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ラブシャッフル その4

 視聴率という商売繁盛的には満員御礼とまではいってないようなのですが面白いドラマだと思いますです。(もっとも定番以外のドラマ全体が伸びてないみたいですけど。)最初ひたすらのコメディまっしぐらかと思いきやどうしてどうしての硬軟取り混ぜての幅の広い展開になって参りました。TBSドラマはどうも苦手な私が観てるくらいですからいけますですよ。

 ただの気分転換というか相手探しとかいうお気楽な物語ではなさそうです。ラブシャッフルなる交換劇は今回が最後みたいでありまして、まだ4話ですから。とりあえずみんなの親睦を深めるという趣だったようです。

じゃあこの後なにが展開されていくのかということになるのですが、つらつら思うに男女の恋愛だけに留まらない友情を育む方向にいくのかしらむと。

それとも共通項の全くなさそうな八名で、こういうことでもなければ出会うチャンスすらないであろうというキャラ設定となっていますから。化学反応を愛でるという手もありますですな。何が飛び出すやらということでしょうか。

 宇佐(玉木さん)は益々持って軟弱者から硬派に変貌しつつあるみたいだし、菊田(谷原さん)は謎大き部分が膨らんできた感じですし。菊田の薄気味悪さがドラマ全体の雰囲気だった軽薄さを徐々に薄れさせてきて幾分重たさを感じて参りましたです。もちろん悪意なぞないでしょう多分。前回までは患者でもある海里(吉高さん)の治療という意図かと想像してたんですが今回亡くなった恋人にそっくりな女性がメンバーの中にいるということが明らかになって、ひょっとして自分の為という側面もあるのかと思えるようになりました。じゃあ誰かということですけど。誰でしょうかねえ。

それにしても宇佐は肝が据わってますです。やんちゃ衆にもびびることなく対処する様は出来すぎじゃないかと思えるくらい沈着でありました。平穏に弱く逆境に強いタイプなんでしょうね。乱世で活躍するタイプってことなんでしょうか。

 お話しの流れで「お姉ちゃん・・・」と誘拐すると言う展開は何?えらくベタなことするなあと思って引き気味に観てたんですが、諭吉(DAIGOさん)の仕組んだ芝居というオチでありまして。そうなると成程なと納得してしまいました。その後の白馬の騎士軍団の襲来が話しをややこしくして宇佐の名差配がうなりを上げて男の株をも上げて愛瑠に見直された訳ですが。この回は宇佐のいいとこばかりが映っていた勢いでした。ただ屋上での男と男が拳で語り合うところから手打ちが済んで屋形船に至るまでの経緯に説得力が欠ける勢いでありましてもうちっとなんとかならんかったのかなあと申し訳ないですが陳腐さを感じました。すいません。趣旨は理解できたんでいいんですけど。

 そんな男を上げた宇佐から離れんとせんと欲す芽衣(しほりん)の頭の中が益々持って理解出来ず不思議ちゃんというか奇特なお方だと思えるようになり申した。まあ確かに宇佐といるとお互い結婚しようというのにとてもぎこちない空気感が醸し出されてはいましたが。

 逆に芽衣も言ってたけれど愛瑠(香理奈さん)と宇佐の二人が並ぶと気兼ねない仲良さそうなお似合いに映りました。相性という意味では愛瑠と宇佐の方が合いそうに見えます。

 ドラマの終着点が読めないんで能天気に感想書くしか能がないんですけど、この役者さんの面子(顔ぶれ)を見ると必ずしもハッピーエンドにならずともドラマとして成立しそうだなと思えてきます。

 エエ頃加減な予想こいていいのなら可能性への挑戦しますけんど。なにせまだ4話終わっただけなのでよしときます。ひとつ言えることは気分転換の遊びとかじゃなく真面目に考えている大人を感じます。ひとつの目的に向かって一致団結してというのではなくそれぞれにゴールが存在しているようです。

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*さしゃへんでええよ

「させないからいいよ」という意味。

「やらせないからいいよ」だと「やらしゃへんでええよ」もしくは「やらさしゃへんでええよ」となる。

当然させるさせないといった上目目線からの発言ということになるが、多少無礼講の仲間内とかでも使われる表現であって、させられるほうは言われても左程ムッとこない表現ではある。

こういわれた場合の返し言葉は「随分じゃん」が多く使われる傾向にある。

例文

A「あれえ忘れ物しちゃってえ。ちゃっと持ち行って来るで先いかせんでよを。」

  (忘れ物しちゃった。直ぐ取ってくるから先に行かせないでよ。)

B「おお、まかしょ。首ん縄つけてでも行かさしゃへんでええよ、行ってきない。」

  (うんまかせな。首に縄つけてでも行かせないから心配しないで行ってきな。)

C「早くしんと始まっちゃうじゃん。いい席取りたいだで先行くかあ。」

  (早くしないと始まっちゃう。いい席取りたいんだから先に行こうよ。)

B「みんなでいかにゃかんの。おんしゃすぐはぐれて迷子んなるだで。」

  (みんなで行かなきゃダメなの。お前は直ぐはぐれて迷子になるんだから。)

C「先行くかあ。場所とってから入り口で待ちゃいいじゃん。」

  (先に行こうよ。場所取りしてから入り口で待ち合わせすればいいじゃん。)

A「はやったって駄目だにい。こないだみたくこっち迷子探しっぱなしで結局なにせいいっただかわからんくなるのいやだでねえ。はあ勝手なことさしゃへんでねえ。」

  (気が急いても駄目。この間みたいに迷子になったの探しっぱなしで結局見れなくてなにしに行ったのか分からなくなるのは御免だからねえ。もう勝手なことさせないよ。)

B「そうだよなあ。こないだあ結局こいつだけ見ただでこんだあこっち見る番だで。いっそおいてっか?」

  (そうだったなあ。この間は結局こいつだけ見てたんだから今度はこっちが見る番だよな。いっそのことこいつ置いて二人で行こうか?)

