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曲がれ!スプーン

 一遍観ただけでなんやかんや言うのは趣旨に反するので本筋に関しての感想はDVDとかで観直ししてから書こうということで、ここでは率直安直な感想と頓珍漢な感想を。

 素直に浮かんだ印象は、とてもストレートな一所懸命に夢を信じて頑張る人への応援画だなあと。米ちゃんの想いがとても素直で可愛いなと感じましてでありました。

元は舞台のお芝居ということだそうだけど、壁に貼り付けてのお仕置きとかテレポーテーションさんの初登場の仕方とかは舞台でどうやって見せたんでしょうかねえ。

米と皆が出遭うまでの情景が結構私好きだったんですけどこれも舞台で表現されたんでしょうかそれとも映画だからこその話しなんでしょうか。あの空回りの状況の中でのひたむきな姿が徐々に翳りを帯びていく姿に変わっていってこそのあのご褒美の喜びな筈でしょうから。

 観終わっての余韻は、ほっこりする映画だなと。観に行ってよかったっす。

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アンタッチャブル その7

 うだうだとしつこいようだけど前々回を見逃してしまったので本筋に関する感想を述べる資格がないので今回もどうでもいい感想に終始することとします。

全9話ってことらしいのであと2話かあ。こいつ怪しいと思ったらそうじゃなくてこいつは大丈夫と思ったらあやかしでとホント猜疑心に満ち溢れてしまいそうな勢いなんですが何故かドロドロに感じられないという不可思議な印象が魅力のドラマですな。

それにしても仲間さん。キャラ作りでダサい格好をされているのでありますが、やはり決めればお美しい限りでありますな。この回の「めがねっこ」姿はやっぱ画になりますわ。まあそれはそれは大層知的になるものでありました。でもそれも黙っていればの話しであって鳴海遼子というキャラが動き始めるとやっぱダサい。

同じダサさでもトリックでの山田奈緒子とはどうみても違う。その違いってなんなんでしょうねえ。山田奈緒子は愛すべきツッパリだけど鳴海遼子は背伸びした不遜を感じるとかなんでしょうか。

それは相棒がいないからなのかな。だって他の皆はあやかしだらけだけど性格や行動はそれなりにまともな人ばかりだからどうしても浮いてしまうんだろうか。

でもこのキャラだからこそ先にも書いたようにドロドロな印象を感じる事無く転がっていく展開を愉しめているのかもしれないと思うと間違いじゃないんだろうかな。

でもせっかくのべっぴんさんはやっぱそれなりに綺麗なものとして観たいものですたい。

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*どうまいら

「凄く旨いでしょ」と言っている。「どうまいら?」と語尾が上がれば「「凄く旨いでしょ?」となる。「どうまいらあ」だとイントネーションの違いで「凄く旨いでしょうに」・「どうだ旨いだろ」という二通りの解釈ととれる。語尾が上がって「どうまいらあ?」となれば「そうだろ?凄くうまいでしょう?」とかになる。

