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咲くやこの花 

 ひらっちが出るということで見ておりますこのドラマ。

してその感想はと申しますと、ひらっちらしからぬ役でありまして。これは

役者「平岡祐太」の演技の幅を広げる挑戦という趣を感じる次第でありましょうや。

まあ素性がなんたらとかいうイケメンコンテスト出身ということもあり基がいけてる顔している訳で。こういったすかした役をやっても違和感はないんですけど。渋い表情しててもお武家さんにしてはという気がしないでもないところですな。

これで「やっとう」のお手並みがびしっと決まれば又見る目も違ってくるやもしれませぬが今のところお侍さんなのにほぼ初対面の町娘風情に舐めた口利かれても特に違和感を感じさせない人当たりのよさというものは隠しきれていないようではあります。(隠す意図等毛頭無いのかもしれませんが。)

ま、平たく言えば強そうには見えないんでこれで仇討ちなんて出来るのかなあとつい思ってしまっているということであります。

そう思われるように見せておいて最後には格好良く変身して王子様となってシンデレラを幸せに導くという変身モノなんだということでであれば見方としては視聴者として見事に乗せられてるということで良いのでありますが。

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木下部長とボク その1

 非常に素直になんだこれ?と思えるドラマでワクワクしてきますなあ。

これはなんかとても面白そう。なにが面白いのかさっぱり分からないけど何故かそう思えてくる。

だって初回は主人公たるボクが配属されて歓迎会やってただけだのに。こう書くとまともな出来事が描かれてる風に思えるかもしれないけど、そうじゃなく兎に角変。

異様に変なんだけどそれは絵空事の中の異空間なんかじゃなく現実の中の亜空間みたい?つまりこの世の理(ことわり)が全て通用しない空間?

自分で書いてても良く解かんないとこだがこれは観甲斐がありそうだ。

ひとつ言える事はよくこんなこと思いつけるよなあとそのぶっとび具合に呆れ果てる次第で。一体誰が書いてるんだ?と思ったら大宮エリーというお方だそうで。

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*「ばか」と「ど」の使い分け

 大分全国的になりつつある「凄い」・「超」という意味合いの「ど」と「ばか」(まあ「ど」は元から共通語だろけど)。そろそろ「タメ」(同い年)みたいに遠州弁というくくりには入らなくなりつつあるか。

で、この違いというか使い分けを遠州人はどうしてるかという考察。もちろん無法であり決まりがある訳ではないので各自それぞれであるが。

例として「寒い」(さぶい)で考えてみる。

「どさぶい」。

ひたすら寒いといった印象。つまり寒いことに対して別の感情とかはない感じ。まあ強いて挙げれば堪えているという印象が加味されるであろうことか。

「ばかさぶい」。

「ばか」という表現には頭に来るというニュアンスが含まれており、「ばか」を使うことによって寒いことに苛立ちを覚えてるとかいやんなっちゃうとかいう別の感情を有している印象を受ける。

つまり「どさぶくて怒れて来る」という言い方よりも「ばかさぶくて怒れて来る」という方が多いのではないか。

同じように「どさぶくてしぬ」だと「寒さにもう耐えられない」と嘆いているという感じになり「ばかさぶくてしぬ」だと「寒すぎてやってられない(いられない)」と愚痴をこぼしている感じになると思われる。

ということで、体感温度とかが何℃くらいは「ばか」で何℃以下だから「ど」となるなどという区切りをつけての使い分けではなく、あくまで「寒い」ということに対する心持ちの違いで使い分けられているということであろう。

ちなみに「ばか」の上は「くそ」であろうか。ムッとしてるかムカッときてるかの違いみたいな。

これらの屁理屈は他の場合でもほぼ同じかと思われる。「暑い」とかでも「眠い」とかでも「痛い」とかでも。

例文

「いやあどっさぶいやあ。」

「どさぶいどころじゃありもへん。くそさぶいわあ。」

「風もばあばあだし。今日ホント寒いにい。」

  (風も相当吹いてるし今日は本当に寒いよ。)

「こんな日外出たら死ぬらあ。」

  (こんな日に外に出たりなんかしたら凍え死ぬだろ。)

