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いきなり冬かよ2009

2009年。10月10日にして早くもVHF波を使ってるテレビ局の画像にパルスノイズが発生した。

我が家では例年遠州のからっ風が吹く冬に起きる現象で、これが来ると冬到来という目安ともなっている。温度の問題じゃなくて風が強いと体感温度が下がるもんでさぶいんですわ。なんでまあ厳密に言えば冬じゃなくて深まる秋なんですけど、さぶいには変わりないんで私には冬みたいなもん。でもなんか早い気がする。

以前書いた記事で確認してみたら、おととしは11月半ば去年は10月の今頃にパルスノイズ到来とあった。

なあんだ去年と一緒かあ。遅い早いという感覚はええ頃加減なもんだなあ。まあ去年は死ぬ程さぶくなかったんで今年も去年並だと嬉しい限りだけれど。今年はどうなることやら。この地球規模の危機存亡の折に能天気に温暖化を喜ぶ馬鹿がいるかとなじられそうだけどさぶいのはホント好きくないんで。今年もエアコン一切使わなかったことで協力したんだということ(免罪符)にしてくれい。

秋をなんにも満喫できてないんだけど、とりあえず布団を冬仕様にしよう。

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*あれやぁ

共通語だと「あらま」に相当するのであろうか。

関西風の「あれだよ」という意味での「あれや あれ」とは意味もイントネーションも違う。

とにかく意外だということを伝えたい驚きの表現。男女共用の言葉。遠州独特かどうかは定かではない。

近い言葉では「あれなによを」・「冗談だらあ」・「うっそぉ」。

驚愕の度合いを強くしたい場合は「うっそを、なによを」・「うっそをなんで?」・「なにや」。

低くしたい場合は「あれ」・「え~」・「なにい」を使うことが多い。

例文

「あれやぁ。なにい。来ただ?」

  (うわっ。なんだよ来たのか。)

「しょんないじゃん おめえじゃ 何せすか 分からんくて 心配でならん だもんで。」

  (仕方ないだろ。お前一人じゃ何しでかすか分からなくて心配でしょうがないんだから。)

「まかしょっつったじゃん。信用しんだねえ。」

  (まかせなって言ったでしょうに信用しないんだねえ。)

「よおゆうわあ。過去の実績考えりゃのっ。当然だらあ。」

  (よく言うよ。過去の出来事思い出せば当然だろう。)

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猿ロック エピソード5-2

 5-1での極悪非道な小悪党と対峙した一件から一転して道程ハンターを描く展開になって。このふたつがどう繋がるんだという疑問を抱いて観た訳ですが。

予告編見て想像した限りでは出所してお礼参りされてあわわということ位しか思いつかなかったんですが、悪党同士影で繋がっていたという展開は一難さって又一難で成程と。

しかも此処までくるともう巨悪ですな。前回独立(どこから?)を目指す江戸川区(ドラマ上の)というところはまるで西部劇の無法地帯のようで。そこで義を正すカウボーイならぬカギボーイだみたいなこと書いたんですが、そういうレベルじゃなかったようです。

ガキのおいたのお相手ではなくその道のプロを相手にすることになったのですからこれは洒落にならないところです。

連れ去られて次回へ続くので、まあ本編については来週決着がついてからまとめて感想書くとして。

いつものくだらない感想をば。

「どーてーハンター」。看護士長というオチなんじゃないのと思って観てましたんで、そういう意味では意外性はなかったです。看護士二人が潜入捜査しててサル(市原さん)に鍵開けを依頼するってのはファンタジーだよな。鍵を開ける報酬というのが欲求不満の解消を求めてた訳ですが麻雀というのはいくらなんでも無理があって苦しいぞと。

ところでサルはハンターに喰われたんでしょうかねえ。

個人的には「どうていハンター」が美人のナースとして実在して、あの中の誰かであってそれを入院してる連中が協力・推理して探り出すという展開であって欲しかったなあ。でもなんらかの理由でサルと山本はその果実を味わうことが出来なかったみたいなオチで。最悪でも季節外れだけど幽霊とかであってもよかったんじゃないのかと。看護師長というオチはお約束とは申せベタ過ぎたんじゃないかと思ってしまいます。

水泳のインストラクター役の山崎さん今回は全く出番なしだったけど。あれで仕舞いかい?