「どうまいら」の使い場所としては例として

「ね、分かるらあ。どうまいら。」

訳すと「ねえ分かるでしょ凄く旨いでしょ。」といった感じで同意を強く求める勢いになる。

「どうまいだら」だと「凄く旨いんでしょ」つまりまだ食べてない状態での発言。

まだそれを食べていない人に自分が今食べていて旨い事を伝えたい場合で「これ食べてご覧よほんとこれは凄く美味しいよ」ということなら

「これ喰ってみいにホントこれどうまいにい」

同じように薦める状態で自分も今食べていない状態で「これ食べてご覧よほんとこれはすごく美味しいんだから。」ということなら

「これ喰ってみっせえホントこれどうまいでえ」。女性言葉なら「これ食べてみいにいほんとどうまいだにい」

食べる前から旨いだろうとは思っていたけれど「食べてみたら凄く旨かった」だと

「喰ったらばかうまかった」

食べる前は旨いとは思っていなかったけど食べたら「思ってた以上に旨かった」だと

「いやあがんこうまかった」

人に勧めたくて「本当に旨いよこれ」という場合には

「ホントうまいにいこれ」

人に理解して貰いたくて「本当に旨いんだよこれ」だと

「ホントうまいだにいこれえ」

人に納得して貰いたくて「本当に旨いんだから食べてごらんよ」だと

「ホントうまいだで食ってみいって」

とかになる。あくまで一例でありましてパターンはまだいくらでもありますが複雑にしても分かりにくいので。

ちなみに旨いの強調形のパターンを挙げると

「どうまい」・「ばかうまい」・「がんこうまい」・「うんまい」

とかがよく使われるのではないか。明快な使い分けは多分ないと思われる。

蛇足ではあるが女性の場合「にい」表現を多用すると可愛らしいと映ることがあるらしい。

蛇足の例文

「これあんたけえ。」

  (これやったのあなたなの?)

「違うにい、にいにだにい。」

  (違うよ兄ちゃんだよ。)

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*上手くない遠州弁の使い方

 最近テレビに出る有名人の中に遠州弁の使い手が現れて多少なりとも脚光(陽の目)を浴びつつあるみたいだけど。遠州弁を使う原住民として他国の衆らが使うよくある聞いちゃおれん遠州弁っつうのがある。それは、イントネーションの違いはまあ無理だとしても、最後にだら・だにをつけて仕舞いという形。

「今日は良い天気で絶好のお出かけ日和だら」

間違ってはいないがえらく中途半端であり

「今日良いい天気だで外ん出るにゃ最高だにい」

くらいにはしてもらわないとすっきりしない。もちろん

「いい天気じゃん。あんた今日そと出てかんでいつ出るよを」

ぐらいまで逝ってくれればもう原住民扱いになるのだが。

 たとえ原住民の人でもピンとこない言い回しと感じることがある。遠州弁と言っても各集落によって随分と異なるものであり私がしてることは自分とこの集落の言い回しを押し付けているようなものなんだけど。

「そんなに ぬくとめなくても いいにい」

  (そんなにあたためなくてもいいよ)

私だったら

「そんな ぬくとめんでも いいにい」

もっとぐでぐでにするなら

「んな大層にぬくとめんくたっていいでねえ」

とする。他の例では

「まあ、そうだけど、左側に落ちんくてなによりだったな。あっちは民家があるでね。」

私だったら

「まあそうだけえが ひだりっかあに落ちなんでなによりだったやあ。なんしょあっちん方家あるで落ちたらホントたまらんにい。」

そりゃあまあ若い衆は方言を避ける傾向にあるのは今日に始まったこんじゃないだで人の事言えた義理じゃないにしても、歳とりゃあ自然と回帰するだでちったあね。使えたあ言わんでも聞き取りはきちっとして言い回しとか忘れんようにもしてくれんとをと思えるだよを。

 ちなみにタイトルの「上手くない」。

「うまくない」と読むのは標準語。断定するのは無謀な暴挙ではあるが

遠州弁なら「じょうずくない」と読む。

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不毛地帯 その7

 あ!117クーペだ。ってことは「い○ず」のことか。でも確かデザインジウジアーロじゃなかったっけ。

観直してじっくりがっつりガン観するとそこかしこが違うから他車の空似なのかしらん。

でもジェミニも好きだったし飛鳥は本気で買おうかどうか迷った時期もあったもんな。そそる車が確かにあったな。

会議でも謳ってたけど営業面が弱いってとこもそうそうって思えるしこれは作り話だろうけどエンジンルームから煙出てたっていう車べレットに似てなくもないからやはり余計な詮索するとしたら千代田自動車は「い○ず」なんだろうな。アイチ自動車は「ト○タ」で日新自動車は「ニッ○ン」なんだろうな。

まあドラマの冒頭で似たようなものがあってもこれはフィクションですと述べてあるから邪道な感想なんですけどね。

それにしても鮫島(遠藤さん)ってゾンビといか不死鳥というか。次期戦闘機の選定で破れ中東戦争勃発時の対応でも煮え湯を飲まされてと失態?続きなのにまたまた立ち塞がるんですから逞しさを越えた奇跡を感じます。だからこそ倒しがいがあるというか心置きなくという感じで観れるんですけどね。このドラマがもしコメディであったならば鮫島はトムとジェリーのトムの役回りと同じに違いないと思える程痛快かつ後腐れも怨恨もなしに喧嘩してるみたいに映ります。鮫島の辞書に「失脚」という文字はないみたいです。

