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警部補 矢部謙三 その1の2

旅館といえば水上荘。それを多少なりとも彷彿とさせるシチュエーションににまにましてしまいますな。それにしても銭湯といいロケーションはトリックワールドだよな。

筆で書いた張り紙。目指せシーズンⅡとかあるかなと思ったけどそれはなかった。

領収書の「上様」をどこをどういじれば「警視庁」に化けるんだろう。凄い「トリック」ではある。

旅館のスイートポテトの間のオートロックシステムが懐かしい。床の間に飾られていた掛け軸は落ち武者様の血の涙を流すというあの掛け軸に似てる。受付には「植留花無」の板の表装が。告知板にある「珈琲」の文字がやけに気になるけどあれはなんぞな。

ここまで突き詰めるのなら山梨までロケ行って水上荘再びっていう流れにしてくれたら感激だったのに。旅館の主は逮捕され務所暮らししてるだろうから新たな経営者として女将が潤沢な資金で買い取って入ったてなんてシチュエーションでもいいじゃんないかと。

効果音はいつものトリックもどきで懐からしい。24もどきの時間の経過の音のオチも繰り返してナンボという勢いでボディーブローのように笑えてくる。

それにしてもどこをどう整形を繰り返せば矢部に及ばずとも遠からんイケメンになれるんだろうか。物凄いトリックだ。

なんてまた余計な小ネタばかりに気がいってしまう次第でありますが。

事件の展開ということになると、赤切れ白切れ爆弾から想像される威力と偉いさんが逃げ出すくらいの威力とがどうにも結びつかないのは何故なんだろう。で、なんだかんだあっても結局終わってみれば一番最初の「犯人は女将だ」といった矢部の直感が当たっていたっていう寸法は快ではありましたな。

「ほれみいわしのゆうた通りやろ」と言う矢部が思い浮かびます。そういうシーンがないところは奥ゆかしさということなのでしょうか。

ロケ地巡りじゃないけど以前の場所で別の事件が展開されるというのを観てみたいな。「なんやまたこの場所かいな」とかいいながら「そういやあこんなことあったよなあ」とか以前とリンクしながらその時の事件解決の糸口をぱくったりなんかして事件解決に導くとか。勝手な妄想ですけど。

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*やあーっと その2

「随分」・「相当に」などという類の事を言っている。「久方振り」という使い方をする時もある。「時間が掛かる」ということを言いたい場合に使われる表現。

以前記事にした「やあーっと」の補足でもなんでもない例文の追加記事。

「やっと」の強調形などではなく共通点はない。男女共用。イントネーションに特徴があるのだが説明するのが難しいのでパス。遠州弁の使い手に聞いてくださいな。

例文

「あれえ。やあーっと見んと思ったら。どっか行ってただ?」

「なに?ゆってったじゃん旅行いかすでねって。」

「そうだっけか。いつゆったあ?」

「なにゆってるよを。出掛けにゆったにい。」

「いつう。」

「先週の金曜。」

「そん時わしなにしてたあ?」

「しらんよを覚えちゃいんていちいちぃ。」

「ふ~んまあいいわ。で?」

「なによをで?って」

「お土産は?」

「あらすかあ。」

「アラスカ行ったあ。そんじゃなんもないとこだで土産はないだか。しょんねえの。でもアラスカじゃあやあーっと掛かるだらあ。行って帰っただけけえ。」

「あんたねえボケんのもいい加減にしなよ。」

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警部補 矢部謙三 その1の1

 2010年度トリックワールドの序幕とはいえ、長いこと待ちに待っていただけに嬉しさひとしお。期待もその分高かったけどやっぱり面白かった。私トリックファンなので冷静でいられませんのであしからず。

出来れば一年に一度スペシャルで山田と上田を観たいものなだけに、いやあ待つのが長かった。その風味は薄れることなく脈打ってるようで安心安寧だんねえ。背景もどこからこんなとこ見つけてくるんだという程トリック風味だし。コマーシャルにまで山田奈緒子が出らっしゃるという遊び心がまた嬉しいとこぞな。

相変わらず矢部さん(生瀬さん)のテンションが帰って来たんだと実感できてこれまたまた実にもって嬉しい。

そんなこんなで感慨に浸るばかりでまともにというか普通に観れていないのでドラマの展開の感想は熱冷ましてからまたじっくり観直してからにしときますけど。

しほりんも出とらすでこんちこれ又あな嬉しやな。こういう役のしほりんがやっぱ好きだわ私。決して山田奈緒子の代わり位置の役というポジションにさえならなければ素直に愉しめる限りであります。推理の核を為すのが美晴というのはいいんですけどね。矢部の押さえ役

