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ハガネの女 その1

 凄い愉しみとしてた矢部謙三があっちゅう間に終わってしまって意気消沈これしきりでありましたが、次に控えしこの「ハガネの女」。いやさなかなかに面白かろうて。

キャラがいいですな。怒ると叱るの違いが理解できて。しかもめげない逞しさが感じられて。任せられる信頼感があっていいですわ。何に突き動かされてかく行動しているのかの根源が分かればよりいいところなんですがそれをしれっと表示してしまうと存外興ざめになるやもしれぬとて。とりあえずはそこまで一気に求めない方が楽しめるのかもしれない。

私なんかあれですよ。見事なまでの子供の残虐性に感じ入ってぶち切れそうになって観てましたけど、そうじゃないんですね「叱る」という事は。一言一句に説得力ありましたなあ。教師の顔の時は。

動物殺しって。こないだ絶対零度で犯人捕まったばっかなのに。もう出所してきて悪さを繰り返してるのかな。なんちゃって。結構謎も存在していたし、なにより「いじめ」の真実には意外を通り越しておお!と感嘆してしまいました。いい奴じゃねえか誤解してたぞと。

子供達だけの世界と大人との接点の世界は別世界であり、子供達だけの世界が捻じ曲がって破綻してるのか大人の干渉が破綻を導いているのか。何人も先生が変わる謎解きの要素もあり親も腹に一物持ってそうな勢いもあり。誰がいいとか悪いとかなのか悪が存在するわけではなくただ複雑にこんがらがってしまっただけなのか。諸々分からんですなあ。甘ちゃんとしては今が最悪でこれから昇るぞという展開なら嬉しいんですけど。

よく出来てますこの物語の展開は。何気に推理ドラマ観てるような雰囲気にも感じられかつ子供は難しいお年頃ということの具現がよく描かれてるし。単なる先生頑張る奮闘記というものではなさそうです。

矢部謙三が終わってしまったのは相変わらず残念ですけど、これはこれで愉しめそう。っていうかなんでこの時間帯なんだろう。もっと早くでいいんじゃないのかなと。なんか21時や22時じゃ扱えない物語とかにでもなるのかな?と勘繰ってしまいそうですけど。嗚呼無情な現実残酷物語だったらリタイアしますけど少なくとも初回観た限りじゃそういう感じではなさそうで私みたいな甘ちゃんでもついていけそうではあります。

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*遠州では使われない言葉 「まう」

「やってまう」・「やってもうた」・「やってまった」

これらはいずれも遠州弁では使わない言い回しである。(「やってまった」はごく稀に使い手はいるが)遠州だと

「やっちゃう」・「やらかいた」・「やっちまった」などになる。

つまり遠州では「う音便」を駆使しないという一面があるのかもしれない。

以上、特に膨らむ話しではないのだがそういうことなのである。しかしこれだけでは寂しいので他の言葉と比較してみる。

共通語

「そのようになってしまうので如何ともし難い。」

名古屋弁(違ってたらごめんなんしょ)

「そうなってまうだでどうにもかんわあ。」

遠州弁

「そうなっちゃうだで はあ ぱっぱらぱあ でえ。」

「そうなっちゃうだもんで もぉ どぉしょぉも ありもしん」

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警視庁失踪人捜査課 その6

 才能豊かな原石が、世に出ること無くあたら若い身空で天に召すというのは切ない限りでありんしたなあ。今回初めて救出出来なかったのかしらん。

悪党を成敗致すが本業ではないにしても、襟首掴んで「お前が殺したんだよ。」と捨て台詞吐きて溜飲を下げんではさも下がり難し。いと勿体無いお話しでありんした。

つくづく男を見る目がない女性は損をするという教訓めいたお話しでありましたでしょうか。男はどんな悪妻娶ってもここまで可哀想にはならないですから。美人局とかですら後ろに男の存在ありきですからねえ。

それはやはり子供を産むという家族を作ることが男には出来ないからに他ならないからでしょうかね。

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*だ?

普通「だ」は断定というか言い切る際に使われるものだが遠州弁では疑問形として使われることがある。使い場所としては相手に結論を出させるための促しの表現という時に使われる。

まあ共通語でも「どうなんだ?」という使い方はあるが。頻度が高いのが特徴かと思って記載。

使い方例としては

「買うだ?買わんだ?どうせるだ?」

  (買うのか買わないのかどうするんだ?)