その逆のような「失脚」を含め「貧乏くじ」・「トカゲの尻尾」・「陰湿」などなどの文字が躍る辞書を握り締めている小出(松重さん)が別の角度から塞がる様相を呈して参りました。きっちり極秘資料を手に入れているんですからそういった類の腕は衰えていないようでありますが、その使い方が蛇の生殺しのような手段で迫ってきてかなりやばそうでした。まあ確かに被害妄想と断じきれる結末ではありませんでしたので気が振れてるで片付けられる状況ではありませんが。

清濁併せ呑む壹岐(唐沢さん)だから小出をも取り込んでいくのかなと思って観てたんですが小出の方が蝶のように舞い蜂のように差すみたいな掴み所のない様で手をこまねいているようでした。今後どうなっていくんでしょうねえ。

家の玄関前にまで押し掛けて来てたんで堪らず「お母ちゃんに謝れ」ってセリフ言うのかなとか思っちゃったんですけど流石にそんなギャグは通用しないもんな。

家庭においてもなにか軋みが窺い知れて家の中まで不毛地帯化していくんでしょうか。あまりそういった類を観て何が悦なのかよく分からなくてどちらかといえば観たくないんで薄味であっさりと進んで欲しいところです。

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*ほんとゆうと

「実際のところは」・「本当のところは」という意味合いの言い回し。共通語だとこれに近いのは「ホントはね」か。方言というよりここいら近辺の口癖という方が正しいか。

男女共用の表現であるが、同じような表現で男言葉だと「ほんたあ」・「ほんたあの」などというのもある。

文章の最後につけて種明かし風なニュアンスにすることが多い。もちろん頭に持ってくることもあるがな~んだと相手に思わせるには最後につけたほうが効果的な場合が多い。頭に持ってくると言いにくい事を言おうとしてる「実は・・」みたいな感じになることもある。

さりげなくとかなにげに伝えたい場合には最後につけるほうが効果的であろう。

例文

「さあ乗らまい。」

「なんか吐きそうになったらいやだやあ。」

「そんときゃゆうっくり上向いて深呼吸すりゃいいだって。」

「へ~もの知ってるじゃん。大したもんじゃんか。」

  (へ~よく知ってるねえ。見直したよ。)

「入り口で係りの人にそう言われたでえほんとゆうと。」

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ギネ・産婦人科のおんなたち その7

 やはり裁判の様というものはいやったい限りでっていうよりも、え?婚約?いきなり?先週そんな勢いに乗じるような出来事起きたっけ?ですわ。

慌てて先週観返したんですがそんな兆候どころかむしろ三角関係が露骨になって修羅場来襲かといった勢いだった筈なんですけど。

そこまで沈み往く船から下船するのに手段を構っていられないという程の状態なんだということを謳っているということなのでしょうか。

まあ本筋とは逸脱した感想なのでこの辺にしておきますけど。

 で、本筋の方に戻っていやったい裁判風景。叶うことならば一生縁の無い所でありたいものです。根掘り葉掘りとじくじくした蛇の生殺しのような暴かれ方は反面教師になりうるんでしょうか。徳本さん(八嶋さん)にしてみればより詳しい当時の状況が訊けたという成果があったんでしょうけれど、誠実という言葉は裁判所には不必要なものだという感想が湧いて来ました。真実=誠実ということではないのだと。

顛末については殆ど一発逆転のような驚きの事実が明かされて無事?決着がついたようなのでありますが、あれが出てこなければ弁護士さん(半海さん)の目論見通り有利に進んでいったのでしょうか。もともとは柊先生(藤原さん)の「それをいっちゃあお終いよ」的な発言がここまでに至った原因なんでありましょうから責め処は依頼者の意に添ったものでありましたでしょうけど。

この一件で医療行為を行う上でこういうことに萎縮しない為に成すべき事が語られていましたけれど。自衛の為の保険を掛けるとか国の制度のあり方とか。なんかあったらお医者さんにすがるしかないんですからお医者さんを追い詰めるような社会というのはやはりねじれてるんだろうなあという印象を持ちました。

