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ハガネの女 その6

 来週最終回なんだって。早いなあ。とても濃密でありながらテンポが駆け足の如く速く。しかしながらそれは駆け足といっても決してはしょられてた訳ではないスピーディさを醸し出しているだけにとてもよく練られた脚本なんだろうな。だから無意味に延長しても間延びするだけなのかもしれないところではあるけれどもっとハガネ(吉瀬さん)を愛でていたいものですわな。

色々問題はあるけれどそれを印籠出して一件落着とならずにそういう色んな想いが交差しつつなおかつ引きずりつつも前に進んで行くという形がリアルだよなあ。瞬間の激痛より終わりのない鈍痛の方が精神を滅入らせるものなだけにその精神力は凄いよなあ。

今回はセリフで含蓄のあるものが多かったな。釣り堀の会話はなるほどと。特にコロンブスの卵みたいな目からうろこ的な内容ではないけれど普段漠然とは理解出来てるけど具体的に言葉にするのが難しいような事を述べられてたところがなるほどと。

悩みや苦しみが溜まってくることの負の連鎖。それを解きほぐす術。そして一旦軽くしたところで溜まってきてまた元に戻ってという輪廻みたいな繰り返し。

詰まった感があるのは、解きほぐす術たる吐き出す先を持っていないか誤った吐き出し口に首を突っ込んでるからとかいうことで停滞してしまうんだろうな多分。そういった終わることのない循環の世界感が言い表せられててそのセリフ聞いて別に解決策を述べてる訳でもないのだけれどなんか勇気というか心のもやもやが一瞬晴れたな。溜めないようにするんじゃなくて上手に吐き出すということが大事という事。う~んなるほど。

他にも趣旨としては、心の傷は一生消えるものではない。それを頑張って背負って生きていくものだ。というもの。

ゲームや亜バターみたいなリセットや変更・成りすましや他人のフリなんぞは人生には存在しない。傷は「業」と言う名に変わって一生それと付き合っていかなくてはならない。つまり当たり前すぎるけど「後戻りは出来ない」。至極正論。でも金さえあればそれを払しょくできると思い込ませることが出来る現実。

なんか原点に戻って「生きる」ってなんだろうというのを考えさせられる感じがしてきます。それはとりもなおさずハガネが子供たちに諭すように伝えようとしている構図だからで。そういう意味では自分の立ち位置目線は生徒の一人となっているのかもしれない。ええ歳こいやおやじなのに。

ハガネの繰り返さないという決意はちょっと切なかったな。

ちょっと思い浮かんだのは、これはハガネが女性故に母親的接し方が出来るからこそで男の教師だったらこうは接することは出来ないんだろうなと。男の先生であったならどう接するドラマになったのかなとふと興味が湧いてしまいました。

ところで最後に教育委員会さん登場。で、辞める辞めないででひと悶着ありそうな雰囲気。どうなっちゃうんでしょうね。予測としては短い間でしたけどお世話になりましたという事は覆らず塩田(要さん)を追って苦難の道を歩みつつも二人で理想の教育現場の構築に勤しむ未来予想図って展開なんじゃないのかなと予想してるんですがいかがでしょうか。それともそれまで敵対してた親が子供に先生を助けてとせがまれ一致団結して教育委員会の意思を覆させて何事もなかったかのように同じこの教壇で騒々しい毎日が続いているとかか。希望としては後者だけど。

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*ほいじゃやらすかねえ

「それじゃあ始めようかねえ」と言っている。声掛けである。「ほい」の代わりに「ほん」・「そん」という言い方もある。

「さあ始めようか」みたいな手を叩いて促すかのような勢いではない。

「やらまいか」や「やらまい」より強要(要望)度は低く勧誘という意味合いの方が強い。こう言う場合はそうする事になっている状況であることが多くしない事はまず無いのであるが、まあ一応気を遣ってるということである。

「おい、やるにい」ともなると「やるぞ」という事で命令調になる。

「ほいじゃやらすかねえ」と同じ感じのまま「どっこいしょ」みたいな独り言として発する場合には「ほんじゃやるかあ」・「ほんじゃやるかねえ」辺りであろうか。これみよがしにいう場合(間接的に促す)という場合にも使われたりもする。男女共用。

