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コード・ブルーⅡ その3

 よくよく考えてみれば挫折と葛藤の連続という中でふるいにかけられそうになっている寸前で踏ん張っている姿が綿々と綴られてるという、決してお気楽主義の私には不得手な展開のドラマなのに。

それでも毎週愉しみに観てるというのはなんででしょう。

もちろん役者パワーの為せる業ということもあるのでしょうけど、今時珍しいガチンコな生き様というのが新鮮だからなんでしょうか。逃げない避けないその先になにがあるのかよく分かんないけどなんか観ちゃうんですよね。不思議な魅力を感じます。

 で、今回は考え得る最善を尽くして死なれたじゃあそりゃ甲斐がないってもので。それでもやはり崩れ折れる一歩手前で踏ん張る姿が描かれていました。

ありゃあ誰だってへこむわなと思いますわ。それでも喘ぎながらも次(前)に進もうとする姿が映し出されていました。その踏み出す活力の素ってなんなんでしょうねえ。フェロー同士の支えあいとかライバル心からなんでしょうか。自分は独りじゃないというのもそういう意気を奮い立たせているとかなんですかねえ。

フェロー達の今の状況が先の見えないトンネルの中なのか方向が分からない砂漠のど真ん中なのか後戻り出来ない絶壁をよじ登ってる険しい峰なのか。フェローからの卒業という命題がはっきり示されてるとは申せそれがゴールでもあるまいに。いっちょ前になるにおいてミスが向こう傷(経験値)として許されない(カウントされない)という職業はつくづく特殊で大変だなあと思えます。何が楽しゅうて茨の道を歩くのだろうとつい思っちゃいますな。

そしてもうひとつ。Ⅱになって毎回あるキーワードが存在していくような気がしてきました。それに沿って生じる出来事もリンクするが如きに転がっていくみたいな展開。「奇跡」・「本当の自分」ときてこの回のキーワードは「嘘」。

医者に「嘘」は許されない。そう藍沢(山下さん)は定義づけていたけれど。本当にそうなのかなと思ったりなんかして。告知とかいう小難しい事は置いといて、このドラマに於いては運ばれてきた患者さんに対して「大丈夫ですよ」とかいう表現はされない印象を持っているのですが。曖昧な記憶でいうと他の医療を扱うドラマでは看護師やお医者さんがそう言って患者を安心させるというシチュエーションをよく観る気がしています。あれが「嘘」でなかったとしたら病院でお亡くなりになられる人は居ない筈で。こりゃやっぱ「嘘も方便」でしょうと。実体験として私が腹痛をおこして七転八倒しながら病院に担ぎ込まれた際「病院につきましたよもう大丈夫ですよ。」と看護婦さん(当時はそう呼んでいた)に言われた事があります。そう言われた時は本当に安堵した気持ちになれたのを覚えています。こういう「嘘」(根拠のない言葉)だって十分救いになるもんです。こういうのは許されるものなのじゃないかと。

藍沢の言う「嘘」と人を勇気づける魔法の言葉が同じか別物なのかは定かではありませんが全てを否定する必要はないんじゃないのかなと頓珍漢なこと思いながら観てました。

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