もっとも「客」ならお客様=神様なんだからなにやっても客なら許されるという風潮全てが世間を覆っていて、こういうことはなにも医療に限ったことではないという気もしてきますわな。

もちろん命に関わる仕事と同一視するのはその責任の重さが違いますから優先順位は当然最優先に改善すめきことでありましょうが。

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映画のだめクランクアップの模様

 11/25、めざましテレビでのだめ(樹里ちゃん)のクランクアップの模様が映し出されていた。それはそれはいい表情しておられてたな。

その天衣無縫な開放感と充足感に満ち溢れた姿というものはSGの頃よりパワーアップした感すらあるような気がする。幼児化してるというのではなく抑えることを止めにしてより素直でいくんだという現れであろうか。

早く大人になろうとかいう時期は誰しも在るものだけれど、大人になるということと自分らしく生きるということは相反するもので大抵はバランスを保って帳面合わせして毎日を過ごしていくものだけれど。樹里ちゃんは大分吹っ切れてるようにも思えました。

そういうことを不可として抑圧しようとする人が周りに居らず伸び伸びとした空間を提供している人々が周りにいて暖かく見守ってたんだろうなと想像されまする。

「大人」と呼ばれる人達からはなにかと眉をひそめられかねない建前の存在しない難敵ということで咳のひとつもされかねないかもしれないけれど、大人になりきれなかったオヤジとしては応援していきたいよなとつい思っちゃいます。

もっとも役にのめりこむ役者さんだから「のだめ」になりきっているが故の所業であって年がら年中吹っ切れてる訳じゃないんでしょうけど。

ラストフレンズの「瑠可」は好きだけど「のだめ」は嫌いと評する方もいるみたいで、人は「大人」たるべきという意識の強い人がそう感じるのかな。私はどっちの「上野樹里」でもOKなんですけどねえ。というか役=役者さん個人という直結したイメージが浮かばないんでこの役は嫌いこの役は好きということはなく面白かったかつまらなかったかの判断しかないんではてさて映画の出来は如何にという感じでしょうか。

それにしてもあの表情を見ると映画への確かな手ごたえというものが伝わってきますですな。ホント晴れやかなお顔でありんした。衣装はパジャマみたいだったけど。

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*あんたとあんたあ

「あんた」と「あんたあ」で意味が極端に異なる訳ではないが遠州ではこの二種類を使い分けることが多い。

暴言的に述べれば共通語に訳したら「「あんた」=「あなた」で「あんたあ」=「あなたは」であろうか。ただし「あんたあは」と言い方もあるのであくまでそういうニュアンスだということで正しいことを言ってる訳ではない。

従って「あなたはいつだってそう。」という文章を

「あんたいつだってそう」だときつめな印象になり大分感情的な表現に聞こえる。

「あんたあいつだってそう」だと俯瞰的な要素があって冷静に判断して言ってる印象になる。

発音は「あんた」は「た」と「あ」がアクセント位置になる。これは全国共通か。

「あんたあ」については「あ」と「たぁ」にアクセント位置が置かれるパターンがあり、「たぁ」の場合距離を置いたよそよそしい(他人行儀な)感じになることがある。アクセントの違いによるニュアンスの違いについては存在するのだが説明する程の知恵がまだないのでいつか改めてということで。

例文

「雑草ぼうぼうだねえ。」

  (雑草生え放題だねえ。)

「一本っつぬかにゃかんだかいねえ。」

  (一本づつ抜かないといかないのかな。)

「草刈機ないだ?」

  (草刈機はないの?)

「今そうゆう時期だもんでうちんの親戚んとこに貸してて無いだよ。あんたぁとこのわあ?使えんの?」

  (今こういう時期なんで家のは親戚使うっていうことで貸してあるんだ。あんたとこのはどうなの?使えないの?)

