« 2010年5月30日 - 2010年6月5日 | トップページ | 2010年6月13日 - 2010年6月19日 »

ハガネの女 その4

 いやあこれはハラハラしますわ。面白い。この先どうなっちゃうのって勢いでどんどん引っ張られてしまいますわ。もうくどいほどいつも書いてるけどなんでこの時間帯なんだろ。自分も含めて宵っ張りの連中だけが観るような質ではないというのを感じるのは気のせいか。

それはともかく、ここにきて明確な悪意が初めて登場してきた。その筋金入りの確信犯はただものじゃない。というか半端ない。今までは親の都合を映し出す子供の性(さが)故の暴挙というか悲哀が描かれてきて鏡にしかなれない子供の悲しさが感じ取れてきたけれど。今回は親の人工培養によって作り出された不幸(もちろん親も子も自分はそれを感じていない)が描かれておりました。

その矛先はハガネ(吉瀬さん)のみに留まらず過去に於いても一人の母親を押し潰していたという経緯があったとな。母は強しと申しますがその強き筈の母をも砕く悪意にどう立ち向かうんだろうと。(アル中がそんな容易く改善できるかいなというツッコミはあれど)母親が立ち直ろうとする経緯と姿が感動的だったな。やっぱ「母は強し」で子供の為に勇気を振り絞れるというのは母親だからなんだろうなと。

泣き寝入りなんぞはハガネのことだから絶対しないだろうという視聴者願望を抱いて観ていたんですが今回ばかりは流石にそういう訳にはいかず妥協点を探していくのかなそれしかないだろうな。そしてそれは敗北や弱気などじゃなく仕方ない事だろうなとすら思っていて今回は母親を立ち直らせ事でよしとするかなと思ってたのですが。そしたら

「寝言はそこまでですか?」&「今回の件で一番悪いのはお母さんですね」。

雑巾汁の給食食べたのも驚いたけど、この返しがそれはそれはもっと予想外であり、まあ見事!謝る・低姿勢だけが対処じゃないというところを具現化してて痛快爽快でありました。決して冷静ではないにしても売り言葉に買い言葉といった感情論にもって行かせない術が凄い。

意表を突いての見事な捌きで思わず「上手い」と感心してしまいました。これをもって倒したと言えるかどうかは定かではありませんが上手をいった事だけは確かで今後有利になりそうでありました。まあつける薬はなさそうな母親でしょうからまだひと悶着ありそうですけど。

学校側が一枚岩でハガネを応援してるというところがちょっと現実離れしてる風にも思えるんですがだからこそ勇気が湧く訳でこういう非リアルはアリというかこうあって欲しいというか。

まずは何とか鞘に収まったかと思いきや、そしたら次は「飛び降りちゃる」宣言。まあ安穏な日が無い事無い事。

いやあホントに面白い。凄いドヨヨンとしたげっそりするような心が荒むお話しばかりなのにその重たくなりがちな空気感をハガネのキャラが相当に救っていて明るく元気を貰えるドラマです。なかなかドラマ観てなにかを貰うということは至難な事ですがこのドラマからは「前向き」と「不撓不屈」という種類の「元気」を貰えます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*遠州弁の初級編的な言葉の解釈

遠州弁を代表する言葉「だ・ら・に・い・だもんで・ほい(おい)・ほれ・やあ(やい)」

この中で他地方の人が苦労するのが「だら・だに・に・にい・ら・らあ」の使い分けと解釈であろう。えらそうな事をいうつもりはないが原住民としてはそれをどうアドバイスしたらよいかというのを考えてみることとする。

