« あらあらかしこ | トップページ | *しゃあ »

警視庁失踪人捜査課 その4

 大山鳴動して猫一匹といった様か。ほっといても成したという事件性のないお話しでありました。心配させやがってこの野郎とかいうお説教は無しみたいでしたけど。いいんでしょうかねえ。あれで本人に反省がなく親がご迷惑掛けてすいませんでしたなんて事だったら全然一件落着じゃないですよねえ。

空振りというか要らぬお世話みたいな捜査の様をこれだけ細かく描くってのも珍しいといえば珍しいとも思え、斬新な意欲作といえなくもないのかしらん。もちろん途中は事件性ありや?という見せ方ではありましたが。

引き篭もりする人って自分の城というか領土は綺麗にしてるものだという意識があったんで、あの部屋を見たらこれは引き篭もりじゃあなくて復讐心に燃えてるに相違ないという事件性を感じたということなんでしょうかねえ。

というか引き篭もりは裕福な人がするもので貧乏な家じゃあ無理だろうな。大人なんだから親は構うなほっとけ扶養なんかするなという気分になってきますな。ご飯食べにも下りてこないから膳を部屋まで運ぶなんて増長させるだけだという感じがするところです。

まあいずれにせよ必死こいて探し廻った刑事さんにとってはその使命感が肩透かしという結論でありましょうけど。それでも全員安堵の表情で締めたという事はそういうお仕事なんでしょうね。ああ呑気だねで済むのもたまにはいいかあよかったなって事なんでしょうか。

苦労を知らない奴に人を感動させるものを生み出せるものだろうかという疑問はあるところですな。人は皆何がしかの苦労や上手く行かない事を背負って生きていて、そういうものを共有して的を得てこそ共感を感じるのではと。もちろん努力と苦労と苦悩が同義語であるというのなら四年間の鬱積は苦労だったと置き換えられなくもないでしょうが。いくらなんでもそりゃないだろうに。

どっちみち犯罪性があるとすれば誰かにぼそっとでも伝えていさえいれば警察沙汰というこんな大事にならずに済んだのに、自分の行動を伝える人がいないというのが罪なんでしょうかね。誰も友達がいない家族とも接点を持たないというのは社会を混乱させる悪だと謳っているのであればなるほどなあでありますが。

そういう意味であれば最後これで更生出来て良かった良かったじゃなく面と向かわず発せずとも帰りしなにぼそっと独り言で聞こえないように説経垂れて欲しかったなと思わないでもないところでした。実際のドラマのセリフでは「頑張れよ」みたいな類のものでした。まあそうしないと納まりつかないところではありましょうが。

|
|

« あらあらかしこ | トップページ | *しゃあ »

2・2010年のテレビドラマ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211000/48298624

この記事へのトラックバック一覧です: 警視庁失踪人捜査課 その4:

« あらあらかしこ | トップページ | *しゃあ »