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華麗なるスパイ その9

 前にも書いたんだけど、悪の組織に理由や感情を持たせたら痛快な劇にならない。ただ単純に世界征服に徹するべきだと思うのです。倒すになんのためらいも持たせないことが肝心なんじゃないのかなと。

しかしながらこのドラマは悪の組織に理由と共に感情すら有していて阻止して倒して爽快という気分にならないのであります。しかもしかもで昨日の仲間は今日は敵なんぞという嗚呼不快痛壊危機怪界の恢鬱君なんてな状態でありまして。

せっかく大規模テロ発動という大事が起きているのに気がそっちの方に行ってしまってなんだかなあでありました。

こんな時に総理は自身の身を安全を図って隠れてる場合じゃないだろうにという気もするのですが、これについては今起きている出来事に対してなんの情報も得ていないのだから仕方のないことではありますが。あの部屋じゃね。モロ昭和の香り満載でテレビもなさそうだったし。まあ昭和のブラウン管テレビじゃ地デジ見れないからあっても同じでしょうけど。

ここまで全てにおいてミスター匠(柄本さん)の力が及んでいるのならもっと早くにちゃちゃっと総理(渡さん)を人知れず病気に見せかけたりとかして屠って次に傀儡政権とか樹立して黒幕化した方がよっぽど真実味があるよなあと思えてしまいます。

一体ミスター匠は最後なにをしたいんでしょうか。よく分かりません。来週にならないとその野望の果てというものが語られないんでしょうね。いづれにせよまどろっこしいよなあと思えます。

とりあえずの謎は今言ったミスター匠の野望の全容とドロシー(深田さん)の墓参り?って誰の?というのと本当に撃ったんかいというところでしょうか。

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*しゃりしゃりする

色んな遠州弁を紹介するHPとかにお伺いして拝見すると所々に記載されている

「しゃりしゃりする」

意味は「エラそう・図々しい・落ち着きが無い・しゃらくさい」とかだそうだが感覚として「しゃしゃり出る」みたいなものと捉えればいいのだろうか。

しかしながら私んとこ(うちだけかもしれないが)ではそういう使い方は全くしてなく

「砂入ったもんで口ん中しゃりしゃりする。」

みたいな使い方しかしなかった。まあほぼ共通語的な使い方であろうて。

「林檎を食べるとしゃりしゃりと音がする」みたいな。

どこの集落の言葉なんでせうかね、かく遠州弁での使い方というのをする地域というのは。もちろんこういう遠州弁もあるということを否定する訳ではありません。できれば使われているエリアを知りたいところです。ただし旧市内にお住まいの方から昔使った懐かしい言葉だなあというお話しを聞きましたのでもしかしたら使った記憶がないという私の方が珍しい部類に属するのかもしれません。

ニュアンスについてもむっとしてるのか呆れてるのかとかいう感情的なのもよく分からない次第です。

「こんきい」(疲れた)は三河と隣接してる地域の言葉らしいとか「おんしゃ」(貴様)という言葉は浜北の言葉ではないかとかおぼろげに想像できるのと同じようにこの「しゃりしゃり」するのもどこの言葉か知っておきたいということです。

例文に関しましては私は使わないため使い場所が分かりませんので略とします。

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猿ロック エピソード4-1

 此処へ来てリツコ(芦名さん)のことが無意識に脳裏に浮かぶというサル(市原さん)でありましたとさ。最後のエンディングはリツコとサルが結ばれるとかいう形になるのかな。狂暴な二人がしおらしくなる姿を観てみたいという怖いもの見たさはありますがどうなることやら。

それにしても毎エピソードよくもまあ煩悩を満たすシチュエーションに恵まれるものだ。これは求めよさればはめ(与え)られんという奴ですか。まあ今回ははめるモノは違うけど、はめたくてしょうがないサルが逆にはめられるというか濡れ場を期せれず濡れ衣を着せられるという展開ですが、相変わらず今回も動機というかなんで犯人がそんなことするのというのがさっぱり分からない不可思議な事件であります。