まずは、時の流れ的にいうと昔は(強引だけど)すべて「づら」で済ませていた。名詞だろうが動詞にだろうが構わず「づら」はつく。

「雨づら」だと(イントネーションで使い分けているのであるが)「雨だろう」・「雨だよ」・「雨だろ?」・「雨か」・「雨かい」・「雨だね」等など。

「雨づらか」だと「雨なのか」・「雨かあ」・「雨だなあ」等など。

それが最近は細かく分かれて「だら・だに・に・にい・ら・らあ」を使い分けるようになったという経緯のような気がする。したがって分からなかったらとにかく「づら」を使えば時代遅れと失笑を買う事にはなるが間違った使い方と指摘される事はなくなる筈である。多分。

でもまあ今の遠州弁を覚えようという意識がもしあるとしたらまずは以下の如くだと覚える事が初歩といえるのではなかろうか。(「にい」と「らあ」は難しいのでこの際省く。)

「に」→「よ」 行くに(行くよ)

「ら」→「でしょ」 行くら(行くでしょ)。共通語で近いのは「そうかしら」の「ら」。

「だに」→「のだよ」 行くだに(行くんだよ)

「だら」→「だろう」 行くだら(行くだろう)

厳密な根拠があって言う訳ではないが「だ」は確定を表わす。「に」は相手に押し付ける気持ち(軽い命令・指示)を表わす。「ら」は推量(憶測)を表わす。

もちろん

「に」→「のに」という使い方がある。 やれっちゅやあやったに(やれって言えばやったのに)。それんなんでゆわんかったよ(それをどうして言わなかったんだ?)。

なんにでも「に」がつくわけではない。名詞の後には「に」はつかず「だに」となるし、「降れ雨に」(降れ雨よ)とか「雨降れに」(雨降れよ)・「今日来いに」(今日来いよ)とかいう事にはならない。(正しくは「降れ雨やあ」・「雨降れって」・「今日来ない」)

「ら」→「ろう」(らう・らむ)  

「だに」→「だのに」 せっかく来ただに(せっかく来たのだのに)。はあ帰れってか(もう帰れってか)。

「だら」→「だろうに」 そうゆうもんだら(そういうものだろうに)違うか?(違ってるか?)

などといった微妙な意味使いの違い・ルールもあるので確定だ推測だとかいう論法では収まらないものとかが出てくるのだがそれを理解するのは中級クラスでと勝手に決めるとして。

とにかくとりあえず「よ」・「でしょ・だろ」・「だよ」・「だろう」と覚えればヒアリングに関してはとっつき易いのではなかろうか。

発言するにおいて注意すべき点は語尾を安易に伸ばさない事(長音化させない事)。ニュアンスが大きく変わってしまう。特に「にい」の場合には言い方(長音化ではなく「い」を強く発音する)によっては強い命令形となってしまう事があるので配慮が必要である。

もちろん喧嘩売るつもりでいるのならどれでも伸ばして言えば大抵なめた物言いとなるので本意とはなるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

警視庁失踪人捜査課 その9

 もう終わっちゃったのかという想いですな。静々粛々と進む感じが最近のバラエティこらしょでそういった煩わしい勢いがドラマの中にも浸水してきてると思える中においてなんか落ち着く感じでありました。

ひねくれた事をいえばこの回の失踪人は大変良く出来た人物でありましたが、ドラマとして「ひっかけ」るのなら失踪届けを出したこんにゃく者の方の男の好みを否定するようで悪いのですが、もっといかにもな悪役面の役者さんを配置しておいて後半ギリギリまで過去の「悪さ」が発覚してトンズラこいたに違いないと観てる側に思わせておいてくれれば、ひたすら信じるアホな親とこんにゃく者だなあとか誤解して逆に最後アホは観てる自分だったとギャフンとなりたかったところではありますな。なんかもうはなからこれは被害者に相違ないと思えて観てましたから。

うすらほのかな印象としてはまだ続きがありそうなエンディングだったんのでもしかしたら続編が観れるのかしらん。視聴率でドラマの善し悪しを評価するなんて愚かな事だと思っていても世間はそうは捉えないだろうからそういう点では決して高視聴率を稼いだ訳でもなさそうなので望み薄なのかもしれないけれど、速攻刺激的など派手な部分が無いだけに長い時間掛けて作り上げていかなくちゃ熟成しないだろうけど熟成出来たならいい感じのドラマになりそうな予感がするドラマでありんした。

