« 2009年9月13日 - 2009年9月19日 | トップページ | 2009年9月27日 - 2009年10月3日 »

華麗なるスパイ その10

 しっちゃかめっちゃかなストーリーながら最後まで観続けた理由はドロシー(深田さん)を見るのが楽しかったから。露骨なセクシーさとかじゃなくて生ける着せ替え人形みたいな艶やかさといったらいいでしょうかね。ある意味健全の範疇に於いての女性っぽさを楽しんだというか。

まあ男疑惑をずうっと引き摺っていたからということもあるんでしょうけど。それでも最終回では男疑惑を払拭してクリアになったのではありますがそれでもお人形さんみたいな印象は変わらなかったなあ。

不思議だったのは男装した方がなんかぐっとくるというか。惹かれてしまう感じになるのはなんででしょ。そういう趣味は当然持ち合わせていないんですけど、なんでしょうかね男の格好すると隠しきれない女性らしさが滲み出てくるからなんでしょうか。

着せ替え人形と言えばこの回杏さんも変身されてましたけど何着ても似合うというか奇抜な印象を受けないというか。この方時代劇でお着物着ても似合いそうで。それがいいことなのかどうかは知りませんが単純に不思議じゃないよなと思いました。

この回での決まり文句はやはり

「人と人との信頼は相手を許すことから始まる」

でしょうかね。後は特別なパワーなぞなくても全ての人が力を合わせれば希望は失われないというメッセージはためになります。

その手段が打ち水というのは奇想天外で、ミサイルの画がえらく本物っぽく見えてた分余計にそんなんちゃっちい方法で大丈夫なんかいという想いはありましたがまあアリかあと。

 総括的になりますが役者力を愛でたドラマかなという感想です。

続きを読む "華麗なるスパイ その10"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*はあはあみがく

「もう歯を磨く」と言っている。

遠州弁のイントネーションを知るにはこのふたつの「はあ」の違いを会得するのが大事であろうて。

より一層こ難しくすれば

「はあ?あんたあはあはあみがくだあ?息はあしてみいそんな匂いもしんら。」

  (ええ?あなたはもう歯を磨くのか?息を吐いてみなよそんなに匂ってないじゃないかよ。)

例文

「さっきい晩飯食ったっつうだにはあ歯あ磨くだか。早寝だなあやあ。」

  (さっき晩御飯食べたばかりだというのにもう歯を磨くのかい。早寝なんだねえ。)

「なにゆってるよを。食べたらちゃっと歯あ磨くだあれ。虫歯予防にいいだにい。」

  (何言ってるんですか。虫歯予防の為に食べたら直ぐに歯を磨くものですよ。)

「うちゃあ寝える前っつうんが習慣だもんでねえ。」

  (うちは寝る前にっていうのが習慣だからね。)

「なら寝る前にまた歯あ磨きゃいいじゃん。」

  (ならば寝る前に又歯を磨けばいいじゃないですか。)

「そんなしょっちゅう歯あ磨いてたらこすれてなくなっちまわあ。」

  (そんなしょっちゅう歯を磨いていyたら磨り減ってしまうだろうに。)

「ふんだだこたあねえよ。」

  (そんなことはないでしょう。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

猿ロック エピソード4-2

 逃げんと捕(と)んまさっている間に再び犯行が繰り返されれば無罪放免になるだろうになんで逃げるんだ?サル(市原さん)よ。

とか思って観てたくらいですから見事にたばかられました。全くもって犯人の目星が見当外れでありまして。ホント楽しく観られました。

まず警察とのサル芝居は想像だにつかなくとにもかくにも意外でありました。

みなみ(みさきさん)は結局この犯罪とは全く係わり合いのないお方でありまして、お陰でいいように騙されてしまいました。

しかしながらこの回の最後でのDVDを押収せんとする光景は別にAVのお仕事なさってるからといってサルのスケベ心が変わるわけでもなし。なんででしょうねえ回収しようとした意図は。よっぽど観られたくなかったんでしょうか。ってすでに山本(渡部さん)共々に何度も見られていたでしょうし。謎です。サルとみなみの関係はこれにておじゃんということにするために必要な儀式ということなんでしょうか。でもこんなことでめげるサルじゃないでしょうに。