仕事においてはマジなサルだけに悪逆非道の報復ということであれば欲情丸出しの源泉ならぬ迷惑掛け流しなプライベートに関する恨みからなんでしょうけど。ナンパに成功した試しがない以上寝取られた彼氏なんか居ない筈だし責任とってよという女性もいないといったサルのおかげで迷惑をこうむった人は居なさそうなんで、サルに対する恨みによるものではないんでしょうかね。

それとも今まで語られていなかった逆恨みされるような出来事が過去にあったのでしょうか。流れ的にはあの刑事さんががんこ怪しいのでありますが動機がね。あるだかないだか。

プロの仕業となっていますからきっとまだ新しい怪しい登場人物が今後出てきそうな感じがしますが、

もし今後新たな登場人物が出ないとしたらここまでで怨みを抱くとしたらと仮定した場合、最初の事件は別物で本物の泥棒の仕業で、その時に事情聴取した際に刑事がサルの態度に苛っときて腹いせに以降の事件は刑事がサルを犯人に仕立てた狂言だったという手もあるかな。でも盗難品の中に絵画が一点入っていてこれが最初の金持ちの家から盗まれたものならこの説はなしか。

犯人は誰だか分からないけど、あの未亡人さんが来てからこうなったというのであれば、未亡人に近づこうとしたサルが許せないということでのストーカーみたいな未亡人ファンの犯行か?という手。もしくは直接的にに何らかのトリックを使って未亡人さんが犯行を犯しているか。

まあ私の浅はかな知恵ではこれくらいしか思いつかないので、これ以外の展開であれば今のところ「おお!」と私はなるということですな。

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*きよい

「よい」の記事でも書いた「着よい」(着易い)。

聞き様によっては「清い」とも聞こえる訳でこんがらがるボケもありうるなと。

例文

「これがんこ着よいで着てみい。」

  (これとても着易いから着てみなよ。)

「どこが頑固に清いんですか?」

「どこがって。変な事ゆう人だやあ。なんしょ着てみいにそうすりゃすぐ分かるでえ。」

  (どこがって。可笑しな事言う人だねえ。とにかく着てみなよそうすれば実感出来るから。)

「・・・・着易いですけど、でも特に心が洗われるとかにはならないですけど・・・。」

「なにゆってるよをあんた。変わった人だねえ服着て安気になる人なんて普通いんらあ。」

  (あなた何言ってるの。変わってる人だねえ服着て安らかになる人なんて普通いないでしょう。)

「暗鬼ってそりゃ疑い深くなんかなることはないですけど。」

「ちんぷんかんぷんな講釈垂れてると嫌われるにい。」

  (意味不明に理屈ばってたら人付き合い大変だよ。)

「はあそうですか・・・。」

「はあってなにが?」

  (もうって何が?)

「え?」

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*くついた

「靴下」のこと。「した」を「いた」と訛るだけの話しであるがこのように変化するのは「くつした」だけで特異な訛りであろう

例えば「割り下」を「わりいた」とは言わないし「軒下」も「のきいた」とは言わない。

なぜ靴下だけが「くついた」になるのか不思議である。どれくらいの範囲でこういう言い方をするのかは不明だがとにかく幼児言葉っぽいが普通に使われるというのは遠州くらいなのであろうか

遠州独特ではないであろうがどれくらいの地域がこの表現をするのかよく分からない。幼児言葉としては広く使われているようではあるが。

例文

「やあくついたどこやっただあ。」

  (ねえ靴下出してくれない。)

「いつもんとこに入ってるらあ。」

  (いつもの所に入ってるでしょ。)

「葬式行くに白はまずいらあ。黒のが欲しいだよ。」

  (葬式に行くのに白はまずいだろうに。黒の靴下を探してるの。)

「だったら礼服といっしょくたあでタンスにつるくいてある筈だで見てみいにい。あっただら礼服は?」

  (礼服はあったんでしょ?礼服とセットでタンスの中に吊るしてある筈だから見てみなよ。)