とにもかくにも高城(沢村さん)の愁いを帯びた渋さが目立った印象でありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*みおやあ

「見よ」と言っている。詳しく言うと「見よやあ」で「見ろよ」。

ぞんざいな言い回しに聞こえるところであるが、明治の時分の歌で「天然の美」というのがありその歌詞の一節

「見よや人々この天然の~」

という「見よや」と同じであり決してぞんざいな物言いではなかった筈。そういう昔の言い方が遠州ではまだ残っているということなのであろう。と都合よく考えればこうなる。

今的に言うのであれば「いざご照覧あれ」って感じだろうか。まあ流石に遠州弁の「みおやあ」がそんな丁寧な言葉ではないが「刮目せよ」って感じなら近いか。実際の遠州弁は「しっかり見ろよ」というニュアンスであるので美化しすぎではあるが。

例文

「やっぱ無いわ。ここにゃ無いだら。」

  (やはり無いよ。ここには無いんだろう。)

「ほんとにけえ。ちゃんとみおやあ。ある筈だで。」

  (本当かよ。ちゃんと見ろよな。ある筈なんだから。)

「ふんだだこんこいたって無いもんは無いだわ。」

  (そんな事言ったって無いものは無いのっ。)

「おめえじゃ信用ならんでわしこの目で探すわ。」

  (あんたの探し方じゃあ疑わしいんで自分で探す事にする。)

「おお勝手にしとくりょ。」

  (ああどうぞ存分に。)

「・・・てほれみい。やっぱあったじゃんかあ。」

  (あ、ほらあ。やっぱりあったじゃないか。)

「ってなによを。ゆってたのと全然違うじゃん。」

  (あったってなんだよ。言ってた特長と全然違うじゃないか。)

「ほんとしょんない。」

  (使えない奴だなあ。)

「どっちがでえ。」

  (どっちがだよ。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*くすがる

「刺さる」という意味だが用途は広くはない。及び全てが「刺さる」→「くすがる」となる訳ではないということ。

「くすがる」(刺さる)・「くすがった」(刺さった)は有るが。

「くすがれる」(刺される)・「くすがす」(刺す)というのは無い。

それと、「蚊に刺された」を「蚊にくすがれた」とかいう表現は無いということ。

「棘が刺さった」(とげんくすがった)・「針んくすがった」(針が刺さった)とかいう使い方である。必ずしも鋭利なものでなくとも激しくぶつかって変形した様に対しても使う場合がある。

「自転車金網にくすがってた」(自転車が金網に衝突してた)

この場合金網もしくは自転車が変形してしまったくらいの勢いで自転車がぶつかっていた事を指す。ちなみにこういう使い方の場合「刺さる」というのも良く使われるので使用頻度は「くすがる」・「刺さる」半々くらいか。しいて違いを探すとなると「刺さる」が鋭角的で「くすがる」が鈍角的か。そういう意味では「くすがる」=「めりこむ」という解釈も成り立つところではある。

「くすがる」という言い方はこの程度であろうが、これを「くすげる」という言い方にすると若干広がるところであろうか。「くすがる」は受動で「くすげる」は能動という違い。

ただし「蚊が刺した」を「蚊がくすげた」とは言わないので対象幅が広がるという訳ではなさそうだ。

「刺した」を「くすげた」・「刺して」を「くすげて」・「刺しといて」を「くすげといて」などと言うのは有りそうな気はする。まあ「くすげといて」なんて聞いた事はまずないが。

おそらくは好ましくない・よろしくない事を指していると思われるので~しておいてとかいう使い方は普通しないんだろうなと。

どちらにしてもネット等で調べたら辞書に記載はなく甲州弁で「くすがる」→「かがむ」という意味使いの地域もあるそうな。(もちろん遠州弁にこういう意味使いはない。)