これが別の言い回しだと

「買うだあ買わんだあどうせすだあ」

  (買うとか買わんとかどっちなんだよ)

「買うだあ?買わんだあ?どっちでえ」

  (買うって?買わないって?どっちだよ)

といったニュアンスに違いがある。

共通語での言い回しは

「買うのか買わんのかどっちなんだ」

とかになるんだろうかな。

「だ?」を訳すとしたら、「のか」・「のだ?」・「の?」

例文

「あれなんで居るよを。遊びい行ったじゃないだ?」

「雨降ってるだに行けれすかや。」

「ちっとばかの雨で根性ないだねえ。でもまあふ~ん雨じゃ行かないだあ。」

  (小雨くらいで根性ないなあ。でも、まあ、へ~雨じゃ行かないんだあ。)

「なにいなんか言いたそうじゃん。」

「雨だと行かんだ?」

「行かんよ。」

「晴れだと行くだ。」

  (晴れだと行くんだ。)

「行くよ。なんで?」

  (行くけどそれが何?)

「いや、言ってみただけ。」

「なんか気になるやあ。」

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*ひづるしい

「眩しい」と言っている。

「ひ」は「陽」又は「日」であろうからあくまで日差しに対して使うものであろう。

どの程度の眩しい事を指すのか、目が眩むのか目に刺さるのかなどについては、段階を表わすみたいな他の表現が思い浮かばないので眩しいと感じればとにかく「ひづるしい」という事なのであろう。

私は性格も悪いが目も悪いのでとにかく晴天で外に出れば目を細めなければ居られないので「ひづるしい」の連発である。個人差が大きいんだろうな。だから基準が決められないから眩しければとにかく「ひづるしい」んだろうかな。

書き方として「ひずるしい」か「ひづるしい」のどちらが正しいのかという事については全く定かではないが「ずる」という語呂がどうもなので「ひづるしい」を選択した。「日出処」とかだと「ひいづるところ」で「ず」ではなく「づ」だし。なんとなくね。

静岡県ほぼ全域と三河で使われてる言い回しらしく、モロ遠州弁ということではないらしい。

例文

「おお。真っ暗じゃん。はあ夜けえ。どんばえ~なあやあ。あっちゅう間だったなあやあ。」

「確かに。映画館入る前はひづるしいくらいだったでの。」

「やっぱあれだな。面白い映画観ると時間忘れれるもんで、外出てこう暗いとなんかさあ、現実に戻ったって感じするの。」

「別世界に行ってたみたいってか。」

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チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋 その7

 怪文書が表沙汰になりまして、これで方向性が映画に近づいてきた次第ですが。メディカルアソートのお方はお亡くなりになっていないしその加害者さんも出て来ないのが映画とは違うところでおまんな。

運ばれてくる患者さんの出来事はこの回は薄味で、人間模様の綾という点に重点が置かれていたように映りました。この後行われるであろう査問委員会は映画とどういう相違点がでるんだろう。といっても査問委員会で何が飛び出たのかいまいち覚えていないんで見比べようはないけど。

でも告発文は誰が畏れながらと出したのかは多分同じなんだろうな。それは覚えてるぞと。壁に耳あり障子に目ありとて医局にカメラありですから、されど不祥事にメディカルありという方向に持っていって委員会?速水先生(西島さん)。ってか。

血まみれ将軍ならぬ赤字まみれ将軍というおやじギャグは現状を比喩した言い回しで笑うに笑えないところでありましたが、他にも色々と現状の閉塞した状況と理由が表わされていましたですな。

いよいよ佳境に入る前の最後の谷底といったところでしょうか。いよいよ来週から登りつめる怒涛の奮闘劇が幕を開けるのかな?

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*りい・たりい

「だりい」(だるい)とか「たりい」(かったるい)とか言ってる方の「りい・たりい」ではない。

「お茶したりいメールしたりいゲームしたりいとかでえ忙しいわあ」とかいう風な舐めた物言いというのでもない。

「そうしたりいな」(そうしてあげなよ)という使い方の「りい・たりい」の事である。

「りい」なら「~しなよ」「たりい」なら「~してあげなよ」とでも訳せばいいのだろうか。まあ関西風味の感じがする言い回しであるが遠州でも使い手がいるよということで記載。

「そんなことゆわんでやったりいな。」

  (そんな事言わないでやってやったらどう。)

「これ食べりい。結構いけるで。」

  (これ食べなよ。結構おいしいから。)

三河の「りん」はこの系統に入るのだろうか。

ネットの辞書では「りい」は「あがつま語」として「~して下さい」という意味で載っていたが遠州弁の意味とは異なる気がする。関西の言葉かと思っていたのだがあがつま」って確か関東だよな。