例文

「飯も食い終わったらあ。ほいじゃぼちぼちやらすかねえ。」

「なによをはあやるう。えらいやる気満々じゃん。どうしたよを。」

「別にい。いつもこうじゃん。」

「ふんだだこたああらすけえ。いつもならゆわれるまでうだうだしてるじゃん。」

「そうけえ?」

「絶対なんかあるな。」

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*さあ

「いざ!」という意味ではなく「さ」を伸ばす言い方。男女共用。

「あったりまえじゃんそりゃいるさあ」

だと「そりゃいるに決まってるだろ」と訳すことになる。イントネーションが独特である。説明するに難しいが語尾を上げて「あ」を強く言う。

意識としては当然だろうという勢い。

「さあ」の強調形は「さあれ」・「だあれ」。「さあれ」の短縮形という憶測もイントネーションが同じだから勘ぐれるところではある。

例文

「みんなの分アイス買い行くけど、あんたもいる?」

  (あなたも欲しい?)

「そりゃいるさあ。わしだけはぶせにしんだっていいじゃん。」

  (そりゃいるに決まってるだり。仲間外れにしないでよ。)

「いやなんか腹回り肥えちゃかんで節制してるって聞いたもんでやあ。」

  (いやあなにかメタボにならないように節制してるって聞いたからさあ。)

「こうゆうのは別腹だもんでいいだよ。」

  (こういうのは別腹だから構わないんだよ。)

「だでかんじゃないの?」

  (だから駄目なんじゃないの?)

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*しんだ・しんでる・しんでろ

共通語の感覚だと物騒な話しとなるのかもしれないが、遠州弁においては「馬鹿」と同様普段よく使う言葉である。必ずしも遠州独特というわけでもなかろうがよく使うというのは地域性があるかなと思って記載。

「死んだ・死んでる・死んでろ」と「死」と言ってるが必ずしも悪い意味で使われる訳ではない。

しんだ

燃え尽きた・極度に疲れた「徹夜続きでしんだ」

万策尽きた・打つ手なし・終わった「ここまできたらはあ駄目でえ。しんだ。」

しんでる

用をなさない・動けない・手が離せない「あいつに頼みたいけど変な電話に捕まっててしんでる」

疲労困憊・リタイア中「あいつぁもう限界でえ。しんでるにい」

静養している(する)「どつかれたもんできんのうはずうっと家でしんでた」

無為に過ごした・燻って(くすぶって)という意味合いでも使える「やることなくて昨日はずうっと家でしんでた」

しんでろ。しんでな

抜けてろ・参加するな・手を出すな「話しんややこしくなるでおめえはしんでろ」

繰り返すが「し」は「死」であり「する」の変ではないし「死」という表現であっても憎悪や悪意はない。

例文1

「あれ?あいつどこ行っただあ。」

  (おや?あいつはどこに行ったんだ?)

「あそこんさあで死んでる。」

  (向こうの方横になってる。)

「なんででえ。朝っぱらからなに死んでるでえ。」

  (どうしたんだ?朝早くからどうして倒れてるんだ?)

「寝坊して遅刻しそうだったもんで必死こいて全力疾走してきただって。」

「そんで死んでて仕事んならんじゃしょんないじゃん。」

  (それで精力使い切って仕事にならないんじゃ話にならないだろ。)

「そんなこたあねえらあ、時間を守るってのは社会人として大切なことじゃん。」

「まあそりゃそうだけえが。」

  (まあそれはそうだけど。)

例文2

「うわあなに?この量はぁ。」

「凄いらあ?とてもじゃないけどやりおおせんで死ぬにいこりゃあ。」

「あいつわあ?」

「はあすでに死んでる。」

「逃げ出さんだけでもまだ偉い方かあ。」

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パソコン買い換えて その2

 フリーズ癖。今日は無しで済みそう。でもなんざんしょグーグルに行くとインターネットエクスプローラーがなんたらかんたらというウィンドウが出て暫し動かなくなるんですよねえ。よくよく考えてみればこのパターンというのが多くて。相性でも悪いのかな。

