確かだったな。それをくるみ(観月さん)いかにとりなして立て直すのかというのを観てみたかったな。

ドラマでは押し黙って固まってるのを見かねて手助けしてくれたけど、吠える人ってのは貝になってやり過ごそうとする人を嫌う傾向にあるんだけどな私の経験上からいうと。

などと本編とはあまり関わり合いのないところに反応して観てた回でありました。

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*だでねえ

ニュアンスから訳すと「なんだからね」であろうか。

最近ネットとかで遠州弁で文章を作る時、語尾を「だに」や「だら」・「にい」で締めるという文章が多いような気がする。他にも言い様はある訳で。

そのひとつが「だでねえ」。(文章の頭にくるものは除く)。

例えば「やっちゃかんだでねえ」(やってはいけないんだからね)。

「やっちゃかんだに」(やってはいけないんだよ)となれば軽い命令形であり実際使うには余程親しくないと角が立つのである。

「やっちゃかんにい」(やってはいけない)ともなれば指示命令口調であり

「やっちゃかんだら」(やってはいけないんじゃないの?)となれば「聞いた話では」みたいで説得力は薄く

「やっちゃかんら」(やっては駄目だろ)ともなれば止めるというよりも親身な感じが薄い野次馬的状態に近くなる。

このように実際耳にするにおいては「だでねえ」が一番柔らかく聞こえるものである。

例文

「ほいあんたの番だにい。」

「う~なんかいやったいでパス1ね。」

「なにゆってるよを。トランプやってるじゃないだでねえ。あんたひとことゆうまでこの会議終われやせんだでねえ。わかってる?」

「だってゆおうとしてたの全部先ゆわれちゃっただもん。」

「しょろしょろしてんでなんでもいいからなんか言いな。」

「え~っとですねえ。右に同じです。」

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ジョーカー 許されざる捜査官 その3

 許されざる行為に突き動かされる行動の源は正義感の塊りというものではなく、なにかに押しつぶされる脅迫感に近い切迫感か閉塞感によるもんなんでしょうかね。

ラーメンをすするのはどういう理由の儀式なんだろ。

こう毎回だとたまには法で裁ける展開ってのを息抜きというか普通の仕事もしてるんだぞというところを観てみたくなりますな。悔い改める気のない奴ばかりというのは観てて疲れますわ。

まあ殺さず苦しみ続けさせるという罰の与え方はなるほどなと思うけど。存外法で裁けぬ言語道断なる悪党をば見事成敗致し嗚呼爽快という感じではありませんな。

ところであの幼い頃に出遭った893さん。死したる訳ではなく生き残ったって事らしいんですけど893ってなめられたら商売上がったりでしょうから伊達(堺さん)にお礼参りとかしてこないのかしらん。まあ殺人してますから今もってムショに投獄されているんでしょうけど。

とにかく一話完結という感じではなく謎が次第に明らかになってくという展開らしく、一話でも見逃したら興味半減になってしまうかも。そう思える程綿密に思えてきました。能天気に観ていいドラマじゃないのかも。

闇には闇をという手法なんでしょうかねえ。

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*遠州弁は古文っぽい

「やらしょうや」。

訳すと「やらせろよ」。

これを少しいじって「やらしょうぞ」とするとなんか古文っぽくなる。(実際に遠州弁としてこんな言い回しはないが。)

考えてみれば「や」にしたって古語っぽいのだから「ぞ」にしなくても古文っぽい筈なんだが。

「やる」を「さす」に変えると

「さしょうや」となっていかにもな感じになる。もっとも遠州弁として訳すと「させろよ」で格調なんぞどこにもないが。「遊べや親のない雀」みたいなのとはえらい違いである。が、文字にすると近い言い回しに思えてくるのが不思議。脱線するが、遠州弁的解釈でいくと「遊べよな親のいない雀」というニュアンスとなる。

「やらまいか」の「まいか」にしたって古語辞典に載ってるような言い回しだし。

こう考えていくと遠州弁って古語の生き残りなんだろうかなあと改めて思えてくる。なのだが、だからといって学校で習う「古典」の成績が全国的にみて遠州人は普段使いしてる分優秀であるという話しなんか聞いたこともないという現実。

