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*随分と違うもんだな

嘘か真か定かではあらねど、積志・浜北方面はご先祖さんがお武家さんという家柄が多かったという風聞を耳にした事がある。明治の時代になって武士廃業後移住した人が多かったぞよと。

そのせいかどうかは知らないけれど武家言葉「おぬし」の変形であろう「おんし」・「おんしゃ」を浜北の人は良く使う傾向にあるように感じられる。

ずうっと浜松ことばと浜北ことばに大きな違いはないと思っていたが最近それはとんでもない勘違いだったのかもと思えてきたところである。

そう思えた一番大きな事由はですねえ、なんか浜北在住のお方が遠州弁の歌詞で曲を作られておられるそうな。という事をこれも風聞で聞きまして。

で、そのサイトにお伺いして歌詞を拝見さしてもらっただけえが

まあ見事に違うもんだ。「飛ばさいてみる?」の記事でも書いたけど浜松と浜北で多少の違いはあるとは認識してたんだけど。

ここまで訳分からんとなると多少じゃなくて相当だと認識を変えないとだな。びつくりしました。

挙げたらきりがないのでちっとばか程を列挙しますが同じ遠州弁でもこうも違うものかとその奥(幅)の深さにホントびつくりですわ。

いずれも共通語訳がないのでどういうニュアンスなのか分からないので浜松人からしたらこう解釈してしまうという観点で書きますです。

*「ちんちんのお茶」

うちらんとこは「お茶がちんちん」。でないと違和感を感じる。普通は「~がちんちん」であり「お茶んちんちんで飲めん」とは言うが「ちんちんのお茶ん飲めん」とは言わないよな。「ちんちんのお茶なんか飲めすけえ」とかならなんとかアリだけど。

話し逸れるけどなにしろ美味しいお茶は熱湯で煎れるものじゃないから「ちんちん」はよからぬ事だからして。意識して熱湯茶にする人はまずいないもの。

話し戻して「ちんちん」はこの場合「熱過ぎ」という意味(熱いでもいいけど)。

「熱過ぎのお茶」という言い方となるから変なのかな。「熱すぎるお茶」と言いたいのであれば「ぬくとめすぎの茶あ」と言うかな。

まあ「の」をはめるから違和感を感じるのであって「ちんちんな茶あ」であれば「熱すぎなお茶」でこれならばあり。例えば「の」ではなく「な」とすれば「おめえなあ こんな ちんちんな茶あ 飲めすかや」みたいな感じで違和感は薄れるとこだけど。

「ちんちん」自体は東海に広がる言い回しで特に遠州弁という訳でもないのだがどこも使用文例が表記されていないのでどういう言い回しが一般的なのかよく分からないところではあるかな。少なくとも浜松と浜北は違うみたいだ。

*「時のあいさ」

うちらんとこでは「あいさ」は「隙間」とか「狭間」という意味の「あいだ」であって「合間」という意味の「あいだ」では使われていない。

「歯と歯のあいさにひっかっかってギスギスする」とは言うが

「休み時間のあいさにちゃっとやっちゃう」とかいう言い方はしないのである。

関西では浜松では使わない「合間」という意味使いをしているらしいのだが浜北はそういう関西風の意味使いをするらしいことが窺える。

*「しゃあしゃあ一人歩き」

意味そのものが分からないや。近い音での「いけしゃあしゃあ」(厚顔無恥)というのは使うけど「しゃあしゃあ」という「いけ」という接頭語を省いての単独表現は聞いたことがないけど浜北では使ってるんだなあ。浜松だと「いけしゃあしゃあ」以外では「知いらん顔して」「どじらん顔して」とかを使うかな。違う言葉なのかな「しゃあしゃあ」って。絶対異なる言葉だろうけど「おしっこしゃあしゃあ」なら分かるんだけどね。「いけしゃあしゃあ」とはどう違うんだろ。

*「遠州弁で話さまいか 忘れちゃかんにい・・・」

うちらんとこでは「まいか」は「一緒に~しよう」といった勧誘でありここでの場合の「にい」は命令・指示と解釈される。従ってこれだと「遠州弁で話そうじゃないか 忘れてはいけないよ」みたいな甘く誘っといての態度豹変と取れる。この場合じゃない「にい」として「置いてくにい」(置いてくよ)といった意思表示の「にい」というのもあるが「忘れるな」は相手に対してであって自身の意思表示じゃないから当てはまらないよなあ。

なので自分としては「遠州弁で話さまいか 忘れんでよを・・・」という方が自然な勢いなんだけど浜北の「にい」には「よを」みたいな依頼・願いとかいうニュアンスがあるということなのか。もしそうだとしたら「これ忘れんで持ってってよを」というのを「これ忘れんで持ってってにい」とか言うのかな。浜松じゃ言わないや。

あえて「にい」を浜松の衆でも理解できるように使うというのであれば「忘れちゃかんだにい」とすれば「忘れちゃあいけないんだよ」という感じでお仕着せ度は和らいだ忠告といった趣になるのだけど。もしくは「遠州弁を話しまい 忘れちゃかんにい」とすれば「遠州弁を話そうよ 忘れんなよ」となる。

個人的には語調を和らげるという事で「かんにい」を「おえんに」としたい気分になる。

 と、いくつか羅列しましたが、あくまでこれらは誤てりと否定しているものでは決してなくおそらくは浜北ことばにおいては正しいものなのでしょう。それを素直かつ単純に「ああ違うんだ」と感じてるということです。これらの楽曲を通して遠州弁が全国的に認知されたとしたら遠州弁の基本は浜北ことばとなるんでしょうなあ。

こういうのを例え浜松ことばで作ったところで掛川以東の衆らとかからしたら違和感をどのみち覚えるでしょうから、こういうのはきちんとしたものを発表したもん勝ちというか価値がある訳ですからね。くどいようですが決して足を引っ張る意図で書いているつもりはございませんであくまでその違いにびつくりしてるだけです。

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