「うちんのぼっこくなったもんで修理だいてるで今ないだよ。」

「そんじゃどうする?」

「今日のところはやめにしまいか。」

「そうだの。機械戻ってきてからにしまいか。」

この文章で「あんたぁ」ではなく「あんた」を使うと問い詰めてる感じになり「あなたの使えないの?」という訳に変わることになる。従って返す言葉も「うちのは駄目でえ。」という言葉が付け加えられることになる。

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*なんとなし

「なんとなく」という意味だが「く」が「し」に訛ったというよりも、「なにとはなしに」という言い回しがはしょられて訛ったと考える方が合点がいくのは気のせいか。

なのでかは定かではないが、「なんとなしに」と「に」をつける言い方をすることも多い。

男女共用で「なんとなく」と「なんとなし」の明確な使い分けとかはない。

例文

「貰ってきたにい。こっちいあんたんね。」

「なんかさあ、わしんのとあんたんのと違やへん?」

「んなこたぁないよを。おんなしだって。どこ見てるよを。」

「いやあ なんか なんとなし そう思うだよを。」

「どこがよを別におかしかないらあ。一緒じゃん。」

「だってさぁっあ。あっ分かった。あんただまくらかいてホント二つんとこ三つ貰ってきただらあ。」

「ちっ、ばれたか。」

「おんなしだっつっただでいいじゃんね。かえっこしまい。」

「随分じゃん。」

「どっちがよを。」

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東京DOGS その6

 この回での見所は刑事と893の演じ分けを愛でるが肝要なのかと。

メリハリということでは高倉(小栗さん)の方に分があったかと。

とは申せ水嶋さんも執事やったりヤンキーやったりでその幅の広さは半端ない役者さんであって負けず劣らずではありますが。そこはそれどこがどうとは判りませぬがマルオというキャラが一本気故のハンデということがあったのでせうなおそらくは。

話し飛ぶけどソファで寝たふりしててパッと目が見開いた時のマルオの表情はいい顔してたなあ。

まあとにかく事務所で「ママ(田中さん)」から電話掛かってきた時が一番のピンチだったというのは面白かったです。ギャグは薄味でしたけど。

役者力を愉しむにおいては面白かったところですが、展開につきましては又別な印象を持ちましてでございます。

 神野って幾つだよ。奏のお父さんと大友(三浦さん)が若かりし頃追っかけていた。由岐(吉高さん)は恋人だった。由岐って歳は23。大友は57歳。奏は26歳という設定。大友より年長である必然性はないけど奏が子供の頃には神野てっぱうぶっ放してたから30代前半ってこたあねえわな。一体幾つなんだろうとなんか気になりました。

 これでとにかく方向としては神野が由岐の元を訪れるかどうかで決着がつくんでしょうかねえ。それとも全てを由岐が話して神野を追い詰めていくのか。裏切り者も神野探してるみたいだし、こちらの動向も気になるところですな。

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*おお そうけ

「ああそうかい」と言っている。おおよそ二通りの使い方がある。

幾分冷たい反応と解釈される。興味ないとか心そこにあらずとか同意する気なしとか。聞き流す勢いになることが多い。

「おお そうけえ」だと「ああそうなのかい」と訳せばいいのだろうか。こちらは若干聞く耳がある風に感じられることもある。これより聞いてる風にするには「おおほうけ」(ああそうなんだ)という言い方があるがこれは男言葉である。女性だと「ああ ほう」とかであろうか、ちょっと不見識で自信がないけど。

もうひとつの使い方はムッとしてる状態だというのをアピールする時に使われる。一種のちんぷりかある一歩手前状態もしくははすとんがらす状態と言える。え~と共通語でいうと、すねる、か。