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*ずらかづらか その2

 私は「づら」だと勝手に思っている。

というのも「ず」は「ず」(ぬ・ないの文語形)といった打消し・否定の表現というイメージが強くどうもという感覚があるからという感情的な理由からきている。「ず」は気に入らないから「づ」を選ぶと言うなんの説得力もない根拠からなので普通の人は「ずら」の方が普及しているからそれでいいのであろうて。でも私は「づら」でいく。

ところで、単に語尾につければ昔の遠州弁の出来上がりという安易なものではなく、実はもっとバリエーションがあったという薄ら仄かな記憶がある。なにせもう当の昔に使われなくなっているので確かな事を言える訳ではないのだが。

「づら・づらあ・づらに・づらろ・づらで・づらよ・づらか・づらけ・づらさ・づらて・づらと・づらな・づらね・づらの・づらや」などなど。

「そう」を例にして今の遠州弁と共通語を較べてみると(尚、使っていないのであくまで想像)。ちなみに「そう」の前に「やっぱ」(やはり)を置くと判り易いか。それぞれの使用頻度についてはよく分かりません。あっただろうと思われるものも想像で書いてます。

「そうづら」→「そうだら」→「そうだろ」

「そうづらあ」→「そうだらあ」→「そうだろう」

「そうづらに」→「そうだに」→「そうじゃないか」

「そうづらか」→「そうだか」→「そうなのか」

「そうづらで」→「そうだもんで(だで)」→「そうなのだから」

「そうづらよ」→「そうだわあ」→「そうなんだよ」

「そうづらけ」→「そうけえ」→「そうなのかい」

「そうづらさ」→「そうさあ・そうだよを」→「そうだわさ」(自信なし)

「そうづらて」→「そうだって」→「そうだろうて」

「そうづらん」→「そうかいやあ」→「そうかしらん」

「そうづらと」→「そうだってって」→「そうだと」

「そうづらな」→「そうだらな」→「そうだろうな」

「そうづらね」→「そうだらね・そうだいね」→「そうだろうね」

「そうづらの」→「そうでえの」→「そうだろうよ」

「そうづらや」→「そうだら?」→「そうなんだろ」

「そうづらが」→「そうだん・そうだけが」→「そうだけど」

ってな感じかな。間違いあったら訂正しておくんなまし。

づらら・づらもという言い方があっても不思議ではないがなんか違和感を感じる。

「づら」は遠州弁では死語なので日常会話では使っておらずリアルな例文は書けないので略します。

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娯楽仮面 コンケルド 番外編 大福ブレット

 好評だった?サンバーンが季節が故に終わりを迎え、いよいよ怒涛?の本編かと思いきや。つまり痴話喧嘩(まあ理想と現実の接点を問うているという非常に深い話しではありますが)が描かれているシーズンⅡの⑤が流れたと思ったら

今度は番外編の2話が立て続けに流されている。ミドリさん主役ではなくきちんとコンケルドを描いているのだから寄り道ではなく追加補足みたいなものであろうけど。

この番外編で分かったことは「大福」はお店屋さんで買っているということ。「ブレッド」ではなく「ブレット」だということ。

ところで彼の最大の武器「大福ブレット」。ブレットってなに?

戦隊モノとか変身モノには疎く「ブレッド」と名のつく決め技がそういうところで似たものがあるのかどうかすら憶測できない。

辞書(国語)引くと「ブレッド」だと当然のように「パン」となっている。ネットで調べると、独逸にそういう地名が在るらしい。米国のバンドにもそういう名前のバンドが在るらしい。当然どちらも全く繋がらない。

では正しい「ブレット」ではどうかというとこれも辞書(国語)にはない。ネットでは米国の野球選手にその名があるそうな。ファイナルファンタジーの用語解説のなかに「ブレット」Bullet矢・弾と記載されていた。英和辞典でとなると小銃弾となっている。

多分これのことなんだろうな。「大福の弾」。手投げだから手榴弾じゃないのかというところが矛盾していなくもないぞと。見た目だけならがんこでかい癇癪玉に見えなくもないけど破裂する訳じゃないから別に饅頭でもいいんじゃないか大福に拘る必要があるのかと思ったりもするのだが本人がそれじゃなきゃ駄目なんだからそうなのかと思うしかないよな。

玉泉堂さんで「ブレット用です」と豪語してたけど、うちの商品をそんなことに使うなとあたけられたらどうなるんだろと思ったりもするがそうでもなく売ってくれるらしい。が、お金がないときたもんだ。