遠州と同じ意味合いでは飛騨・三河・駿河辺りでも使っているらしいという事から東海地域での表現(方言)のようである。

「くすがる」・「くすげる」に近い感じがしてくる言葉に「くすぐる」があるが。

流石にこれとの関係性は皆無であろう。

例文

「きんのう夜中んがんこおっきな音しただよ。」

  (昨日夜中に凄い大きな物音がしたんだ。)

「目え覚めたあ。」

  (それで目が覚めたのかい。)

「いやあ起きてただん。なんしょ暗いもんで見いいったってわかりゃせんらあ。だもんで今朝見いいっただよ。」

  (いや、起きてたんだけどね。でも外くらいから見に行ってもどうせ様子が分からないだろ?だから今朝になってから見に行ったんだ。)

「なにあったでえ。」

  (何があったの?)

「それがさあ。ガードレールんとこに車くすがってただよ。」

  (それがね、ガードレールに車が激しくぶつかってたよ。)

「誰んのを。」

  (誰の車が?)

「知らんだあ。」

  (分からないんだ、あんな車見た事なくて。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*燃す・燃せる

どちらも辞書に載っている共通語で別に方言ということではないのだろうが。

「燃やせる」を「燃せれる」と言うとかになると方言っぽくなるよなと思って記載。

「燃やす事が出来る」だと「燃やせる」・「燃せる」と共通語ではなるのであろうが遠州弁だと「燃せれれる」・「燃やせれる」と言う事もありうる。というのも

「こんなあわし燃せるであんた別の事しない」

  (こんなのは私が燃やすからあなたは別の事をしなよ)

ここでの使い方は「燃やすことが可能」という意味使いではなく「私がやるから」という意味で使われている。、もちろん

「これならわしでも燃せるであんた別の事しない」

といった「可能」という意味使いも全くしない訳ではない。が遠州弁っぽく言うのなら

「こんなあわしでも燃せれれるだであんたあ別の事しない。」

とかになる。「燃せれる」という言い方でも意味は通る。こういう場合でも「燃せれれる」も「燃せれる」も「燃せれられる」・「燃せられる」の「ら抜き」じゃねえかという事を突っ込まれたりするのかな。

話しが脱線したが遠州弁では「する」を「せる」と言ったりもするので「燃せる」だと「可能」というニュアンスよりも「燃やす」という「実行」というニュアンスに取られるということがあるということ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

リサイクルしても用途が変わらない物は何?

 問題です

「何度リサイクルの循環をしても決してその用途が変わることの無い物とは一体なんでしょうか。」

 答え

続きを読む "リサイクルしても用途が変わらない物は何?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋 その10

 関係者に事情聴取を行うという一連の出来事が描かれてる際、議員秘書さんは医療知識あったのかなと思って観てました。直接的な容疑者でもなんでもないから事情聴取されることはないだろうけど一番犯人っぽいのは秘書さんに思えてたんで。

そうしたらメディカルアソートの人(堀部さん)が「私がやりました」なんて展開になって、しかも動機というか謎だった寺内さん(でんでんさん)が伝えたかった話しも語られてと確実に話しが進んでいるのに、すげえ面白いほどに訳が分からん。

佐々木がやったと告白してたけど首まで絞めたというとこは描かれていなかったからまだ犯人は別にいるとも考えられるし、刺されたのだって速水先生(西島さん)がやったとまで断定できない映し方だったし、速水先生の病気はなんなのか判んないしなんで救急車で運ばれにゃならんのか誰が救急車を呼んだのかとかいうのも分からんし。

土壌汚染なんて隠し通せるものじゃなかろうにと思えるしましてや蛙が死ぬくらいヤバイ状態ならもっと地域的な大きな問題となって絶対世間に出るだろうにとつい思ってしまって観てたので売り言葉に買い言葉とは申せカッとなって殺意を抱いてやっちまったというのはホンマかいなと思わんでもないところではありました。

