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合点承知之介

 名前をもじったシリーズ。そうそうこんなのもあったっけと思い出した次第。(実はテレビの死語シリーズで言ってた)

「よし分かったまかしとけ」と言ってるのだがあまりの調子よさから逆に不安を感じさせる勢いと感じる。つまりおっちょこちょいをイメージさせる。

 余談だけど最近家庭用台所洗剤のCmで泡賀剥ヶ介(あわが はがすけ)というキャラが登場しているけれど、遠州弁的ヒアリングでいうとこれは「泡が剥がれねえよ」(あわんはがすけえ)と言う風に聞こえる。個人的には「あわが はがれのすけ」とした方がすっきりする。

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*ひつようありもしん

「必要ないだろう」と言っている。

共通語では「ない」というところを遠州弁では「あり」と言うところが味噌であろうか。

「ひつようありもしんに」だと「必要ないじゃないか」という訳になろうか。

もちろん素直に「ひつようないらあ」とかいう言い方も存在する。全てがひねくれた言い方をする訳ではない。

ひねって考えれば「必要あるのか?ないだろう」という言い方が訛って省略して出来た表現が「ありもしん」ではなかろうかと推察する。ま、実際のところは「ありもしないだろう」の変形と考えるのが妥当だろうけど。

「必要ない」と言い切るような場合には共通語と同じ「ひつようない」と言う。特に遠州弁的言い回しは思いつかない。強いてあげるなら「いらんわ」くらいか。

例文

「あんたなにい。そのがんこな荷物わあ。」

  (うわあ何?その大層な荷物は。)

「なにってもしもの時考えりゃこんくらい準備しといた方がいいじゃんかあ。」

  (何ってもしもの時を考えればこれくらい準備した方がいいんじゃないのか。)

「必要ありもしん。山行くっつったって登山する訳じゃないだにい。在所の裏山で芋掘るだけだでねえ。」

  (必要ないって。山に行くっていったって登山する訳じゃないんだよ。実家の裏山で芋掘りするだけのことだよ。)

「道ん迷ったとかしたらどうせるだあ。一晩越せる用意したって不思議じゃありもしん。」

  (道に迷ったりとかしたどうするんだよ。一晩越せる準備をしたっておかしかないだろ。)

「大丈夫だよ雨振りゃちゃっと帰りゃいいだし。そもそも道なんかないだで道に迷うことなんかないで。」

  (大丈夫だって。雨降ればすぐ戻ればいいんだし大体が道なんかないんだから道に迷う事自体ないんだから。)

「もっとやばいじゃんかあ。コンパスとかもいるかやあ。」

  (もっとやばいじゃないか。そうなるとコンパスとかも必要かなあ。)

「行きゃ分かるけどほんの裏山だにい。そんな大層なもんじゃないだで。そんでももし分からんくなったらなんしょ下降りりゃどっかの民家に出るでそんなもんいらんて。」

  (行けば分かるけどほんの裏山だよ。そんな大層なものじゃないんだから。それでももし分からなくなったらとにかく下に下りればどこかの民家に出るからいらないって。)

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*なんでそんなことゆうよを

直訳すると「どうしてそんなことを言うの」となる。

意味合いとしては、期待を裏切られたとか思ってたことと違うとかのような意識してた事と異なる発言をされた時などに使う「意外」という表現である。

使いどころとしては、あなたはこういう人だと思ってたのに裏切られたみたいとか。恋人状態で相手にこう言われたら破局の訪れが近づいていくような気まずい勢いになることが多い。