C「・・・早くしてやあ。」

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1.000円が4.900万円にって凄いね

 今朝のめざましテレビでやってたニュースで、郵政公社(旧)から東京の不動産会社に土地(広さは野球場とテニスコート数面が作れる広さ)が1.000円で売却されその不動産会社は4.900万円で学校法人に転売したといもの。これこそまさに濡れ手に粟の錬金術。アニメの世界でさえも錬金術極めるのに苦労してるというのに今の世はそういう術者が存在してるんだあと感心しきり。

個人の手腕かどうかは知らねど企業としての成果の話しだろうから担当者さんはさぞかしお鼻が象さんなのだろうな。おそらくは他の名目でなんやかやお金が動いてるんだろうなと勝手な想像しますけど。

 そういえば昨日「円天さいこ~」とかほざいてたモザイクかかってサギにもかかってたおばちゃんの当時の喜びに満ちたVTR 映像が職場の無駄話しの中で盛り上がったなあ。こっちは最初のうちは濡れ手に粟だったけど終わってみれば所詮夢(サギ)で掴むことはできなかったみたいだけど。

でも円天は欲の皮の突っ張った人同士の騙し合いという様相に思えるけど、こっちは、まるでいらなくなったゴミを安く買って洗い直して新品同様にして高く売ったみたいな様。だけど土地はゴミではないし洗濯するものでもない。いらなくなる筈もない。それを1.000円で売るということ自体がどうも合点がいかないものである。1.000円だったら私だって欲しいですわ。みんなそう思うでしょうに。にも拘らず密かに行なわれていたから買えない。知ってる者だけが得をする。羨ましいとは思わないし輪に入れてとも思わないけど。

 叩き売りするなら広く知らしめるべきであろうにと。不公平性を感じることこそがなんだかなあという気にさせられる。こういうのをビジネスチャンスと言い張るのなら新たに「人はこう生きるべき」という倫理道徳観をきちんと書き換えてからにして欲しいな。

少なくとも学校でそんなこと教えていないだろうし。社会に出てから是々非々の基準が180度ひっくり返って再教育される二度手間かかるくらいなら学校にいる時分から社会に適応できるような殺伐とした生き馬の目を射抜くことが誉とする教育をして即戦力を養成した方が喜ばれるんじゃないかと。たとえオレオレサギの勧誘電話番でも仕事ならばと一生懸命目標達成の為に励むこととかいうのでも仕事なら正義とかね。もちろん全部皮肉ですけど。

 そういえば昔なんで読んだのか思い出せないけど、空母に乗ってた水兵さん(多分整備担当)のお話しで、攻撃が空振りで魚雷等の爆弾抱えたまま空母に帰還する飛行機が着陸の安全の為に爆弾を海に廃棄してから着艦する様を見て、爆弾の価格を考えてしまってもったいないなあと思ったってのを読んだ記憶があります。日露戦争の際にも所狭しと艦内に積まれていた高価な石炭を出撃に際して必要最小限にして軽くして速力を稼ぐため余分と判断された石炭を海に投げ込んでもったいないと思ったって話しも読んだ記憶があります。

戦争という非常時での話しではありますが、国家としてやることにとっては些細であっても庶民レベルで考えると信じられないくらい規模がでかいという話しの一例でもある訳でして。郵政公社という国家が出すゴミ(不用品)は民間にとってはチャンス(お宝)になるという感覚の違いなんだろうなあとも想像されます。

郵政という国家から切り離された巨大魚が断末魔で抵抗する気力もなく小魚達にいいように食いちぎられてる状況とも勘繰れますですな。

それにしても1.000円は嘘みたいに安いですなあ。この報道が本当なら。

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ありふれた奇跡 その5

 観るにおいて、決して時間が来るのが待ち遠しいのではなく、それなりに覚悟を持って呼吸整えててよいしょという勢いをつけないと観れないドラマではありますが。始まってしまえば吸い込まれてく感じです。

 それにしても奇遇というか、類は友を呼ぶというかそういうおとうさん同士の関係性だったんですね。ガス抜きは誰にでも必要であるということは私でも分かりますからあれなんですけどそれにしてもですなあ。犯罪ではないにしてもばれでもしたら罪悪感に陥りますなあ。翔太のおとうちゃん(風間さん)の方は変身願望から晒す快感へと移行しつつあるようにも伺えます。加奈のおとうさん(岸部さん)の方はバレたら厭なのでもう降りたそうですけど。まあ普通ならたとえバレても一時の恥。他人は本人が思い悩むほど案外どうでもいい事と思ってるんですがなかなか自分の事となるとそうはいかないものですけど。さすがにこれは犯罪性はないにしても社会的地位は危ういでしょうなあ。

これを観てもし笑えというのであればついていけないギャグネタでしょう。普通の人なんていってもこんなもんさという事を謳ってるんでしょうかねえ。少なくとも私の周りには変装趣味は特例(ない)としてもそういうガス抜きの気配(実態)を見せるようなミスした人を見かけないんですけどね。やっぱどうもありふれた人々ではなさそうですこの世界はなんて思うのは世間知らずな私だけなんでしょうか。

もちろん身の危険を感じたりの実害を撒き散らす人達ではないのですから隣近所として付き合うとしたらごくごく普通の人なんでしょうけど。なんかねえ。決して女装が似合う似合わないとかの印象から受けてる訳ではないのですけど。素直に「変なの」と思ってしまいます。

 それで、肝心の翔太(加瀬さん)と加奈(仲間さん)の展開ですけど。話を振ったのは加奈の方ではありますが、なんかすんげえはしょったんじゃないのかい?といぶかしくなるくらい翔太の子供がどうたらこうたらという未来予想図の構想をば一方的に描くと言う様になってました。人付き合いが苦手としてもここまで物事をはぐらかさず誠実とはというのは異様に映ります。またそれが加奈にとってデンジャラスゾーンど真ん中というのはついてない。だけど不機嫌になる加奈の理由は理解不能でおました。でも話し振っといてそりゃないだろにと。あげといて落とすみたいな。翔太が不機嫌にさせたとは到底思えない感じでした。強いてあげれば追求ぽかったことくらいでしょうか。

