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東野圭吾ドラマスペシャル 探偵倶楽部

 上物のミステリードラマでおましたなあ。二転三転するとこがいとをかし。

物語りの方向性を大雑把に二つに分けると、身につまされてこそのお話しと他人事であってこそのお話しに分けられるわけであるが、死人が出る(殺人)話しってのは基本後者の方が単純に知能ゲームとして頭の体操が出来てその謎解きが痛快である。

そういった意味では法務図にしても栗須亭にしても外国の世界であって自分たちの日常とかかけ離れていて生活感(リアルに生きてる感)を抱かせない分おとぎ話の世界(他人事)として楽しく見れる。

これが日本で物語りが紡がれると俄然汗臭くなる。

金田一さんなんかは古き秋津島における風習因襲を描いたお話しであるが日本人の根っこのおどろおどろした部分を描いていて推理物というよりも民族の陰湿な寓話という趣が感じられる。

そんなこんなのもろもろでメイドインジャパンの探偵物は背景が結構身につまされて寒風吹くうら悲しき崖に自分も立ってるような切実さが沁みる人間物語という方向になってしまいなかなか単純に痛快という余韻が湧かないところである。

このドラマはそういったものが感じられなくて痛快な後味がある特異な印象を受けました。

現場が金持ちの世界。主人公がぶっ飛んでる。常に冷静でロボットみたい。それがいいんだろうな。感情感傷に流されないジャッジメントという趣で。それでいて嘘くさくもないと思えるのはこういう人間が居たら面白いだろうなという願望が心のどこかにあるからなのかもしれない。つまり居て欲しいという想い。権力にも暴力にも屈しない立場というのも魅力的でそれでいて高圧的ではない姿勢も観ていて気持ちがいい。

金持ちが堕ちていく様は他人事でいられるから金の亡者がいくら堕ちても可哀相に思えないという貧乏人のねたみも満足させてくれるというお約束もきっちり満たしているし。精神がおかしいきちがいの犯罪よりも欲にまみれた正常な人間の犯罪の方が気楽に観れるのは事実だよなあ。

ま、そんな背景はともかく肝の謎解きが面白かったな。密室トリックと犯人と犯行を利用する小悪党とのひっかきまわし具合も妙で種明かしされるまで自分なりの推理予測がつきませんでしたもの。

ラジカセの声とリアルな声はいくらなんでも違いに気がつくだろうにと思えたのと、ひとりで首つりに見せかけるなんて無理だろうと思えたけど。

それともっと明確に助手目線オンリーで展開が進んでくれる方がより謎が難解に感じられたのかもとも思えましたです。法務図における和都村目線みたいな。

この空気感は心地いいからこれがシリーズ化されたら観るだろうな。ただしあくまで謎解き重視で背景は薄味でという要件が必需だけど。家政婦は観ないけどこれなら観るな。

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