« *たげない | トップページ | 三代目明智小五郎 その3 »

長澤まさみ氏のラジオ番組に思う事 およそその2

遠州弁

いっつも書いてっけどラジオん電波こっち届いてこんもんで誰かんののブログの番組内容紹介のを見てっつう直じゃないもんで書いてるもんでどっかしらひん曲がってるかもしれんけどなんしょ「長澤まさみ氏のラジオ」のお話し。

祭りするっちゅう意気込みも本人「遠州弁の歌」っつうの?あれ聞いて知らん言葉こらしょとあるし遠州弁あれよりおもろく伝えるの自信失くいたとかみたいだけど、とんじゃかないにい。

あれの歌詞わしもちっとHP行って読まいてもらっただけが、わし生まれてこの方浜松人長くやってるし、しょっちゅう「あんたぁ方言きついにい」っつわれる人だけどそんでもあの曲群の歌詞の意味分からんこんの方が多いでね。悪口ゆうつもりなくてあれだよっ「やらまいか」とおんなしで外向けにいぜくってて普段遣いの言い回しじゃないらあ多分。あれだにい使い方変に思えるもん。遠州弁知らん衆向けだよきっと。だで気にするこんないよ知らんくても。それよか面白くせんでも自分の言葉でやりゃいいじゃん。

なんしょ重要なのは自分の言葉かどうかであって知らんの知ったかぶりしたりとか借りてきたような言わされてる言葉じゃあんた伝わるもんも伝わらんにい。それに方言は標準語みたく決まったもんあるじゃないだで知らんもんは知らんでいいし別に「長澤語」であってもとんじゃかないこんだらあ。違うぅ?違わんらぁあってるらあ?なんしょ伝わりゃいいだでやっちゃえやっちゃえ。

訳文(一部加筆)

何度も書いている事だけれども、ラジオの電波が浜松には届かないのでどなたかのブログでラジオの内容を紹介されてる記事を読んでという直接視聴ではない状況に於いてのものなので、どこか曲解した部分があるかもしれないけれども「長澤まさみさんのラジオ番組」に関するお話し。

遠州弁祭りをするという意気込みだったけれど、ご本人が「遠州弁の歌」なるものを聞いて知らない言葉が一杯あって自分は浅いと思えるとかあれと比較してみたら遠州弁を面白く伝えられるのかという自信を失くしたとらしいとな。

その歌の歌詞を私もHPでチェックしてみたけれど、浜松人としてそれなりに長いし常日頃周りから「方言がきついね」と言われる私であるが、そんな私でも「???」と感じる部分が多い。非難するつもりはないがこれはおそらく「やらまいか」と同じで外(遠州弁を知らない人)に向けて加工されたもので普段遣いの表現ではないのではないか。そういうものを意識しても意味がないのではなかろうか。それよりも自分の言葉を使って素直で自然なものを表わした方がいいと思う。

自分が知らない言葉を付け焼刃で覚えてさも知ってるかのように振る舞うのが嫌だということなのであろうが、つまるところ自分の言葉かどうかが重要であって他所から持ってきたような居心地の悪い言葉を並べても伝わる事は自分が思ってる以上に少ないものである。方言という括りはあっても標準語のように決まりがある訳ではない。つまり標準語がレストランの食事で万人向けのだとしたら方言は万人向けではなく家族だけへの家庭の味のようなものであり各家庭それぞれに味や見た目が異なるものである。そういう意味では「長澤語」という家庭(地域)の味を提示するという心掛けで十分じゃないのかと思える。その方が「長澤まさみ」が伝わっていいのではないかと。とにかく祭りをするという意気込みが萎えることなく開催される事を希望するところです。(期待と書くとプレッシャーだから希望という表現で)

で、

何も珍しい単語を紹介するだけじゃないだろうにと。例えば「にい」の言い方の種類とか。以下の如く字で表わすと同じでも

「そういうものなんだからね、分かった?」の「そうゆうもんだにい、分かった?」

「そういうものなんだよ、だからさぁもう諦めなよ。」の「そうゆうもんだにい、だで諦めない。」

とイントネーションひとつでニュアンスも変わるとかを実際の発音で紹介するとか。

手段はいくらでもあるわさ。まあ祭りは一回こっきりというのならあれだけど色々やってみるってのでいいじゃないのけ?

|
|

« *たげない | トップページ | 三代目明智小五郎 その3 »

1-3・遠州弁関連」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/49850054

この記事へのトラックバック一覧です: 長澤まさみ氏のラジオ番組に思う事 およそその2:

« *たげない | トップページ | 三代目明智小五郎 その3 »