 それにしてもそんな事があった次の日の朝のおじいちゃん(井川さん)との会話のシーン。加瀬さんの心ここにあらずの相槌合いの手の入れ方がえらくナチュラルで芝居じゃないような気がしてきました。ホントになにげないことがきっちり普通に見えるという凄い役者さんなんだと改めて感心する次第で。

 後半の加奈と藤本(陣内さん)との二人のシーンが非現実的な空気感漂わせていただけに余計そう思えましたし、この中に翔太がいたらどういう芝居の空気感になるんだろうとも想ってしまいました。

話し前後しますけど、加奈はなにかを吐き出そうとしてお母さん(戸田さん)に話そうとするが恋わずらいでそれどころじゃない。おばあちゃん(八千草さん)にはいえないんですね。もちろんおとうさんにも。翔太にはというときっかけのタイミングと意思の間が合わない。「子供が生めない」ってのは序章であってこれですっきりという事ではないのでしょう。で、藤本に声を掛けるも異様なアクシデントに遭遇して様相があらぬ方向に向いてしまう。

でも「生きていくしかない。」という加奈のセリフは迷いがなく明快で印象に残りました。無論今の加奈がそういう安定した状態ではないのですが、それでもそう言い切るのは自分に言い聞かせているということなんでしょうか。それとも弱みは見せないというつっぱりなんでしょうか。そういったとんがったものがぽきんと折れて普通では到達し得ない自殺というところまで追い込まれる要素となるのでしょうか。

 とりあえず展開としては加奈のおとうさん(岸部さん)は諸々の理由で二人が結ばれる事においての障害と成り得る存在である兆候がこの回は見えました。また、肝心の二人の間にも微妙な不協和音が生じてしまったとも取れる展開でありまして。この展開を打破するために右往左往するのは翔太なのか加奈なのか。奇跡ってなんだ?ありふれたって何?ありきたりとどう違うんだろう。

いまのところしっちゃかめっちゃかじゃないのは、おばあちゃんとおじいちゃんくらいなものでしょうかね。なんのかんのいっても年の功。悩める人々は自ら到達するのか助けて貰うのか。救いを求めることなく思い詰めて自殺がよぎったくらいですから援助なしで安定の領域まで到達するってことになるのでしょうか。一生引き摺っていくのだとしたら解決策は許す心なんでしょうかねえ自分にも相手にも。

 じっくり見直さないとついていけないくらい濃密な時間が描かれているなといざ感想残そうとなるとそう思えてきます。緻密といった方がいいのかしらむ。無駄が無いんでしょうねおそらく。でも正直光明が見えなくてしんどい回でした今回は。明日はどっちだ?って感じで。なんか支離滅裂な感想でいつも以上にまとまりとかないですけどこういうへんてこりんな見方をする視聴者もいるってことで。

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*ほいほい

「あんた、知らん人にほいほいついてっちゃかんにい。」

  (聞きなさい。知らない人に簡単についていかないようにね。)

「ほいほい」という言葉には「軽薄」・「安易」・「安直」・「人が良すぎる」とかいうニュアンスがある。

もっとも、辞書にも載ってるし、ごきぶりほいほいとかいう商品もあるくらいだから方言ではないだろうが、上記の例文とかの使い方は遠州では多用される表現なので記載。

例文1

「じいじ。孫ん可愛いからってなんでもほいほい買ってやっちゃかんにい癖んなるで。」

  (おじいちゃん。孫が可愛いからっていってなんでもすぐ買い与えないでよ。癖になるから。)

「ホントだよ。言われりゃなんでもほいほい買うだでホントしょんない。」

  (そうだよ。請われればなんでも直ぐ買っちゃうんだからもう。)

「まあた、うちのガキ嘘泣きどんまいでな。」

  (それにうちのガキは嘘泣きがうまいからなあ。)

家族全員で注意されてる図。

例文2

「あんたあ知らん人にほいほいついてっちゃかんにい。」

「失礼しちゃうやあ、幾つだと思ってるよを子供じゃあるまいし。」

「なにゆってるよお。こないだはなに?」

「あれはナンパされたの。」

「どう違うよぉ。」

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キイナ・不可能犯罪捜査官 その3

 死人が甦る。んな馬鹿な。というお話しでした。流石にそのオチにつきましては超常現象の解明というか専門書読み漁っての新しい視点を発掘することなく一般常識の範囲内で収まるものでありました。前回は偶然が重なりすぎだろうと思えたのでしたが今回は現実にありえそうな展開でした。

観てる側も生き返りというよりどうやって死亡をたばかったのかというトリック暴きだろうなと思って観てましたんで不可思議という感じはこの回はしませんでした。そう思える程キイナ(菅野さん)の記憶力と洞察力に信頼をおいているということになるのでしょうか。キイナが見たというシーンを提示されればそうなんだと。キイナじゃなくて尊が目撃してたなら嘘くさくて別の見方(何かの錯覚とか)になってたかもしれませんですが。

 証拠集めは地道にと、監視カメラ映像見てという様でありましたが、キイナも実際目撃してたんだからその時間帯を集中して見れば良いんじゃないのかと思って観てました。まあそれだと犯人に繋がらなかった可能性もあったので決して無駄骨という訳でもなかったんでしょうけど。手を抜くというか効率を追ってはいけないと言うことなんでしょうね。

 尊(ひらっち)は武道は得意そうであります。キャリアでかつ格闘戦にも対応できる文武両道タイプな訳でありましてモテても不思議じゃあないなと。初回はキイナを馬鹿にしてたけど前回は頼りにしてた。あまり早くにキイナ礼賛に転ぶのはなんだかなあと前回の感想で書いたんですけど、今回は揺り戻しがあったのかプライド持ってキイナに反発してました。その鼻は雅(沢村さん)にへし折られてましたけど。これに懲りることなくキイナとは馴染まない関係であってそれでいてお互いの助けになるような関係でいてくれたらよりキイナの無理無謀が現実の解決へと変わる凄さを演出して欲しいなと思います。