「分からんよを。試しいジュース買い行ってみい。あっホットね。」

  (どうかなあ。試しにジュース買いに行ってみなよ。あっホットで宜しく。)

「やなこってえ。」

  (冗談じゃない。)

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とめはね!鈴里高校書道部 その2

 結局原作読みたくなって買って読んでしまいました。そしたら今のところ6巻までとな。ドラマが全6話というのは短いなあと思えたのですが原作がこうならむべなるかなでありますな。

ほんで、気合い入れて一気読みしがてら2話を観ました。なので1話の時と違って較べて観るという視点で観ることに相成りてまして。

ハチャメチャ度は流石某国営放送。見事と呼ぶべき押さえ具合ですな。その結果加茂ちゃんと清風先生のキャラがドラマでは弾けていないように映ります。まあエロ爺いに元暴れん坊じゃあ国営放送じゃあ描くの腰が引けるかあ。

ドラマの初回観た感想ではそれぞれのキャラが活きてるぞと感じたのですが漫画の方がより輪をかけて活き息してて、この世界に浸っていたい気分度が増しますな。

それと脱線度合いの弾け具合もね。

礼儀としてこれから起こりうる先の展開とかをああたらこうたら言うのは避けて、ドラマで語られているところまでで述べるということにしますけど。

個人的に書道に限らずぱふぉーまんすとやらは好きになれないので今回はスルーする内容の方が多かったのでありますがそれでも軽快に進んでいて面白かったです。ただスカート姿で足腰踏ん張っている姿って画になるのかなという疑問は残りました。漫画ならセーフだけどって感じでしょうか。それとも他に開拓の余地があるということなのでしょうか。

漫画での顧問の景山先生の講釈(蘊蓄)が結構悦なんでありますがドラマの景山先生は非常にフレンドリーでお調子者で博識感が薄いところでありまして。この効能はと考察するに、生徒がとにかく熱血のパートに専念し景山先生が弛緩のパートを担うというのがドラマの方向性か。漫画ではみんなそれぞれに真摯と弛緩を分担しあっているんですけどね。

それと、漫画は展開の進み方が紆余曲折しててその寄り道具合・悩み具合が若者らしい感じがしていいんだけどドラマにおいては竹を割ったようにスパンスパンと決まっていく。テンポ感をなにより大切にという嗜好なんでしょうか。私的には高校生は馬鹿やってナンボという意識が拭い去れないので振り向いたらこういう方向に進んでたっていう後先考えない度合いの強いのが好みなんですけどね。

重要なイベントについては原作と同じですがその周りの付帯したコネタが結構異なっていてそれによってドラマは目標一途の部員たちを描いているというイメージになるのでしょうか。

ああ言えばこう言うという不退転な言い負かしの腕を持つという三輪ちゃんと腕っ節に自慢アリという加茂ちゃんはほうっておけば糸の切れた凧のようにどっかに行っちゃうような危うい存在なのにその糸をしっかり握っているというひろみ部長の重しとしての存在感ももう少し欲しいなあ。ドラマではひろみ部長男っぽく腕組みしてたりしてて大和撫子らしからぬ所作してたけど漫画とは別キャラの設定になってるのかな。でもそれだとブラック日野ちゃんとの違いが表現出来ないような気が。まあいいかあ。

ちょっと話しずれましたがつまり体育会系女子・撫子系眼鏡女子・非体育会系天下無双女子・文科系臨機応変即応女子とそれぞれが異なるキャラがせっかくいるのだからそれらが同じ目的に進まんとするにそれぞれどう違うアプローチをしていくのかとかいうのも楽しみたいですな。それは例えば縁に対しての接し方の違いとで現れるとか。

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不毛地帯 その11

 里井副社長(岸部さん)の気迫凄まじきなりといった感のある回でありました。病は気で治すといわんばかりの勢い(根性)は観ててたじたじとなりました。でも流石に社長室でのヒステリックな様を観ると常軌じゃあないなと思いました。この先どうなるんでしょうね。