以前よりも遥かにサクサク進むのはいいんだけど突如マウス以外無反応になるのってのは前兆無しにいきなりって感じでありまして、XPの頃の徐々に重くなってくのに慣れてる身としてはどうにも唐突過ぎますわ。

ネット絡みでいえば、自分のホームページを検索するとおとついまでニフティでもヤフーでもグーグルでもヒットしたんですけど、今日検索したらどこもヒットしませんでした。忽然と無い物になってしまったようで寂しい。これがパソコン変えたせいなのかどうかは当然定かではないのだけれどなんとなく換えたせいだという風に思えてしまう。

とりあえず前進したのはフォントは変えることが出来た。でももう一度やれと言われても出来るかどうかは自信がないくらい分からないところに隠されてたという印象。

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チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋 その12

 「きわめて鴨志田」ってな勢いで鬼畜の権化その本性をついに現わしトカゲのしっぽ切りを断行するも白鳥(仲村さん)の大見得が切れまくり「よっ仲村屋」とつい声をかけたくなるような顛末でありました。迫力あったなあ。お芝居の世界でなければ絶対観られない光景なだけに徹底的に爽快さの追求に勤しまれたようで堪能しました。ところであの締め方は息の根を止めたのではなく半殺しということなんでしょうかねえ。

それにしても実行犯。「元」が付くとは申せ絶対零度に引き続きここでも犯人は警察官とは。なにか恨みつらみとかあるんでしょうかねえ作り手さん方は警察に。現実でも護送車付け回してなおかつ進路を妨害したりとかされてますからテレビ局という組織そのものの気質なんでしょうか。

こういう景色が打ち続くと刷り込みで警察信用するに足らずとかいう意識が無意識のうちに埋め込まれたりなんかしないだろうかと心配してしまいます。

もう一つの見所である速水先生(西島さん)は助かるや否やという展開。もはやこれまでと誰もが覚悟を決めたところまで追い詰められての一発逆転劇は面白かったな。

最後の顛末は映画と同じでありましたが、それにしても再び大きな修羅場がこれから始まるぞというところで終わるというのは思わせぶりではあるかなと。自分は映画観てるんで想像妄想膨らませてその余韻を噛み締める事が出来るけど映画見てない人は果たしてどうなんだろうなと一瞬優越感に浸ってしまいました。ドラマでは全く描かれてなかった看護師長のこの後ということもあるしね。

ぐっちーはやれば出来る人なんだというのはよく分かりましたがいささか出来過ぎな感を抱きました。対しての白鳥は最後弾けてて見応えあったなあ。またいつか観たいお人です。

とにかく愉しかった。

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*あじゃあじゃ

「ごちゃごちゃ」と変換すればいいのであろうか。

「あじゃあじゃこいてた」だと「ごちゃごちゃぬかしてた」とかいうことになる。陰口系の言葉なので本人を前にしてこう発することは全くないとは言わないがほとんどない。

「あいつなんかあじゃあじゃゆってたにい」はあっても

「おめえなにあじゃあじゃゆってるだあ」とかは普通無いということであろう。

「ごちゃごちゃ」との違いは「あじゃあじゃ」には大袈裟に言うと虫が這うような気色悪さが含まれることが多い。つまり虫唾が走るみたいな気に入らない感情がそこはかとなく含まれている感じであろうか。むっとした感情よりも「なにをぬかす」みたいなうっとおしい感情の方が勝っている感じであろう。

あ、こいついい加減なことを言ってるなと判断した場合にもそれを評して使われることも多い。

基本は体裁を繕って聞いてる風を装っているが聞く耳持っていないから殆ど聞いてないというか無視に近い勢いを感じるところである。話半分どころか話4分の1ってところであろうか。

他の状況としては相手が怒りまくってるとかでとにかく興奮していてなに言ってるのか聞き取れないという時にも用いられることがある。こういう場合の「あじゃあじゃ」の訳は「わーわー」となるであろうか。

例文

「どうだった?むこうさんはなんか言ってたけえ。」

  (どうだった?むこうさんはなんか言ってきたかい?)