 未だに分からないのは同僚の刑事達が何故キイナの発言に対して小馬鹿にする態度を取るのか。どうみても親愛の情の裏返し的な減らず口には思えない。何を馬鹿な見下してるみたい。勤務年数上の後輩だとしたらそこら辺の序列をはっきりしておいて欲しいところですな。まあ初回で未解決・未処理の事件を沢山抱えているようなので全てが事実になってる訳ではないからほらふきと思われてる事の方が多いという予想もできますけど。イマイチここの空気感にシビア風味が流れていて落ち着けない境遇です。実力実績本位の民間企業じゃないんだし命の危険の可能性も抱えてる職場なのだから身内意識が強くあるべきじゃないのかなとふと思った次第です。

 桜(小池さん)の存在は結構大きいと思えますです。孤立しそうなキイナの聞き役というかキイナの心のバランスを保つ安定剤みたいな役割がいいなと。キイナのというよりも「菅野美穂」という役者さんが放つキャラ性なのでしょうか同性に対してしか見せない息抜きのような一面があるようで。そういう部分をうまく受けて拾い上げてるなと。小池さんは結構ずばりはっきり物言うタイプに思えるんですが、放つキャラよりもむしろ受け(聞き役)のキャラの方が似合うのかなと思えました。意外な発見です。キイナとは別の意味の賢さを持ってる人のようでその対比具合も悦ですな。

 キイナの本領発揮の頭脳フル回転発進のシーンはどことなく働きマンを連想させますが放送局も同じだし実質的な働きマンパート2という勢いを意図してるんでしょうか。

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*だあだあ その2

物凄く・次から次へと・際限なく・とりとめなく・制御不能なくらい・ぼろぼろ。滅茶苦茶などなど訳すに色んな言葉に変換しないと意味が成り立たないという非常に汎用型で重宝な言葉である。これこそ遠州弁と言いたくなる表現である。

「雨んだあだあ」(雨が凄く降ってる)「雨馬鹿がんこ」という言い方も出来る。

「だあだあに落ちてきくさる」(際限なく落ちてきやがる)「落ちてきてきりんない」という言い方も出来る。

「はあ収拾つかんくてだあだあだあ」(もう収拾がつかなくてしっちゃかめっちゃかだよ)「はあくっちゃんくっちゃんでやっちゃおれん」という言い方も出来る。

「はあだあだあに遅れてる。」(もう物凄く遅れてる)「どがんこ馬鹿遅くてはあやんなる」という言い方も出来る。

というように他の言い回しも出来るのであるが、何が「だあだあ」かという風に使えば全てそのことが白旗状態だということが伝わるので楽なのである。

共通語で近いのは「だだ洩れ」・「だだっぴろい」とかで使われる「だだ」であろうか。ただ用途の広さは異なる。それと例えば「だだ洩れ」・「だだっぴろい」と言うのを遠州弁にすると「洩れてだあだあ」・「だあだあに広い」という風に言い回しが変わるので必ずしも置き換えてよしという訳ではない。

例文

あそこんさあ 行くに ちゃっと ポンポンで 飛んできゃあ ほんたあ あっちゅう間 だけえが 今 雨ん だあだあ だで 時間多いめに みとかんと かんかもしれんなあや。まあなんしょ はあ あれでえの。くろの方大分(だいぶん)水ん溜まってきてるで、しょんないだで慌てんと のんびり 行くだあれ。」

殆どまるまる遠州弁となっている。これが理解できれば相当なレベルということになるであろう。別に称号とかはないけど。

一応訳文

「あそこに行くのにバイクで飛ばしていけば普通なら直ぐ着くんだけど。今雨が強く降ってるから掛かる時間多めに見ておいたほうがいいだろうなあ。まあとにかくもう道路のはじっことかだいぶ水が溜まってきてるから急がずと慌てずゆっくりと行った方がいいと思うよ。」

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メイちゃんの執事 その4

  前回までのあらすじ懇切丁寧に述べられてましたけど、ここまで丁寧にする必要あるんでしょうか。遅れてきた視聴者に対する配慮でしょうけど、始めから見てる者からしてみたら今から始まる決闘をより煽るという構成の方が納得ではありました。

 勝負の行方は大切なるものを見つけ出す宝探し。そそる内容ですけど突如現れメイ(榮倉さん)を襲いし暴漢。監視画面にて勝負の行方を一部始終を見届け人及び観客注視していた筈なのに何故監視の網をば潜り抜け妨害工作行なえたのかこれ不思議。見えてたけど試練だとみなして容認してたんでしょうか。

で、決着は想う気持ちを知るものの勝ち。物の価値は人によって解釈が異なるもの。当の本人には当たり前すぎて通り過ぎてしまう事こそが実は宝という趣旨。そこはかとなしにありふれた奇跡を彷彿とさせる勢いで、同じ局故のコラボかと勘繰れる程よくでけた話しでありました。なんちゃって。

 勝負の行方はかくなる仕儀にて決着つきしも、肝心の勝負せざるを得ぬ立場に追い込まれたる竜造寺(岩佐さん)に如何なる愛の手を差し延べるのか。

って強気の相手の弱みを掴み鼻をくじくという策にてギャフンという展開でした。あそこまで不遜に徹していたまま母様がいきなりしおれてへなへなになるのは流石漫画です。こういうメリハリのつき方は見慣れていないのでなんと申しましょうか口があんぐりです。