あそこまで我が身を省みず仕事を最優先にという思考に至る源はどこから沸いてくるんでしょうか。ホントあの熱さは湧くというより沸くが相応しい気がしますです。壹岐にばっかいい格好させたくないというライバル心メラメラという事も大きいのでしょうけど。責任感なのかてっぺん盗ったるという野望なのか好きこそものの上手なれなのか本懐なのか。色々と混ざっているんでしょうがとにかくその執念が凄いですなあ。なんか将来引退して好々爺にへとはとてもなりそうな感じがせず畳の上では死なんぞという気迫が凄まじかったですな。殉職が本望みたいな。

それにしても大門社長(原田さん)の狼狽振りも、それまで壹岐(唐沢さん)を猫っ可愛がりしてるかの様に映っていただけに案外意外でありました。なにせ里井は壹岐の障害と社長は見てたのかなあって感じで私観てたものでありますから。

まあ二人の丁々発止がやけに目に付いた回でありましたがホントは喰えない米国企業の水面下での動きが今後の展開として重要なんでしょうかねえ。

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*ええからかん

「いい加減」・「不真面目」・「口先だけ」などという意味。遠州に限らない広い地域で使われている言葉であろうが遠州でも使うよということで記載。でもほぼ死語に近い感じで昔は大人がよく使ってたけど最近は殆ど聞かないなあという気はする。

「かんからかん」(空き缶)という言い方ととても近い、というか「からかん」が同じである。他には「すっからかん」とかがあろうか。

「いいからかん」という言い方をする地方もあり。ネットで調べると甲州(山梨県)・東京都西多摩郡瑞穂町・秩父・群馬・長野などなど関東甲信地域で広く使われる方言として検索でヒットする。

遠州では「いい」が「ええ」に変化して使われているということであろう。余談だが駿河でも同じような言い方をするらしい、意味も殆ど同じみたいだし。

他には「ええからべえ」という言い方も遠州にはある。「べえ」はおそらく名前の「兵衛」からきたものと想像される。こちらは「いい加減な事を言う人」といった人を指す時に使われることが多い。

「いい加減」・「ずぼら」などということであれば「ええころかげん」という言い方もある。

話を戻して、「からかん」という言い回しの味噌は「から」にあるのかも。地域によって「かん」とか「べえ」になったりするが「から」は不変だからというのがその理由。

以下は全くの私見な推測の屁理屈であるが

「かんから」も「すっから」も漢字にすると「缶空」・「素っ空」と書ける。

したがって「ええから」の「から」も「空」である可能性が高い。そしてその意味するところは辞書による「空」は「ただそうするだけで、それに伴うものがない状態にあること」ということの意味が使われているのではなかろうか。したがって「良い」が「空っぽ」。つまり良いが空虚ということではなかろうか。そして「良いが空」+語呂合わせの「兵衛」とか「かん」が付いたのではと。

ただ「かん」ってなんぞやということに関してはさっぱり分からない。

想像を働かせば、「官吏」の「官」だったら「役に立たないお役人」って感じだろうし「感覚」の「感」だったら「当てにならない感」ってことだろうし「奸」だったら「騙す輩」って勢いだろうし。「完結」の「完」なら「いい加減にしろ」もしくは「完全ないい加減」だろうし「漢」なら「いい加減なおとこ」とかなんでも可能性があるような。ま、あくまで妄想ですけどね。

実際のところやはり「からかん」ってどういう語源なのかはさっぱり分からない。

例文

「明日の天気どうだかいやあ。」

「どがんこピーカンだって。」

「またええからかんなことぬかいてえ。」

「テレビでゆってたで嘘じゃないって。信じん人だやあ。」

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曲げられない女 その1

 一話観た限りでは最終的なドラマの終着点が読めない物語に感ぜられました。恋の話しなのか日常の中ので信念と努力の結実記なのか浪人はつらいよ奮闘記なのか人格成長物語なのか。一体全体どこへ行き着くんでしょうか。

まあ登場人物の紹介が主で序段ということなんでしょうかねえ第一話は。少なくとも荻原(菅野さん)の心が晴れたのは主婦を救って感謝されたことでありましたんで日常での出来事との格闘がメインになっていくんでしょうか。

