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神戸新聞の7日間

 「阪神・淡路大震災から15年 神戸新聞の7日間・命と向き合った被災記者たちの闘い」という長いタイトル。自分も頑張ろうと素直に思えるドラマでありました。見応えありましたとても良かったです。

 命を賭してという表現はなにも身(肉体)の限界や危険という事だけではなく、それに挑もうとする者に覆い被さってくる心の葛藤との対峙とかいうものにも当てはまる言い方なんだろうなと思えてくるドラマでありました。勿論記者の人達が安全な処から取材をしているということではなく自らも被災者という立場であり。それこそ身も心もという状況であられたという両方兼ね備えていた事ではありますが。

 それと登場人物の皆さんのような取る物も取り敢えず駆けつける家庭(個人の事情)よりも優先出来る「仕事」というもの。それが自分に今果たしてあるのかと自問自答するとちょっとアイタタな感情になりまして仕事人として羨ましいなという印象も持ちました。助け合いが大事というところもアイタタで耳が痛かったです。反省という言葉が頻繁に浮かびました。

まずもって未曾有の大災害での出来事が描かれている訳でありますので観る方もおちゃらけであってはならず真摯でなければならないのですが、本当に自分もその場に放り出されたような臨場感がありまして余計な事考える暇なく引き込まれました。

そして、事実に裏打ちされた物語なだけにまさに事実は小説よりも奇なり。且つ又事実は小説より義なりや。それぞれの人達がそれぞれの場所で出来うることを最善を尽くして行う様はやはり感動します。作り事のあざとさというものもそれは「作り手の意図」を愛でると云う意味で色んな想い(感動とか勇気とか)を貰えるのでありますが、そういうものとは違った想いが事実を基にして生まれた作品にはありますな。

その想いってのは、自分がもしその立場にいたらどうするだろうという自答。まだまだ自分は甘いと再認識する起爆剤。忘れてはいけない記憶を繋ぎとめる作業。などなど。

伝えたいものありきで起きる事とか人物が配置されていくといった人間のアイデアで構築されていくフィクションと違って人の意思など介在せずに実際に起きる出来事に向かう人達が紡ぎ出す物語とでは伝わってくるものはやはり大きく異なるものであります。それはやはり説得力の成せる業なんでしょうか。

偏らず両方大事というのが大切だなあと思いました。

事実はひたすらにしんどいものだけど、それにきちんと目を向けさせる事が出来るよう工夫されていたドラマだと思いました。

人間が持つ内面の葛藤は普通では表に出てこないけれどそれを表に出して確実に観る者に伝えるというのも役者さんの仕事なんだなというのがなんか分かったような気にもなりました。

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