辞書には載っていなかった。「り」で引くと「我れ勝てり」という使い方のその動作作用が済んだあとの状態が現在も引き続き見られることを表わす。とあるので全くの別物だろうかな。もしくは「たり」+「い」が変形して「り」+「い」となったか。

「りい」に替わる言葉としては「ない」があって

「そんなことゆわんでやったげないな。」

「これ食べない。結構いけるで。」

という風にはまる。遠州ではこちらの使い手の方が「りい」よりも多い。

例文

「欲しそうにしてるじゃん。買ったげたりいな。」

「駄目だよを。何でもホイホイ買ってたら癖んなるで。甘やかしちゃかんて。」

「だってえらいぐずってていごきゃせんじゃん。」

「我慢も覚えんと後で困るだで、いいだよぐずらしときゃあ。」

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絶対零度 未解決事件特命捜査 その6

 面白かったですね。回を重ねる毎に面白味が増してく感じのドラマであります。

犯人は別物であって、犯行に及んだケダモノ同士が繋がっていたとか複数犯だったとかいう訳ではありませんでした。まあ触発されたという事では繋がってたのかもしれませんが。

春菜(福田さん)の千山事件の事件はまだ捕まっていないから探してという願いがややこしくしたと言っても過言ではないところでありますが、結果虚言でも殺されたユキちゃんが何故あそこに行ったのかというくだりを知ったらそりゃ確かになあと得心がいきました。自分のせいで事件に巻き込まれてしまったという罪の意識が増幅しついには自分が犯人だと思い込むまで追い込まれてたというのはさぞかしつらかろうてと。

それに終止符を打つために手錠を掛けるという酷な労わりはけれん風味な気がしないでもないところでしたが、あれで心の病が癒えたんでしょうかねえ。まあ桜田門が「アンタは罪を償われた」とお墨付きを与えたという効能でありますれば心は多少は晴れるや。

しかしそういう自虐感を抱いて心を閉ざしていた人が動物虐待を阻止せんと身を挺して犯人を追おうとしたという勢いの変遷がいまいち自分と思考が異なるのか理解しきれないところでした。尚且つ動物殺しでは警察は相手にしてくれないから自分が死ねば真剣に捜査してくれるかもという不退転の思いがあったなら、前回動物殺しで捜査を開始した際に出会った時もっとネットの書き込みなどの情報提供をするなりして協力しても良かったんじゃないのかと。

これ以上悲しい事に出遭うのは御免だという思いというのが一番の動機なんでしょうかねえ。ナイフなんか持ち歩いて自己完結しようとかするところが理解不能で捜査協力に勤しむことをなんでよしとしなかったんでしょうか。

 話し変わりますが、室長(北大路さん)がカメ(上戸さん)に諭す言葉は毎回含蓄があるんですが、この回でなるほどと思ったのは「反省と後悔は違う」というフレーズでありました。ただし、なるほどとは思ったのですがじゃあ自分に実際当てはめてみるとその境界線が分からない。失敗しなけりゃ反省はない。後悔しなけりゃ反省はない。ん~迷路だ。

それと毎回言ってる風に思える「痛みと向き合う」というのはもしかして「イタコ」になれってことなのかしらん。桜木を見てるとそう思えてきてしまいます。

この後にやる血まみれ将軍の速水先生じゃないけど治った患者(解決した事件)は忘れていくというのをやっていかないと身が持たないように思えてきます。でも今回の春菜のように事件落着したとしても眼前がオールクリアーとなった訳でもないのを処理するが警察のお仕事となるとそうそうオールリセットはい次って事にはならなそうで随分引き摺りそうな気がしてきました。そういったものを捜査の都度受け入れたものが蓄積していったなら人としてどうなっちゃうんでしょ。解決がなによりの特効薬とは申せどうすれば新たな捜査に向かう際に常に前向きな心を有していられることができるんでしょうかねえ。それがこのドラマのひとつのテーマなのかな?