ま、いづれにしても10話終わっても速水という人物がいまだに得体の知れないというのが全ての謎に光りが当たらない理由なんでせうね。

まあ観ている方としてはホント面白いくらい右往左往させられたうえに予測(想像)がつかないことが次から次へとぽんぽん飛び出してきて愉しいドラマですわ。

落ち(エンディング)が読めないというか想像つかないというか。事件についての解明の方向としては議員さんが悪い奴という方向でありましょうが事件解決がこのドラマのエンディングではなく速水先生はなにをしたかったのかというのとそれは達成できるのかという興味は事件解決とは別物でしょうからそれがどうなんだというのがえらい気になるところです。

ここへ来て眠れる獅子白鳥(仲村さん)がついに覚醒しての傍若無人な行動力がまた楽しい。絶対いねえよこんな知識と人脈と地位と行動力を兼ね備えたスーパーマンって思えるんだけどいてくれたら確かに楽しいかなって思えるんですよねえ。勿論出遭いたくはないけど見る分には最高でんがな。

それにこのチームの行く末も気になるところでありますし。目が離せない。このクールの中で一番愉しいドラマだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

絶対零度 未解決事件特命捜査 その9

 高峰(山口さん)の怯え具合が見事でしたな。自信喪失具合といった方が適格か。その苦悩を乗り越えさせたのがやることが無茶なカメ(上戸さん)の救出。最後の変貌振りもまた大人なりせばこれを火事場の馬鹿力(能力)と呼ぶは異様にて目覚めし覚醒と見るが妥当なりや。これでもう迷わないという晴れての再出発という勢いで清々しくもありました。

それにしても前回終わった限りにおいては脱出劇の妙を愛でるんかいなと予想していたんですけど、それよりも犯人さんの心情が主に描かれていて予想外ではありました。悪党ではない普通の人が行う行為というものはやはりやけに切ないものでありまして、その動機は逆恨みとしか思えなくもないのではありますが心情は理解できなくもなく。

いやさ負の迷路に紛れ込んだ悲しさが滲んでおりました。

意外といえば自らの生命の危険を省みず犯人を生かす(みすみす殺さない)という桜木の行動も意外で格好良かったな。

前回これ寄生虫以外の何物でもないと思わせた記者をそれなりに「いい奴」として持ち上げてるところは絵空事とも思えなくも無いところですし、犯人も共に死を選ぶというところ(なにも道連れにしなくてもと)や皆一同打ち揃ってカメの安否を気遣うところなど幾分出来過ぎだよなと感じたりもする部分もありましたが。

良心というか「悪」の介在しない展開でありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*撥音便まるけ ちゃんとしんとかんにい

「ちゃんとしんとかんにい」要するに「しっかりしなさいよ」と言ってる訳であるが。

これだけ「ん」だらけになると結構快感である。そこでもっと強引に繋げてみる。

「あんたねえ体調管理とか『ちゃんとしんとかんだんぜんぜんちゃんとしてんもんで』からだおやすだにい。もうしっかりしにゃかんてえ。今みたくおやいてからじゃ遅いだにい。」

  (あのねえ体調管理とかはしっかりしていないといけないんだよ。それを全然していないものだから体調崩すんでしょうが。もうしっかりしなさいよ。今みたいに崩してからじゃ遅いんだよ。)

まあ説経じみた言い回しになってしまったのだが。

「ホント健康にゃ注意しんとを体おやいちゃ元も子もないだで体調管理だけはちゃんとしんとかんだにい。」

ところでこれだけ「ん」を多く含ませてみると分かるのであるが色んな言葉が「ん」に代わっているということが分かってくる。入れなくてもいいとこに「ん」を入れるのまでが撥音便化というのかは疑わしいがとにかく撥音便のオンパレードではある。そこでもうひと捻りした例文を考えてみる。