「ああそうかい それじゃ勝手にしな」という使い方。これを遠州弁だと

「おおそうけ ほんじゃ勝手にしろやあ」とかになる。

基本男言葉で女性の場合だと「ああ そう」・「ふ~ん」とほぼ共通語もどきを使う。共通語で一番近いニュアンスは「あっそう」であろうか。

共通語の気乗りしない表現である「ああ」が何故遠州弁だと「おお」になるのかは定かではないが、訳すにおいては「おお」ではなく「ああ」の方がしっくりくるのである。

これがパワーアップして「聞く耳もたない」ということになると

「ああ知らん知らん」

という言い方で「ああ」を使うのであるが。そう考えると遠州弁では「ああ」は突き放しで「おお」は「応」(おう)と一様受けているということになるのか。

そうなると「ああそうかい」と「おおそうけ」には温度差があるということで「おおそうけ」の方が多少温い(ぬくい)感があるという風に遠州人には聞こえるということか。

ちなみに「ああそうけ」だと完全にふてくされている事を隠していない勢いになり「なんだあその態度わあ。」と返されて戦闘態勢に突入することになり賢い表現ではない。

例文

「予約してないで入れんて。」

「やあなんだや入れちゃくれんて?」

「みたいだの。」

「なんだよをシーズンじゃないだで予約なしでもいけるっつったじゃん。」

「しょんないじゃん。」

「しょんないって、予約しときゃ済んだ話しじゃん。大丈夫け?っつっただにい。」

「おおそうけみなきしわしん悪いだの。」

「いやそうゆうつもりじゃないだん。どうせるよを。」

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JIN・仁 その7

 久方振りに夢を見るドラマだよなあ。空想力が膨らむ膨らむ。ワクワクしてきますわ。

江戸時代ってまっこと可能性の宝庫のようで何しても不思議に思えない大らかさを感じますわいなあ。幕末から明治までの一気呵成の変貌という史実が実際存在してそのパワーと許容力が証明済みなだけにまことしやかな嘘でもありえない大法螺でも大丈夫な気がしてきますわ。

 「平らな世」

緒方先生(武田さん)が唱えたこの希望。一体これが現実になってるかというとそうでもないだろうと思えるのは私だけじゃないでしょうね。身分の格差は消えたけど差別はまだ存在してるし所得の格差が広がる一方だし。「平らな世」というのは永遠の夢幻やもしれませぬなあ。

腹を開ければ皆同じというけれど腹の中身ほど世の中はそんな平らじゃないのはどの時代でも皆同じなんでしょうな。あちら立てればこちら立たずのもぐらたたきのようなものなんでしょうかね。

でも仁先生(大沢さん)の緒方先生との最後の面談のシーンは泣かせますなあ。見事な役者パワー全開でありんした。

そして病院設立。これが仁先生の「天命」っぽいのは鈍臭い私如きでも分かりますんでこれがどうなっていくのか楽しみです。江戸の世の仁義なき白い巨塔から脱して西洋医学のみならず漢方も取り込んだ医者の立場からした「平らな医療」を目指すんでありましょうか。

先週出てた漢方医のドン多紀(相沢さん)というお人もひとかどの人物みたいだったし和をもって融合していけばいいのになと思ったりもしたんでこの方向性は観てみたいところです。門前払い喰らってたんで道は険しそうでしたけど。

緒方先生という後ろ盾をなくして今後どういう試練が訪れるんでしょうか。政争の具とかだけは観たくないなやっぱり。

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テレビでやってた死語

フジテレビのめざにゅ~で死語を扱うコーナーがあった。2009年11月16日~20日まで5時20分辺りでやっていた。

「ニッポン人の忘れもの 忘れられた流行語」というタイトルが銘打っていた。死語を弄って遊んでる者としては反応しとくべきなんだろうなと思った次第。紹介されてたのは以下の通り。

*合点承知の助

 別記事で上げたのの元はこれ見てああそうだと思い出した次第。正直テレビの箱の中のコメディとかでの表現であって、これを普段の生活で使ってる人見たことない。

*おまっとさん

 これも愛川欽也さんの名セリフであって普段使いしてる人見たことない。

*~してみそ

 これは確かに使い手がいたなあ。でもこれ死語かという疑問が湧きあがるのは気のせいか地方のせいか。80年代の流行語と謳っていたけどもっと前からあった気がする。

*アベック

 これが死語かと驚愕。なんてな。

*めんごめんご

 使ってる人に出会ったことないので業界用語かなんかでしょう。意味は分かるけど素人には使いどころとかも含めてよく分かりませんでした。

*だいじょうブイ

 アリナミンAかなんかのCmでのセリフと謳っておられたけど私は何故か仮面の忍者赤影での青影を思い出すんですけど。まあ青影のセリフは「だいじょ~ぶ」で微妙に違いますからアリナミンが元祖で間違いではないんでしょうがね。90年代の言葉と紹介されていました。

*許してチョンマゲ

 これはガキの時分使ってたなあ確か。納得の死語ですな。

*困ったちゃん

 これも確かに言ってた奴いたなあガキの頃。70年代以降と紹介されていた。

*~ってか

 これが死語というのはきつい。しょっちゅう使う表現なので。ってゆうか方言として生き残ってるぞということにしておくんなまし。80年代と紹介されていたがもっと前からあった気がするのは気のせいか。