「な~んかあじゃあじゃゆってたやあ。」

  (なんかごちゃごちゃ言ってたなあ。)

「なにいあじゃあじゃって。」

  (なんだよごちゃごちゃって。)

「どうせあれやれこれやれってゆうばっかだもんで愛想だけよくしてきた。」

  (言う事といったらあれやれこれやればかりだろ。聞き流して愛想だけよくしてきた。)

「困るなあ。みこばっかよくしたって肝心の要件聞いてこんと話し進みもしん。」

  (それじゃ困るよ。印象よくしたところで肝心の要件ちゃんと聞いてこなくちゃ話しが進まないだろう。)

「間違わんように後でファックス送るっつったでそれ見てやあ。」

  (行き違いがないように後でファックス送るそうだからそれ見てくれよ。)

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絶対零度 未解決事件特命捜査 その11

 えぐい事件であらしゃった。正直最終回に持ってくるようなネタとも思えない気がいたしました。禍根ばかり残って後味いとむなし。爽快さにちと欠けたかなと。

「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」

けだし納得の名文句なりせば、刑事モノのドラマが頻発したところでネタ切れになるような事はあるまいて。と思えるのだが。

にしては警察官が犯人って構図をここんとこよく観る機会多くして、いささか食傷気味とはこれ如何に。其は本来捕まえんが為に悩み抜きつつ邁進すべき様を愛でるが役割たる筈がその役割を放棄しているという事が一因とも思えるが、警察官が温情をみせるとろくなことにはならないという暗示なんでしょうかねえ。しかも今回は身内にかけたが仇ということで。

悪意から起きた一連の顛末ではなかった訳ですが、なんだかなあという感想が湧き出でしかな。

 とは申せ、毎週火曜日はお楽しみの曜日でこの絶対零度と次に続くぐっちー白鳥奮戦記を続けて観るのはホント楽しみでありました。高峰(山口さん)と白石(中原さん)が映えてたな。科捜研の大森(北川さん)と竹林(木村さん)のヲタクっぽさも最初プロ集団らしくなくあれ?でしたが回を重ねるうちにというか白石と竹林の関係も面白くていやこれはなかなかおつじゃないかと変化してきまして、カメ(上戸さん)と室長(北大路さん)を観る以外にも観て愉しい部分が多く観るとこ一杯あってとにかく面白かったです。そうそう白石と係長(杉本さん)の関係も面白かったな。

ドラマの筋道がというよりもそれぞれのキャラを愉しむドラマだったような気がします。

最後?の課題にカメは答えを提示していなかったけど、これって続編アリなのかな。あっても不思議じゃないし観てみたい気もします。

テンポ的に本来地道な筈であろう聞き込み等が必中な勢いで新情報の獲得とか若干アップテンポで進む感じがしましたんで連ドラよりも2時間スペシャルとかでじっくりした流れの中で観てみたい気がしないでもないところですが。

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*やけに

辞書にあるくらいだからこれは共通語であるが微妙にニュアンスが異なるので記載。

辞書には「やけに」{副詞・俗語}程度がひどくて、もう我慢が出来なくなる様子。やたらに。「やたらに暑いね」

遠州弁では「妙に」というニュアンスで使われるところが異なるところである。ちなみに辞書での「やけに」の意味だと遠州弁では「やたらと」を使う事が多い。

「やけに暑いね」だとその訳は「妙に暑いね」となる。つまりいつもと違うねという意であり我慢出来ないと言ってる訳では必ずしもないのである。

ただ疑問なのは「なんだかやけに暑いね」とかいう言い方は共通語ではしないのだろうかという事。なんかしてる気がするのは気のせいか。

まあとにかく辞書の意とは異なるので遠州弁として記載しました。

要は遠州弁での「やけに」は「妙に」・「なんか」などといったレベルで決して我慢できない訳ではなく気になる程度でという意で使われているということ。「やけに」の「に」は音便化で「ん」に変化して使われることが多い。

程度でいえば

なんか(なんとなく)<やけに(妙に)<やたらと<だいぶ(相当)<えらい(大層)<がんこ(非常に)<ばか(とてつもなく)