それはそうとして、犯人とその動機目的はなるほどと文句のつけようのないものでありましたが、町内の人皆ボーリング大会させておびき出させた夜に警察に捕(と)んまして貰うようにすりゃあもっと早くに落着したのにねえと思わないのでもないところですが。そうすりゃあアブナイ人に「貸しいち」にならずに済んだのではと。

まあそんなくだらんこと言ってもせんなきことゆえ此処は素直に謎解きの妙を愛でるが寛容か。完全にサルが自らの手で謎を解くにはあの屋敷に忍び込まないとなりませんもんね。警察で自白させて真相が分かるじゃあ盛り上がりには確かにかけますもんね。それか、おっぱいみたいがためにあんな狂言仕組むなんて凄いもっこりパワーだなあという方を感心すべきか。

 それにしても犯人はみなみだと宣言して金持ちの宅に忍び込むの図は、サルの言うこと真に受けて観てたので知らぬはみなみばかりのみって感じで家の人も知った上での狂言かと思ってて。隠し地下部屋での大金と美術品がででんと現れた時ほんとだったらその時点で気づくべきだったんでしょうがそこでもまだこれは狂言の小道具だと勝手に思ってしまい。一度退出(脱出)した後にみなみ(もしくは共犯者)が盗みに入るところを御用にせんとす。なんて展開と思ってしまいました。

そしたら小道具などではなく実物だったというオチでありまして。しかもみなみは全然無関係。う~んそうきたかあ。でした。先週における私の予想が全て覆されてホント面白かったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*いきれる

「息苦しい」というニュアンスであろうか。きちんと訳すとなると遠州弁の訳では「蒸し暑い」としているところが多い。漢字で書けば「熱れる」であろうか。

共通語でも「人いきれ」という言葉があるように「いきれ」(熱れ)そのものは辞書に載っている共通語であるが共通語的には古語化しつつある中で遠州ではまだ残存してるということか。ちなみに国語辞典では造語と書かれており古語辞典では「熅る」(むしむしする熱気)という言葉が載っておりこれが相当するものと思われる。

「息が切れる」と言う表現が「いききれる」→「いきれる」と変化して訛ったと考えれば分かりやすいか。勿論説明上の綾でこれが正しい理由ということではない。

どちらかというと古い遠州弁でも最近はあまり使われることは少なくなってきている気がする。今ではどちらかというと「むっとする」という言い方をする人が多い。男女共用の表現。

例文

「こん中ぬくとくていいやあ。冬なんか仕事するに楽だらあ。」

  (この中は温かくていいなあ。冬とか仕事するのに楽でしょう。)

「あれえ(ビニール)ハウスん中ぁ結構いきれるもんで仕事するにえらいだにい。」

  (何言ってるの。ハウスの中は結構蒸し暑いから仕事するのにしんどいんだよ。)

「冬でもけえ。」

  (冬でもそうなの?)

「だよを夏なんかはあ堪らんにい。」

  (そうだよ。夏なんかもう堪らないんだからね。)

「なによを冬でもいきれるなら夏ぁ酸素ボンベでもしょうだ?」

  (そんなに冬でも蒸し暑いんなら夏なんかじゃ酸素ボンベでも背負うのか?)

「いくらなんでもそんなこたあしんけどやあ。」

  (いくらなんでもそんなことはしないけど。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

働くゴン!

 色を感じますなあ。ハケンのなんたらと同じ色を。って殆ど全員集合じゃないですか。いくら裏で本家やってるからってそれに対抗してもなあ。

でもこの色はやっぱし暖色系で温かい色でありますな。観ててホッとします。

「かあちゃん」ってのは、やっぱいい響きだなあ。「ママ」じゃどっちらけのトレンディ壊しにしかならないからナイスだよなあ。バリバリ働く女性と急ごしらえの母ちゃんとのメリハリがはっきりしていてそれでいて露骨さとかあざとさといった「えぐ味」が無くさっぱりしてるとこが流石役者「篠原涼子」さんの持ち味なんでしょか。子供を溺愛する様は刑事なさってた折にも描かれていましたがあの時よりも深いものを感じます。益々骨抜き具合が増した感じで。