金のある所に人は群がる。これ摂理でしょう。まさにこのまま母はそういう典型ともいえる後妻でお家乗っ取り全て総取り手中に収めんという輩(やから)そのもの。そういう輩を許す人がいるというのは美談とすべきことでしょうが人がいいにも程があるという能天気過ぎないかいと思えないでもないです。獅子身中の虫を追い出す覚悟がなければ総帥の道は険しいのではといらぬお世話な気分になりました。学校卒業したら世間の荒波に立ち向かえるのか心配になってしまうくらい巧過ぎる美談でありました。漫画なら登場人物がその後出てこずフェードアウトしていけば済むことですが、生身の人間が演じるとビフォアとアフターが気になってくるものです。

 その後の庶民の家族団らんの席で一同ぶったまげた同居?というお話し。確かにでありまして、恒に一緒ってことはプライベートなんて存在しない訳ですな。便利やもしれねど息が詰まることで。どっちの立場にでも憧れる気にはなれないとこです。大変だなと。「亭主元気で留守がいい」の方が納得です。

 どうでもいい感想ですけど、個人的な感覚だけで言わせて貰うなら、妖艶じみた生徒とホストみたいな執事の姿は見たくない。執事の質を落としてるようでどうも好きではないです。尽くす=執事=ホストみたいなのは解せないです。もちろん役者さんの問題ではなく設定上の問題でありましょうし原作にも存在するからでありましょうが。主と執事は似たもの同士という方向性は判るのですが、漫画ならセーフだけど人が演じるにはアウトという一例なんでしょうかねえ。丸写しは必ずしも成功するものではないということなんでしょうか。ドラマ化するには匙加減が大事なんだなとふと思いました。

 ゲームというか悪意を持たない明るい確執なら陽気に観れるんでしょうけど金の切れ目は縁の切れ目みたいな執拗さが垣間見られたりもします。もう少しカラッといって欲しいところです。

 知世やっとめっけました。おまけで最後なんかのプレゼントの告知されてましたがアニメ声全開に聞こえました。

 

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トライアングル その5

 犯人早くも判明か。なんていう前回のラストでありましたが、そんな甘いものではありませんでした。さっぱり判らないんですが面白いですねえ。蠢く闇の大きさが全く読めなくて。

流れとしてはお母さん(風吹さん)は記憶を思い出した。でも誰にも伝えず封印すると決めたらしい。新蔵を追う郷田達であったが警察の上からの圧力が露骨化してきた。それをはねのけるも追った新蔵はなんと車の中で血を流していた。

 今回は丸山(小日向さん)がかっこいいなあと。こんなことやってみたいぞなと思える痛快さの具現者でありました。組織人として後先考えたらアホ以外の何者でもないのですが爽快であります。会議場抜け出していざ出陣の辺りはゾクゾクしてきましたです。こういう嘘(非現実的)は大歓迎ですわ。ドラマならではの醍醐味でありました。相変わらずというか回を重ねる毎にエンディング曲が染み入ってきます。

不思議なのは捜査潰しは黒すけ(稲垣さん)のおとうたま(北大路さん)が仕組んだと思ってたのに、総会の場での爽快な出来事に不快を示すと言うよりも喝采を送っているような印象を受けたことです。もしかしたらおとうたまも潰された側で今の丸山と同じ状況に立たされていて自分は転んだことに後悔の念を今もって抱いているのではという気にもなってきます。

つまり潰す側ではなく密かに応援する側という可能性もあるのかなと。唯衣の車に接近してたシーンはなにか意味があるんでしょうか。その後のあれですからやっぱ怪しいと思えなくもないですけど。

 その唯衣(相武さん)の車に死体?瀕死?とにかくいづれかの状態で新蔵(宅間さん)が載せられていたのですが、車には鍵が掛けられていたと思われどうやって運び入れたのか。もっとも誰がという疑問もありますが。展開というか見せかたとしては郷田(江口さん)がしょっぱなで冗談といいつつも「見つけたらぶっ殺す」と流星の絆でのセリフみたいなことを言っていてその姿を捜索中に発見して慌てて向かった訳ですので郷田が怪しいぞという提示の仕方みたいに映りましたけど。

いくらなんでもそれはないでしょうね。とにかく車の扉を開閉出来うる人という制約が存在する訳で、・・・っていっても郷田じゃないとすると誰なんだ&嫌がらせか?それとも警告?

で、引き続きの疑問集。増える一方で一向に減りません。

1での?・まずもって郷田はなにをしようとしているのか。ずうっと追い続けているらしいのだが何を。

5での答え・シンプルに真相。初心忘るべからずというようなことを呑んで告っておられたんで多分そうなんでしょう。

1での?・あの事件のことを掘り起こそうと黒木刑事(稲垣さん)に電話してきたのは誰で目的はなにか。

5での答え・進展なし。今も疑問のまま。候補は郷田・富岡・お父さんくらいか。

1での?・富岡(谷原さん)が本にしようとしたその内容とはなにか。

5での答え・進展なし。今も疑問のまま。今回新蔵の存在までは掴んでいたらしい。事件自体は時効を迎えているのだから決着の仕方は真相を暴く(記事にして世に出す)と考えられるので郷田達の最終兵器に成り得る可能性がありそうとも思える。

1での?・タイトルのトライアングルって何を意味してるのか。

5での答え・まったくの進展なし。

2からの?・志摩野って何者?