おそらくは遠州に限らず広範囲でこういう使い方をしているのであろうが俗語扱いということで辞書には記載されていないだけだろうと推測するところです。

例文1

「奥さんおいでる?」

「あら奥さん久しぶりじゃん。元気してたあ?」

「おかげさんでなんとか息してるわ。でも今日はあれだねえやけん蒸すねえ。」

「そうだよねえ。まだ梅雨入りしてんにねえ。」

例文2

「今日はわしおごっちゃるでたんと飲みない。」

「どうしたでえやけん今日は太っ腹じゃんか。」

「そこんさあで一万円拾ったもんでやあ。」

「そりゃまずいらあ。警察届けにゃかんらあ。」

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パソコン買い換えて

 今週パソコンが壊れて慌てて買い換えました。なんで好むと好まざるに関わらず必然的にXPから7に変わりました。

いまいちどうにも如何ともし難く慣れてない訳で諸々とまどうことが始めちょろちょろ中だあだあにと湧き出てきてます。その原因がパソコンの方なのか他の理由なのか使い手の無知によるものなのかが掴めないまま往生こいてる訳でありまして。その症状を列記してみます。

*よくフリーズする。

 操作中突如フリーズする。しかも頻繁に。暫し待って回復を待つもハードディスクのアクセスランプがチカチカしてるだけでうんともすんともばかりで暫し待って回復したこと一度のみ。マウスは動いてるけどどこ押しても反応してくれない。Ctrl+Alt+Delete押しても反応なし。仕方がないから電源ボタン4秒以上押して切るしか手段なし。やった回数数えてないけど一日一回はそんなことばかりやってる気がするな。

買ったばかりだからほぼ容量は空に近くマニュアルに書かれてある原因の「Cドライブの空き容量が少ないのでは」という筈もなし。やってることといったらホームページとブログの投稿だけなんですけど。なんだろね。

BIOSの書き換えとかいうダウンロードやったんでそれで改善してくれると嬉しいんだけど。

*字体が馴染まない

 慣れの問題なんだろうけどどうもなあ。替えればいいじゃないかというけどやり方がよくわからん。横に若干長い字体は読みやすいんだろうけど実際自分が書く字は縦長になるのでどうもね。フォントの一覧は出るんだけどそこから先どうすればいいのかいま百わからん。

*リモートホストだとは私は東京人

 アクセス解析・カウンター等本人がカウントされるの嫌なのでその設定を変えようと思ったらココログの解析では自分は東京からアクセスしたことになってる。なんじゃそりゃ。

*同じメーカーのパソコンに買い換えたけどユーザー登録しようにも依然の登録番号やらなんやら一切合切忘却の彼方に飛んで行ってしまって登録できない。

仕方ないので新規の登録として済ます事にした。ま、これはずぼらな人間が引っ越しするとかえって面倒が増える悪循環ということで機械のせいでもなんでもないんですが。

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*意外と方言って抜けるもんだにい

遠州より出でて遠くへ住まいて時経てもなお遠州弁が抜けないとお嘆きの方の声をよく聞くけれど。それは関東方面に行った方の嘆きなんだろうなと思える。

自分の身の回りの体験上でいくと、大学進学で大阪で暮らした奴は僅か三年程で関西弁しか喋れなくなってたし、京都のお店に修行に行った奴と酒場でだべった時べろんべろんに陥ってもそやつは遠州弁を忘却の彼方に追いやり終始京都弁だった。20代前半ということで子供程にスポンジの様な吸収力はないにしても対応力が豊かだからということはあるにしても、それはまあ裏切りにも近い見事な変わりっぷりであった。もちろん本家からしたらまだまだ修行が足らない部分はあろうが。

きっかけさえあれば関西系の言葉使いはすんなり染まるもんだと実体経験上思ってる。ところが関東の方だとどうにも染まりきれないみたいである。江戸の言葉と遠州弁は祖先を辿れば近い筈なのだが不思議といえば不思議である。