ぶっとんだキャラばかりのようにも見受けられましたので奇人を愛でるとかいう趣もあるんでせうか。

とにもかくにも見所というものが上手く掴めない印象でありました。なのでもう一話観ないとなんともという印象であります。

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*じゃん その2

「じゃん」の記事の補足というか追加というか。

「じゃん」にはおおよそ二通りの使い方があろうか。これが本家と呼ばれる相模の「じゃん」と同じなのかは知らない。あくまで遠州弁における場合の一例である。

ひとつは強引な訳ではあるが「じゃん」=「だよ(又は)よ」・「じゃんね」=「だよね」。こういう使い方の場合「じゃんか」は「~じゃないの」とかいう意味になる。「いいじゃんか」だと「いいんじゃないの」という風に。

「こっちがいいじゃんか安いし色もサイズも合うし。これにしない。」

  (こっちがいいよ安いしサイズも合うし。これにしなよ。)

「まあお財布と相談すりゃあこれくらいしか買えんじゃんね。そうしっかな。」

  (まあお財布と相談すればこれくらいしか買えないんだよね。そうしようかな。)

もうひとつは「じゃん」=売り言葉・「じゃんか」=買い言葉。こういう使い方での「じゃんか」は「~じゃないか」という意味になる。挑発の程度でいけば中か。弱めなら「だもんで」VS「よを」強めなら「らあ」VS「にい」。(あくまで一例であってこれ以外にもパターンは存在する)

先ず弱。

「さっきから言ってるだもんで応えてやあ。」

「聞こえんかっただでもっと大きな声でないと分からんよを。」

これが中になると。

「さっきから言ってるじゃん。聞いてやあ。」

「聞こえてんわ。もっと大きな声でないと分からんじゃんか。」

そして強だと。

「さっきいから言ってるらあ。聞いちゃいんだ?」

「なにい?聞こえん。もっと大きい声でないと分かりもしんにい。」

という具合で語気が荒く変化してくる。じゃんは弱からず強からずのいい塩梅の言い回しという感じである。

ちなみにこれらの上だと

「やあばかっつう聞こえんだ?」

「なにや?聞こえるようにゆえやあ。知らんわ。」

脱線したが元に戻して、「じゃん」に対して「じゃんね」とかで返せば相談という勢いとなり。

「じゃん」に対して「じゃんか」で応じれば言い合いという勢いになるということであろう。

では双方が「じゃん」で応酬したらどうなるのか。

「さっきから言ってるじゃん。」

「聞こえんで大きい声でないとわからんじゃん。」

共に相手の話し聞いてないようでなんとも間の抜けた感じになる。

双方が「じゃんか」で応酬したら、言いたいことだけ言ってる勢いが増すだけでこれも共に相手の言い分をなにも聞いていない噛み合わない感じになる。

売り言葉だけで会話は成立しにくいということであろうか。ただし以下の例文のように片方のみがヒートアップしてる場合とかもありうる。そういう一人「じゃん」の場合でも「じゃん」の連発ばかりでは締まらないので「じゃんか」を挿むことが多いのではと思われる。

例文

「どれにしっかな。どれもいいだいね。」

  (どれにしようかなあ。どれも目移りしちゃうんだよね。)

「そんな欲しけりゃじゃんじゃん買やいいじゃん。ふんでもって財布空んなって後で後悔すりゃいいだ。」

  (そんなに欲しけりゃドンドン買えばいいじゃないの。それでもって財布が空になって後で後悔しればいいんだ。)

「なによを。なんでそんなことゆうよを。」

  (え~。なんでそんな酷い事言うの。)

「あんたねえ、ちょっと付き合ってっつうもんで付き合ってやっただになに?はあ小一時間も過ぎてるじゃんかあ。どうしてくれるよを。」

  (あのねえ、ちょっと付き合ってって言うから付き合ってあげたのに。なんで?もう小一時間も立ってるんだよ。どうしてくれるのさ。)

「なにがあ。」

  (何がさ。)

「なにがあじゃありもしん。決めてから来いっつうの。忙しいだでねえわし。」

  (何がじゃないよ。決めてから来いっていうの。私は忙しいんだからねえ。)