5での答え・不明のまま。育ちは中国ということらしい。これでまだ殆どでてこない秋本(佐々木さん)勤務先が中国らしいから今後協力者かなにかで出てきそうという道筋を予想してしまう。

4からの?・郷田の目にはサチは早智絵の影としか映っていないのか。

5での答え・そうという訳でもなさそう。

4からの?・黒木の父上(北大路さん)が此処へ来て事件もみ消しを謀ったとも伺える様相を呈してきて果たしてその真相は如何に。

5での答え?・もしかしたら密かな応援者かもしれないしやはりそうじゃないかもしれない。

4からの?・警察官じゃなくインターポールでなければならない(警察の人間では困る)理由とかもあるんでしょかねえ。

5での答え・みたいですねえ相当上の方からの圧がかかっていそうですから。

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*いい加減にしんと怒るにい

意味はまんまで「いい加減にしないと怒るよ」。

用途としては親がゆうこと聞かない子供に対して放つ「もうやめろ」の最後通告が最も多い。次には友人同士とか親密度の深いもの同士で成り立つ表現であろう。

だけどこれから怒るぞと言ってる割にはもうすでに怒っている場合の方が多く。

言ってることとやってることが違うじゃないかと子供心にそう思った記憶がある言葉。

例文

「あんた、いつまでやってるよを。早くかたしなさい。」

  (も~。いつまでやってるの?早く片付けなさい。)

「もうちょっと・・・」

「も~いい加減にしんと怒るにい!はああんたなんか知らんで好きにしな。」

  (もーいい加減にしなさい!もう知らないから勝手ににしなさい。)

以前同じような記事書いた記憶があるのだが、まあいいか重複しててもとんじゃかないかあ。

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ヴォイス・命なき者の声 その4

 今回は珍しくというか初めて大己(瑛太さん)より早く事の流れが想像できました。私如きが読めたのですからおそらく大半の視聴者は読めたと思われます。

なのでこの回については謎解きというテーマより亮介(生田さん)の心の動きを追うのが主題だったのでしょう。

優柔不断だった自分に亡くなった友人から勇気を授かって胸を張れるようになった。

 あっさりまとめちゃうとこういうことですけど。そんな単純なものじゃないですよねえ我が身に置き換えたら修羅場ですわいな相当に。まず親に言えないことがありそれは言う事を避けて通れるものではなくしかも親の期待することではない。それだけで十分気が重たくなるのに、友達が死ぬということに遭遇する。二重苦ですな。それに輪をかけてその死に様は当初決して天晴れな散り際というわけではない。以前の晴れやかで輝いていたことを知ってる者からすれば暗雲立ち込めるかのような薄暗いもの。そんな筈はないと思い悩む。でも判らない。これで三重苦。

 大己らが慰め?励ましてくれるも救いにならず殻に閉じこもりそうになる。その闇に無闇に立ち入らない仲間達は大人だなあと。下手に陽気な場所に連れまわして現実逃避に連れ込んだりとかずけずけと判った振りして土足で心の中に上がろうとしない辺りがこの歳でという感じです。それでいて自分なりにやれることはやろうと羽井(佐藤さん)は自身の経験を語りお前一人じゃないんだと伝え、桐畑(遠藤さん)はデータの分析の手助けをしようと励む。さすがに女子たる久保秋(石原さん)にすべきことはない男の世界ではありましたが。でも今回は陰の部分が影を潜めて陽気な感じに映りました。この方がこの場の雰囲気になんか合ってそうに思えました。冷静で頭いいのにいじられるとそうに見えなくなるというキャラが希望です。

 同じゼミの仲間になってどのくらいの時間が経っているのかよく分かりませんが結構短いにも関わらずの「お前いい奴だなあ」と言い合える仲間達で羨ましいことですな。いつか学校卒業と共にバラバラになっていくんだろうけど直接的な接点がなくともずっと仲間なんだろうなと思えてきます。

 三重苦の乗り越え方は友人の死に関する暗雲の疑いを取り払ってくれたのは大己。頭が上がらない父に自分の生き方を伝えることができたのは亡き友人の譲れない心を受け継いだから。最後の死による別離への心の整理については泣いて晴らしてました。心の整理については正直言うと?ですけどね。私も友人や同僚とかい先立たれた経験持ってますけど涙でクリアというのとは違うような気がしますです。そいつのことを忘れることなく少しでも多く思い出してやるのがそいつへの想いというか野辺送りのような感じというのが私のリアルです。

 いづれにしても回を追う毎にひとりふたりと腹を据えた人間が増えていく訳でありまして、迷いや悩みといった心の迷路に時間を割くのではなく本業?のヴォイスを聞くことに益々特化していきそうで愉しめそうです。

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*あんねえ

ふた通りの意味にとれる。

ひとつは「姉」もうひとつは「あのねえ」。

なので「あんねえあんねえ」(姉貴さあ、あのねえ)という表現は実在する。

「姉・アネキ」は親しみがこもった表現であることが多く、見も知らぬ人から「あんねえ」なんぞと呼ばれた日には「キモい!」となる。

「あのねえ」は「あのさあ」というニュアンスの場合も多く用途は広い。甘えた感じにも映るので野郎が言うと「キモい」。大抵は子供か女子が使う方が無難な表現であろう。野郎なら「あんさあ」・「あんやあ」・「あのやあ」とかであろうか。「あんなあ」だと関西っぽくなるが使う人もいるにはいる。

甘えた感じを除ける場合は「あんたねえ」とすれば距離を置いた感じになる。

例文(女性言葉は得意ではないので乱文ご無礼)

「あんねえ。あんねえ。」

  (お姉ちゃん。あのねえ。)

「なによを。また変なこん誘うじゃないらねえ。いやだにい。」

  (何?またおかしなこと誘う気じゃないでしょうねえ。御免だからね。)

「失礼しちゃうやあ。変なこんなんか誘ったこんありもへんにい。」

  (心外だな。おかしなことになんか誘ったことないでしょうに。)

「へ~よーゆうじゃん。こないだの○○。あれなによを。」

  (へ~よく言うわねえ。それじゃあこないだの○○。あれどういうこと?)