もうひとつは発言した相手が意識と逆の心にも無い事などを言ったことに対する批判的な「嘘おっしゃい」という表現。

まあ共通語の「どうしてそんなことを言うの」と大した違いがある訳ではないのだが良く使う表現であるので一応記載。

基本女性よりの言葉なので野郎言葉の場合には

「なんでそんなことゆうだあ」・「そんなことゆうたあおもわんかった」とかが多く使われる。

返しとしては

「いらんこんじゃん」(余計なお世話)とか「そうゆうもんなの」・「知らすけえ」などが思い浮かぶ。

イタい表現というか非常にその場の空気が冷たくなる表現なので例文書くと陰鬱になるので無しにします。

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アンタッチャブル その6

 本編につきましては第五話をば見逃したる故最早語る資格なしとて、怪しげが増殖してきて まこといとをかし たるをのみ書きそうらえども

しっかしなんですなここまでくると おお そうか ってな具合で闇じゃなくてむしろ表って感じがしないでもないですな。こんだけの人があやかしだと。

で、このドラマのもうひとつの見所はドラマとリンクした独自のコマーシャルが流されているところ。これなら一杯書いても撥当たらないだろうな。

番組の当初からBoBAさんが出演されてるニッポンフード鍋まつりだんごシリーズのコマーシャル。それに加えて今度はトヨタのナビのコマーシャルで佐藤智仁さんと酒井敏也が配役のまま出演されてる。

これに静岡だけかもしれないけど、タケダのベンザブロックのコマーシャルが流れていた。このCmは仲間さんが出てらっしゃるんだからこれも特注でコマーシャル作っても撥当たらんだろうと思ったりなんかして。

全くドラマと異質なコマーシャル流れてトイレタイムとなるよりもきちんとコマーシャルもリンクして番組を盛り上げる形になればいいのにという想いが以前からあったのでこういう取り組みは賛成だな。

無論スポンサー契約の問題で商売敵のCmに出てるからこの役者さんはドラマにキャスティングしないとかいうせせこましいことになったら厭ですが、Cmの流れる期間はほぼ連続ドラマの1クールと似たり寄ったりであるとしたらドラマとリンクしたCmを流すというのは特別な事とも思えないのは気のせいか。ドラマ内だけに留まらず同じ局であれば他の番組とかで流したって番宣のCmにもなるし。制作費にしたってドラマ班お手製で作れば高くはつかないだろうし。まああくまでド素人の意見ですけどね。お金にならない15秒の次週予告を流すよりも多少なりともスポンサーのついたCm流す方が実入りがあるんじゃないのかなと。

まあ、このドラマでの芦名星さんの役(巻瀬美鈴)が愁いを帯びた艶っぽいのでこのキャラでのCmみてみたいなと。

他のドラマででもたまあに見かけたりするスペシャルCmでありまして、徐々に増えつつあるけれど、こういうのがもっと盛んになればいいのになと思う次第であります。

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不毛地帯 その6

 第六話は面白かったです。鮫島(遠藤さん)率いる東京商事との対比が際立っていてスピーディーでありました。鮫島の勝ち誇った表情から抜け殻のような表情に転落するまでの栄枯盛衰が華やかだったなあ。一方の壹岐が淡々としてただけに余計そう映ったってこともあるのでしょうねやっぱり。多少の足の引っ張りはありましたが虚しさのない展開というのも爽快さを与えたんでしょうか。

また、その戦場との対比ともいえる朔風会での景色も映えてたなあと。勝利の喚起に満ち溢れる猛々しさの会社と穏やかでささやかな幸せを喜びあえる光景とのギャップもこれまた妙でよかったですな。

会社においては反目する勢力に苦汁を飲まされ家に帰れば娘について欲しくない虫がついて苦虫噛み潰してるしと、一体どこでやすらぎを得ているのだろうという疑問の解決に思えてきますです。

そんな中で、戦争を未だに引き摺って自分だけが生を謳歌する訳にはいかないと苦行荒行で死んでいった者に詫びる人生を送る人に逢う。

戦争における自身が行った行為を如何に清算するのかという選択を改めて感じさせるものでありました。

私は戦争に行ってませんからこういう葛藤というものは想像でしか思い浮べれないのですがどちらも非と断じることは出来ないのでしょうね。

それにしても壹岐という人は女性にモテるものですなあ。アイドルみたいなワーキャーとかじゃなくて信頼を得るというか矜持を開いてくれるというか。

男には流石にそういうところがないようで里井(岸部さん)にはがんこ嫌われてるようでありましたが。これは里井が壹岐を良しとしない勢力の総意の上の御輿なのか里井一個人のパワーで集結したものなのかは判別できなかったんですがどっちなんでしょうねえ。後者の方なら副社長より偉くなれば事足りるというのは納得ですけど。

