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旗日(はたび)

「祝日」。

国民の祝日・国旗を掲げて祝う日。

実際私が子供の時分にはどこの家でも日の丸玄関とか掲げてたという記憶がある。

私が持っている国語辞典(昭和47年発行)に記載されてる祝日は十二日

元旦(旧四方拝)・成人の日・建国記念日(旧紀元節)・春分の日(旧春季皇霊祭)・天皇誕生日(旧天長節)・憲法記念日・こどもの日・敬老の日(もと老人の日)・秋分の日(旧秋季皇霊祭)・体育の日(東京オリンピック開会式の日に因む)・文化の日(旧明治節)・勤労感謝の日(旧新嘗祭)

振り替え休日なんてないから日曜に重なる当たり外れがある年もあった。週休二日制でもないから土曜日は半ドンだったし。

今はどうだろう十五日と三日増えてしかも振り替え休日アリだから随分と多くなった気がする。

数が増えて有り難味が薄れたのか学校教育のお陰で日の丸掲揚に躊躇する意識が刷り込まれたのか

日の丸掲げる景色を最近はまずもって見かけなくなったものである。

かく言う我が家も日の丸すら家に無い。昔はなんでも売ってる「デパート」に行けば買えた筈だが、今はどこに行けば買えるのかすらよく分からない。

自分も含めてだけど、何事も「ありがたや」という気持ちが欠如してるから感謝の念を表わす事がおろそかになっているんだろうなきっと。まあ祝うという意識はガキの頃から希薄で休める事が嬉しいだけだったけど。揚げてどうなるということではあるけどお国に対する帰属意識が薄れてることだけは確かなんだろうな。

 ところで旗日という言い方どの年代まで通用するんだろ。

私がガキの頃の正月三箇日の風景はとても普段とは雰囲気が違って異様に感じられた。商店も工場も全て閉められていてゴーストタウンのような閑散とした風景に感じられた。普段ならだだ混みの国1ですら車の往来は少なく、店屋のシャッターはことごとく閉められてあった。おせちは買出しできない為に数日間をしのぐものという一面があるのも成程なと今思うとそんな気がしてくるくらいどのお店も閉まっていた。

人は挨拶周りとか参拝詣でとかで見かけはするので廃墟という訳ではなくゴーストタウンという表現は誇張ではあるが異質な世界に紛れ込んだような錯覚に陥ったのは確かだった。お年玉を貰ったとて使う場所も開いておらず今思うと勿体無い話しだが早くデパートやおもちゃ屋が開けと時計の針が早送りになることを念じてたりもした。

マイカー・うち風呂なんぞは金持ちの家の話しだった時代で、バスや汽車、郵便屋さんなんかは奇特なこってという「ごくろうさま」という言葉が素直に出てくる時代だった。銭湯が正月営業してたかどうかは記憶がないや。

それが今じゃコンビニやらなんやら周年営業当たり前の時代。便利は確実に手に入れたけどその分当たり前過ぎて誰も「ごくろうさま」なんて思う人はいなくなった。

旗が掲げてある日は普段じゃない日という感覚は今もって鮮明に残ってる。それがいいことなのかどうでもいいことなのかは判断はつかないが。

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