「あんねえ。あんねえがやりたいっつうもんで誘ったじゃん。」

  (あのねえ、姉貴がやりたいって言うから誘ったんじゃないの。)

「あんたねえ、女ばっかで行くとこじゃありもしんにい。」

  (なに言ってるの女性ばかりで行くとこじゃないでしょう。)

「自分連れてくりゃ良かったじゃん。」

  (自分が連れてくれば良かったでしょ。)

やはりそれは言っちゃあお終いよということで。

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本日も晴れ。異常なし その2(第3話)

 いやあ。面白かったですねえ今回は。心に壁を作れば目の前に広がる世界はその壁の厚さの分だけ狭くなる。島がつまんないんじゃないあんたがつまんなくしてるだけだ。それに気づけよ。そんな感じでしょうか。その気づかせ方が意外性というか展開の妙があって面白かったです。

 光生(青木さん)も楽しかったですけど、駐在さん(坂口さん)の授業が面白かったです。展開の流れで行くと大人じゃもう説得できないから、生徒達に「行かないで」と言わせるために、子供達の涙と共にうらら先生の母性本能と教師の使命に医龍じゃないや慰留を訴えかけようと熱弁奮うのかと思ってたら、「事件です」ですって。これは失踪事件だから捜査の為にうらら先生(松下さん)に関する情報を集めてるから協力してくれという展開からの一件落着の手順はなんか初めて観た手段で新鮮でした。こういう引き止め方は記憶にないです。おしゃまに(背伸び・かしこまり)してなくても人としてありのままに生きればいいという訴え方でありましたが肝心の生徒達が納得しなくちゃ始まりませんからそれでいいよという答えを導き出した手法が面白かったです。まあホントは犯罪者教員免許偽造潜伏説と男性説が一番面白かったんですけどね。そうくるかと。此処(島)にきた理由・等身大の自分などなど色んな意味で炙り出し見事に成功の巻でした。

先生が立ち聞きしてるという前提で成り立つ展開でしたが、駐在さんは確信してたんでしょうか心配で見に来るだろうって。その根拠の出所はよくわかんないとこではありますが。ほっといても伝わる島の連絡網に絶対の信頼を持っているからこその仕儀なんでしょうかねえ。

 謎解きのない直球勝負の人間同士の摩擦を描く展開なんで、光生とうららのデートで「もう厭!」と弾ける辺りはお約束というかありがちな展開だなと思って観てたんですけど。いやいやなかなかどうして。背伸びしてた(嘘ついてた)先生を許すとかじゃなくあ~そうなんだと納得するってえのは、大人が考えてる程子供は現実を肯定する理解力があり、憧ればかり食べて成長してる訳じゃないよという説得の仕方は目新しく感じて面白かったです。もっともそれはうらら先生の空回りで生徒達がうらら先生にそういうイメージを抱いていたのかは不明ですし、それとあの場で中坊二人いませんでしたけどいたら白けられてまとまる話もまとまらなくなってたんでしょうか。まそんなことはともかく今後うらら先生はどう自分らしく暮らしていかれるのかその変貌振りが楽しみではあります。(多分期待してる程そんな見た目が変わるようなことはないでしょうけど。)

 それにしても島民の皆々様方。いつ仕事してんだと突っ込みたくなる程なんか事あるとすぐ全員集合されるもんですこと。島にいるとなにもかもが筒抜けで見られていて息が詰まるとうらら先生のたまっておられましたけど、先週の兄弟だけの絆の真意は島の人々は誰も気づかなかった訳ですし、心の中までづけづけと犯してくることはないのにと思えなくもなく。おそらくは勘違いなんでしょうねうらら先生の。

 光生役の青木さんはホント魅せてくれます。妄想に膨らむ様と現実に蠢く様とその反動による落ち込み方と、どれ見ても笑ってしまいました。落ち込む様が暗ぼったいと画が洒落になりませんから道化に徹した勢いがタイプです。しかも一所懸命でメリハリがオンとオフしかなくて微妙な調整ができない不器用さが光生の愛すべきキャラで好きですわ。ただ立ち直り方が若干説得力に欠けるかなとは感じましたが。さとうきびだって台風の嵐潜り抜けて逞しく育ってんだからあんたもこれくらいでしおれててどうすんだみたいなフレーズが欲しかったです。

 どうでもいい事なんですけど美波(夏来さん)のギター。チューニングもうちっと合ってて欲しかったなあ。夏来さんのということではなく美波のギターのレベルがそんなもんということはよく理解出来ましたがえらく耳に堪えました。勘弁してくりょ~と。音楽も生業とされてる松下さんがおられるくらいですからもうちっと耳障りを抑えて欲しかったところであります。チューニングはあってるけど弦の押さえ方をわざと甘くして上手くなさ加減を表現してるとかされてるのかもしれませんがいただけませなんだ。

 意中の人はおるんかい?と問われてふと見つめる先には駐在さんといううらら先生。そういう目があるんでせうかねえ。ややこしくなりそうです。

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*はあ その2

決して「ハア」と溜め息をついている訳ではない。

「はあだあだあでえ。」

と、関東から浜松に移ってこられた人に言ったら「なにそれ?」といぶかしがられた。

何を言ってるのか一言も理解出来ないそうだ。

そんなじゃ

「腹ん具合だあだあではあしゃあしゃあだもんで便所馬鹿近くてかんわ。」

なんて言っても全く意味通ぜんっちゅうこんだいね。

何より驚いたのは「はあ」(もう・すでに)という言葉が通じないということだ。「だあだあ」はともかくとして。

「はあ」は関西あたりとかでも当然使われてるものだと思ってるから全国的に通じるものだとばかり思っていたのだが。

因みに「はあだあだあでえ。」を訳すと「もう滅茶苦茶だよ。」となり、「腹ん具合だあだあではあしゃあしゃあだもんで便所馬鹿近くてかんわ。」は「お腹の調子がよくなくてもう下痢気味でね。便所がとても近くて駄目なんだ。」となる。

古い日本語の「早や」が変化して「はあ」となったとも勘繰れるのでどこでも通じると思ってたんだけどね。意外や意外で「はああきれかあってものん言えんわあ。」(もうあきれ返って物も言えない)状態である。知らぬは地元ばかりなりってか。「石炭をばはや積みはてつ・・・」だと「石炭がはあ積まったもんでえ・・・」という風になる。

ちなみに、辞書で調べた「はあ」の意味は受け答えの相槌・驚き感心の気持ちを表わす・聞き返す気持ちを表わす・納得のいった気持ちを表わす(はあそうですか)とか(はあ?)といった相槌・合いの手的使い方で遠州弁の「はあ」の使い方は記載されていない。

例文

「おっとさ はあ 出た?」

  (旦那さんはもう出発した?)