それにしても船の調達には横槍入れっぱなしだったけどいざ開戦となったら皆従うってのはホント社長(原田さん)には皆全幅の忠誠を示すんだなあとそのカリスマ性を感じました。

戦争の行方を世論とは異なって正確に予測してた訳でありますが、それはアラブ側だけでなくイスラエル側の情報も収集したからだと先週描かれていたのですけどことは軍事ですんでもっと描けない様な裏情報とか次期戦闘機選定で培った人脈繋がりでアメリカや防衛庁とかから仕入れてたんじゃないのかなと思えなくもないんですがそういうのはない風に展開が進んでいましたのがちょっと腑に落ちないところではありました。

使えるものは何でも使うって感じで胡散臭い商社やロビイストとでも付き合う勢いなんでそうこともしたんだろうなと思えるのは変でしょうかねえ。

32歳で終戦を迎え11年間シベリアに抑留され近畿商事に勤めて8年。とすると50歳を越えているということになるのかな。孔子だと五十にして天命を知るとなっていますが、この回のビッグビジネスの勝利に素直に満足出来ていない壹岐の天命の仕事ってのはなんなんですかねえ。反目勢力を駆逐して権力を握ることではなさそうですが。

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*すみっちょ

「すみっこ」の訛った表現?これが方言で、ましてや遠州弁かどうかは非常に疑わしいところであるが

イントネーションは「す」に置く言い方と「み」に置く言い方の二種類を耳にする。遠州弁的には「す」に置く方がらしいのであろうか。

端(はじ)とか角(かど)とか言う意味では「くろ」(畔)を使うことが多くどう使い分けしてるのかという説明はしにくいのであるが、「豆腐の角に頭云々」を「豆腐の畔に頭云々」と言い換えは出来るが「豆腐のすみっちょに云々」という言い換えはない。

「引き出しのすみっこ」を「引き出しの畔」・「引き出しのすみっちょ」と言うことは出来る。

例文

「線引きかしょう。」

  (定規貸して。)

「そりゃいいだあ、どこいっただいやあ。」

  (貸すのはいいけどどこにいっちゃったのかなあ。)

「机の引き出しのすみっちょとかにしまい忘れちゃいんだ?」

  (机の引き出しのすみっことかにしまい忘れたんじゃないの?)

「と思って見てるだけどないだよを。」

  (そう思って探してるんだけど無いんだ。)

「あ、わしの引き出しにあった。だでいいやあ。」

  (あれ?自分の引き出しにあった。だから借りなくてもいいや。)

「ちょい待てやあ。それわしんだらあ。」

  (ちょっと待てよそれ俺んのだろ。)

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ギネ・産婦人科のおんなたち その6

 代わりは幾らでもいるんだぞというのは、アルバイト・下請け・孫請け・サービス業なんかじゃ当たり前の言われようだけど、特殊技能を有する選ばれし者な筈のお医者さんの世界はそういうことを言ってられる状況じゃないみたいです。同じ選ばれし者でも政治家さんと芸能人さんとかは代わりは幾らでもいる世界なのにどうしてこうも差が出るんでしょうかね。

柊先生(藤原さん)みたいに協調性がなくて精神的に危ういところが見え隠れする人でも請われて復帰を待ち望まれるという光景は人手のなさの象徴とも映りましたです。

それにしても見事に皆さんふらふらで大丈夫かい。こういう時に限って医療ミスとか起きてもっとドツボにはまったりしないだろうなあとヒヤヒヤして観てました。それについてはどうも回避出来たようでありますが、見事に崩壊寸前な光景で最後柊先生復活の際のみんなの安堵がとても印象的でありました。

訴訟を炊き付けた弁護士さんがどういう意図で裁判にまで至らしめたのかが読めないんでありますが徳本家は供養と生きる張り合いの為という色合いが濃く病院側は産婦人科医療を守る為に一致団結して闘うと。