最初弩派手なオープニングで、これは漫画か?と思ったりしましたが、徐々に人としての弱い部分が描かれていって観ていてつい応援したくなる感じでありました。

いわば絶頂(理想)の状態から滑落して底から這い上がる様を描いているドラマと言える訳でありますが。それだけでなく働く女性というものを新人中堅ベテランと配置して描いているところもあって。それと報道の在り方とか。色んな観方が出来るドラマなんだろうな。私は単純に母ちゃん奮闘記として愉しく観ましたけど。分類すればコメディなんでしょうけど笑って精神疲労回復というよりもその逞しさに元気増強って感じで観てました。

子供の煩わしさが感じられなくて観易かったです。一所懸命な母親に対して反抗する役どころとなると、物語が母親目線で語られていくとなるとややもすれば憎たらしく映りがちになるものですがそういうこともなく素直さで通してあってよかったです。働く母親にとってのハンデじゃないけどお荷物に映ったら台無しですからね。きちんと宝物として映って見えてました。

「なんで働くの?」という子供ならではの核心を突いた質問に、「強く生きること」と答えていたのはそれが現代なのかあと。一昔前だったら多分「楽しい」とか「生きがい」だからと答えていたんじゃないのかなとふと思いましたけどどのくらいの説得力があったんでしょうか。何に対して強くあらんとするのか。人か義務か社会か理想か意思か。挙げたらキリが無いところですが少なくとも「逃げない」ということなんだろなというのは分かりました。

最後の感動的な朝の中継シーンのような劇的な幕の引き方は好みではありませんが、とにもかくにもハケンのなんたらの余韻を再び燃え上がらせたような温もりを感じる作品で作り手全員の愛情を感じるドラマでほんわかした気分になりました。

続きを読む "働くゴン!"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*はあはあ

「もう」を「はあ」と言うからといって決して「もうもう」と言ってる訳ではない。「ぜえぜえはあはあ」の「はあはあ」である。

言葉そのものはごく普通な共通語であるが、共通語では「息が上がる」を「息がぜえぜえする」というのを遠州では「息んはあはあする」と言うことが多いということである。イントネーションは平坦。男女共用の表現。

遠州で「ぜえぜえ」を使うと「病気か?」と心配されるくらい病的というニュアンスに解釈される。

例文1

「マラソンは息んはあはあするでいやだやあ。」

「なにょうこくだあ。わしなんか階段上がるだけで息はあはあだにい。」

「運動しんもんで。」

例文2

「マラソンは息んはあはあするでいやだやあ。」

「なにょうこくだあ。わしなんか階段上がるだけで息ぜえぜえだにい。」

「どっか悪いだらあ。医者いきない。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

救命病棟24時 その7

 視聴率評価におけるご褒美の拡大版とかいうレベルではない2時間18分というとんでもなく時間延長された最終回。世に言う「しろがね週間」のお陰で最初からかじりつきで観ることが出来ました。

なんなんでしょうね。分かっちゃいるけどそれを待ってましたっていう快感というか。観ている側が言って欲しいセリフとか行動がくまなく織り込められていて非常に堪能致しました。

 四六時中バックに音楽や効果音が流れるドラマをけっこう見かける中で医局でのやりとりのセリフと表情のみで語られるシーンは役者力全開で。3分程でありましたがじっくりという感覚で見応えありました。

 それにしても感情が爆発する遺族続出でしたなあ。あないな状況が続いたら私なんかじゃ3日も精神持ちませんわ。でもまあなんでしょうね、じくじくと溜め込むよりもドカンと感情が暴発した方が後々すっきりして冷静な判断が出来るようになるんだろうなあという気はしました。そういう意味じゃつべこべ言う奴って悪意が前提にあるか甘えの限りのクレーマーくらいしかいなくなってまともな人は言い返さず飲み込んでしまっていて、受けて立つ方は頭を下げてなんとか過ぎ去れと願うだけという現実は正しくないような気がしてきました。