「8」という数字にこだわりが見えたけど末広がりで目出度いということでいいのかな。コンケルド自体お目出度いからという解釈もできるな。

店に駆け込んだテンションとか微妙に繋がんないこの二つのお話しだがまだ続きがあるのかな。

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*だら その1

「だら」を共通語に訳すとき「だよね」とすれば大抵ははまるお説明されてたところがあった。成程なと思える。確認・問いかけ・同意を求めるという意味使いで用いられるということは確かにある。

それに「だよな」と付け加えればもっとうなずく事はできる。なにせ地位や年齢・性別に関わらず誰もが放つ表現なので訳す場合は上下関係とかも考慮しないとみんなタメのつもりで発してる訳ではないので。

しかしながらなんでもかんでも「だよね・だよな」という訳で通用するものではない。例えば

「まあちっと左い寄せた方んみばぁよくなるだら。」

訳すと「もう少し左に寄せた方が見た目がよくなるんじゃないのか。」

となり「もう少し左に寄せた方が見た目がよくなるんだよね。」というニュアンスにはならない。そう言いたい場合は

「まあちっと左い寄せりゃあその方みばぁよくなるだいね。」という感じにした方がスムーズになる。

それに、「だら」の語尾を上げて疑問符形にするとその訳は「もう少し左に見た目がよくなるんだろ?(だからそうしな)。」となる。問いかけではなく命令・指示といった表現になる。

変な話し、「だろう」の旧仮名遣い「だらう」と遠州弁の「だら」は親戚か?と思えないでもない感じがしないでもない。

「だろうか」=「だらか」・「だろうな」=「だらな」

勿論奇遇であってそうだと言うのは変極まりないことであるが。

「だら」とはこうであるとかいう結論を出せないけれど、まあいづれにしても「だら」をなんでもかんでも「だよね」と訳すわけにはいかないほど幅広いニュアンスの意味を持っている言葉であることは確かであろう。

例文

「おめえも飲むだら。」

  (お前も飲むよね。)女性の場合だと「でしょ」が相応しいか

「わし遠慮しとくわ。今日飲んで帰るとおっかさにどんじかられるで。」

  (自分遠慮しとく。今日飲んで帰ると女房に怒られるんで。)

「なんでえ。おっかさ子供産んで在所帰ってるだら。」

  (なんでだよ。奥さん出産で実家に戻ってるんだろ。)

「だもんでじゃん。」

  (だからだろ。)

「意味分からん。」

  (意味が分からん。)

「わし独りじゃ飯とか洗濯とかできんもんでおっかさの在所にわしも寄らして貰ってるだよを。だもんで酔っていかすとみこ悪くするもんで飲んじゃかんっつわれてるだよ。」

  (自分料理とか洗濯できないものだから女房の実家に自分もくっついて行ってるんだ。だから酔って帰ったりするとご両親の印象悪くなるから飲むなって釘刺されてるんだ。)

「なんかおめえの未来像が俺にもめえるやあ。」

  (なんとなくお前の未来像が俺にも見えてくるなあ。)

「マスオさんってか。」

「だら?」

  (だよねえ。)

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本夜雨強くして風高し

 10/7、風が高いって日本語おかしいだろというツッコミは無視してですな。

先ほど22時前に帰宅しましたんですが、まあなんと風の強いこと。車が突然横殴りの風に持っていかれる感じでハンドル両手でしっかり握ってないとと幾分緊張気味で運転してました。

道路に葉っぱが落ちていて。こんなことあまり記憶がないですわ。遠州はからっ風が吹くことで多少は有名でありましてそういう意味では冬の時期先にも述べた横風に当たるとハンドル持っていかれることはよくあるのですが。

葉っぱが風のせいで道のそこかしこに落ちるなんてことは覚えがないところです。落ち葉の時期でポプラ並木とかでの枯れた葉っぱ踏み踏みはそりゃありますが青々としたものまで舞い散っているとはこりゃ半端ないぞと。

なので家に着くや外に出したままだと飛んで行きそうなものを家の中に入れることにしました。自転車やら植木鉢やら。

構え過ぎかもしれませんが用心に越したことはない訳でありまして、昼間は雷とかもあって停電などという状況も視野にいれとかないとという気持ちであります。なんでパソコンもこの記事上げたら電源落としとくことにします。