「いや先くついた履かすと思って礼服見ちゃいんだわあ。」

  (いや、先に靴下履こうと思って礼服まだ探してないんだ。)

「んじゃあ見てみいある筈だで。」

  (それなら見てみなよある筈だから。)

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救命病棟24時 エピソード6

 硫化水素なる瘴毒を用いて近隣に甚だしく傍迷惑をかけて死なんとするはなんという不義者かと憤慨致せしも。死に追いやられかけし狂人の被害者なるを知りてなんてこったい。でありました。見事たばかられたというか展開の妙を堪能致しました。

その瘴毒を消毒するにあたり屋外応急治療場所にて体を水?で洗浄するシーンではどこまで見せるんだ?というドスケベ根性が一瞬出てしまいました。ああそれで小島先生(松嶋さん)を含め女性ばかりで処置したのかあと納得したのでありますが。

ところで終わった恋に狂う人怖かったな。おつむのいい奴だけに始末に負えない粘着性の周到さが迫力ありました。スリル感があってドキドキしました。

澤井医局長(ユースケさん)の一連の動きはなんか昔こういう人を見たぞというような気がします。なんだろうかと錆付いた記憶の引き出しを捻ってみたらそうだ労働組合の役員の人だと。組合運動華やかなりし頃この忙しいのにどこ行っちゃたんだとか、仕事は出来るのにいざという時にいなくて計算が立てれない存在感。でも何やってるかというと組合員の為に奮闘している訳で痛し痒しだった記憶と澤井医局長の行動が一致しました。行き着くところ政治と関わりを持たなければなにも変えられないってとこも同じだよなあと。

単純に作業する上ではいなくなるから不満がつい出てしまう存在だけど職場を良くする為には不可欠な存在なんですよね。組合役員になぞなったことはないので澤井医局長の心の内というものは察し難いのでありますが同じ職場で働く身として痛し痒しの存在感を持つ人というのは理解できます。

患者に特別はないという進藤先生と対立する辺りも極めて政治的配慮という奴で私的には別に特別が存在してもおかしくない話しだよなと思ってしまいました。だって同じ一人息子でもお殿様の息子と一般ピーポとの息子だったら優先する順番は自ずと決まってくるでしょうに。これが金持ちと貧乏人だったら特別はないと言い切る人に拍手しますけど社会的に為すべき大事を持つ人とそうじゃない人だったらどうなんだろうかと。

その澤井医局長、進藤先生(江口さん)を辞めさせようとしてるとか。そのココロはなんぞやというまま次回へ続くという展開でありました。

 今回は話しの組み立てがガシっと締まっていて見応えありましたです。穿った見方ですが前回までは急遽の急ぎ足であったのがこの回でようやっと元々のシナリオに追いついたのかなと。

この回ではああいう世間を騒がす自殺の方式がどれだけ人に迷惑をかけるのかということを知らしめた事と、ストーカー被害の恐怖。それと人の命の優先度とかいった思うところ満載でホント見応えありました。ってもう来週最終回かい。ようやっとエンジン掛かってきたみたいなのに。まあこのシリーズこれで終わりってこともないでしょうから次があるんでしょうからそれほど口惜しい訳じゃないんですけど。

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*いつもみたくしてりゃいいじゃん

訳すと「普段どおりにしてればいいでしょう」・「取り繕うんじゃねえよ」。

男女共用の表現であろう。どうということもないけれど何気に遠州弁っぽいかなと思い記載。

例文

「やあ。よそいきとか着てんでええだか?」

  (なあ。よそいきとか着なくていいのか?)

「そんな気張らんでもいつもみたくしてりゃいいじゃん。」

  (そんな意識しなくても普段どうりにしてればいいの。)

「そをゆう訳にもいかんらあ。先生来るだら?みばよくしとかんとかんだら。」

  (先生が来るんだからそういう訳にもいかないだろう。体裁整えといた方がいいんじゃないのか?)