出てくる登場人物が皆打ち揃って変なのばっかというのも相変わらずでありますが矢部の首に鈴を付ける存在が居ないと自由奔放過ぎてちょっと王様っぽく映るとそれはしんどそうな気がしないでもないところですが。山田という天敵は登場しないでしょうからどうなんでしょうねえ。先にも述べた通りそれが桂美晴(しほりん)でないことを希望するものでありますが。じゃ誰?といわれましてもこの回観た限りでは見当たらなかったなあ。しいてあげれば大村課長(魁三太郎さん)かしらん。いい味出てたなあ課長。

それにしても一時間枠なだけにボケかましの連鎖だけで済ませられない分結構込み入った話しでありました。意外という勢いでありまして。予想してた以上に結構なお手前の推理ドラマとも見えなくもなし。ってこれはよいしょし過ぎか。

この回のお気に入りは会議室でのマイクを使っての会議シーンに笑えたなあ。

大原瑠璃子役の加藤貴子さんお綺麗どしたなあほんに。矢口作品の「ひみつの花園」で拝見致したのが記憶にあるのですがなんか雰囲気がお変りになられたようで。お綺麗でありました。

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*すやすやする

「スースーする」と言っている。ひんやりして気持ちいい感じの時に使われる。

「スースー」だと肌寒い印象を遠州では受ける。「すやすやする」の感覚は例えば湿布薬を貼って効いている感じであろうか。

つまり「スースー」は気になるというか心地よくない状態を指すもので「すやすやする」だと心地いいというものに対して使うものという使い分けを遠州弁ではしているということ。男女共用。

例文

「暑くて眠れんよを。いきれるしい。」

  (暑くて眠れないよ。蒸した感じもするし。)

「ほいじゃ氷枕して寝ない。そうすりゃあ頭すやすやして眠れるでえ。」

暫くして

「なんかスースーして眠れんよを。」

「んじゃ枕にもう一枚タオル巻いてみい。」

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*「ちんぷり」は「かある」ものか「かく」ものなのか

「ちんぷり」とは何ぞやという奥の深い事はひとまず置いといて。

「ちんぷりかある」か「ちんぷりかく」かどっちなんだというお話し。(一応ちんぷりとは大雑把に言えばすねるということ)

別にどっちが正しくてどっちが間違った使い方だという気はさらさらない。ただこの違いはどう異なってどういうところで使い分けをするのがいいのかという考察であります。もちろん私見なので正解ではありません。

「かある」とは「反る」(かえる)の訛ったものと思われ辞書の説明によると「反る」とは「その状態以外の何ものでもないことを表わすもの」である。つまり「ちんぷりまくってる」というような勢い。

「かく」とは「べそをかく」・「吠え面かくなよ」などという使い方の「かく」と思われ辞書の説明によると「かく」とは「望ましくない状態を呈するもの」である。おそらく「ちんぷりな状態になっている」とでも申せばいいのであろうか。

ということは「ちんぷりかく」はちんぷりそのものになっている状態で「ちんぷりかある」はそのちんぷり状態が衰えることなく続いている様ということか?なんか違和感があるなあ。

似たような言い回しをネットで探ると

甲州弁で「おちんぶり」・茨城弁で「ちんぷりこく」

などがあった。いずれも「ちんぶり・ちんぷり」とはなんぞやという説明までは記載されていなかった。ちなみにどちらの言い方も遠州では使わない。

ちなみにうちらの近辺では「ちんぷりかある」が主に使われ「ちんぷりかく」はほとんど使われない。

詰まるところ「ちんぷり」とは何ぞやというのが説明できない限り説得力もない訳でまあつまり行き止まりで往生せざるを得ないようだ。

辞書で近い言葉があるか探ってみる。少なくとも「陳腐」は似ても似つかないところである。他には

ちん(副詞) ーと 落ち着いてすましている様子。「ちんと座る」。

というのがあった。「ちんぷりかある」だとすねてそっぽを向くという状態を表わす際でも使うので「我関せずと知らん顔して横を向く」という意味で「ちんと横向く」→「ちんと顔を横振る」→「ちんとふる」→「ちんふる」→「ちんぷる・ちんぶる」→「ちんぷり・ちんぶり」とか言う風にでもなったのかな?でもなあ「ちん」に「すねる」みたいなニュアンスなぞないし第一「ちんぷる」という言い方もないものな。この屁理屈は無理がありすぎるからやっぱ妄想にしか過ぎないところだろうな。

本当に「ちんぷり」ってなんだろう。

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*おだいさま

「金持ち」の事。お大尽様の変形か?