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まっすぐな男 その1

 15分拡大で始まった次第でありますが、予測を覆す行動をしまくる主人公を愛でるは楽しいけれど、彼を取り巻く周りが善意で溢れていないと観るのにしんどそうだなあとつい思ってしまいました。敵や悪党なんぞが現れたらイチコロだろうなあとその危うさにヒヤヒヤでもありますな。

分かっちゃいるけど諸々そんな事出来ない・しないほうがいいというが賢明といったご時勢の中に於いて、懸命に何事にも筋を通すというのは綱渡りを見ているようにも映りますな。賢明と懸命とを履き違えてるんじゃないのかとも思える訳ですが確信犯のようでもありまして邁進していくんでしょうね懸命に。そうすることによって周りが尻拭きに奔走する光景が気になったらちょっと見づらいかもしれないですな。

そういったなあなあとの葛藤というレベルを超えた戦いとも見える姿がうっとおしく映らなければ愉しいドラマになるのかもしれない。今のところどらどらといった様子見って感じであります。

別な見方として、この回は仕事上重要なデザイナーさんのおいたを見逃して何事もなかったように揉み消すというのを嫌って筋を通し結果プロジェクトから外されるもそれでも自分を勇気付けるというものでありましたが。不条理に負けず筋を通して結果涙するというものであっても視聴者が「頑張れ」と応援したくなる「泣いてたまるか」であればいいなと思っていたりもします。

 そんな松嶋健一郎(佐藤さん)と対比的な存在の栗田鳴海(深田さん)でありますが。まあこちらはものの見事に「ま、いいかあ」と進むお人ですな。松嶋が変わらないであろうだけに鳴海の方が感化されて変わっていくんでしょうか。でないと絶対噛み合わないよなあと。

それにしても見事に「寄生」を具現化されてましたなあ。ありゃ確かに貧乏神かもと思えてきましたです。身なりも整っていていくら美人でもこりゃホントどうしようもないって勢いがありました。スカートだからまだいいですけどジーパンやジャージとかだったらズボラまで付加される感じでついていけないところですがかろうじて踏みとどまってる感じです。これが生まれついての性質なのか過去に何かがあって今仮の姿に身をやつしているのか。今後の展開で明かされていく事に興味が湧きます。

ところで現金を盗難という容疑で警察にしょっ引かれたのならカバンの中身チェックされたりして洋酒のちょろまかしなぞ黙秘したってばれるだろうにとかいうつっこみしてたくらい物語の筋道は「まあいいかあ」に感じられましたが。

 いづれにしても単に真逆の性格の二人が紆余曲折を経て恋に落ちるとかいうだけの展開だったら挫折するかもしれません。

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*しいらんかおして

「知いらん顔して」。知らない顔してと言っている。方言というレベルではなかろうがこの言い方は特徴があるだろうと思って記載。

共通語の「知らん顔して」には無視してという意味合いがあるが「しいらんかおして」には無視というニュアンスは薄く「すっとぼけた面で」とか「いけしゃあしゃあと」とか「図々しくも」といったどちらかといえば「厚顔無恥」のニュアンスが近い言い回しである。イントネーションは独特である。遠州弁独特かは不明。

悪い意味で大したもんだと唖然としてるか、とても不快に感じているんだぞというアピールが含まれていることが多い。ごく稀に何かを堪えてとかいう忍耐やおくびにも出さない豪胆さを指す使い方もあるが、殆どは「知っているのに知らない素振り」とか「武士の情け」とかいう情緒のあるものではなくふざけんじゃねえぞとぼけやがってと内心思っている時に発する表現である。男女共用。