なんか争点というか噛み合っていないようでそれぞれが何を求めているのかよく理解できないまま突入するみたいに映りました。

自分が徳本さんだったらお財布の中がからっけつになってもなお争うことするかなあと。裁判が生きる張り合いになるっていう心根にはならないし長期戦に耐えうる精神力も持ち合わせていないんでまずこういうことにはならないだろうなあと。なのであまり徳本家に感情移入は出来ない目線で今後観てくことになりそうです。娘の怒りもなんかね。裁判止めるとしたら娘が「お父さん止めて」とかいうくらいだろうと思っていたんで坊主憎けりゃ袈裟まで憎いみたいな事情を知らない子供にまで当たるとはホント意外でありました。

いずれにしても訴訟のリスクが高いから産婦人科をなくすとか病院がどこもかしこも一斉に動き出したら自分(患者側)で自分の首締めるような気になりますです。

あまり人が追い込まれる姿観るのは好きじゃないので来週は苦痛かもしれませんけど、全9話って書いてあったので一話見逃すと展開に全くついていけないというもっと痛い目に遭いそうなのでまずは見ます。でも裁判って長いんでしょうね最終回までもつれ込むんでしょうか。しんどいな。

一応とりあえずは柊先生立ち直ったと見ればいいのか。他にもいつのまに玉木先生(上地さん)一人前になったんだろうとか二股の決着や如何にとか君島先生(松下さん)の描く理想の産婦人科は作ることが出来るのかとか。色々気になるところがあるのでありますが後3話ですんで全てに納得いく決着はつけないんでしょうかねえ。

ホントはこの回はあの柊先生すら思いを新たにする「生と死を見つめて」というテーマを愛でるべきなんでありましょうが他の事ばっかり気になってしまいました。

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*なんでえや

「なんか用?」・「何の用だ?」とか言っている。

パターンとしては人づてに用があることを聞きつけて言ってた本人にそれを問うような状況で使われることが多い。

「ねんでえやあ」とするとちょっと何言い出すのか心配してる勢いになる。

直に自分に用があるのかと判断して問うような場合には「なんでえ」と言う事が多い。

例文

「わしに用ってなんでえや。」

  (私に用があるって聞いたけどなんの用?)

「いやあ大層なこんじゃないだけどさあ。わりいだけどけったー貸してくれんかねえ。」

  (うん大した事じゃないんだけどさあ。悪いんだけど自転車貸してもらえないかなあ。)

「そりゃええけどわし通勤で使わすもんで長くは貸せんにい。」

  (別に構わないけど通勤で使うもんだから長い間は貸せれないけど。)

「ちょっと行って帰ってくるだけだでずうっとじゃないでえ。」

「ほんならええよ。貸しちゃるよ。」

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*あっかあ

「赤ん坊」の事。完全なる野郎言葉で女性が使うと子供に対する愛情があるのかと疑われかねないので使うことはないであろう。

例文

「最近寝不足でやあ。ホント昼間眠たくてかんだわ。」

「寝れんだけ、寝てれんだけ。」

「あっかあ夜泣きしてやあ。大人しくしてりゃど可愛いだんな。」

「まあちっとの辛抱だいね。その内小憎らしくなるだで今ぁいっちゃん可愛い時期かもしれんにい。にしたっておっかさの方が大変だらあ。」

「確かに。でもうちんのあっかあ生まれてん前だっていっつも眠たそうだったでどうも違いがわからんだよ。」

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*なんでよを

「どうしてそうなるのよ」と言っている。男女共用の表現だが女性が男をなにかと問い詰める時とかによく使われる傾向があるので女性言葉としてもいいのかもしれない。

ちなみに男言葉なら「なんでだあ」とかがあるので「なんでよを」を使わなくとも男性は困ることはない。

女性が使うと詰問で男性が使うと伺い(下手に出る)というニュアンスになることが多い。

例文

「なんでよを。なんでそうなるよを。あんたこないだゆったよね。」

  (どうして?どうしてそうなるの?あなたこの間言ったよね。)

「なにおお。」

  (なにをだい?)