猫もいつもはこの時間能天気に寝てたりするんですが今興奮してるのかバタバタはしゃぎ廻ってますわ。地震の時のように外に出せとか啼いて騒いでる訳じゃないみたいですけど興奮してることは間違いないですわ。

ホント今度の台風は自分の今までの経験値からいっても大きいぞと。警戒警戒って言うか雨と風の打ちつける音と何気に揺れる感じで呑気でいれないところです。っていうか本格的にやってくるのは明日じゃねえか。大丈夫か?家のボロ家は。

追記

10/8。なんとかしのげたみたい。でも木々の姿は大分様変わりしてたなあ。今年の紅葉はちょっと寂しくなっちゃうのかな。大き目の鉢植えは家に入れて置けなかったんで朝見たら横倒しになっていた。

浜松はニュースになるような大きな被害とか報道されてなかったけどお隣?の豊橋はなんかニュースになってたなあ。

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*ぜぜ・おぜぜ・おじぇじぇ

「銭」(ぜに)。お金の事であるが、これは遠州独特でもないし若い衆は使わないのでまあ方言というより名残りの言い回しということであろうと想像される。女性が使うことはまずない男言葉であろうか。

お金の事を口にするにおいてそこはかとなく後ろめたさというか恥じらいが籠もる印象になる。つまり訳すと「恥ずかしながらお金が・を」という感じであろうか。

露骨にお金がどうのこうのと言うに憚る時に使う照れの籠もった表現として使われることが多い。繰り返すが年寄り言葉に近いもので若い人達はまず使わないであろう。

他には「お足」という言い方もあろうが流石にこれを日常で使う人は稀というかいないだろうな多分。時代劇の中での用語か。

例文

「なに殊勝に残業してるでえ。」

  (何で殊勝に残業してんだい?)

「いんやあ。欲しいもんあるもんでおぜぜ稼がんとなっと思ってやあ。」

  (いやあちょっとね欲しいものがあるもんだからお金稼がなくちゃと思ってね。)

「何買うよを。」

  (なにを買うんだい?)

「そりゃいいとこまんじゅうでえの。」

  (そりゃあちょっと内緒だな。)

「てんめえ、ぶっさぐるぞガキじゃあるまいし。」

  (おい子供相手なみたいな口ぶりしやがってなんだよそれ。)

「嘘嘘。いやのっ。車そろそろ替えすかと思ってやあ。」

  (冗談冗談。いやね、車をそろそろ買い替えようかと思ってね。)

「そりゃそりゃ気の遠くなる話しでご苦労なこって。」

  (それはそれは気に遠くなる話しだこと。まあ頑張ってよ。)

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鹿男あをによし 観直して

 今2009年の10月。ドラマの端境期(はざかいき)で暇してることもあって、以前のドラマ録画したものを引っ張り出して改めて観ているという次第。

そんな中で、今もって面白いと感じるのが2008年1~3月放映された「鹿男あをによし」。結末をすでに知ってるのにまたまたつい引き込まれてしまうってのは凄いよなあと。

流石原作がベストセラーになっただけに展開の流れが緻密に計算されていて無駄がない。説明に過不足なく語られ、それでいて如何にも怪しそうな人物がそこかしこに配置されていて見事なたぶらかし具合だと感じます。原作フルコピーという訳でもないようなので脚本書かれた「相沢友子」氏の筆力も(使い方おかしいけど)さぞかし達筆なんだろうな。

キャスティングが絶妙で佐々木蔵之助さん・篠原英介さん・田部未華子さん・柴本幸さん・宅間孝行さん。如何にもあやかし風味満載。キムラ緑子さん・酒井敏也さんとかは笑わせといて実はという可能性も。なんて思わせる空気感十分。そこかしこどころか皆おいおいという人ばかりというのは凄いなあと。

またそれに輪を掛けてキャスティングがドンピシャといった感があり、最大の場外ホームランは児玉清さんだよな。いい意味で誠実温厚といったイメージをお持ちの方だけにそのイメージを見事に覆す役柄でナイスですな。しかも無茶振りとかでなく成程十分ありうるという理屈が通っていて。でも今観ると確かにこの人こそと思いますわ。そういう意味では親切な正攻法で気づかない私がアホだったということを再確認した次第で。今観れば意味分かんないシーンとかがなく・・・といいたいところですがシルシの意味がどうも。あれがないと堀田(田部さん)と小川先生との接点の証にならないので必要なのは判るんですが使い番を奮起させるお仕置きなのか駄目の烙印なのかその目的がどうも。