例文

「あれえ、あいつ。随分晴れ晴れとした顔で来てるじゃん。きんのうの飲み会であんだけ酔っ払ってど迷惑かけただに、しいらんかおして来てるじゃん。」

「確かに。つうか覚えちゃいんじゃない?」

「知らぬが仏ってか。でもやあ 頭撫でられまくってた課長は覚えてるみたいだにい。がんこ苦虫噛み潰いたような顔してるもん。」

「そりゃそうだらああんなことされたじゃ酔いも醒めるらあ。」

「まあ完全にみこ悪くしたでちいとすりゃあ転勤かなんかだな。」

「でも課長もそんな人事権あるほうじゃないで結構このまんまかもね。」

「でもやあ もしあいつぅ本心であだけてたなら大したもんだと思わん?」

「いくらなんでもそりゃないらあ。それに酒の勢いでっつうこんなら厭な奴じゃん。」

「鬱憤にせよ酒癖にせよ なんしょ酒入ると人変わるのは勘弁だな。」

「確かに。」

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*「どひま」と「ばかひま」どっちが嬉しい

暇は好きでもいいことでもないからそんなの無意味で目くそ鼻くそな比較だと言われてしまえばそれまでの話しであるが。遠州弁のニュアンスとしてこの違いは存在するのかどうかという考察。あくまで個人的な推察なので根拠はござんせんし一考ですので正しいとは限りませんのでご注意あれ。

招かざる暇だと「どひま」であろうか。仕事中することがないとかには「どひま」だと商売の先行きが不安に陥る感じになるが、「ばかひま」なら今日はついてるみたいな能天気もしくは自嘲気味に言えてる感じがする。

もちろんホントは好きなくせにお前なんか嫌いだあと言ってしまうようなのと同じでホントはほっとしてるのに「どひま」と言うこともあろうがここではそういった使い方は省く。

休みの日になにもすることがなく家でぼーっと無為に過ごしている時などは「どひま」を使うことが多いのではなかろうか。

「家でばかひましてる」と言うのと「家でどひましてる」とだと

「ばかひま」はそれなりにやることもあるのだけどヤル気なしであるがかといって他にする(したい)こともないといった勢いで、こんな時に誘われたら「じゃあ行こうかな」といった勢い。

「どひま」だとなんかやりたいヤル気はあるがやることが見つからないという勢いを感じる。こんな時に誘われたら待ってましたと「行く行く」ってな感じ。

これらのことから

「どひま」はあまり有難くない状態である。ヤル気はそれなりにあるのにという空回り状態。飽き飽きしてる印象を受ける

「ばかひま」は暇な状態をある意味許容してる。ヤル気が薄い待機状態。とりあえず様子見という不動な印象を受ける、

という場合に使い分けられているのではないか。これに「がんこ」・「えらい」・「滅茶」・「目茶」・「やたら」・「なんか」・「いやに」・「相当」・「大分」とかを含めるとこんがらがってしまうので比較しないけどとにかく「暇」にも色々と種類はあるものである。

もちろんあくまで「暇」に限ってのお話しで「ど重い」と「ばか重い」との比較とかにおいては決して成立しない特殊な「ど」と「ばか」の使い分けの話しである。

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コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 2nd season その1

 まともにタイトル書くとえらい長いので以降はドクター・ヘリ2とかにはしょって書くかも知れぬという第一話。時間延長たるも最近流行の懐古シーンにてお茶濁して延長の意義ありやとその意気込みぞいかにと思いしが。

やっぱ惹き込まれますですな期待を裏切らない予感がしてきます。健在というかそれぞれの葛藤が相変わらずであっという間にその空気感が甦りましたです。でも懐古シーンってホント必要なんですかねえ。なんか疑問が残らぬでもない感じです。そんな時間あるならもっと今を描いて欲しいよなという欲目からそう思うんでしょうなきっと。もっとも前シリーズ観ていない人への親切な配慮というのであれば私はなんて薄情者ということですが。でもまあ用途としてはそれぞれが抱えている不安な要素を改めて提示しておくという意図だったんでありましょうか。決してクリアにはなっていないままシーズン2に突入しているんだぞという。

正直なところ回想ではなく今でそれを表現して欲しかったぞえという気がしないでもないところではあります。そう思えた3分弱のオープニングシーンでした。

 医者に悪党も非道もないのですが前シリーズの厚い壁たる黒田先生(柳葉さん)に変わり今回は橘先生(椎名さん)が入れ替わった訳でありますが、なんかやっぱ違いますな雰囲気が。ホット(情熱)からクール(冷淡)に変わったみたいでどう影響されていくんでしょうかねえ。当初クールだった藍沢(山下さん)が黒田先生の弟子としてホットに変わったように橘先生に感化されてクールになっていくんでしょうか。藍沢の場合は「元に戻る」でしょうけど他の面々は違いますから。まあそんなことはないんでしょうけど。おそらくは橘先生が彼らに感化されていくという展開のような予測をしてしまいますな。