「はあ忘れたたあいわしゃへんでねえ。」

  (もう忘れたとは言わせないからね。)

「知いらんやあ。なにゆったっつうだあ。」

  (覚えがないなあ。何を言ったっていうんだ?)

「はあ金輪際煙草は吸わんてえ。」

  (もう金輪際煙草は吸わないって。)

「ありゃあれでえ。風邪ん時はえらいで体しんどい時は吸わんっつっただあ。」

  (あれは、風邪ひいた時に辛かったんで体調悪い時には吸わないようにするって言ったの。)

「ああゆやあこおゆうだねえ。」

  (ああ言えばこう言うんだねえ。)

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東京DOGS その5

 第五話にしてマルオ(水嶋さん)の面白さがわかり始めたと言うかなんというか。捜索願いを請けて芸能事務所に行った時の確保の仕方につい笑ってしまいました。

聞く耳持たない夢追う旅人の矜持を開かせるのは太陽のマルオかそれとも北風の奏(小栗さん)かという問答とも映りましたが。

 でもこの回はどっちかというと、ああまでして芸能人になりたいという人の性根が分からないというか理解出来ないっていう方に思いがいってしまいました。自分は何者でもないということを知らぬが仏の世代だから夢想と現実がイコールではないんだと気づかないんでしょうね。それに輪をかけて実際に芸能人という人間が存在しているからあながち夢じゃないんだと思わせる空気が世間にあるというのもあるんでしょうかね。しかも憧れの対象とされてるというところも。

目指すということは決して悪いことではないのでしょうけど。他にやることないのかと。家庭環境が原因ということもあるのでしょうけど。

でもなんでしょ。あそこまで家族の反対押し切ってとか一切他人に耳を貸さずにガツガツしてると見苦しいと思えてきますなあ。丸で恋は盲目状態みたいな馬車馬のような馬力と視野で生きてるみたいで。誰も「あんたじゃ無理」とか言わなかったんでしょうかねえ。

そう思わせるお芝居をされた近野成美さんが上手かったということなのか。

こういうの観ると、騙すための芸能事務所を語るは別として、きちんとしたサポートがあったとして芸能人になれる人となれない人の違いってなんなんでしょと思ってしまいますな。意欲だけでは如何ともし難い大多数の人が観て評価されるという他人の判断に委ねられる職種なだけにその選別は摩訶不思議であります。

いづれにせよ最後は事務所の事全部話すと夢追う旅人は言ったのですが、果たして北風と太陽の一体どちらが功を奏したんでしょうかねえ。合わせ技ってことなんでしょうか。もちろんこれで芸能界諦めた訳ではないのでしょうねきっと。

 ま、肝心の展開につきましてはなんか由岐(吉高さん)の記憶待ちって感じでちょっと停滞気味に映りまして、相変わらず核心に近づいていない風に感じられました。対立(分裂)した組織内抗争がくすぶり始めたようではありますが距離が縮まった感じがあまりしませんでした。少しづつ追い詰めるというよりも一気呵成に決着をつけるんでありましょうか。

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*なんでかやあ

「どうしてだろうねえ」と言っている。どういう訳かこうなってしまうという理屈が判らず混迷してる様を伝える表現。基本男言葉で女性の場合「なんでかねえ」を使うことの方が多いのではないか。

切迫感は薄い。

例文

「みんなあっちの店行くねえ。」

「確かに。なんでかやあ。うちもなんかしんと潰れるちゃうねえ。」

「呑気な事ゆってる場合じゃないにい。どうするよを。」

「とりあえず、あっちの定休日にこっち店開けまい。」

「他にないだけえ。」

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JIN・仁 その6

 この回は展開がというよりも人物がという勢いでありました。今に生きる人間と江戸時代に生きる人々の違いが明確で、信念を持って活きるとはかくあらんやという感じでありまして、それぞれの発する言葉が大仰であっても不思議と違和感を感じないくらいの説得力がありました。ホントにそういう思いで日々生きていたんだろうなあと。

