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*浜松の春はかまびすしい

 今年の四月は雨が多かったせいで静かな静かな里の春であったのだが。

少しでも晴れ間が訪れる休日となると啓蟄が如き「祭り馬鹿」が現れてまだ5月でもないのに「練り」をしている音が聞こえてくるのである。若しくは「練り」の演奏をしている。その風が運びし騒音を聞きて思いしことは。

「練り」なんぞ練習いらんわ誰でも出来る。だで、んなもん当日やれ。習うより馴れりゃいいだ。練習していいのは屋台のお囃子だけだあ。

尚且つ始末に負えんのは太鼓を打ち鳴らす音である。

やあ、太鼓の音んどうるさい。まあちっとなんとかならんだか?

昔の近所迷惑の光景として映画やドラマで描かれていたものの中に朝な夕なのとある宗派でのお経を唱える日課の光景がよく挙げられていた。手持ちの太鼓叩いてドンドコドンである。それと較べれば長々としたものではないのでまだましではあろうが似たようなものである。なんにしても太鼓は遠くからでも聞こえてくるものである。らっぱや笛は聞こえてこなくても太鼓だけは聞こえてくるのである遠くであっても。近くでやられちゃ堪らんだろうな。

春の訪れを知らせる音にしては情緒の欠けらもない。五月蝿いのみにてござ候。

字い読めんだか?うるさいは五月になってからにせよやあ。

それにしてもいつから太鼓打ち鳴らすようになったんだろう。私が祭りに参加してた頃はそんな事なっていなかったのに。

全く根拠も確信もないけど、旧市内という枠が取り払われて一気に参加する町が増えた辺りからかなあ。

女性の参加も大体その時期と重なるんだろうか。太鼓もそうなのかな。

確かに昔から変化は続いているものである。例えば足元。粋がってた奴は地下足袋じゃなく雪駄履いてちゃりちゃり音出して歩いてた。他には、鉢巻に気を使う事はなくあくまで手拭いであって首や頭に巻いていただけだったし私ら「てこ」って読んでたんですけど手甲って書くんですかねえあれつけて凧場での動き易さを重視した装いだったし。法被の丈だって尻が見えるくらいのでなきゃ危なくてしょんないとかいう風に雪駄みたいに動き重視とは程遠い輩もいたし見た目なんかどうでもよくて動き易さ重視という輩もいたしで昔っからばらんばらんではありましたからなあ。一概に昔と較べて今は駄目になったとか言えたもんじゃないことは確かですけど。

でもまあ個人的には浜松のミスコンテストの審査で女性に法被姿をさせるってことが絶対おかしいと映る「凧は野郎の祭りだ」と思っている身としては、もう今の変遷というか常識にはついていけませんわ。だからじっとしてるのに遠くからドンドコやられると否も応もなくこんなのおかしい昔と違うって思ってしまう。ま、実のところはうるさい静かにしろというだけなんですけどね。

祭り当日は当然あんたが大将だでひゃあひゃあゆう方どうかしてるだん、祭りでもないのに「練り」やらすなあルール守れん近所迷惑だっつってるだあ。つうこんでえの。

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