« 霊能力者 小田霧響子の嘘 その3 | トップページ | 流れ星 その1・2 »

獣医ドリトル その2

 こういった人に厳しいという人間が増えたなら世の中どういう風になるのだろう。

ってなんのことはない昭和の頃に戻るまでの話しだよな。昔はこういう人一杯居たよな。こういう態度に出れる為には自信やプライドというものが無ければ出来ない事で。

職人が幅を利かせる社会なら経験と知識の積み重ねでそういうものが心の中に意気地として持てることが出来るけど、今は毎日が革新と進歩で下手すれば昨日までの経験さえ使い物にならなくなるくらい積み重ねの価値では物言えぬ時代であって。

変化・変更に順応できる頭の柔らかい奴のみが生き残れるくらいで年齢を重ねる事は摩耗でしかないというのが今の世であろうからして、今の時代にドリトル(小栗さん)みたいな人間は稀有だろうな。「一刻」とか「頑固」・「一徹」とか呼称してたっけ。

そういう連中は非常に付き合いにくい事は確かだけどその自負は信頼でもある訳で、マニュアル通りの心非ずの「いらっしゃいませ」・「ありがとうございました」よりそういう人の「任せとけ」・「よっしゃ分かった」というつっけんどんな言葉の方が遥かに心が安堵出来て任せれるものである。

どっちがいいんだろうとかいう野暮な事は考えないけど、ドリトルを観てるとそういう昔を思い出したという次第。ひとつ直感的に浮かんだ事は、今は金を豊富に有してどんな時も恒に客の立場でさえいられるのならば神様でいられる分楽に生きれるだろうな。なにせお客様は神様だから。なので子供は賢いから学生の内から盗人やカツアゲしてでも金が欲しいと思えるんだろうな。昔は金とかじゃなくてまず人を見定められたもんな。相応しいかどうかとかを。金があってもどうにもならん世界がそこらはっちょうにあったような気がする。

まあそういう意味じゃ金出せば診察してくれる分ドリトルは現代化してるのかもしれないけど。

原作の漫画は少し齧った程度だけどこの世界観ははまると気持ちいいしそれをドラマでも同じように構築してるからこれはハズレ無しだろうな。役者さんもきっちりはまってるし。天邪鬼としてはあまりによく出来たものは気分的に面白くないのだが内容は観ていて確かに面白いのだから困ったもんだ。

|
|

« 霊能力者 小田霧響子の嘘 その3 | トップページ | 流れ星 その1・2 »

2・2010年のテレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/49839317

この記事へのトラックバック一覧です: 獣医ドリトル その2:

« 霊能力者 小田霧響子の嘘 その3 | トップページ | 流れ星 その1・2 »