まあ口語と文語を一緒くたにするなというご意見と、英語の成績がいいからといって英語が喋れる訳でもないのだから納得ではあるが。

いずれにせよ単なる思い込みなんだろうかな。

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夏の恋は虹色に輝く その2

 時間の流れはじっくり腰を据えてという勢いだけどテンポ感は早く感じられる。つまりまったり感がない。面白いと感じます。基本アットホームだし。

じっくりだけどサクサクと感じる理由はやはり登場してくるそれぞれの人物の色模様がはっきりついていてエピソードがいくつか同時進行しているからなんだろうかな。そう映るのは主役がカリスマ的かつ圧倒的な存在感でぐいぐいということではなく和を以て尊しとすみたいなバランス感覚が松本さんにあるからなんだろうかな。脇が主役を盛り立てるというのではなく主役が脇を光らせるみたいな。押しより受けが得手な役者さんなんでしょうかねえ。

そういう意味では真逆のやあやあ我こそはと先陣切りたがる存在であろう桜との対比と衝突というのも見どころになるのかな。まだタメという感じには映ってないけど。それとも大雅か詩織のどっちかに感化されて更生してくというキャラなんでしょうか。いまのところどっちなのか読めませんです。

竹内さんの空気感とも合う相性の良さがあるような気もする。今のところ歯牙にもかけない美しさみたいな感じだけど、これが片思いから両想いに変化したらどう漂う雰囲気が変わってくるんだろうかという楽しみもありますな。

初回の画の見事さに惹かれたけどこの回は影をひそめて筋道重視の感じがしました。ほんのちょっとでいいからおお~!と思える画を挟んで欲しいなあ。

シーンとして印象的だったのは、セクハラとさりげなく皆に触れ回されその言い訳を「ただの事故だもん。」と動揺する大雅(松本さん)。その後ろ姿に両手で頬杖ついて一瞥をくれつつ、したりと笑う詩織の表情が印象的でした。ああいうのってアニメやマンガでしか表現できないものかと思ってたけど具現化出来るんですねえ。

パソコンを自在に操りながらビデオの配線が出来ないお人。なんか矛盾を多少感じなくもないところで、これは住んでるところを紹介する口実として行われた事なんだろうかと勘繰ったりなんかして。

てて親は誰なんだという謎も含めて違う世界の生き物みたいな謎だらけの詩織(竹内さん)に興味が湧きますな。

子役上がりと言われるのを極端に毛嫌いする桜(桐谷さん)も不思議なお人ですな。プライド先走りで言も行動も統一されてるのかと思いきや、意にそぐわぬ仕事や注文に応えて仕事を取ってくる姿は言行不一致で摩訶不思議ちゃん。

月9ですから結末は鉄板であろう恋のさや当ての行方というものをどう単調に見せない手管を施すのか。

まあ個人的にはこの役者さん大成するんだろうかという方が興味湧くところですが。

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*おにい

「鬼い」。訳すと「鬼め」・「鬼だ」などと言っている。

この「い」は「おに」の「に」の長音化によるものなのか、「い」という終助詞となるのかという話し。といってもこうだと言い切れる答えは私では出せないが。

「鬼」に限らず「ケチ」でも「ケチい」となる訳であるが。

例えば「やりー」と伸ばすとその意味は「やったあ」という意味となるが

「やりい」ということであればその意味は遠州弁では「やりな」という事になる。

さてどうなんでしょ。動詞につく場合と名詞につくのとではどう違うのかな?

例文

「十分休んだらあ。さあ食いまいか。」

  (十分休んだだろ?さあ食おうぜ。)

「まだ食うだ?はあいいじゃん。」

  (まだ食うのかよ。もう満足だろ。)

「ばかこいちゃかん。これっぱかじゃ元取れてもしんに。せっかくの食い放題だにい。」

  (冗談いうなよ。これしきのことじゃ元が取れてないだろ。せっかくの食い放題なんだから。)

「儲かるように出来てるだもんで元なんか所詮取れんて。」

  (儲かるように出来てるんだから所詮元なんか取れないよ。)

「馬鹿こいちゃかんて。限界挑戦しんでどうするよを。根性みせろやあ。」

  (馬鹿な事を言うんじゃないよ。限界に挑戦しないでどうするんだ。根性みせろよ。)

「この おにい。」

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GM 踊れドクター その2

 天才にありがちな「奇」を有してる様が面白いしそれを東山さんが違和感なく演じておられるし、椎名さんと小池さん観てるだけでも十分愉しい存在感だし田部さんの猛獣使い(奇行のあしらい)振りも嫌味がなくて見応えがあるけれど。それに加えて全体的にはコメディという空気感も嫌いじゃないところだけど。

