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曲げられない女 その4

 早紀(菅野さん)が悪夢を見るは曰く付きならぬ曰くが憑いてる部屋のせい?それとも今まで生きていてずうっとこんな感じなのか。それともそういう霊感みたいなものを兼ね備えているシャーマンの素養があるのか。

「ひとり」が「独り」と相成ってそれまでの孤高であっても目指していた目的の意義を見失い、孤+独=孤独となって糸の切れた凧となってしまったのを仲間の協力で切り抜けたという展開でありましたが。

それと共に中島先生(平泉さん)も早紀によって折れた志を再び奮い立たせたという図でもありました。これによって無職から解放される早紀であったとさ。という事で観ていてよかったよかったという感じでありました。こういうのは好きです。

でもあれですよね、一度折れた心を再び奮い立たせるのってホント大変な事なんですよね。それは自助努力だけでは如何ともし難いもので、周りの有無をも言わせない空気や流れとか他に選択肢がないという背水の状況とかでないとなかなかもう一度奮い立つことはできないものでしょう。

大抵は生活の為とかのやんごとなき理由があって折れたくても折れる訳にはいかないから折れる前に卑怯でも何でもうまいこと逃げるもので折れるところまでに至らないものですが早紀は曲げられない人ですし中島先生も似たもの同士みたいな曲げたくない理想を掲げておられそうですから。

ドラマでは早紀という猛烈なパワーを有した人物に出遭ったからこそ中島先生は再起動できたんだろうな。一度折れた心を奮い立たせるという至難の業を表現する為に接吻するんじゃないかと思えた位近接して翻意を促すという形をとられたんだろうかな。あれくらいガツンとやらなきゃうそ臭く(都合良過ぎ)映りますから私は違和感感ぜずなるほどと思って観てました。

早紀の方はというと中島先生に父の面影を重ね合わせて、その人が今降りようとしている様を見て目が覚めようとしているところに瑠子(永作さん)の

「自分で泣けないんだったら私が手伝ってあげるわよ!」

と言って完全に目を覚ましたという形でありましたが、泣き方が可愛かったでおますなあ。びんびんでもぎゃあぎゃあでもなくかといってこらえでもなく堪った膿を出してる感じが出てるなあと思えました。でもあんななぐさめの形は初めて観たって勢いで予想もつかない手段でありました。面白かったです。

「つぶやいったあ」とかやる人だったのか。

公園のベンチでたそがれてたけど画的になんかあまり観た事もないような画だったなあ。まさか長時間撮影しての早回しなんていう単純なものじゃないでしょうねえ。もしそうだったらあのシーンだけで相当な時間費やしてるってことになりますから。いくらなんでもそういうことはないでしょうけど、ちょっとしたシーンでも工夫されてて面白いですね。

無気力無感動状態なのにチーズには手を出さないということがあれ?と思いました。自暴ではあっても自棄ではないということだったんでしょうか。手にはつかないけど勉強はしようとしてたみたいですからそれを表わしていたということだったんでしょうか。きっかけさえ見つかれば大丈夫という。それにしては重症に見えてましたけど。

その後ネックレス失くしたとかいうからあの接近戦で中島先生の服のほうに引っ掛かってしまったのかなと思ったんですがそういうことでは無かったです。あれは元に戻ったということを確認する為の出来事だったんですね。てっきりネックレス取りに事務所行ってその時に中島先生から手伝いをやってくれみたいな話しに繋がるのかなと予想したもので。

このドラマのテーマは「誰にも必要とされていない」というものなのでしょうか。三人に共通するキーワードはこれのようです。だとしたこのドラマのエンディングは三人とも「必要されてることを実感する」という形が提示されるということなのでしょうか。それは必ずしも無事10回目にして合格するというまでの顛末ということではないということなのでしょうか。だとしたら合格しようがしまいが「必要される」を得るという終わり方もあるのかな。

で、以下はどうでもいい感想。

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