「うちんこんぞうはあいい歳だもんでちゃんとしんとかんだんとんちんかんなこんばっか抜かすもんでよめんこんくてやんなるわあ。わしんだってあんたんとこみたく孫んもんりいとかしてみたい気いあるだん、やりゃにゃかんこんはちゃんとやんないっつってもやりゃあせんくてホントしょんない。茶あいれろっつやあちんちんにして全然飲めんくするし電話ん鳴っても全然出んしなんかゆっても返事いせんしやあ。」。「ん」は41。

「うちの息子はもういい歳なんだからちゃんとしないといけないんだけど頓珍漢な事ばかりほざくもので嫁が来なくて参っちゃうよ。私にだってあなたの処みたいに孫のお守りとかしてみたい想いがあるんだけど、やるべき事はきちんとやりなさいって言ってもやらなくて本当にしょうがない。お茶をいれろって言えば熱くし過ぎてとても飲めたものじゃないものにするし電話が鳴っても全然出ないし何か言っても返事をしないしさあ。」。「ん」は13。

この文には「の」・「ない」・「けど」・「事」(こん)・「が」・「に」・「なく」(飲めんく→飲めなく)・「り」(やんない→やりなさい)などが「ん」に代わっている。

まあとにかく遠州弁は撥音便がポイントとして重要な要素であることは間違いないであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*しんでやあ(せんでやあ)

大いなる誤解を受けやすい表現で「生き死に」にまつわる事などではない。

「しないでよ」と言っている。「ない」が撥音便化して「ん」になったというお話し。

イントネーションが異なるので実際耳で聞くにおいて聞き違えすることは決してないのであるが文字にすると誤解を招くよなあと思って。

「はあしんだ?」(もうやらない?)

「はあしんだ」(もうしないんだ)

「歯が死んだ」訳でも「既にご臨終」という訳でもない。

「もうしんでよ」(もうしないでよ)

決して生死について強要してる訳ではない。

なんてキリがないのでこの辺で。とにかくそういうことではないので決して遠州弁は物騒な言葉使いではないと言いたいのである。

例文

「なにい もう さっきから なにちょろちょろ ちょっかいかけてくるよを。邪魔でしょんないで止めて。」

「いいんじゃん暇でしょんないだでかまってやあ。」

「あんたよくてもこっちが困るのっ。それんこれから細かい作業するだで はあしんでやあ。」

関西寄りの言い方のようにも思えるところであるが関西の方では「せん」を使うであろうから「はあせんでえ・せんといて」とかになるのかな。

遠州は「しん」(しない)も「せん」(せぬ)も「へん」(せぬ)も使う地域なので言い方のバリエーションは豊富である。豊富すぎて順序だって考えられないところであるが。

しいて区分できる点を探すとしたら「せん」は高年齢層で「しん」はそれ以外と分けられる傾向があるのではないか。「へん」についてはそういう傾向は掴めない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

新参者 その8

 母は死ぬわ(しかも殺人)主役は降ろされるわ突然姉が現れるわ。しかもずうっと警察に纏わりつかれてるとなれば、私だったらもうパッパラパアですわいな。ほんに精神力のお強い息子さん(向井さん)だこと。これにて長きに亙る確執が終わりを告げて親子の和解成立かと思いきや、流石にそんな甘いものじゃなかった。というかこういう状態で冷静に諸々を判断出来る方がどうかしてるとも思える訳で初志貫徹で闘争継続という選択はまあそれは得心のいく展開ではありましたな。

まあちょっとよく理解できないのは母親の電話口のぼやきが幼心に痛く傷ついた筈なのにそういう母親は許したのと較べたら親父にはやけに頑なに冷たいんだなと。この差は死せば善人となるというだけではなく、決定的な衝突の理由がまだ描かれていないということなんでしょうかねえ。それとも私が見落としたのか。

いずれにしてもこれにてお父上(三浦さん)も容疑が晴れたといつもの展開からすればなりそうなもんですが今回はちょっと待ったあいや暫くといった感でありました。

でも逆にここで疑われてるという事は犯人なんかじゃないんだろうなと、色んなドラマの観過ぎで純粋に展開から推し量るをしなくなったこまっしゃくれた視聴者としてはそう思えてしまいます。

