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素直になれなくて その1

 ツイッターなるツールが基盤となっての縁(えにし)が紡がれていくドラマのようだ。このブログにもツイッターなるものと連動させる機能が備わるようになったということであるが、いい訳がましく同じことをぐちぐち書くタイプの私には文字制限は抑圧なので手を出す事は今のところしていない。「簡潔明瞭」と「整理整頓」は私の辞書にはないのである。

そんな事はさておき、樹里ちゃんと瑛太さんのコンビ作品。はてさてこれは観ずばなるまいて内容云々はさておき。

どこかで「上野樹里」を評して「有り得ない存在を力ずくで具現化させる表現者」みたいなことを読んだ。「有り得ない」とは「のだめ」に象徴されるような漫画(非リアル)のキャラとかを示すのだろうか。「力ずく」というのは強引にということではなくて一点の霞もないくらい快晴にその役になりきるということか。演じている時の姿に「上野樹里」は映ってこないのは自身を封印する滅私の力が強いということなのか。などと勝手に解釈して成る程な上手い事言うもんだと。

容姿はそんな変わる筈もないのだから内側から放出されるものの色味が変化するんだろうかな。

なんてまた再びそんな事はさておき、肝心のドラマの感想。

惚れた腫れたはどうも得意分野ではないので見所とかの感想は出てこないところです。日常の閉塞感の打破という側面もあるのでしょうか。出会うという事は。

ツイッターってのは普段思った事を言ったところでどうなる訳でもないけれどもそれを溜め込んで鬱積して下降線な気分が蔓延するよりも見知らぬ誰かにぼそっと話して同調して貰うことにより吐き出せるというストレス発散ツールもしくは見知らぬ人とでも繋がれる(一人じゃない皆同じ)事を実感するツールなのかなと未利用者は想像したんですけど。

なので或る意味ドラマの最後の最後辺りに出会いがあって、ドラマの大半は直接関わり合いのない人間同士の文字の繋がりのパワーで元気を貰いつつそれぞれの生き様(日常の奮闘振り)が描かれていくのかなと思っていたんですがいきなりな出遭いからの展開でありました。逢って相手を知ってしまえばそれはツイッターとかじゃなくてメールになっちゃうんじゃないかと思えなくもないところであります。まあ未利用者のいう事ですからとんでもない的外れな事言ってるのかもしれませんが。

いづれにせよ嘘も方便となりうるのかと勘繰りたくもなるような本当の事を言わない(職業を偽ったりとか)付き合いを「仲間」と呼べるのかどうか。それも恋のテクニックさと断じられたらああそうですかなんですが、タイトルが素直になれなくてということですから我が身に対する恥じらいということなんでしょうかねえ。

嘘はどこかでばれるものでしょうからその破綻をどう見せるのかがドラマの味噌なんでしょうか。それとも百聞は一見にしかずで逢ってみなけりゃやっぱ分かんないもんさ人間ってのはというテーマなんでしょうか。んなわきゃないかあ。

意思の疎通具合とすれ違いと誤解とかでハラハラさせるという手合いのものでしたらホント私の得意分野じゃあないんで傍観者になっちゃいそうですが果たして何を魅せてくれうるんでしょうかねえ初回観た限りじゃよく分かりませんでした。彼らの終着点が。

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