だからといって言われっぱなしではなくきちんと言い返して強くなれというのでは日本人の美徳というものから大きく外れていってしまうことになり微妙なことではありますな。

ドラマではそういう部分は救急車をタクシー代わりに使い不払い当然という「自分は客だ!」と言い張る輩に対して澤井医局長(ユースケさん)が全て被って言っていましたけどなんでもかんでも「お客さま第一」という標語(風潮)は見直すべき時代に来ているんじゃないかなあと漠然とですけど思えてきたりもします。

ちなみに日本人の美徳ってのは相手の事を思い遣って感謝の気持ちを持って接するということで、客だからなにしても客の方が正義で偉いんだ。満足する奉仕するのが当たり前だという心持ちとは真逆のものです。俗に言う「ありがたやありがたや」でしょうか。

 問題提起で具体的な改善(よりよい未来の提示)というお話しではありませんでしたが最前線で苦戦する人々の心の持ちようとヅタヅタになっている後方支援に立ち上がろうという姿は読み取れました。ある意味世の中不条理の塊であちら立てればこちら立たずのバランスの上に成り立ってるようなもんですからあちら側に立てればいいですねというのはよく分かる話しでありました。

 いつもの如く散漫な感想ですが言えることは面白かった。その一言ですな。

以下は又いつものくだらない感想です。

続きを読む "救命病棟24時 その7"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ばかがんこうはうはだら

「ばかがんこうはうはでえ」

遠州弁における最上級の濡れ手に粟表現ではないかと。

それを「ばかがんこうはうはだら」と問う形に替えてみる。言われた方は「馬鹿こいちゃかんて」と応える。

関西弁の「ようけもうかってまんなあ」・「いやあぼちぼちでんがな」みたいなものか。そういう感じなので厭味っぽさは薄いことが多い。

ほぼお決まりの挨拶であるが、これが「冗談ゆっちゃかん」と応えると険悪になりやすい。「なにゆうてまんの」よりむきになって否定してる感が強い。

ちなみに「もうかってまっか」だと遠州弁では「ばかがんこうはうはけえ」となる。

例文

「おめえはいいよなあ。ばか がんこ うはうは だら。」

  (羨ましい限りだよ。もう笑いが止まんないんかないの?)

「馬鹿こいちゃかんて。どこがよを。こっちゃいっつもひいひいだにい。」

  (なにいってるんだい。どこがウハウハなんだ。こちとらいつも四苦八苦だよ。)

「なにい、最近宝くじかなんか何度か当たったって聞いたにい。」

  (え~?最近宝くじとかが何回か当たったって聞いたよ。)

「宝くじじゃねえわあ。あみだくじ!どぶさらいの当番のっ!三週連続!」

  (宝くじじゃないわ。あみだくじ。ドブ掃除の当番が三週連続もっ!)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ブザー・ビート その11

 痛快なエンディングでしたなあ。久方振りの大団円も悪かぁないという率直な感想が余韻として残ります。此処は日本で米国じゃないんだから公衆の面前で人目を憚らずってのは劇的過ぎるだろうという考えも一瞬浮かびましたが背景がバスケという非常に米国的な空間ですから洋画的でもまあいいかあという気分でありました。

このドラマって惹かれ合う二人を如何にして厭味なく邪魔が入って「じれったい」と「すれ違い」でハラハラさせるかが味噌と踏んでいたんですが最終回は菜月(相武さん)が折れたことによりその全てが許され解き放たれ噛み合って爽快な感じでありました。

それでいて初回のバスのおっかけっこギャグを再び逆の配置でかますとかいったちょっとした遊び心もあってしんどく(深刻に)なる事無くサクサク観れたような雰囲気もあります。もちろん麻衣(しほりん)と秀治(溝端さん)の軽妙なカップルの存在もその効果に多大に貢献していたのでありますが。

繰り返しといえばあの「ば~かっ」ってセリフ再びここで使うかあと感嘆いたしました。いなせだなあと。

個人的好みとしては菜月と宇都宮(永井さん)の関係性は早急(露骨)過ぎたなあと。あくまでももっと曖昧な予感で締めてもよかったなじゃないのかと。あれだけ何事に於いても賢い菜月が宇都宮の想いだけには気づかないというのが人間っぽくていいんじゃないかと。宇都宮は宇都宮でストレートに言い出せないながらも距離を縮めようと右往左往する方が人間っぽく感じられて。観てる方に直接的には繋がっていないけどこの二人きっと上手く行くんじゃないのかと未来を予感させるところで締めてもよかったんじゃないのかと個人的には思えました。