金持ち同士が共に相手をかく呼び合うようなステータスとか称号などではなく貧乏人が発する屈折した言い回しであろうか。なので金持ち当人に向かって直接発することは余程な状況でない限りはない。ないということついでで言えば「お」を抜いて「だいさま」という言い方も「様」を抜いて「おだい」という言い方もなく「お」も「様」も抜いた「だい」という言い方もない。「様」でなく「さん」付けというのもない。あくまで「おだいさま」である。男女共用。

例文

「○○さん山手町に引っ越いただって。」

「へ~。」

「しかもあれだにいほい。家自分で借金なしで建てただってやあ。」

  (しかもねえ聞いてよ。家を親とかの援助なしの借金しないで建てたんだってさ。)

「ふ~ん凄いじゃん。そんじゃあれだねえ もうおだいさまじゃん。なにやってそうなっただかいねえ。」

「さ~知らんだあ。」

「なんしょこれでつきあい無くなるこたあ間違いないね。」

「確かに。」

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チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋 その1

 原作は読んでない、映画は観たという視聴者として。なるほど。こういう見せ方もあるのか。面白いなあ。

日常の本業を描きつつ特別なイベントが進行して行くという展開は新鮮なところであります。映画だと日常が早足だった分田口先生の医者としての凄さがピンと来なかったところがありますが、ドラマのぐっちー(伊藤さん)は出来る男というのが理解出来る次第で。

救命と究明と語呂合わせの妙をのたまわれておられましたが、原因究明の謎解きみたいな要素もあって一種の推理モノとも思えなくもなし。こういう趣向(推理劇)は珍しいという感じでなんか愉しみですな。もっともその答えは素人の知識では導き出せる訳がないので探偵たるお医者さんに感情移入して(くっついて)観るしかないところでありますのでどの程度素人がついていけるようにするのかが鍵でありましょうが。少なくとも専門用語の解説は登場人物の言葉でなく文字で説明されてるというのは臨場感を失わずに済む手段で観やすいところではありました。一話完結という形で進むんでしょうかね日常の世界は。

それと並行して映画で描かれていたダークな部分が織り込まれていくというのでしたらこれは新鮮に映りますな。ドラマ観る前の予測は「映画で観たからもういいかあ」と期待薄だったのでありますが初回観た限りでは「映画も観たけどこれもありだな」と修正いたします。バランスとしては日常8割本題2割くらいの配分だと嬉しいな。もちろん映画も原作も存知おかれない視聴者さんにはそうでない方がいいのでしょうけど。

っていっても果たして本題(結末)が映画と同じなのかは知りませんが。でもまあドラマは映画とは別物だとして愉しく観れそうな事は確かでしょうな。

「おやすみぐっちー。いい夢見るよ。」というセリフが痛快な白鳥(仲村さん)が相変わらず人を食っていていいなあ。ぐっちーは今回医者として見直す部分が多そうで映画の田口先生とは明らかな別人ということできちんと観れそうだし。

加藤あいさんをがんこ久方振りに見た気がするけど存在感ありましたな。

田畑智子さんが空港に居るってなると、ああグランドスタッフかとつい思ってしまいましたが今回はスッチャーデスさん役ということでありました。でもここでも倒れこんでしまうということでまた肋骨折ったりしないよなとついつい余計な心配してしまいました。

嶋田久作さんも患者さん役で出とらして、このドラマも患者さんにいい役者さん配置されるのかな。

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2010最近のお気に入り

* 最近フジテレビアナウンサーの大島由香里さんのブログ「ユカリある☆ブログ」ぞお気に入り。

更新度合いや頻繁たりて、生息地が生息地なだけに華もありとて。

それよりなにより紡ぐ言葉ぞいと愉しきかな。特に情景描写においての文章がお気に入り。心情とも融合させた景色の描き方は詩のようにも映りたる。

このお人、商売を間違えたんじゃないのかと思える程に文章に心を乗せる力があるような気が致し折候。ご報告御注進といった類のものではないものを感じるところであります。

* 魚肉ソーセージぞお気に入り。

とあるドラマの中で松重豊さん演ずる無口な職人さんが食すシーンに触発されて食発し始めました。あれからほぼ一年経過しているのですが夜中に小腹が空いた時に有り難く重宝で、故にいまだ続いているという次第。