「却って気い遣わすだけだで見苦しいって。」

  (却って気を遣わせるだけで見透かされるって。)

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ブザー・ビート その10

 少し引いて考えてみると、直輝(山下さん)と代々木(金子さん)との確執解決の糸口というものがどうにも見えていない訳で、学生時代に直輝に後塵を拝した事への怨み辛みというものが根っこに存在していて。だから直輝の彼女を奪い協調を拒みあわよくばポジションを取って替わろうとしている代々木を直輝はどう処するのか。

って言うかバスケは?殆どオフシーズンでの出来事に終始していて本業の方が描かれていないよねえ。男のいくさ場あだやおろそかにするまいぞ。

バスケットの世界のオフシーズンというのがどのくらいあるのかさっぱり分からない者なんですけどこのお話し数年に及ぶ物語ではないことは確かで、そう考えると花火のようにドンっとなってパッと咲くみたいな期間の間にしては出会いと分かれと揺り戻しが交差して咲く裂く策と進んで慌しい限りでありますな。

 とかなんとか観る前にそう思いつつ録画した月9を観ようとしているのでありますが、入院前になんかそういった代々木と直輝の関係性が改善されたみたいで。意外と淡白な怨み辛みなんだろか。いやいや流石スポーツマンと褒め称えるべきか。う~ん微妙。

で、菜月(相武さん)の嘘泣きの術冴えわたるの図。ホントこの人計算高いけどツボを心得ているよなあ。しかも泣きは嘘でも言ってることは本当の事を言ってるんだから罪悪感も薄かろう。莉子(北川さん)はどうにも苦手というかことごとく菜月の忍術に惑わされて弱気になっていく。多分菜月の前世はくの一に違いない。なんちゃって。あそこで莉子が病室に入っていったらどんな修羅場が繰り広げられたんでしょうかねえ。想像するに空恐ろしい気もするんで莉子が引き下がるのは無難なところか。

それでもヴァイオリニストとしての成功への誘いを断って直輝の傍に居たいという莉子。そうだよね。いくら引け目を感じたからといって身を引く訳にはいかないのが女の生きる道ってなもんだよね。でも一瞬菜月の目晦ましの術に引っ掛かって芸の道を選択するやもと思いもしましたがそれはなかったようでした。

しかしながらお互い夢を諦めないで行こうと誓ったことを重要視する直輝にとって自分が飛躍の足枷になることが正義か自分に問う事になる。

こりゃまたサヨナラシーンが訪れる気配これあり。これで何度目だ相手を思う余りの心のすれ違い。で、ほれきた!気配じゃなくてマジな話し。

永久(とわ)の別離でもあるまいしなんで涙涙なんだろう。莉子の言い分である離れてしまうと菜月に奪還されるという考えから思い巡らすに暫しの別れすら決定的な敗北と観念したということか。

もちろん直輝の自分のことをかくも想ってくれている優しさに感激したという面もあるんでしょうけどちょっと不思議な光景でありました。

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*かい・かいい

「痒い」(かゆい)と言っている。遠州独特ではなかろうが一応記載。

「かい」は男女共用だが「かいい」は基本幼児・男言葉であり女性は「かゆい」と言うのが普通。

例文

「馬鹿かいいやあ。」

  (すげえ痒いよを。)

「外でバーベキューすりゃこうなるだで ちっとばか かいくても 我慢するだあれ。かいっつってやたらくしゃかいちゃ駄目だに腫れるでえ。」

  (外でバーベキューすればこうなることなんだから少しくらい痒くても我慢するもんだ。痒いからってやたらと掻いちゃだめだよ腫れるから。)

「ムヒかなんかないだけ。かいくてホント堪らんて。」

  (ムヒかなんかないの?痒くて堪らないんだけど。)

「ひゃあひゃあうっさいなあ。ムヒなら痛快無比のわしの蹴りいれたらかあ。痛くてかいいどころじゃなくなるにい。」

  (ごちゃごちゃ五月蝿いなあ。ムヒなら痛快無比な俺の蹴りを入れてやろうか。痛くて痒いどころじゃなくなるから。)