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*おかしわ

「柏餅」(かしわもち)の事。

「餅」を「あんもう」という土地柄であるが、「かしわあんもう」という事は多分ない。

普通は「おかしわ」と言うのが当たり前の景色である。こういう言い方が遠州独特かどうかは定かではない。

「柏」だと「鶏肉」という使い方をしたりもするので他所の人に発したら「おかしわ」が「鶏肉」の事かと勘違いされたりする可能性は確かに高いな。でも「柏餅」の事なんだよなあ遠州では。「お」を抜いて「かしわ」であれば鶏肉と思ったりもするけど「おかしわ」は「柏餅」以外の何物でもない。

ちなみに鶏肉やしいたけ・筍とかを具とした炊き込みご飯のことを遠州では「とりめし」と称す人が多く「柏飯」という人はあまりいない。浜松祭りでは凧場への炊き出しとして陣屋に行けばよくこのとり飯にありつくことが出来る。無論食べれるのは凧揚げてる人だけであるが。

例文

ちょっとした祝いの席。大勢の招待者を切り盛りせんとする人が給仕に向かって

「ちょっと、おかしわ持ってきてくれん?」

暫しの後

「ちょっとを何よこれえ。鯛のおかしらなんか持ってきてえ。」

さらに暫しの後しきりに平身低頭で挨拶を済ませた後

「大工の棟梁連れてきてあんたどうするよを。おかしらじゃないにいおかしわ。使えんねえあんた。」

さらにさらに暫しの後なにやら黄色い上着を持って近寄って来る様を見て

「まさかあんたサッカーの柏のユニフォームじゃないらねえ持ってきたの。」

さらにさらにさらさらに暫しの後ケーキ職人らしき人を連れてきた。

「お菓子屋じゃないっつうに。」

もう駄目だと思ったその人はそのお菓子屋さんに直接おかしわを注文しようとしたが

「うちは洋菓子専門なんで。」

と言われてやっきりこいたとさ。

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新参者 その5

 容疑者というか登場する人物達の無実を毎回解き明かしていってもう殆ど容疑者が残っていないという状況でありまして。これは遠大な消去法という推理方法なんでせうか。まあ毎回なにがしかの捜査対象者が現れては消えで容疑者が始めに一同に介したなんて事はなかったですが。

でも、これでポンと犯人が最終回間際に前フリもなく参上仕るなんてオチだったらそれまでのは一体なんだったんだ?という疑問が沸いちゃったりなんかして。熱くはないから湧いちゃうの方か。むしろ冷める方だんもんな。ま。、そうはいってもなんで殺されにゃならんかったのかという疑問は益々深まる勢いですな。そう思わせる善い人ぶりに思えてきました。

とりあえず被害者の行動が着実に明白になってきてはいて進展はしてるんでしょうかねえ。今回は嗚呼誤解というちと切ないものでありましたが。生きていたなら「あらやあだ」で済む話しかもしれませんが死んだとなるとこれは重いよなあ。

これで親子の断絶と男女の不和が解消されたということでありましょうから片方は遅きに失した和解でしたが後の方の和解は若いから未来があるんでしょうかね。

とにかくさっぱり動機とか犯人そのものが分からない(提示されない)まま下町人情物語として五話までが終わった次第で。さすがにこのパターンはもうこの辺にしておいてもらって下町刃傷物語の方を進めて欲しい気分であります。

あと、そろそろ鯛焼き買って欲しいよな。今回は苦肉に思える理由でありました。でもそれで勘違いの元を発見できたわけですが。鯛焼き買うに並ぶ時に進展があるのなら並ぶのを一日一回じゃなく朝昼晩とかで増やせば事件の解決も早まるんじゃないのかと。

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*ない

「そうしない」(そうしなよ)とかいう使い方の「ない」。普通に考えると「無い」と打ち消しと聞こえるところであるが遠州弁においては指示・命令といった意味合いとして使われている。何故そうなるのか考えられるとしたら浮かぶ屁理屈はみっつ。

「まいか」が「まい」になるのとよく似ている。「まいか」が「まい」となることによって「~しようか」が「~しよう」というニュアンスに変わるように「ない」も「ないか」の「か」を抜いて「ない」とする事によって「~しないか」が「~しなよ」といった意味合いに変えたと想像できる。

もうひとつは、「な」+「い」。「そうしな」+「い」。「い」は以前記事にしたのでご参照いただきたいのだが軽い命令を表わすものであり命令+命令でより強調してるという想像。

残りのひとつは「なさい」の「さ」が抜けた言い方。もっとも「さい」=「い」と考えれば上と重なるのではあるが。

以上三通りの理由が考えられるところである。まだ他にもあるのかもしれないがとにかく推測であって正しいかどうかは定かではない。

「ない」は結構言われる方としては物言いは穏やかであっても誘い(要望)ではなく指示という感じがするので「な」+「い」の命令調という感じがするのであるが、「そうしな」の方が「そうしない」より強い指示に聞こえるので説得力は無いので「ないか」が「ない」に化けたと考える方がらしくはある。

例文

「荷物持ってきただけど。貰ってくれん?」

  (荷物お届けにあがりました。受け取っていただけますか?)