「はあ とっくだにい。」

  (もうとっくに出てったよ。)

「やいやい。後でどんじかられるなあこりゃ。」

  (あ~あ。こりゃ後で物凄く怒られるなあ。)

「ぶつくさこいてんでちゃっと行きない。寄り道してるかもしれんで追いつけるかもしれんじゃん。」

  (ぶつぶつ言ってないで直ぐ行きなよ。寄り道してるかもしれないからまだ追いつけるかもしれないんだから。)

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信号待ちのねじれた悦

 交通量が少なくなる時間帯の道路での歩行者はというお話し。要は信号を守るか否かということなんであるが。効率という面から見たら車が来ないんだから止まる必然性はなく早く目的地に行く方が割がいい。遵守という面から見たら赤は止まると決められているのだから決められたことは割に合わなくとも守るべきである。どちらを取るかの問題か。もちろん地域性による違いもあろうけど。

 平気で信号無視していく大人達を見て憮然とする小学生。中学生は怒りの表情を隠さない。逆に大人達が待ってても当たり前のように無視して進む高校生。結局は大人にとっては些細な現実でも子供はそれを真似(継承)して生きていくのだから悪いのは大人なんだろうな。おそらく遵守から効率への転機は「馬鹿馬鹿しくてやってられない」って思えた時なんだろうな。個人の性格というよりも気づくタイミングの早いか遅いかの違いだけだろう。でも一度外れたたがはもう元に戻ることはない。道徳観なんてそういう脆いものなんだろうな。若い時分は肉肉肉・甘甘甘。歳がいくと白身の魚に渋渋渋。嗜好は歳とともに変化するけど倫理とかは削られて細くなる一方で増えたり入れ替わったりとかはしないんだろな。

 信号のない横断歩道で手をまさにあげんとする小学生を横目で見ながら減速することもなく車を走らせ漫然と通り過ぎてる私が書いても説得力のない話しではあるが。

 安全を作り出す側からすれば統制という管理(信号守れ)か自己責任に負う(事故にあってもてめえが悪い)のかという手段の選択になるのだろうけど。電気代の節約とか無意味な統制(車がこないのに待たなければならない)などと考えれば24時間止まれと言い続けなくてもいいじゃないかという気にはなる。だけど自己責任となると自分が悪かったなどとワシントンの桜の逸話を実践する輩ばかりじゃない。水掛け論に持ち込んで自分の非を逃れようとする。

 交通事故を経験した者から言うと(ここだけ歩行者ではなく運転手のお話し)信号が正義であって赤なのに進入した方が悪なのである。証人が現れなければ証明されないことだけれど、青ならば自分は胸を張って生きていける。赤を青と言い張って言い逃れできたとしてもそいつは一生後ろめたい気持ちを抱えていくことになる。

 気持ちよく生きるということは見つかる見つからないという運の良い悪いとかではなく、こういう細かな胸を張れることの積み重ねだと思う。

 損して得取れということはなにも商売だけの意味ではないと思える。無意味に赤信号が青になるのを待つのは確かに損だ。だけど歪んだ意識だけど信号を守らない奴を「ば~か」と心の中で蔑む(さげすむ)優越感に浸れる。人が落ち込むときってのは劣等感に苛まれることが原因であることが多いのだが誰にも迷惑がかからないであろうこういった些細な優越感を持てれば劣等感の迷路に引き込まれることは心のバランスを保つと言うことで少なくなれる手段のひとつなのではないだろうか。優越感の塊だと不遜でいつかしっぺ返しがあるけどこういうプチ優越感なら大丈夫だろう。あんな奴でも生きてるんだから自分が生きていてなにが悪いと。

 信号のない横断歩道で手をまさにあげんとする小学生を横目で見ながら減速することもなく車を走らせ漫然と通り過ぎてる私が書いても説得力のない話しではあるが。

 そういう意味で車が来ようがこまいが私は横断歩道の信号では赤は止まって無視して渡る奴を見つめる癖がある。注意はしない。心の中で「ば~か」と言うために。損して徳取れとは言わないがなにもテレビを見て「嗤う」だけが悦にいる手段ではなかろうて。憤慨するのはもったいないことであろう。

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*ぎゃーつく

広範囲で使われる表現で特に遠州弁ということではないのだろうが。

一般的には「ぎゃーつくぎゃーつく」と繰り返す言い方で使われる地域が多いらしく、遠州は「ぎゃーつく」と繰り返さないことが多いのが特徴といえるのかもしれない。ただ単に略したのが定着したということも考えられるが。

意味的には「わめく」ということであろう。以前記事で「ひゃあひゃあ・ぎゃーつく」を書いたが、遠州ではランクというか強弱で言い方を変えて「わめく」の表現をしているということであろうか。

「ぎゃーつく」だと「ほざく」がつくことが多く。「ひゃあひゃあ」だと「言う・こく」がつくというように、「ぎゃーつく」の方がわめき度が高い印象がある。

大雑把に訳すと「口答えする・批判非難する」というニュアンスであろうか。

例文

「も~。ぎゃーつくほざくな。うっとおしい。」

  (も~きゃんきゃん喚くなうっとおしい。)

「こんだけゆったってきかんならわし帰るでねえ。」

  (これだけ言っても聞かないなら帰るからね。)

とまあ強硬な言い合いになる。ちなみに「ひゃあひゃあ」にすると

「も~。ひゃあひゃあ言わんで。うざったい。」

  (も~いちいち言うな気が散る。)

「こんだけゆわにゃあんたわかりもしんに。」

  (口酸っぱくして言わないと分からないでしょあなたは。)

ってな感じできつさ(対決姿勢)は薄れる。

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