じゃ誰が犯人かという消去法でいうと残ってるの一人しかいないじゃないですかねえ。まあ急展開と銘打って全く今まで影すら登場してきていない人物が流星の如く現れるという寸法もありますが。流石にそこまで掟破りじゃないだろう事を祈念するのみでありますな。

それにしても加賀(阿部さん)迫力ありますなあ、鋭利な感じが滲み出ていてホント不気味な領域を徘徊してる感が凄いです。筋書き別個で無視しても加賀恭一郎観てるだけでも面白いドラマであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ふく

みかんの薄皮を「ふく」と呼ぶのは方言か?それとも超一部の衆だけの言い回しなのか?それともそんな事は言わない全くの頓珍漢な勘違いなのか?

正しくは「じょうのう」と言うらしい「薄皮」の事を「袋」(ふくろ)とも呼ぶのは確かなのでそれが変化して「ふく」と言うようになったのかなと思ったりもするのだが。

食べ物だから「カツ」=「勝つ」みたいに「ふく」=「福」で掛かって縁起がよくなる気がしないでもないとこだが。

どうにも分からん。

でもホームページの単語衆には一応載せとこう。存在確認できてないけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

最近はですねえ

 え~。相も変わらずここんとこホームページ作りに気がいっていてブログの方がおざなりになりがちという二つのことを同時に出来ない私でありますが。

ウィルススキャンは欠いてはならじと励んだりもするのでありますが、ここんとこそのスキャンが日に日に(っていっても毎日してる訳ではないですけど)時間が掛かるようになりました。曖昧な記憶ですけど最初の頃(ニフティの常時安全セキュリティ24導入当初)は1時間くらいだったような気がするのですがここんとこ2時間を常時越えるようになりまして。で、今日は3時間経ってもまだ終わらないという有様。・・・・長い。

増えたのはホームページビルダーとホームページのデータくらいなもんなんですけどねえ。30GBで空き容量12.2GBなんすけど。そんなようけ溜め込んでない筈なんすけど。

って今終わりました。所要時間3時間17分でおま。・・・長い。

 ところで「気がいってる」という言葉。「いってる」は「入ってる」なのか「行ってる」のかはたまた「逝ってる」のか。よく分からないので色々探して見たけれど、探し方が悪いのか(多分そうだろうな)見つからなかった。もしかしてこんな言葉ないのかな?意図としては「~の方に意識が向いていて」と言いたいんですけどね。ん~分からん。方言ってこたぁないだろ いくらなんでもねえ。

 そうそうそういえば一時期カーリングの画像見たくてようつべ頻繁に利用してたんですけど、その時期とこのブログに海外からのコメントがこらしょと押し寄せた時期が一致したんですよね。偶然の一致なのかは定かではないけれどもしそうだったら気味悪い話しでありますなあ。最近はシーズンじゃないので見なくなったので海外からのコメントはバタンと止みましたんで余計にそう思えるのですわ。何が怖いったって自分が無知だというのが一番怖いことですわ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*いばらぎ

「茨城」の事。大抵の遠州人は「いばらぎ」と呼称している。

「いばらき」が正しいのだと知ったのは最近のことであろうか。テレビの影響は大きいものである。

「ぎ」を「き」に正せば良いだけの話しなのであるが実は遠州人には結構難しい話しなのである。イントネーションというかアクセント位置が変わるからである。

「ぎ」の場合「ば」を強く言って他は平坦読みであったのであるが

「き」となると「ば」と「き」の2箇所を強く言うことに変化する衝動に遠州人は駆られるからである。そういう遠州人が多いか少ないかは定かではないが。少なくとも私はそうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2010年5月30日 - 2010年6月5日 | トップページ | 2010年6月13日 - 2010年6月19日 »