「そんなムヒいらんわあ。」

  (そんなムヒなんか遠慮しとくわ。)

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官僚たちの夏 その9

 見応えがありましたです。炭鉱を背景にした時いつもなんやかやで悲哀がつきまとうものなのですが、ここでもやはり悲哀なんてものではなくまさしく血涙を流し悲嘆に暮れる状況でホント観てて切なくなってきました。

誰も得をしない惨状の中で人はなにを為すべきかえらく考えさせられるものでありました。

 ところで話し変わり頓珍漢な内容になりますが、ようやく私の記憶の中にある時代に差し掛かってきました。私の記憶にある限りでの最初の内閣総理大臣といったら「佐藤栄作」でありましてずうっと総理というのは「佐藤栄作」がするものだと思ってました(子供ですから)。それだけに辞めるという際のテレビでの会見模様を見た時には終わりのないものなぞこの世にないのだということを子供心に知ったぐらいの驚き感を抱いたのを覚えています。

あの頃の記憶を遡ってみれば、日本という国が豊かになったというのは体裁若しくは一部の話しで、若干ドラマの中でも描かれていましたが川や用水路の水の色は濁りなんてものではなく臭い立ちこめるドブの流れでしたし商品はバッタもんと呼ばれるニセモノやパクリが当たり前に存在していて、食べ物にしても消費期限なぞ銘打ってなく、防衛の為の賢い消費者にならなければ健康すら守れない世の中だったような気がします。母親がよく食材を調理する前とか匂いを嗅いでいたのを想い出します。八百屋にしても魚屋にしても大抵のお店での商品の包み紙は新聞紙だった。それだけにデパートの包装紙は信頼の証しだった。

駅の前の広場とかでは傷痍軍人の方が常時乞いておられましたし、週休二日制なんぞあろう筈も無く工場勤めでも休みは日曜だけ(まあ半ドンとかもあるとこはあったみたいですけど)。ガキが公園や空き地で遊ぶとなれば糞や唾を避けながらだし大雨が降れば道はすぐに川に早代わりしたし、停電なんて当たり前。食べ物にしたって給食に出て来るはあの脱脂粉乳の白髭が生える奴。便所は汲み取りぽっちゃん式で、家に風呂なぞ無く銭湯でなければ湯に浸かれなかった。

テレビに映る素人参加番組では、たとえばのど自慢とかではアガリまくりで気の毒になるくらいの上の空な人ばかりだったし。

そんな大人達は戦時中に較べたらこんなもんじゃなかったと言って我慢こそ美徳で平然としてた。というか我慢してる自覚すらなかったのかもしれない。

あの頃絶対になくならないと思えた商売、銭湯や町の電気屋さんとかは今はもうない(無くなりつつある)。それとおんなじで炭鉱も無くなるなんて思ってもいなかったんだろうな。ドラマではその救済にむけて奔走している様が描かれていたけど官僚の人達も無くなるなんて思ってもいなかったのかな。

 でもなんだろうな、平民なら誰しもが働くというのが人として当たり前な事で真面目に生きるとはどういうことか誰しもが知っていたような時代だったのかもしれない。それだけに鮎川(高橋克美さん)が注水する旨の説明をした時土下座した理由も分かる気がする。みんな日々の生活が懸命で単に感情でものを言ってる訳ではない説得力が涙やつっかかりに現れてくるのであろうから。真剣同士の競り合いは覚悟が要るものだと。もし片山(高橋克典さん)がもし行ってたらどうなってたんでしょうかねえ。

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*だまらかす

「黙らせる」という意味。「黙らす」よりも強制感が強い。

例文

「やあ。あいつひゃあひゃあ五月蝿いでだまらかしょ。」

  (おいあいつごちゃごちゃ五月蝿いから行って黙らして来いよ。)