だけど、今の状況に至るまで及び今のこの場に留まる意味の動機付けが別の意味でおかしい。しらけ鳥がとんでるんじゃないのかと思える理由(ダンサー仲間探し)でこの医療過疎の地に留まるということ自体あれまでありますが。かような地でその才を駆使したところに意義を見い出してる訳でもなくなおかつ見事やりきったという達成感が薄味で。彼が満足しているのは「今日もよく踊った」ということというのはなんだかなあという勢いであります。

やる気のない医者が再生してく様を愛でるドラマということであればまだ誰も覚醒していないからこれからですよという事になるのだろうけど。嘘で塗り固めた相棒探しでは絶対叶わぬであろう夢想を追ってる虚しさが漂いていとあはれ。早くなんとかしてそれはそれ医者は医者として明確に分離した上でより患者を救う(病魔の発見)事の達成感に満ちた展開になって欲しい気がしますです。

もちろん描いていないという訳でありませんがその魅せ方がどうも上記のようには伝わってこない感じがするところです。

とにかく役名の誰それを愛でるがという感じじゃなく役者さんそのものを愉しむという感じでありましていまいちこの世界に乗っかりきれていない感覚であります。なんかこの病院で医者として全力を尽くす意義を見い出す起死回生の展開を期待したいところですな。

別に踊りながら思考を巡らすという図は「奇行」ということで違和感感じてはいないんでもっとまじめにやれとかいう事ではなく、あくまでここに居る理由づけがもっともっともらしくなって欲しいよなと思えるんです。

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意図が分からぬ

 大分その熱が収まりつつある今日この頃、ついこの間のサッカーの話題花盛りなりし折、ふと思ったことは選手の親御さんがようけメディアに出張ってらっしゃるなあと。試合場に出向いての応援はもとより息子さんの活躍は?というメディアのインタビューにも応えられの映像が繁く目に入ってくる。果ては恩師等選手に関わった人にまでメディアは押し寄せていたっけ。

野球とかだとプロで活躍するようになった選手に対して学生時代の監督が恩師として出張られることは以前からなかなかにあったけど。それにしてもサッカーは家族の応援の様が目立つ印象だったな。サポーターと呼ばれる熱心な人には近づけないなにかがあるからなんだろうか。

最近話題になってた他のスポーツだとフィギアスケートやらがすぐ浮かぶけどこれほどまでにメディアが追っかけてる印象はない。冬季オリンピックの際にもその傾向はみられつつあったけどこれほど綿密ではなかったような気がする。一体報道する側は御家族から何を聞き出そうとして何を伝えようとしているのだろうか。

家族の支えがあってこそここまでこれたというのは何もサッカーだけに限った事じゃない筈で。

まあ昔は出身地が異様に盛り上がるという様がよく映し出されていた訳でそういった対象がより密着化した結果とも勘繰れなくもないが。

別に悪さした奴の「親の顔をみてみたい」とかいう晒しという訳でもないから家族が出張っていけないということを言ってるつもりはなくむしろ誉れを映しだしているのだけれど。くどいほど繰り返すけど親御さん方が出過ぎだなんていった批判的なことはこれっぽっちも思ってません。あくまで取材する側の意図の問題でありまして。

なんでサッカーだけがこうも突出してたんだろうというのが疑問でありその報道する意図はなんなんだろう。次の燃え盛るスポーツイベントの際にはこの傾向が続いていくのかはたまた今回だけなのかが見ものではあるな。

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*だでなによを

「だからそれがなに?」と言っている。女性言葉か。

男だと「それんなんだあ」とかであろうか。

突き放したもしくは開き直った言い方なので放った相手に温情味を求めるのは難しいところである。つまり売り言葉に買い言葉へと進みやすい。

例文

「あれえ、そこんさあはそうゆう風にしん方がいいだにい。でんとカスん飛び散るじゃん。」

「だでなによを。いいじゃん。勝手だらあ。そんなこん気にしてたら満足のいくもんつくれんだでねえ。」

「なにゆってるよを。あと片すのこっちだでねえ。あんた後ほっぽらかいてなんにもしんじゃん。片す方としてひとことゆう権利はあるだでねえ。」

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