*お呼びでない

 植木等さんの名セリフを死語というのはなんだかなあでありますな。クレイジーキャッツは芸能史の遺産で他にも「あっと驚くタメゴロー」とか「なんであるアイである」とか「がちょ~ん」とか諸々殿堂入りすべきもので死語枠に入れるものじゃないだろうと思うのは気のせいか。

*うそピョ~ン

 80年代以降と紹介されてた。どうみても私より若い世代が使ってた言葉で使ったことないが確かによく耳にしたなあ。

*冗談はよしこちゃん

 これは納得。よしこちゃんといったら魔法使いサリーちゃんというイメージが強いなあ。おやつあげないわよってか。

*二度あることはサンダー杉山

 70年代に活躍されたプロレスラーさんのお名前らしいが、小さい頃からあまりプロレスに興味がないのでピンとこない。

*お口にチャック

 別に死語と思えないのは何故だろう。70年代以降と紹介されていた。

*よっこいしょういち

 これは納得。自分も死語として記事にした。でも最近なんかのドラマで誰かが連呼してたの観た記憶があるのは気のせいか。70年代と紹介されていた。

*私はコレで会社を辞めました

 80年代。納得です。でもこれCm史の残るべきでしょうね。

*当たり前田のクラッカー

 納得です。でもこれテレビバラエティ史に残るセリフでしょう。60年代かあ。

*ナウい・ヤング

 さすがに言うに気が引ける死語の代表みたいな言葉ですな。納得ですたい。70年代だそうな。団塊の世代の人達がそう呼ばれてたのかな。私はその時分ガキだったのでそう言われたことはついぞなかった。

*んちゃ

 漫画の世界ですからね。80年代。実際使ってる人子どもがアニメ声を真似してるとこしか見た事ないんですけど。

*げろげろ

 これはよく使ったし耳にしたなあ。90年代かあ。今でも使いそうで死語という気がしないんですけど。

*アイムソーリーひげソーリー

 ん~微妙。確かに耳にしたけど70年ごろに生まれたと紹介されていたが。誰かのギャグなんだろうか。

*テクシー

 確かに。これは得心はいく。60年代と紹介されてた。相当長く使われてたということになるか。いつのまにか使わなくなったまさしく王道の「死語」だなこれは。

*ばいなら

 これってテレビのバラエティで斉藤清六さんという方が発せられた言葉という記憶があるけど。

 と、まあ以上が紹介されていたけど、諸手を挙げてそうそうと納得できるものとジャンルが違うだろうと思えるのとがあってなんともいえない印象が湧きました。聞いた事もないという言葉がひとつもなかったというのはそういう歳になったのか。まあ昔の流行の言葉はそれなりに寿命が長かったから世代またぎでも通用したからなあ。

この企画面白かったのでまだ続けて欲しいなと想いました。

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*ん その2

「ん」。「ない」の代わりに使用する。その1で「に」として使うと説明したがそれとは違う使い方を補足追加。

出来なくする→できんくする

しないで帰る→しんで帰る

脱線するが、「せずに帰る」という「ず」の場合には「なし」を使い「せなし帰る」という風になる。

「買わないで帰る」なら「買わんで帰る」

「買わずに帰る」なら「買いなし帰る」

と変えるのがスムーズである。

では、「に」と「ない」が「ん」になるというのなら

「買わないに越したことはない」を

「買わんん越したこたない」と言うかというとそれはない。

例文(遠州弁では「ん」の連発が小気味良いという感覚がある。)

「うちんゆうこんとんちんかんかもしれんだん なんしょあんたんとこんのだけはホントちゃんとしんとかんて。」

  (私の言う事がとんちんかもしれないけどとにかくあなたのところのだけはちゃんとしないといけないんだよ。)

「なんでうちんのだけちゃんとしんとかんよを。」

  (どうしてうちのだけちゃんとしないといけないの?)

「なんでって他んの見りゃ分かるじゃん。しょんないのばっかだら?」

  (どうしてって他のを見れば分かるでしょ。使い物にならないのばかりでしょうに。)

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