「ああ、そこんさあにでも置いといてくれりゃええらあ。」

  (ああ、そこら辺にでも置いといてくれればいいと思うよ。)

「ハンコ貰えんかねえ。」

  (それでは受領印押していただけますか。)

「せっかくだでのんびりしてきない。」

  (せっかくだから休んでいきなさいよ。)

「せっかくって、いや、わし急いでるだもんでそおゆうわけにもいかんだよを。」

  (せっかくって。あのう私先を急ぎますのでそういう訳にもいかないんですよ。)

「まあそおゆわすとを。まあちっとすりゃあここの家の人来るだでここにいない。」

  (まあまあそんな事言わないで。もう少しすればここの家の人が来るだろうから待ってなよ。)

「なによをあんたここの家の人じゃないだ?」

  (え?お宅ここの家の方じゃないんですか?)

「隣のもんでえ。だもんでハンコ押していいもんかどうか微妙だいね。」

  (隣に住んでるの。だからハンコ押していいもんかどうか微妙なんだよね。)

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トリック新作スペシャル2 その1

後ろから山田奈緒子(仲間さん)が後頭部を殴打された際、普通な声を上げていたけど「うにゃ」とか言わないのがちょっと不思議でありました。

富士山連峰は見事な景色だったなあ、って、そりゃおえんらあいくらなんでも。

言葉は名古屋っぽかったかな。遠州弁に近いものはあったけど名古屋の方が近い気がしました。といってもモロ名古屋という風にも感じられなかったけど。設定は岡山らしかったけど。どこの言葉なんだろ。

全体を覆う空気感は横溝ワールドを彷彿とさせる人間模様でありましたなあ。そういうオマージュだったんでしょうかねえ。業を背負う因果みたいなのが映ってましたなあ。メーテル風味の浅野さんが印象的だったです。

もっと一杯思った事はあるけれど、今ホームページ作るのに四苦八苦してるんでそのうち落ち付いたらででんとだらだら書きます。

とにかくこの祭りは長く愉しまんとかんだがね。今度何時んなるか分からんで。

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ホームページ作るぞえ

これはテスト記事です。

ホームページ作るぞとのたもうてからはや三年。悪戦苦闘の最中なれどなんとか試運転にまでこぎつけた。

全然訳分からないまま見切り発車で穴ぼこだらけだが、果たしてちゃんと反映というかネットに乗ってるんだろうか。自分でホームページ名検索しても出てこないし。

遠州弁ああたらこうたら

試しにここでリンクして飛ぶかどうかチェックしてみるべえや。

いまのところの難題はアクセスカウンターがエラー。理由は分かってるんだが手立てが講じれなくてもどかしい。

後、飾り文字が違う頁のものと勝手に入れ替わってしまう。なんで?

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*せるろう

「するだろう」と言っている。普通は「やるだら」・「せるらあ」等を使うので「せるろう」の使い手は多くはない。昔の仮名遣いだと「せるらう」になるんだろうか。もしそうだとすると「らあ」は「らう」の変化とも勘繰れなくもないところである。根拠は当然ない。

「せるだろう」の「だ」抜きと考えるか

最近土佐の言葉を駆使するドラマが話題であるが、土佐弁でもこういう使い方をしているみたいなので全国的に使われていた古い日本語の生き残りなのだろうか。ただし土佐藩の上士と呼ばれる人は三河・遠州から移住してきた衆ららしいので遠州弁がうつったという勘繰りもできなくはないところではある。もちろんこれも根拠の無いただの妄想である。

これの疑問形は語尾を上げて「せるろ?」と言うか「せるう」とかになる。

例文

「そういやああいつにゆっとくの忘れちってえ。」

  (そういえばあいつに伝えとくの忘れてたよ。)

「なにをよ。」

  (なにをだい?)

「帰り最後に多分なるだで出てく時鍵かってってくれって。」

  (多分あいつが最後に帰る事になるから出る時施錠してってねって。)

「そんくらい気づくこんだでせるろう。」

  (それくらいは気づくだろうだからするだろう。)

「結構ボケかますでなあ。心配だでいちおお確認入れとかすかなあ。」

  (結構抜けたことするからなあ。心配だから一応確認入れておこうかな。)

「心配性だなあやあ。泥棒入ったって盗られるもんなんかありもしん。」

  (心配性だねえ。泥棒が入ったところで盗られるようなものなんかないじゃないか。)

「随分な事ゆってくれるじゃんか。」

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