今こんな勢いで生きてたら活きてるというより逝っちゃってると言われかねないですから。それが良いか悪いかは定かではないですが。

行動の道理が感情より信念を第一とす。自分を律する心持ちが半端ない訳で今だったら強度の精神論根性論だと片付けられそうなものですが。それだけになんか清々しい気がしてきます。堅っ苦しいことだらけでしょうけど己の使命を抱いて生きるには後ろ指さされない時代だったんでしょうか。

そんな中において龍馬(内野さん)だけはその天衣無縫さから本音を口にする訳でありまして、こういう滅私の社会においてこそ異彩を放つ輝きに映ります。

「欲は生きる源」

いつの世でも通じる真理でありますが、それをいっちゃあお終いよな時代で本当に放っていたとしたら相当な傑物でしょうな。

それにしても歴史上の人物とタメかどうかはさておき名を覚えられて話しが出来るってのはやっぱ凄いこっちゃですよねえ。地位とか置かれている立場がどうのこうのとかでなく人物の器の問題でありまして。

仁先生(大沢さん)は夢の中みたいな空虚な心持ちで今の状況になんの執着もないから現代では名も無き一外科医であっても歴史上に名を残す器の人物と傍観者みたいな気持ちでその付き合いを持てるのでありましょうが私だったら未来からの知識という掟破りの手段をもってではあっても人としての器の量からして気後れしてとてもとてもですわ。多分相手にさえして貰えないでしょうから。

芸能人さんに名前を覚えて貰うみたいなのとは訳が違いますから。羨ましいかどうかは別として仁先生もひとかどの人物であったということなんでしょうね。恭太郎(小出さん)も盃に己を例えて溜め息ついてましたけどなんか分かる気がしました。

 まあこの回のそういった人物をということ以外の展開はというと、陰湿な権力争いに巻き込まれたということなんでしょうか。追い落としに明け暮れる江戸時代の白い巨塔はやっとうの刺客まで登場させて半端ないすな。今度から仁義なき白い巨塔と評そうかな。

その刺客が放った出所は何処ということですが、展開上はどうみても反目する勢力である医学館と映ったんですけど龍馬が乗り込んで行った際の多紀(相島さん)の決然たる反論と西洋医学館の内紛の模様が映し出されていてもっとやれやれでありました。

でも多紀の態度は凛としてたし迫力あったしかっこ良かったなあ。皆ひとかどの人物だから当然かあ。庶民じゃないもんな。

いづれにせよ周囲に振り回される仁という図式でありましてこれが来週も続くんでしょうか。なにも一件落着してないんで続くんでしょうね。

ところで仁先生番所に「実は・・・」とすでに言いに行ったんでしょうかこれから言いに行くんでしょうか。お上の判断が気になるところです。

補充の利かない消耗品と思えた手術の際の手袋とかも現地調達が可能になり未来から持ってきたものが消耗してく危惧が次々と解決されていくのですが、それとてお金が入り用な筈で、西洋医学館の後ろ盾がなくなったらどうなっちゃうんでしょうかねえ。それも気になるところです。

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*なんでだやあ

「何故だ」・「どうしてなんだ」などと言っている。愕然としている訳ではないが、おっかしいなあそんな筈ないんだけどと思案に暮れる様を伝えている表現。

一見開き直ってる風に聞こえるやもしれぬが、そんなことはなく単純に戸惑っていることが多い。男性の表現。女性だと「なんでよを」・「どうしてよを」とかが多く使われる。

「なんでだいやあ」となると「どうしてかなあ」と小首を傾げる程度の状況で用いられるといった差別化が図られることが多い

例文

「おっかしいなやあ。だんれもきやせんじゃん。」

「なんでだやあ。ちゃんと連絡しただら?」

「したよをちゃんとを。」

「どうゆう風にい。」

「え~?分かりいいように昔の名店ビル前んとこに集合ねって。」

「馬鹿っつら。最近越して来た衆ばっかだにい。そんなんで分かる人どこにいるよを。」

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