 「奇跡」というワードが今回のテーマとも見て取れたのでありますが、医者の奇跡ってのはどういう時に起こり得るものなのか。偶然や突然に左右されるものでなく橘先生曰くの「タイミング」というものでもなく。それを願い努力することによって起こり得るものと謳われていた風に映りました。奇跡はそんな頻繁に起こるものではなく信じた(願った)ばかりに心が痛む向こう傷が増えるばかりというのが橘先生の理屈でありましょうがこの回では「向こう傷上等」という心意気が描かれていたということなのでしょうか。

決して折れない強い心を有する時勇者に栄光が訪れるということが成長の証なのか、まだなにか掴めていない未知の物を彼らが習得していくというのか。少なくとも今のところ自分が患者になったら橘先生には診て欲しくないよなあという気になっていることは確かであります。でも腕は確かなんだろうな。

そう思わせるとても一筋縄ではいかなさそうな存在感が凄いよなあと。これはほんに大きな壁だこと。これをば乗り越えなくばドクターヘリにいっちょまえとして乗れないということで、呑気に観てる方としてはワクワクしてきますな。藤川(浅利さん)に感情移入して観てたらとてもしんどい感じになりそうです。緋山(戸田さん)目線で観てもメンバーの中で一番ハンデを背負ってそうなだけに諦めちまえよと優しく冷静に諭されそうで観るのはしんどそうだな。

あえてこういう事をして波風を立たせてフェロー達を試している根は善い人なのか、離婚するくらい人物として疑問を呈するお方なのか。橘先生に興味津々であります。

 それとエンディングとオープニング等の音楽が同じなのがいいですなあ。続いているという感覚がしてきます。

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とめはね!鈴里高校書道部 その1

 予想外に面白いドラマであります。自分が書いた字でも一時間も経つと自分でもなんて書いたのか読めなくなるくらい悪筆な私でありますが。だからといってこれ観て書道に興味が湧くようになるとかはないんですが登場人物が面白くて楽しくなってきますです。展開が単刀直入でテンポ感がサクサクでとても判り易いというのもいい感じです。

漫画原作であるからなのかそれぞれのキャラがしっかり立っていて活きてる感じが伝わってくるドラマでありますな。原作読んでいないんですがおそらくは原作に忠実に作りこまれているんだろうなという勢いが感じられます。河合ワールドが間違いなく存在してるよなあと思えます。別に私が浜名湖高校のOBでチョココロネと焼きそばパンを求めた食堂とかが懐かしいからとかいう親近感や愛校心があるので作者を応援してるなんていう贔屓目がある訳ではないですけど結構居心地いいんですよねこの空気感は。なんとなく校風が自分の高校生活の時のに近くて。学校は勉強しに行くところじゃなくて仲間と馬鹿やるところだというところとかが。まあ語弊があるんで言い換えますと夢中になってのめりこめるという事なんですけど。

 5人の部員のうち新人二人の入部までのいきさつが第一話では描かれていましたが他の三人の今に至るいきさつも興味が湧くところです。それぞれの行動がシンプルにテーマに添って人が動いている都合的な感じなのに何故か人物の背景に興味が湧くのは不思議です。

今まで観たこともない役者さんばかりなのにきっちりとそれぞれの存在感が映し出されているというのは役を作り込むのにおいて手本となるものが存在しておりその道標としての漫画の出来が相当いいんだろうかな。もっともイメージに合った役者さんをキャスティングしたというのもあるんでしょうけど。

見た目が一緒でも中身までイメージ通りという筈もないのでしょうけど、役者さんも役と自身とのすり合わせの葛藤とか役を背負うとかいうプレッシャーじゃなくてそのキャラになりきる楽しさが味わっているように映って清々しい感じですな。名が通ってしまうと役者さん個人にイメージがついてしまうから今だからこそ成せる業ということなんでしょうか。