もっとも一番たばかられたのは福原先生(佐々木さん)でしたが。飄々としてそれでいて人をばっさりって空気感醸し出していていかにもあやかし。ホント最後まで騙され申した。でも凄くいい人だったというオチ。悪くなかったっす。しかもマドンナに好かれてけつかりゃがって。羨ましいぞこの野郎。

主人公の玉木宏さんと綾瀬はるかさんのコンビも抜群ですなあ。割れ鍋に綴じ蓋みたいな補完し合う関係というよりも小川先生(玉木さん)を支える藤原先生(綾瀬さんという図式に映ってグッドという勢いです。

切迫感がぐいぐい迫りくるから惹き付けられる訳ですが、それは玉木さんの役者力によるものだと思えてきました。我先にとぐいぐい前に出るタイプじゃないけど気づかない間に惹き込まれてる包容力がある役者さんみたいです。

でもなにより抜群なのはこれだけ周りがあやかしだらけの面々に満ち溢れた空間の中で必要以上の緊張や悲壮感を打ち消した藤原先生の天然ボケがドラマ全体のバランスを保つ役割を担っていて謎解きばかりでない愉しさも味わえました。

画が凄く凝ってると今更気づいた次第。リアルで観てた時には色味が気になってたけど今はそれよりも凝り様に気が行くようになって気づいた次第。素人なんで詳しいことは分からないんですがカット割りとか細かいしセットもけっこいし。

なにより食事のシーンが旨そう。佐々木さんと綾瀬さんの喰いっぷりが見事ということもあるんですがとにもかくにも画がそそりますな。

それと家がいい。古民家の佇まいが懐かしい。住むにはそれなりな辛抱がいりようでしょうが体感してみたい度満点です。

音楽が緊張感と高揚感を煽るというかそそるというか。今もってたまあになにかのバックで流れてくるのを耳にするくらいだから佳い曲なんでしょうね。欲を言えば綾瀬さんが出てくるシーンではユルイ感じでほよよん感が醸し出されてたら緊迫と弛緩のメリハリが増してもっとよかったんじゃないのかと思ったりなんかして。

音楽はクレジットによると「佐橋俊彦」氏と銘打たれてありました。最近ではついこの間までやっていた「官僚たちの夏」も担当されてるそうな。そういう傾向を考えるとのほほんとした音楽は基本作られない方なんでしょうか。

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*よう

「やりよう」(やり方)・「いいよう」(言い方)・「買いよう」(買い方)・「しよう」(仕方)・「かたしよう」(片付け方)などなど「~の仕方」・「様」といった使い方の「~よう」。別に方言でもなんでもないのだが

共通語ではやり方・言い方・買い方・仕方とかいう方を使う方が一般的であるところを「よう」を使うというのが遠州弁的表現ではと思い記載。

例文

「まだ終わっちゃいんだ?まあちっとやりようあるらあ。なんでこうなるよを。」

  (まだ終わってないのか。もう少しましなやり方あるんじゃないの?どうしてこうなるのかなあ。)

「なんちゅういいようよ。そんな言い方しんくたっていいじゃん。」

  (ひどい言い方だなあ。そんな事言わなくてもいいじゃないか。)

「こっちだっていいたくなるわあ。こんなじゃあいつまで経ってもおわりゃせんじゃん。やりようによっちゃやりよくもなるだし早くにも終われるだで。」

  (こっちだって言いたくもなるよ。こんなんじゃいつまで経っても終わりゃしない。やり方によってはやり易くなるし早く終われもするんだから。)

「んじゃあどうすりゃいいだかおせえてやあ。」

  (それならどうすればいいのか教えてよ。)

「知らんよを。こんなじゃ替えようありもしん。なんしょ帰るまでにやりきってよ。」

  (あんたの仕事でしょうに。それにこんな状態じゃ今更どうにもならないだろ。とにかく今日中には仕上げてってよ。)