「どうやってえ。やり方しらんにい。」

  (どうやればいいのさ。手段が分からん。)

「いいだよ。思いきっさ けつ けっからかしゃあ黙るで。」

  (構うことなしに思いっきりお尻蹴っ飛ばしてくれば黙る。)

「わしじゃよをでけんであんた自分でやってきてやあ。」

  (おれにはとても無理だ。自分でやってきなさいよ。)

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オトメン・夏 その6

 学園モノの醍醐味というかお馬鹿の限りなイベントで、それをマジでやりきるからこそ楽しいし観てる方もその楽しさが伝わるものでありましょうな。ということなんですがこういう企画と演目はマンガの世界でなければ生み出せないもので、生身の人間が演じて果たして洒落となるや否や。

学校全体の行事にしては観覧者少ないなあと。これは人件費が掛かる実写の泣き所か。なんか盛り上がりに欠けるというか一部の連中だけのお祭りみたいというか。それとも生徒が少数精鋭な学校なのか。

有明(瀬戸さん)が選ばれて当初その気がなかったのにそそのかされてその気になったというのにあっさりと冷酷に男子は駄目という落とし加減は微妙でありました。嫌いじゃないけどマンガのキャラならウケルで善しですがリアルな人間だとその人の身になってみれば凄いトラウマになりそうで。キャラを消耗品に使えるのがマンガのいいところなので人間に変換した場合微妙な事になるものですな。もちろん現実にはマンガより人はもっとひどい消耗品になりうる状況ではありますが。笑いに昇華するには難しい部分なんでしょうかね。恥かいた分いい事が待ってれば救われるというものですが。恥も努力のひとつということで。

目に余るりょう(夏帆さん)の料理の手捌きに業を煮やした飛鳥(岡田さん)がアドバイスを送るの図でありますが以心伝心を表わさんとせしものでせうが目線を追わばりょうが誰と会話しているのか一目瞭然じゃないのかと。最初見るに見かねて聴衆の気をそらさせて料理入れ替えせんと欲すも断念した上での所業でありましたが、料理勝負は介添え人手伝い禁止ってルールじゃなかったっけとつい思ってしまいました。それともアドバイスは手伝いじゃないから別にいいのか。

雅(桐谷さん)と多武峰(木村さん)の会話は面白かったなあ。まるで噛み合っていないのに結果利害が一致して話しが通じてるってのは愉快でした。ただ鼻緒が切れて手拭いで繕う際、立たせっ放しになるのなら雅の宙ぶらりんになった足を多武峰は跪いたどちらかの腿に乗せてやる位の仕草が見たかったかな。

最後男衆が女性の着物に身を包む意味が理解できませんでそのお姿に閉口したのでありまして。木村さんは一瞬女性かと見まごうお姿でありましたが意図が分からなかったです。まあこんな事言ってたら馬鹿騒ぎを否定しなくちゃいけなくなるので言わぬが花なんでしょうけど。

「木村了」という役者さんはナルシストという制約の中でということですが色んなキャラの演じ分けが出来て幅の広い役者さんですなあ。下手すりゃ女性役もしくは近い役でも演じきれるんじゃないかと憶測してしまうほどあの着物姿は違和感がありませんでした。もちろんお声はいいお声の男子ですから黙っていればの話しですが。個人的には「パズル」でのおまえらの一人神崎明が印象深いです。

 才色兼備のいわれが面白おかしく語られていましたが、なんかそれらしく聞こえてきたのでホントを茶化してしてるのかなと一瞬思ってしまいました。後で検索していわれを調べたのですがどこにも記載されてないので作り事なんだろうかな。少し騙されてしまったと思うとなんかやられた感が湧き出てきます。

 この回のパロディは夏帆さんと岡田さんと関連性があったっけ?むしろプロレスネタの方が目立ったなあ。でも一部ホンモノだし片方商売だしパロディの範疇に入るのだろうか。ギャグだよねこれは。

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華麗なるスパイ その8

 女にしか使えない武器ってドロシー(深田さん)元男じゃなかったっけ?

