« 夏の恋は虹色に輝く その1 | トップページ | ジョーカー 許されざる捜査官 その2 »

*いんで

「いんでもらうしかないねえ」だと「去って貰うしかないね」と訳すことになる。

「いね」だと「去れ」・「出て行け」という命令口調になる訳で、関西方面っぽい言葉のようにも思えるが全国的なものらしい。どこぞでは「帰れ」と訳されていたが「戻れ」というニュアンスではなくこの場から出ろというニュアンスの方が強いので「帰れ・戻れ」という訳は遠州ではざらつきを感じないでもない。

辞書を引くと「いぬ」(往ぬ)行ってしまう・過ぎ去る・死ぬという意の文語・方言形。とある。つまり正しくは「往ね」であり「去れ」でもあり「死んでくれ」でもあるという事である。遠州ではあまり「死」に関する事は指さない傾向にあり「いね」は「去れ」と言う意味使いが主流である。

話しは脱線するが、「鬼のいぬまになんとやら」を遠州弁だと「鬼んいんまになんちゃらか」とかになるのだがこちらは「居ん間」であって「鬼んいんでちゃっと逃げまい」とか言う場合の「いんで」(いないので)とは別物である。

ここで説明している「いんで」を使うとしたら「鬼にゃいんでもらってちゃっと逃げまい」(鬼には去って貰ってそのうちに逃げようぜ)とかいう使い方になる。漢字にすると「去ね」というのが意味としてははまるのだが正しくは「往ね」であるらしい。

「去った」というのを「いんだ」とか「去る」を「いる」などと言うかというと聞いた事がない。

まあ遠州弁からするとほぼ外来種的方言と思われ使い手は稀少であろうか。実用的な言い回しではなく日常会話では殆ど使われないが意味は通じる。

例文

「どうするう?大分予定時間越しちゃってるにいこの衆ら。」

「次ん予定と被るならいんでもらうしかないらあ。」

「どうやってえ。」

「どうせすかやあ。蛍の光りでも流さすかねえ。」

「そんなんでお開きになるだかいやあ。」

個人的にはなんかあるごとに「死ね」というよりも「いね」という言い回しが広まった方がちったあぎくしゃくしない世の中になるのではないかと思っている。

|
|

« 夏の恋は虹色に輝く その1 | トップページ | ジョーカー 許されざる捜査官 その2 »

1-2・遠州弁い行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/48233075

この記事へのトラックバック一覧です: *いんで:

« 夏の恋は虹色に輝く その1 | トップページ | ジョーカー 許されざる捜査官 その2 »