男同士の関係は非常に薄味で、女性目線で描かれたドラマと言えなくもないのですが野郎の私でも愉しく観れたのはこういった手合いの物語が食傷気味ではなかったことによるものでしょうか。一時期の手を変え品を変えこれでもかといった勢いからすればホント久し振りという印象が湧きますです。まあ王道なテーマですからキャラに感情移入出来さえすればハズレなしなのですが、より増して山下さんが出るのだから外しなしと約束されたようなもんだと思える程勢いもあるしはまっていましたな。それと共に全体的にもナイスなキャスティングでしたな。特に相武さんががんこイメージひっくり返されてインパクトありました。

とにかく天下の月9これにありってことは確かで面白かったです。

以下はいつものくだらない感想。

続きを読む "ブザー・ビート その11"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*らんごくないとらんごかないでは大違い

タイトル程大袈裟に違うわけではないという誇大表示ではあるが、それでもこの二つの言い方はそのニュアンスが異なる。

大抵は「らんごくない」も「らんごかない」も同じように「雑然としてる・散らかり放題」みたいな意味使いをしているが無茶苦茶という意味合いで使われることもありその意味使いでの場合「らんごくない」は「無茶苦茶なことする」と訳せ、「らんごかない」だと「無茶苦茶でどうしようもない」と訳すのが自然であろう。

つまりあくまで個人的な印象であるが

「らんごかない」だともうどうしようもないみたいな見捨てた印象を与える。やれやれという感じ。

「らんごくない」だと無茶苦茶だと驚いている印象を与える。おいおいという感じ。

「らんごかない」の「か」は「くは」の変形とも想像されるのだがそれにしてはそこはかとなくイメージが変わるものである。

ところで「らんごく」が「ない」という「らんごく」ってなんだろう。

「ない」というのが打消しならば「らんごく」は意味使いから想像すると理路整然という風になるのだがそんな言葉は国語辞典にも古語辞典にもない。「らんごい」・「らんご」とかで調べても出てこない。

ネットで調べると「乱雑」という言葉の変化とされているところが多いのだけど、それだと「らんごくない」→「乱雑ない」ってことになり意味が変ではなかろうかと思ったりもする。

駿河の方でも「らんごく」は使われるらしいが駿河の使い方例を挙げると

「部屋ん中らんごくで座る場所んない」(部屋が乱雑で座る場所が無い)

という使い方をするそうで「らんごくない」という一塊で使う遠州の使い方とは異なる。ちなみにこの例文を遠州弁にすると

「部屋ど散らかってて座るとこんなくてらんごかねえ」

みたいになる。遠州弁では「らんごく」で使うことはまずもって聞かない。

別のところで「乱飛乱外」(らっぴらんがい)という言葉があってそこの「乱外」(らんがい)から来ているのではないかというところもあった。また別のところでは「乱飛乱国」(らっぴらんごく)というのもあって「外」でも「国」でも意味は大体同じらしい。

「乱雑」・「乱国」どちらにせよ「らんごく」の元はそこはかとなくそこいらへんから来てるらしい気がしてきたけれど、なんで遠州弁では「ない」という打消しの言葉がつくんだろうという疑問の解決にまでは至っていない。

すんげえ強引に考えれば、「らんごくてほんとしょんない」が詰まって訛って「らんごかない」になったくらいしか思いつかない。

説明できる方がおられるならご教授願いたい謎な表現である。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

官僚たちの夏 その10

 最後駆け足で過ぎて行った感じでありましたが、実りの感じがしない印象でありました。幕引きが無いってのは仕事である以上当然なんですけど、結果や成果を観過ぎていたから消化不良に感じてしまったのかな。もっと単純に男の生き様って点に注視して観るべきものだったんでしょうかね。