 有利な立場が随分と二転三転してたけどイマイチ形勢逆転するルール・お約束・掟・決まりとかいったものが分からん。

 脱出のドアを開ける際あれだけこらしょと電流通したのにバナナ内のGPS機能がびくともせず無事で、しかも最後の時だけ反応するってアリなのか?あったんだからありなんだろけど。

 などなど幾分ついていけない展開でありましたが、ロシアンルーレットしてたシーンで柄本さんの弩迫力が映えてた回でありんした。ほぼオウム返しな事を演じた長瀬さんのお芝居と見比べてみてその寒暖の差強弱の差などなどすんごいな~と。もしこれ舞台で間近で観客してたらマジで惚れてまうやろ~と相成っただろうな。

舞台のお芝居と映画テレビのお芝居とに境界線を引いて、これはドラマだからオーバー過ぎて白けるとかいう考えも一理ありますが、面白ければそれでいいじゃないかという理屈で行けばありなんだろうかな。詰まるところ上手けりゃ何しても許せるってことなんでしょうかね。どっちにせよいいもん観たという感じです。

 ドラマとは関係ない感想ですけど、記憶ってものは自分にとって都合のいいように事実を捻じ曲げてしまうものだと言ってたけど、私の記憶って殆ど失敗した事厭な事恥ずかしい事の記憶ばかりですけどそういうのもより都合の悪いように作り変えてるんでしょうかねえ。都合よく作り変えてたら嫌な記憶になってない筈だけど。

いい事は膨らまして普通の事は忘却の彼方へ飛ばして悪い事はそのまま記憶してるのかしらむ。私の場合はいい事膨らましすぎて爆ぜて無くなっちゃったみたいで悪い記憶ばかりです。

 で、ドラマに戻って、二重スパイの正体が判明した所で次回に続く。次なるは内部崩壊を描くのでありませうか。信頼や信用が裏切られるのは好きくないので観るのがしんどいかな。

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*おこれる・おこれてくる

むかつく・ムカッとする・ムカッときたという意味で使っている。

「眠れる獅子」とかいうのと同じだろうから「怒れる獅子」ということもありそうだが、共通語だと「いかれる」になって「おこれる」とは言わないだろうからこれは方言的言い回しなんだろうかと思い記載。というかこういう言い回しは共通語じゃないらしい。それだったら「おこれてくる」というのは共通語ではなんというのであろうか。私的にはこれを直す術を知らない。なぜならこれは共通語だと思っているから。

ニュアンス的には「カチンときた」・「ぷんぷん」みたいな瞬間的なイメージが強い。長期に亘ったり積み重なっての「またかよ」的な怒りの場合には「だでいや」・「あったあくる」(頭に来る)・「やっきりこいちゃう」とかを使う。もちろん厳密な使い分けではないので人それぞれであるが。

なんとなくだが遠州では「いかる」より「おこる」という言い方を好む傾向にあるのであろうか。

例文

「なによを どおこれる。」

  (もう、ホントむかつくなあ。)

「なにひとりでぶちぶちゆってるよを。」

  (何独り言で怒ってるんだ?)

「聞いてやあ。課長のばかっつらんこっちゃ先月から必死こいて準備してただに今日んなっていきなし変更しろっつうだにい。随分だと思わん?」

  (聞いてくれよ。課長のくそったれがさあ。こっちは先月から必死に準備してたのに今日になっていきなり変更しろって言ってきやがってさあ。非道いと思わない?)

「そりゃそうだん。そんなことゆったってどうしようもありもしん。っつうか直で言えやあ。」

  (そりゃそうだけど、そんなこと言ってもどうしようもないだろ。って言うか直接課長に言えよ。)

「面と向かって言えたら苦労しんわ。おんしゃゆえるだ?」

  (面と向かって言えたら苦労しないわぁ。お前は言えるのか。)

「まあゆえんけどな。」

  (まあお互いさまだけどな。)

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