今年辺りからエコクリップなる留め具になってはさみで切った後にちょっと剥き難くなったけどゴミの分別がやかましい今しょうがないとこであるのだろうか。

ほぼ毎日何もつけず煮も焼きもせずバナナのように剥いて食べるということをしているとすり身の魚の種類の違いによるものだろうか時期ごとに味の違い(誤差)があることに気づくようになってきた。ハズレ(不味い)なぞもちろんないのであるが好みの味に出遭った時はそれだけで嬉しくなってくる。おかしな加工(下手な小細工)を施していない証ということでもあろうとも思えてくるからそれもまたいいかなと。

それにしても缶詰など缶切り不要なご時勢にハサミがなくちゃ剥けないというのは一体何に対するこだわりなんだろうか。調理するものだから台所の包丁とかで切る物だということならいささかなんともはやではあるが。

* めざましテレビととくダネ

ほぼ私の社会常識の補給はこの二つの番組から得ている。一般常識としないのはとくダネがひとつのダネに対して深く突っ込んでいくので「一般」の枠とは限らないからである。ただし早起きではないので録画しといて後から見るというものであるが。

めざましは時々フジテレビが行う催しの広告塔としての旗振り役に終始したりもする。それはお祭り好きなフジテレビの面目躍如といった感じで社風として現れているようで面白くもあり色んな意味で看板番組なんだなと思う。

とくダネにはめざましと比較すると距離を置いた中立性が感じられたりもするのですが出来れば今以上にその雰囲気を増して欲しいところであります。何かを紹介するにおいていいものはいいという姿勢を貫いて欲しいなと。

例えば最近はあまり紹介されなくなったけど映画。大抵どこかのテレビ局が映画制作に関わっているご時勢故紹介するにおいて他局の息の掛かったものはあっさりで自局の携わったものは礼賛の嵐と化す情報番組というのが殆ど。そんな中で以前三丁目の夕日を他局だけれどいいものはいいとして小倉さんが紹介された気概が永続して欲しいということでさあれ。

両方存在しての色違いがお気に入りなんですわいな。

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*なんか変と感じる遠州弁の使い方例 「あだける」

間違っている訳ではないがざらつきを感じる言い回しというものがある。

「教室であだけちゃかんて」

「あだける」は「怒りに任せて感情を制御出来ず暴れ捲くる」もしくは「始末に負えないほどごねる」などという事なのでこれだと受けるイメージは教室はさぞかしな荒廃した修羅場である。ちんぷりかあるのバージョンアップしたものが「あだける」であり「騒ぐ」の質が異なる。

「はしゃがないで静かにしましょう」と言いたいのであれば

「教室でくるってちゃかんにい」・「教室はくるうとこじゃないだにい」

などと言えばよいのではなかろうか。

遠州弁における「くるう」は共通語的な「狂う」とはニュアンスが若干異なり我を忘れて興奮する様を表わすもので「場をわきまえずはしゃぐ」というのに適している。

他には「ちょうける」という言い回しもアリではあるがこれは先生とかが言いそうな高い上から目線な感じがしないでもない。

「おどける」は遠州弁では「驚かす」という意味であるが「おどけてちゃかん」ということであれば「馬鹿な真似はやめなさい」という共通語的な使い方になるのでこれもアリではあるがあまり方言っぽくないので面白くはないところである。

もっともその学級がすでに崩壊してての上の「あだける」であるなら相応しい表現ではあるが。だとしたらそんなクラスにはいたかあないところである。

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*~されてよし

「~されるのが関の山 」・「~されてお終い」・「~されるのが落ち」とかいったニュアンス。

「まけてって粘っても粗品くれてよしだらあ。」

  (まけてくれって粘っても粗品貰ってそれで終わりだろう。)

