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*やまが

「山の住人(民)」ということであるのだが使う上で判断が難しい言葉であるような気がする。

「山家」と書けば「山の中の家・山村」という意味と辞書にある。「山処」と書いて「やまが」と読むこともあるそうな。

「山禍」と書けば「士農工商の身分制度でのどの身分にも属さずに山の中で暮らした一族」といった説明がなされてたりする定住しない流浪の人々といったものか。

「山家」のつもりならなんら心置きなく「あんたやまがの衆けえ」(あなたは山家の人かい?)とか使えるのであるが。

「山禍」だと身分制度に起因する差別用語的要素が濃くなり発するに躊躇することとなる。共通語では「さんが」と読むらしいが私の覚えではここいら辺ではそれを必ずしもではないが「やまが」と読んでいる。これが誤ってこうなったのかどうかは定かではない。

したがってたとえ「山家」のつもりで言っても「山禍」と受け取られかねない行き違いとかもあるだろうし。

話しが脱線するが、「山屋」(やまや)だと登山を悦とする人のことを指す場合もあって「あんたも好きねえ」と小馬鹿にしても問題ないというかむしろ言われて喜ばれるお褒めの言葉となることもある。脱線するけど「登山家」というくらいだからそれをはしょって「山家」とするのが普通だと思えるのだがそれを「屋」とするとはなんででしょうねえ。先に述べた「山家」と読みは違うが書くと同じになるからそれと混同しない為なのか、それとも「屋号」とすることで生業(なりわい)つまり生きがいと称するとかなんでしょうか。

「山師」であれば山に入って猟などの仕事をする人。鉱物を掘り出す作業をする人。使いどころは全く異なるが投機・冒険をする人。とある。

「山持ち」となればおだいさまだよな。

話しを元に戻して、「山家」・「山禍」いずれも方言とかではなく古い共通語なのであろうが、遠州弁は古い言葉を未だに使い続けているという特徴を有しており、昔ながらだと今では思いやりといった配慮に欠ける言葉となるものも時々生き続けてる場合もあって、微妙である訳なのであります。

詰まるところ今の世に置いては使うには適さない言葉というのが無難なのでありましょうや。

実際のところはこういう場合「山の衆」とか「山の出」(出身の出)とかが遠州では一般的に使われていると思われるので死語であろうが。

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