関西人が浜松に降り立ち言葉を発すればその違和感はとても目立つと感じる遠州人であるのに。

それは多分に置き換えられる言葉が多いからだろうなきっと。憶測だけど「だ・ら・にい」とかなら「や」とかにみたいな。「そうだら」→「そうやろ」とか。後は大きく違えば習うしかないという自己改造に勤しまざるを得ないからというのもあろうか。

それか関東については共通点が多いなだけに、その微妙な違いを習得しないまま過ごしてしまうという改造意欲に欠ける部分があるのかもしれない。

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新参者 その10

 嘘の上塗りどツボにはまり溺れ溺れてにっちもさっちももこみちも。ってか。

犯人は誰?というのはもう残ってるの一人しかいないんだからという姑息な推理が当たって意外性はなかったけれど丁々発止は見応えがありましたなあ。犯人捕まえて事件の模様が明らかになっておしまいというのではなく、そこに至るまでの苦悩が役者力バリバリで凄かったなあと。

親として子にすべきことは何かというのを問うていたとも思える結末で、三つの家族の模様が重なり合っての顛末は深いといえば深いテーマでもありました。

余韻としては

惑わしとして使われた倉庫にあった紐。誰が何のためにどうしてあそこに置いたのかが分からなくて消化不良気味。

加賀がついぞ食えなんだタイ焼き。続編ありやなしやの試金石と踏んで観てたけど食えなかったって事は続編アリなのかな?でもなんかタイ焼き食えずともとてもすっきりした終わり方でやり残した感が全くなかったんで微妙。加賀にとっての明日への活力(楽しみ)といった感がしてきた。

とにかく面白かったです。人情モノとして観れる側面も大きいので謎解きに比重を置かなくても面白く観れる筈。キャラ的に阿部さんの加賀恭一郎はぴったりでまた観たいな。絶対目をつけられたくはない怖ろしさはあるけど視聴者という傍観者である限りはあの追い込み方は見応えがあります。

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*おい勘弁しよやあ

女性言葉だと「おい勘弁してやあ」(男も使うか)。

意味は「ちょっと待ってくれよ」というのが一番近いニュアンスか。遠慮願いたいというのでも遠くはないか。まあとにかく幅が広いので一概にこうだとは決めつけにくい部分があるが共通してるのは言われた事に対して強弱の幅はあれど異議を唱えてることだけは確かであろう。

「随分じゃん」と違うところは「随分じゃん」は言われたことに対してやるにはやるつもりではいるが一言言いたいという勢いで「勘弁してくれやあ」は断ること(拒否)を前提として一言言ってるという勢いとの違いであろう。

もちろん「随分じゃん」でも断る時は断るものであるがあくまで勢いということで。

感情的には怒りの度合いは少なく嘆いているという度合いが強い。事が多い。怒ってる場合には「やあばかっつら」とかを使うことになる。

これをやってという事に対しての拒否度を比較すると

はいね<わかった<え~!<まったくう<ホントかよを<おい随分じゃん<やあ勘弁してやあ<やあばかっつら<おいいい加減にしてやあ

みたいになる。まあ他にも色々言い方はあるのであくまで一例。

例文

「あ、いいとこ来た。さっきい苦情入ったでちゃっとそこんさあ行ってなんとかしてきてやあ。」

  (あ、いいところに来た。さっき苦情が入ったんで直ぐそこに行って処理してきて頂戴。)

「やあ勘弁してくれやあ。なんでわしばっかよを。」

  (も~なんで?どうして俺ばっかりなの?)

「しょうがありもしん、今他に誰もいんだもんでえ。」

  (しょうがないでしょう。今は他に誰もいないんだから。)

「自分が行きゃいいじゃん。」

  (自分で行って来ればいいじゃないか。)

「行ってもいいけどそんかわしあれだにい、あんたが部長の相手せるだにい。」

  (私が行ってもいいけれどそのかわりあなたが部長の相手することになるんだよ。)

「う~随分な二択だなあやあ。わかったよいきゃいいだら?」

  (なんて究極の選択なんだ。ん~分かったよいきゃいいんでしょ?)

「ちゃっと行ってよ。頼むにい。」

  (すぐ行ってよお願いね。)

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