 ところであの学校って太陽と海の教室で観た景色とよく似てたなあという印象がありますなあ。おそらく気の迷いでしょうけどホント似てたなあ。

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*とあるニュースを読んでの遠州弁での会話

A「そうかあ、ついに賽は放たれたってか。」

B「おめえそれをゆうなら矢は投げられただら。」

C「サイコロ放ったら遠く行き過ぎて目が分からんし矢を手で投げたって刺さりもしんに。限りなく違うぞ。」

A「野で洟垂れたってのは意味違うか。」

C「さぶいからな。ってただの言葉遊びじゃねえか。しょんねえのっ。もっといいこと言えんだ?」

B「後が無いってことで背水の仁ってなあどうよ。」

C「そんなドラマネタすぐ消えるにい。それに縁起っつうこんでいきゃあ門出としてどうかと思うやあ。」

A「無いってこんならまあ確かに謎はひとつも明かされて無かったでなあ仁は。でもやっぱ意味外れちゃいん?これん最後っつう訳でもあるまいに。」

B「だいねえ。ほいじゃあ磐田の舞台から飛び降りるたいな?」

A「それじゃあモロじゃん。つうか清水たあ関係ありもしん。掛かってるようで全然じゃん。」

C「ふんだだこたあええで、なんしょがんばって欲しいよなどこいっても。」

A「そりゃそうだ。勇気湧くもんな あの姿は 見てると。」

B「そんじゃさあ・・・」

C「はあいいって。素直に応援しまいやあ。」

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*ほじる&ほじく

「鼻をほじる」・「耳の穴かっぽじってよく聞け」などという言い方があるくらいなんだからこれは遠州弁じゃあないだろうという意識があるのだが、どういう訳かあまたの遠州弁紹介HP等では方言として紹介されているところが多い。

「ほじる」を辞書で引くと、昭和の時代の辞書では「俗語 ほじくるは強調形 外からは見えない物を、穴を掘るようにして探し出す」と書いてある。

最新であろうネットの辞書には「俗語 つついて穴をあけたり穴の中からかきだしたりする」となっている。

遠州で使われるニュアンスと異なる点があるとしたら「ほじく」という言い方での使い方であろうか。

固く結ばれた紐を爪を立てて強引に解こうとする様とか

つまり「解く」(ほどく)と「ほじる」が合体したみたいな言い方が「ほじく」というものであるという屁理屈。「齧る」(かじる)・「抉る」(こじる)という意味合いもあったりなんかして。「無理やりにほどく」これだったら遠州弁という感じがしなくもないなと。

したがって無鉄砲な強引さではあるが「ほじる・ほじくる」は共通語の俗語であって「ほじく」はそれとは別物ということであるならば

「ほじく」は遠州弁だといえるのかもしれない。まあ「ほじる」とそう大して意味が異なる訳ではないが。それとも「抉る」(こじる)の訛った表現という考え方も棄て難いところではある。

結び目とかが簡単に「解く」(ほどく)ことが出来るようなものではなく解く(とく)のに普通じゃないことをしたり、爪立てたりとかドライバーやペンチなぞ使ってとかな多少力任せな要素が必要な状態で解く(ほどく)ことを指して言う表現であろう。当然強引な結果として傷めたりしてしまう場合もあろうからそういう行為は敬遠(嫌がられる)されることが多い。

癖や子供のおいたとして意味もなく単にぐりぐりして傷める猫の爪研ぎもどきな様を指して言う場合にも用いられることがある。

例文

「や、どんがたくてほどけやせん。」

  (う~ん凄く固くて解けやしない。)

「わしんやらっか。かしてみい。」

  (俺がやろうか。かしなよ。)

「ほい、がんこにほじっちゃかんにい。まだ使うだで。」

  (ちょっとを、力任せでやらないでよ。まだその紐使いたいんだから。)

「ほどけなきゃ意味無いだらあ。使えんかったら別ので結びゃあ済むこんじゃん。」

  (解けなければ意味無いだろうに。使えなくなったら他の紐を使えば済む事じゃないか。) 

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