逃げない媚びない屈しないへこたれないまではいいんですが支援がない守れない流れに抗えないとかにまで膨らんだないない尽くしの果てに「少し休んでいいですか」という庭野(堺さん)のセリフでは一体10話を費やして何を観てる側に訴えようとしていたのでありましょうか。

官僚不要論を謳ったということであれば成程って勢いですがいくらなんでもそんなことをテーマにする筈もなかろうし。

ゆうときますけど楽しく観れたんで文句言ってる訳じゃあないんですよ。ただなんでしょう後味というものがせんないというかなんというか。凡人の領域では判断がつかないものでありました。今更自分の愚を嘆いてもしょうがないんですがこの人達自分の人生振り返ってよくやったって自分で自分を褒めれるのかしらんと。もちろん尊敬に値する生き様でありましたが。

 予想では須藤恵作(長塚さん)と共に理想とする国造りに邁進して精一杯やったという達成感で終わるのかと思っていたのでその自分の能天気さに喝を入れられた訳ではありますが昭和懐古という意味からすればもう少しそれなりにいい時代だったという締めでもよかったんじゃなかったのかなと甘ちゃんの私はそう思いました。

高橋克実さんはなんでか志半ばで病を得るという役柄が続いてる印象がありまして。「フルスウィング」・「刑事一代・・・」に続いての今回のドラマと。またいい味出してるんで余計に印象深いんですよね。

その鮎川(高橋さん)の通夜の席で庭に出て風越(佐藤さん)が嗚咽にむせぶシーンが良かったなあ。アップにしないで引きで魅せる映像はタイプです。

終ってみればの印象で言えば西丸役の佐野史郎さんと牧役の杉本哲太さんが強く印象に残りました。病弱から最後次官へと登りつめてく様の変化が見事だなと。それに登場人物の中で一番昭和に人らしい容姿を感じました。

官僚が自らの信念をもって時には政治家と対決してでも国を導こうということが今の世の中NOということであるのなら、牧が次官になってから取った一連の行動は政治家主導のもとに仕事をしたということで今ならYESな正しい官僚ということになる訳で。

それにしても自分の成し遂げたいことをするために次官レースにしのぎを削るというか働き甲斐としてるという割には、いざ次官に登りつめるとそういったなにかを為したとかいう場面が特に描かれておらず、あの熾烈さは一体なんだったの?という気にさせますし。

それに風越の優れたところは天下りしなかったってことだとしたら。

やっぱTBSってもしかして官僚政治を否定するって立ち位置でこのドラマを作り上げたということなんでしょうか。そうだとすると凄いテーマぶってたんだなあ。

んなわきゃないかあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ペーシ

「頁」(ページ)の事。「じ」を「し」という事。遠州独特かどうかは定かではないが他所の人に言わせると遠州人は変わってるらしい。しかし確かにそう言っている。

何でと問われてもそうなんだから説明のしようがない。大抵どの数字の頁にでも「し」に変わるのであるが、私の場合「1頁」の場合「いっぺーし」ではなく「いっぺーじ」又は「いちぺーし」・「6頁」は「ろっぺーじ」又は「ろくぺーし」・「10頁」は「じっぺーし」にはならず「じっぺーじ」と「っ」が入る読みの数字には「し」にならないことがある。でも「じゅっぺーし」とはいう矛盾もあるいい加減なものであるが。

ちなみに遠州人全てがこう言うとは限らない。男女共用の表現。

例文

「あのやあ。6ペーシ目んとこさあ。意味分からんだけど何書いてあるだか分かるう?」

  (あのさあ。6ページ目のところなんだけど。意味が分からないんだけど何が書いてあるのか判る?)