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*まやす

「まわす」(回す・廻す)の訛ったもの。関西系な表現なのだろうか。遠州でも使われるということで記載。

普通に考えると「まあす」に訛るのが遠州弁的変化としての筋というものだが、「返す」を「かやす」というのと同様に「まやす」となる。

当然ながら「まあす」という変化も存在する。

「かやす」(返納する)と「かあす」(裏返す)の違いみたいに明確な使い分けが「まあす」と「まやす」にもあれば説明も楽なのだが実のところそう明確ではない。

「まやす」と「まあす」の使い分けは個人的には「歩き回る」を「歩きまある」といった風に「廻る・回る」という使い方で「まやす」は回覧というか巡り巡るみたいな使い分けをしているような気がする。

従って回覧板は「まやす」・独楽は「まあす」みたいな。というのが一案。この理屈は個人差があるので非常に嘘くさい。

もうひとつは、まったくの集落や個人差によるもので意味の違いなどなく使い分けとかもありえない。という別案。

色々考えられるがどういう理屈が正しいのかは分からない。ひとつ確かなのは「まある・まあった」はあるが「まやる・まやった」という言い方はしない。

例文

「うちんとこに回覧板まあってこんかったでけど。」

  (私のとこに回覧板廻ってこないんだけど。)

「あれえ、まやいたにい。」

  (そんな筈ないよ廻したよ。)

「うそを。いつ?どこんさあに?」

  (本当?いつ?どこに置いた?)

「おっといかやあ。おばあちゃん居たもんで頼むにぃつって渡いたけど。」

  (おとといかなあ。おばあちゃんが居たからお願いしますって言って渡したけど。)

「ほんとにい。分かった。じゃ聞いてみるわぁ。」

  (そうなの?うん、それじゃ確認してみるよ。)

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*おんし

以前「おんしゃ」(貴様・お前)という記事を書いて、これは浜北辺りの言葉か?と記した。

その理由を就職してから浜北の人と接するようになってから覚えた言葉だからという実体験から導きだしたのですが。あくまで個人的意見であるということを改めて述べておきます。まあこれに限らず私の記事は全て個人的感覚で書かれているのですが。

ところで、自分の集落辺りで「貴様」をなんと言っていたかというと「おんし」と言っていた気がする。ただし近隣の方は「おんしゃ」を使っていたというコメントを頂いたので私の周りだけかもしれない。

「おんしゃ」も「おんし」も男言葉で女性が使うことはまずない。女性は「あんた」・「あんたあ」をよく使うのではないか。

重箱の隅を突く様な細かい違いの話しであるかもしれないが言われ慣れてる違いからどうも「おんしゃ」といわれると違和感を感じるし自分からは使いづらい。

「ぼくんち・うちんち」みたいな「あんたんち」という場合は「おんしゃんち」ではなく「おんしんち」と言うみたいな。

どちらもおそらくは「お主」(おぬし)が変形して出来たであろうかと想像されるが、私には「おんしゃ」は「貴様は」と聞こえ「おんし」だと「貴様」と聞こえる。

例えば「おんしゃやあ」の場合「貴様はなあ」と聞こえ、「おんしやあ」だと「貴様さあ」という風に聞こえる。前者は説教されるっぽく後者は単に呼び止められてる風に聞こえるので「おんし」の方が言われて気が楽なのである。もちろん個人的印象であって、印象は人それぞれなので、異論が出るのは当然でしょうけど私にはそう受け取れるということです。

ところで「あんたあ」みたいな言い方である「おんしゃあ」に相当するのは「おんしい」であろうか。

尚、一般的に「おんしゃ」の方が遠州弁として広まっているので例文等では「おんしゃ」を使っています。

余談だが子供の頃「恩賜の煙草」というものを「貴様の煙草」という風に誤解釈していた。皇居に清掃奉仕に行ってそれを戴いたという話しで、皇族の方も「おんし」っていうのかととんでもない勘違いをしてた時期があった。むろんガキの頃の話しである。

例文

「やあこのくそ忙しい時にどこ油売りいっとっただあ。」

  (おいこの滅茶苦茶忙しい時にどこ油売りに行ってたんだ?)

「わりいわりい。便所でクソしてた。」

  (御免御免。便所に行ってた。)

「年がら年中クソしちゃいんかおんし。」

  (しょっちゅう便所行ってねえかお前。)

「普通みんなそうだらあ。」

  (誰でも行くだろ。)

「そうゆうこんじゃなくて回数が洒落んならん気がするだけど。」

  (そういう事じゃなくて回数が半端ない気がするんだけど。)

「気のせい気のせい。」

「仕事したかないせえじゃねえのか。」

  (仕事したくないせいなんじゃないのか?)

「気のせい気のせい。」

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