ネットで検索してみると「~といわれてよし頑張ろう」とか「~といわれてよっしゃあと喜んだ」とか「~してよろし」(行ってよし)みたいな使われ方をしているのが多く。うちらんとこの近辺で使われているような「~されるだけで無駄」という意味合いの使い方は少数であった。共通語で方言ではなかろうがもしかしたらよく使われることに地域性があるのかもと思って記載。男女共用。

例文

「なんとかならんだかいねえ。」

「なんともならんらあ。」

「班長にゆってみる?どうにかしとくりょーぅって。」

「てめえらでなんとかせろっつわれてよしだらあ。」

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ナスカのピラミッドの番組

 正確な番組名挙げてもせんないたわけた感想ですんで大雑把なタイトルとしました。

どうして、知的好奇心をくすぐる番組に芸能人さんが出てくるんだろうというのが最初に浮かんだ素直な感想でした。結果として出演された方は素人代表という立ち位置のようでいらぬ感想でありましたが。

最近のこういう類の番組見てて思えるのは、料理や芸術じゃないんだから感動や感想を謳い上げ訴えかける必要はないだろうと。事実の積み重ねこそが醍醐味なんじゃないのかと。だから華を添えんと芸能人さんを派遣する理由がよく分かんないし第一この道一筋で人生を捧げているかのような真摯な人に対してトップクラスであろうとは申せジャンルの異なる人なぞを派遣するというのは相手に失礼なんじゃないのかと思えなくもないところでありまして。

この放送局って、私が見た限りにおいては過去においてエジプト・シカンといった発掘の取材の模様を放送してきた実績のあろう局であろうに。埋蔵金辺りからショーアップ要素が入ってきておかしくなっちゃったのかな。タレントさんをスタジオにゲストとして呼んでコメントしてもらったり現地に行ってリポートさせたり。その道のプロの人達が興奮する姿の方が説得力あると思えるし例え会話とかについていけなくても専門的であればあるほど異世界へ旅してるみたいになれていいんですけどね。ついてけない部分は司会の方や再現CGとかがサポートしてくれれば済む話しでしょうから。

今回はそういった感じでいえば華やかにってのは極力抑えて大分ざらつきは薄くなってはいましたが。

でもですなあ、とりあえずリアルタイムで全部見たけど結局録画で残そうと思えたところ以外を削ってみたら30分にも満たなくなっちゃいました。繰り返しと期待もたせが長過ぎて肝心の中身がスカスカに感じてしまったのはもったいない限りでありました。

ところでどこまでが仮説でどこまでが立証されてるんだろう。それは砂漠の中での藪の中ってか。

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*こく

「なにょうこく」→「何を言う」

「調子こく」→「調子に乗る」

「往生こく」→「難儀する」

「ええ歳こいて」→「いい歳して」

「やっきりこく」→「頭にくる」

「屁えこく」→「屁を放つ」(ネットの辞書だと「放く」と書く「こく」がこれにあたるそうな)

他にも色々ありますがキリがないのでこの辺でという「こく」。

辞書によると、俗語・やたらにすべきことでないことを、はばかりも無く人前でする。とある。ひらがな表記で漢字は当てられていない。相当に遠州弁の使い方とは違うものである。

それがネットの辞書では「放く」(こく)と漢字が当てられていて、言う・する・出す・たれる・ひるなどを卑しめて言う表現だそうな。多少なりとも昭和の辞書よりかは近いものであるが、遠州弁での「こく」の使い方の全てが辞書の「放く」の説明の枠に収まっているのかというとそうでもなさそうである。

確かにぞんざいな物言いではあるが決して横柄な意図はなく、どちらかといえば人同士が接していく上で頭(理屈)によるものでない素(人間臭さ)な動作に対して使う言葉であるような気がする。遠州弁の「こく」はそういう使い方をしているのではないか。遠州では男女共用で使われる。

「こく」・「こいた」という言い方自体は全国的に広がるものであるがその使い方に関しては地域性があって、それは遠州人の感覚とは大分異なるもののようであり外に出た時には封印した方がよさそうな事は確かであるが、逆に他所の人が遠州に来た際には「お下品」とか「卑しめ」のニュアンスはさらさら無い事を理解しておかないと誤解を招くことであろう。

例文

「あんたええ歳こいてなに調子こいてるよを。」

「なにょうこくだあ。まだ若いわあ。その言い方やっきりこくなあやあ。」

「気持ちだけ若いつもりでいても体は正直だにい。張り切り過ぎて腰おやいたりして後で往生こいても知らんにい。」

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