「おんめえはあ今10ページ目ん入ってるじゃんかあ。ついてこれてんだか?」

  (あのなあもう9ページ目に入ってるんだぞ。ついてこれてないのか。)

「いんやあ。聞かすたあ思ってただけえがタイミング逃いてそれっきりんなっちゃってさあ。」

  (いや~あの~聞こうとは思ってたんだけどついタイミング逃しちゃってそれっきりになってしまってね。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

オトメン・夏 その7

 もう7話かあ。振り返っててみると登場人物紹介して海行って青春してこないだコンテストなイベントしたくらいな印象なのにね。もう7話かあ。中身が無い訳じゃあなくて軽快な感じでサクサクテンポがいいんだけど二人の関係の進展がまったりこんとしているってところが味噌なのか。こういうのは好みでんがな私。

それが証拠に周りのキャラは慌しく蠢いてる。りょうのお父さん(高田さん)なんか剛直一点張りでオトメン冗談じゃないってのから飛鳥(岡田さん)は許容するようになったししかも今回父親同士親友だったという境遇まで明かされて。にぎわせキャラかと思ったら存外重要な役どころだったんですね。

多武峰(木村さん)にしたって挫折から復帰したかと思ったら飛鳥のライバルを宣言しつつも飛鳥とは毛色の違うオトメンだったという衝撃の事実が発覚しこの回では橘(佐野さん)に頼られるというチームの中になくてはならない存在になってきているし。

それに今回の橘でしょ。ついに人を餌にして肥える輩に鉄槌が食らわせられるのかと思ったのですがなんとか無事逃げ切ったようです。いつまで悪党を闊歩させていくのでしょうかなんて思われないようなキャラでないといけないと思えるのですが今のところ私的には悪党に映っていますです。

かくも展開はめまぐるしく変わってきているのに、肝心の二人には一向に進展の気配が感じられないとこがそういう印象を与えるんでしょうかねえ。告白したからといって二人が大きく何かが変わる訳でもなさそうなんでしょうけどじれったいと思わせるってのも見せ方の一つの手段だと思うんですがねえ。飛鳥の心の内は燃え滾っているのにりょうの方が雲を掴むような茫洋感を漂わせていてそれで中和されてるというかなんというか。

でもまあ、似たもの同士というべきか。能天気と鈍いは紙一重でありまして。マンガが名前までおんなじで出来事も自分の体験と一緒なら普通気付くだろうというのは観てて「じれったい」ということなんだろうか。

それともある程度の武道を極めた人は明鏡止水の境地に入っていて多少の事では動じない太い心を持っているということなでしょうか。

そんなこんなである意味平和を感じさせてくれるのではありますが、この平和はいつまで続くのでしょうか。大きな冒険を犯さないと壁は越えられない感じがしてきますがどうなるんでしょう。もっともこの平和はおいおい大丈夫なのかという領域のものですが。俗に言う「あんた平和でいいよねえ」という奴でさあね。

続きを読む "オトメン・夏 その7"

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ひらう

「拾う」(ひろう)の訛った表現。ほぼ年寄り言葉。男女共用で使われる。

なんか旧仮名遣いみたいだが実際にそう言う。

「落ち葉拾い」を「おちばひらい」とは普通言わないが「葉っぱを拾いなさい」とかでは「葉っぱひらいない」とか言う風に使う状況に応じて訛る。

例文

「あんたこんなのどこでひらって来たよを。」

  (あんたこんなのどこで拾って来たの?)

「失礼しちゃうやあ。買って来ただよ。ちゃんとしたパンツだでねえ。」

  (随分なこと言ってくれるじゃない。買って来たの。ちゃんとしたパンツなんだから。)

「うっそだあ。落ちてたのひらって来たとしか思えんにい。穴んぼこぼこ開いてるしい。」

  (信じられない。落ちていたのを拾って来たとしか思えない。破れがそこいらじゅうあるじゃないの。)

「馬鹿こいちゃかんて。結構しただにい。」

  (冗談じゃないわよ。結構したんだからね。)

「やんぶれたズボンなんかなに使うよを。わきゃあわからん。」

  (破れたズボンなんか一体何に使うの?訳が分からない。)

「いいだよ分からん衆に何言っても無駄だで分からんでもを。」

  (いいの分からなくても。分からない人に説明しても無駄だから。)

「そんなんで外歩くじゃないらねえ。こぶしょったい。」

  (それはいて外に出るんじゃないでしょうね。見苦しい。)

「いらんこんじゃん。」

  (余計なお世話。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2009年9月13日 - 2009年9月19日 | トップページ | 2009年9月27日 - 2009年10月3日 »